第10話

俺は竜人だ。

生まれながらに竜の遺伝子を持った天才、いわば勝ち組である。


生まれてから100年で、唯一負けていた父親も超えてその肉も食った。そうして俺は本物の竜人として完成した。


しかしその中でひとつだけ気がかりだったことが、父親が昔から伝えてきた血の女王についてだった。

試合に負け喰われる直前にも、親切心のこもった表情で絶対に戦うなと忠告を受けた。


それが父を超えた俺の原動力となり、そこから100年、休むことなく鍛錬を続けた。

そして1ヶ月ほど前に、血の女王が復活したという情報を耳にする。


俺は自分の力を信じ、そしてそれに付き従ってくれる同士数千体が集まった。全ては過去の呪物をこの世から葬り去るため。


新世代の俺たちが新たな魔界を完成させる礎にしてやる。


そんな思いで進軍していると、正面からとんでもない威圧が身体を襲う。

ある程度この魔界で戦える奴らすら一瞬で気を失うレベルの破壊力。今の俺ですらそんな威圧を放てるイメージがつかないと自覚し、自分の計算が甘かったことに気づく。


なんとか立っている同士たちも、両隣にいる幼馴染の竜人たちも、さっきとは打って変わって、自分たちの敗北を思い描いていた。

しかしここで引き下がっては、過去の父親たちと同じ負け犬の生を送ることになる。


「俺たちならば勝てる!!」


最初は1人で戦うつもりだった。もっと言えば、自分の100年の努力がどれほど通用するのか、もしかしたら余裕なのではないかとまで考えていた。


しかし先ほどの威圧を前に、俺は勝利するために自身の100年の自惚れを殺した。

"勝利"こそが竜人のプライドである。


「戦うぞ!!」


その言葉に共感し、数は減ってしまったが変わらない音量で返す同士たち。

俺たちは時代を作るパイオニアだと再び一歩踏み締め、進軍を開始しようとした次の瞬間、目の前に砂埃が舞う。


気配は今の今まで捉えられなかったが、今ならば音と影でわかる。


目の前に何かいる。


俺と周りの同志たちは臨戦体制を取りながら、砂埃のゆらぎを見逃さぬように凝視する。


「最初から本気で来いよ?」


若い男の声が聞こえてくる。血の女王は男だったのか、はたまた別の生命体なのか。

浮かんできた疑問だが、そのせいで行動が遅れるようなヘマはしない。


砂埃が揺らぐのを感じ、俺を含め両隣の竜人がほぼ同時に剣を振る。


しかしその刃は空を切り、周囲の土埃は晴らすだけであった。

そして自分たちが相手にする少年の姿が見える。


「人間か…?」


その言葉に対して人間に見える生物が楽しそうな表情を浮かべながら返答する。


「舐めずに本気で、全員で来いよ?言い訳は聞かない」


その言葉に俺たちは無意識のうちに笑みを浮かべながら、言葉を返していた。


「「「勝つ」」」


勝利こそプライドの竜人にとって、これ以上ない宣戦布告。それと同時に3人は鍛え上げた剣撃をライに放った。


なんとか連撃の中でかすり傷だが数発与えることができた。だが驚きなことにその傷は瞬きする間に塞がっていた。


何かしらの決定打か、長期戦で回復する体力を奪わなければ負ける。


しかし俺たち3人全員の勘が、長期戦はすべきではないと告げていた。それもそのはず、この人間はあり得ない速度で俺たちの攻撃を見切り始めたのである。


確かに最初から本気で行かなければ勝てる見込みなどなかったな。


そんな自虐をしてしまうほどに、数分で俺たちのどんな攻撃も通用することが無くなった。


もちろん、隠し球など全て出し切った。


それでも俺たちは貪欲に勝利を掴むため、己が積み上げた努力をぶつけ続けた。


しかしそこからは長くなく、ライの失望したようなため息と同時に3人の両足に激痛が走る。


動き的に両足を吹き飛ばせるのは魔法か固有能力しかない。しかし、そうだとすれば最初から今まで拳しか使っていなかったあの人間は、自分だけ本気を使っていなかったという事になる。


途中、最初から本気でなければ負けていたという感想が恥ずかしくなる。始めから勝てる可能性など皆無だったのだ。


「とんだ皮肉だな…!!」


「吹っとんだのはお前らの足だがな」


それに続けて目の前の人間は、「"とんだ"と"皮肉な発言"のダブルミーニング、だけどあんま面白くないな…」とか語り出す始末。


本当に憎たらしい人間だ。もはや傷が瞬時に回復した時点で人間すら怪しいが。しかし全力で戦って負けるというのは悪くない。いや……


「最高に楽しめた」


「最初だけ楽しかったよ」


その人間の言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る