第3話 クーリングオフはお早めに
「......今から加入できる保険ってあります?」
まさかの私にこの世界最強のお助けキャラがついてしまったことに、困惑しながらも、今の状況を打開するにはありとあらゆるものに縋る必要がある。
「ほ、保険?聞き馴染みのない言葉だけれど、きみのいた場所ではそういうのがあるのかな?」
私の頭上でぷわぷわと浮かぶ、この国に住む誰もが敬うこの精霊は、私に問いかけた。
「.......ちょっと、まって。きみのいた場所?」
彼から発せられた言葉が気になり、つい聞き返す。
私の耳が推しの声を浴びすぎてばかになっていなければ、確かにこのお助けキャラはそう言った。
「そうだよ、きみのいた場所」
レイはそう言うと、私の頭上から羽を羽ばたかせ私の正面に移動する。
「きみは、とても変わった魂を持ってる。だから、気になって、出てきちゃった!」
テヘっと可愛らしい効果音が付きそうな、というか実際、ゲームでは付いていたはずの笑顔を向けられ頭を抱える。
「私は、ヒロインじゃねぇーのに、ただのモブなのに。まじて、なんで。いや、神様が不憫に思ったのかくれたのか、転生特典??いや、だとしてもこの国における一番チートキャラを送るか?いや、そもそもヒロインは」
「おーい、いろいろと思うことがあるみたいだけれど、大丈夫?いまのきみ、かなり目立ってるよ?」
レイの言葉にはっとなり、周りを見渡す。
この騒動のせいで集まった群衆達は、さまざまな言葉で私を噂立てていた。
「あの子、犯罪者なの?」
「師団長に楯突いてたよね、やば」
「ちがうだろ、あの子はレイ様の加護が付いてる子!聖女だ!」
「本当にルナロット家は平民なの?」
本当にたくさんの声が聞こえてくる。
「誰のせいだと思ってるのーー!?」
今すぐ、隠れたい、逃げたい、穴があったら入りたい状態になり、私はレイを鷲掴みにしてとりあえず家の中に駆け込んだ。
「アリサ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、迷惑かけてごめんなさい、でも、なんとかするから!」
急いで自室に駆け込み、鍵をかける。
心配してくれた母親の言葉が体に染みる。
そりゃそうだ、娘は反逆罪(一切身に覚えはない)をかけられた次は、この精霊の登場である。
「んー、普通のお家の、普通のお部屋だあ」
私の部屋のなかを漂うレイは、吟味するように部屋の中のものをあちこち触っていた。
「普通の家の人間ですからね!」
それなのに、ただ推しに会って、恋して、あわよくばヒロインではなく、私とハピエンを向かえてほしかっただけなのに、どうしてこんなことになったのか、不思議で堪らなかった。
「確かに、きみは、普通の子だ。貴族でもない、魔法も使えない、剣の腕もない。......でも、きみの魂だけは普通じゃない」
可愛らしい声色から一変し、少し低めの声で発せられたその声は先程の友好的な様子とは違う、私を警戒している声だった。
「あの、レイさん??私の味方的なこと言ってくれてましたよね......?」
「ぼくは、この国にも住むすべての民の味方だよ。ちょっと、きみの魂が変わっていたから、あの場でレオンに殺されるのは可哀想だと思って助け船を出しただけさ」
私の部屋の中を物色するのが飽きたのか、この部屋の主のように私の布団に腰を下ろす、この精霊の姿は一見可愛らしく見えるが実際のところはこれっぽちも可愛くない。
この国の象徴、『大精霊レイ』
ゲームプレイヤーにとっては、最強お助けチートキャラであり、この国の住人にとっては、敬う、崇めるべき存在。
「さてと、アリサだったかな。それで、レオンの言う通り、きみは一体なにものなの?」
聞かれたら一番困ることを単刀直入に聞かれてしまった。ここは、素直に打ち明けるべきか。それとも、隠し通すべきか。
絶対、外してはいけない二択が現れてしまった。
「あ、ぼくの前で嘘つこうとか考えちゃだめだよ?ぼく、そういうのわかるから」
前言撤回、一択であった。
「......実はですね......」
もうここまできたら、どうにでもなれの思いで全てを打ち明けることにした。
「......ふむふむ。で、きみは本当にその画面を割ってこっちに来てしまったの?」
「さあ......?その辺りがすごい曖昧で。ただ、こういう異世界転生って現世で死んで、気づけばこの世界にいた的なパターン多いし、死んでるのは間違いないとは思うけれど......」
私の現世の記憶。私が、高梨愛莉という人間であり、平成から令和の時代を生きていた女子ということは分かっているが、どうして自分が死んだのか。その瞬間のことを一切覚えていなかった。
「で、きみが言うには、転生特典というものがあるばすなのに一切ないのが気に入らないと?」
「そこまでは言ってないかな!?」
確かに、私の話をする上で、転生物語は何も力の持たないモブではじまることは少ないみたいなことは言ったかもしれないけれど、それは誇張しすぎである。
「きみの言う推しってのは、好きな人のことで、きみの推しがレオンなんだよね?」
「物分かりがよくて、大変助かります」
んーんーっと、唸り声をあげながら、数秒頭を悩ませた精霊は、はっと何か思い付いたような表情で、その小さな手で、私の大きな手を握った。
「きみの言ったよね、転生特典は神様がくれるって。......きみがなんか可哀想だからぼくがきみの神様になってあげる!」
「......まじ??ここから入れる保険見つかった??」
「その保険って言葉は、やっぱり分からないけれど、きみはレオンとお近づきになりたいんだよね!だったら、魔法学校に入るべきだよ!きみはまだ十代後半でしょ?レオンが所属する魔法騎士団の敷地の中に魔法学校はあるし!やっぱり、ぼくは天才だね!そうと決まれば、ちちんぷいーのぷいっ!」
大精霊による、自己完結の一人語りをただ聞いていたが、途中耳を疑うような言葉が出てきたが、それを追及する瞬間はなく、レイは私の手を掴み謎の呪文を唱える。
その瞬間、まばゆい光に包まれ、その眩しさに私は閉じた。
そして、光が消えるのと同時に目を開けると一人の小さな羽が映えた女の子の姿があった。
「......きみはwho are you??」
「また、アリサから聞いたことのない言葉が出てきたけれど、もうぼくは突っ込まないよ。さあてと、ぼくの仕事はここまでかな。これだけやったあげたんだから、レオンと付き合えるといいね!じゃあ」
「え、ちょっとまって、」
私が言葉を言いきる前にレイは、消えてしまった。
そして、この場に残されたのは私と突然現れた精霊の女の子だった。
「......ふーん、レイに呼ばれてどんな女かと思えば、冴えない平凡な女ね」
きれいな白と水色が合わさった髪の毛をくりくりと触る女の子の精霊。
「えーと、あなたは......?」
「他人の名前を聞く前に自分で名乗るべきじゃないかしら?」
彼女は、フンッと、効果音がつくようにそっぽを向き腕を組み私を睨み付けてくる。第一印象は、高飛車な精霊。リアルでいたら絶対に仲良くなれないタイプだ。
「誰が高飛車ですって?」
「......え?私口に出して......」
「レイのせいで、強制的にあんたと契約を結ばれているのだから、あんたの思考回路くらい読めるのよ。とにかく、あんたから名乗りなさい。それが礼よ」
「......アリサ、アリサ・ルナロットです」
「......そう、アリサ。あたしは、グレイシール。水を司る精霊よ。......まあ、水だけじゃない、氷もあたしの一部よ」
グレイシールと名乗った精霊は、私の手の平を掴んだ。
「いった、なにして、」
「うるさいわね、契約の証拠を流してるのよ。黙りなさい」
強い口調で、強気な美人の精霊に言われた以上は、下手に口出すことはできない。
それから、数秒後。グレイシールは私の手から離れ、部屋の中にある机の縁に座った。
「はい、これであんたも精霊の加護がついた。......よかったわね、魔法学校に入れるわよ」
足を組みながら、私を見つめる小さな瞳ときれいな声。これが、精霊の小さな姿ではなく人の姿だったら、きっと超絶美人なのだろう。
「ほっんと失礼ね。あたしはこの姿でも美人よ。それと、あたしのことを本名で呼ばないで!嫌いなの!可愛くないから」
もう何度目かも分からない、契約?を結んだ精霊にそっぽをむかれる。
「じゃ、えーっと。あだ名ということで、レイシーって呼んでいいかな?」
「......まあ、悪くないわね。それで、なにかあたしに質問でもある?あるなら、答えてあげるわよ」
「......特にないけれど」
聞きたいことはいくつかあるが、それはレイシーにではなくどちらかというと修羅場だけを残して、私と推しとの二度目の会合を最悪にしてくれたレイには山ほどあったが、彼女には特にすぐには思い付かなかった。
「あんた、本当にないわけ?!あたしと契約を結んだ、その意味が分かってるの!?」
「......意味があるの?」
「あんたってばかなの??平民であるあんたが精霊と契約を結ぶ意味が分かってるの?」
レイシーの言葉に首を傾げる。まだこの世界のことの全てを知っているわけではないため、もしかしたら、私の知らないだけで平民は精霊と契約を結んではいけないという法律でもあるかもしれない。
「......ちょっとまって、グレイシール?」
「だから、さっきも言ったでしょ。本名で呼ばないでって、なに青ざめた顔してるのよ」
突然現れたこの美少女精霊のお陰で、完全に忘れていたことをふと思い出した。
「グレイシール、水を司る精霊......」
「だから、本名はってもう聞いてないわね。そうよ、水の精霊よ」
私の中に残っているこの世界の知識。
「ねぇ、グレじゃなくてレイシー」
「なにかしら」
「......あなたってお兄さんがいるよね?」
「なんで、あたしのお兄ちゃんを知ってるのよ。まあ、いるけど」
「......そのお兄さん、誰と契約を結んでるの?」
私の言葉にレイシーは、はあっとため息をつき、私を見つめる。
「レオン、レオン・リチャードよ」
彼女の口から出た言葉は私の記憶と相違のない、推しの名前だった。
その言葉を聞いて、つい頬が緩む。
「......あんた、平凡なあんたの顔がよけいに歪んでるわよ」
「うるさいなっ!いいの、いいの!」
レオンが水の精霊と契約を結んでいるという話しは、ある程度彼の好感度があがってから、ヒロインに打ち明けられる、彼の回想のワンシーンである。
そのシーンで、自分の父親がくそ親父であり、潰れかけた家を再興するために、水の精霊と契約を交わしより強い魔法の力を得たと。
「......魔法の力?」
「......そうよ。魔法よ。あたしたち、精霊は契約者に魔力を付与するの。より強い力をね。別にあたし達だってだれとでも契約を結ぶわけではないわ。だから、精霊と契約を結んでいる人は少ないのよ」
レイシーの言葉を聞き、そっと自らの手に触れる。
そして、私の記憶に残っている言葉の羅列を口にする。
「グラレリウス」
その言葉と共に、私の部屋の中は粉雪で包まれた。
「......なによ思ったのと違うって顔して」
「......だってそうじゃん!!レオンの魔法はこのグラレリウスの強化版だから使えないと思って、基礎魔法を唱えたらこんな粉雪って、これじゃ雪だるまも作れないよ!?」
「当たり前でしょ?あんたは、あたしと契約をしたから、体内に魔力が生成たの。リチャードの愚息は、あいつはもともと生まれつき魔力があった。始まりが違うのよ、ばか」
顔だけは可愛らしい彼女に何度も罵倒されるが、推しからのあの冷たい目を耐えた私には可愛らしいものだった。それに、こういった感じの展開は、異世界来たーってきた要素がてんこ盛りなのオタクとしては最高である。
「ちょっと。あんた、もう魔法の力はどうでもよくなったわけ?」
「いーや、レベル上げどんと来いっ。最高じゃん!」
最終ゴールは推しとの結婚。全てはまだ始まったばかりである。
「れべる......?なんのことか分からないけど、気を取り直したら行くわよ」
座っていた机の裾から立ち上がり、フワフワと私の視界の前で浮かぶレイシー。
「行くってどこに?」
「神殿に決まってるでしょ。魔法が使えるようになったのだから、洗礼を受けないと」
レイシーの小さな手から出るとは思えない強さで背中を押され、部屋の外に出る。すると、心配そうに私を見つめる母の姿があった。
「あ、完全に忘れてた」
「アリサ!あなた、本当に悪いことしてないわよね!?」
私に駆け寄り、肩を揺らしながら問いかける。
「大丈夫だよ、お母さん」
「そうよ、契約者のママ。あたしがいるもの」
私の背中に隠れていたレイシーがひょっこりと姿を現す。
「あ、あなたは精霊様っ」
その姿を見て、母は床に倒れてしまった。
「......まじで、なんでこうなるの」
呆然と立ち尽くす私と倒れた母に飛び寄るレイシーの姿を見た父も同様に倒れるまで、あと数秒後のことだった。
「もう、ママもパパも、すぐに倒れるなんて。ちゃんとご飯を食べてるのかしら??ねぇ、聞いてるの?」
倒れた両親を寝台まで運び、その二人に寄り添うようにベットに腰を掛けるレイシーが私に問う。
「あのさ、レイシー」
「なにかしら」
「 ......クーリングオフっていける?」
転生特典、欲したけれどここまでのものは望んでません。
ハッピーエンドまで -550
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