第2.5話 49

 私の1日の仕事量は結構多い。

 この旅館の部屋数は13。多い時は50人近いお客様が宿泊されている。

 しかも常に予約で満室なのだ。

 それを5人の従業員でお世話しているんだから毎日が大変だ。

 ちなみに、今日はほぼリミットの49人の方が泊まられている。


 子供連れのお客様がいる時は特に大変。

 廊下は走るは大声で騒ぐわ。他のお客様のご迷惑にならないように、やんわりと注意しなければならない。

 親御さんが叱ってくれる時もあるけど、広い旅館の中では目が届かないことも多い。

 今日、後から来られたお客様のお子さんもやんちゃそうだったので、そういうことが無ければ良いなと思う。


 お客様を部屋へと案内し、次は浴場の清掃が待っている。

 ここの大浴場は基本的には24時間開放されている為、常に誰かが利用していることが多い。

 出来るだけ人の少ない時間を選んで清掃をしないといけないのだけれど、今日はいつ様子を見に行っても誰かが利用している。

 今も見にいった来たところだったんだけど、男湯も女湯も誰かが入っているようだったので諦めたところだ。


 ほら、そんなことを言っていると、また新しいお客様が暖簾のれんをくぐって入っていった。

 1日に何度も入られる方もおられるので、完全に誰もいない時間というのはほとんど無いようなものだった。

 でも美緒さんは何故かそういう時間を見つけるのが上手い。

 前に美緒さんに聞いてみた。何でそんなことが分かるんですか?って。

 そしたら――


「あなたもずっとやっていれば分かるようになるわよ。経験よ、経験」


 そう言われたけど、1年経った今でも私には分からなかった。

 まだまだ経験が足りてないようだ。


 廊下を歩いていると女性のお客様2人と男性のお客様にすれ違う。

 私は軽く会釈をして横を通り抜ける。

 手にタオルを持っていたので、あの人たちも露天風呂へ行くのだろう。


 うちの温泉は自慢の露天風呂になっている。

 お客様は皆さんそれを目的にこんな山奥まで来ているのだ。

 湯舟から眺める山の景色は、四季折々の顔を見せてくれる。

 ゆっくりと温泉に浸かって、それまでの疲れをとるには最高のシチュエーションだと思う。

 まあ、そんなことが口コミで広がって、数か月先まで予約が埋まっているのだ。


 千客万来。商売繁盛。

 忙しすぎるのは嫌だけど、暇すぎるよりは全然マシだと思う。

 私自身も接客する仕事が向いているのか、なんだかんだ文句を言いながらも辞めることを考えたことは一度もなかった。


「またのお越しをお待ちしております」


 お客様をお見送りする時。


「どうもお世話になりました。また来ます」


 そう言って向けてくる笑顔を見るのが私は大好きだったから。



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