第2話 ここから入れる保険はありますか

 「お前はいったい何者だ??」


推し、レオンに冷たい視線を向けられてあらやだ最高となればよかったが、実際のところゲームでは初期のヒロインと出会った瞬間並みの冷たさには来るものがある。


「まっってください!!!私はただ、あなたに会いたくて画面を壊して飛び込んできたヒロインでもないただのモブです!!!!」


どうして、転生したのか本当に気が狂って、画面を壊してしまったのかわからないが、ずっと夢だった推しにこうして会えたのだ、愛を伝えなくてどうすると思い、突発的に口から出た言葉だった。


「もぶ......?とは、よく分からないが、お前は先ほどのやつらのことを知っているのか?」


冷徹な視線が私に突き刺される。

それはそのはず。ライネドル王国を揺るがす犯罪組織の名前がネオボルトと明かされるのは物語の三章時点であり、現段階ではヒーローたちは彼らの素性は朧気にしか把握してない。


つい、推しに会えた喜びでオタク語りをしすぎてしまった。


「おい、聞いているのか」 


推しもとい、レオンの声にはっとと思考を止め、じっと視線を交わす。


透明な白い肌に、映える黒髪。すらっとした長身に、魔法騎士団所属を表す黒い制服。


「......やっぱり、現実でもイケメンやん」

「師団長様!!この子、体調が悪くて、頭おかしくなっているようなので、今日のところは失礼します!助けていただきありがとうございました!!」


隣にいたエリーに腕を無理矢理引かれて、路地裏から逃げるように去っていく。そして、騎士団が追いかけてこないことを確認したあと、彼女の足取りは止まった。

「アリサ、本当に大丈夫なの?怖い思いして本当に頭おかしくなってない?」

私よりも怖い思いをした彼女に冷静に諭されるのが、いささか不可解だが、真面目に答える。

「オタクの頭は、推しのことしか考えてないもん!」

「この子、やっぱり頭おかしくなったんだ。ほら、買ってきた薬!あげるから、飲んで!」


エリーが私のことを思い買ってきてくれたアンドーリ薬。

その効果は、風邪や頭痛などの諸症状に効く、謂わば万能薬だ。そのため、王国立魔法学校の中にある、研究所で平民たちにも行き渡るように、王国が管理し、広く販売している。庶民の味方である。

魔法薬とはいえど、基本的に副作用などはなく、安全な薬だと言われている。

「あ、ありがとう」

エリーから受け取った薬を飲むと、口の中に決して美味しくはない魔法薬を飲み干すと、少しだけ体が軽くなった気がした。

「どう?効果ありそう?」

「......うん、不味いけれど」


気づけば、空模様は暗くなっており、空にはお月さまが顔を出していた。

「帰ろうか、お母さんも心配してるだろうし、......アリサ?」

「ねぇ、この星空。まるで、レオンじゃない!?レオンってさ、冷たそうに見えるんだけど、懐に入れた人には優しくてさ!四章でヒロインとのスチルシーンで」

「......あんた、本当に頭おかしくなったの?もう一本、買っておいたアンドーリ薬あげようか?」


私のオタク語りにレオン同様に冷たい視線を向ける、この世界のはじめての同じモブ同士の友人よ。

そんな目で私を見ないでくれ。





それから、数日後。どうやら、このアリサという人物は王都で自営業(カフェ)を営む夫妻の間に生まれた、ただの平民、正真正銘のモブだということが分かった、私は両親の手伝いをしていた。



「アリサちゃん、今日のおすすめのお茶はなにかな?」

「紅茶でしたら、隣国サルタン王国から輸入された茶葉がおすすめです。甘い香りが最高ですよ」

「じゃ、それにするよ!」

「かしこまりました」


お客様に対応をしながら、キッチンを回す両親にメニューを伝える。

この店は、家族だけで切りもしている。

バイトは雇っていない。そして、この家に住んでいるのは私、アリサと両親の合わせて三人だけ。

というのとはだ。

「注文お願いしますー」 

「はい!ただいま!」


有名チェーン店並みの大きさがある店内には、午後のおやつの時間ということもあり、店内は満席だった。

商売繁盛、なによりではある。けれど、

「こっちもお願いしますー」

「はい!いきます!」


ホールをワンオペするにはかなりの無理がある。


「まじで、大盛況すぎでしょ」

一通り、店内にいるお客さんを捌ききった後には、私の表情筋はひきつっていた。

「お疲れさま、アリサ。ほら、休憩していいから」

まだお客さんで埋まっているなか、母から優しい言葉をかけてもらった私は、二階にある自室で少し休むことにした。

そうして、机の引き出しにしまっていた、一つのノートを取り出す。


それは、私がこの世界で意識を取り戻したあの建国記念祭りの日から書き始めたノート。

その名も、「レオンルート攻略ノート」だった。


転生前になんども、推しとのハッピーエンドを向かえたくて、何十週もしているルートのため、攻略の方法はよく分かっている。しかし、それはヒロインの場合だ。


「今回の私はただのモブ!!」


そう、モブ。これが現実である。

彼と並ぶ家柄もなければ、魔法も使えないから魔法騎士団にも入れない、そもそもお近づきになれない、はいThe ・ENDである。

しかも、ヒロインであるリリーはこの前ちゃんとこの目で確認したから彼女は存在してる。だから、ヒロインである彼女が誰を選ぶのかそれによって私の命運も変わってくる。

「リリー、頼むから。レオンルートはやめて、攻略難易度なら、エルバとか、クロードとか......」


この世界がゲームの世界なら、私だけの幸せを望むかもしれない。しかし、実際にこの世界で息をしている住民たちがいる。

それを考えると、ヒロインの未来だって、彼女自身で決めるべきであって、こんな末端の人間が口を出すべきではない。


「まあ、ヒロインは魔法学校に通ってるから、彼女の動向は掴めないし、私がレオンとのハピエンを狙うには、王都の巡回中に偶然を装って会って、顔を覚えてもらうしかないか......」


などと、いろいろ作戦を考えてはみたところ、あのオタク語りをしてしまった最悪の出会いを挽回するとなると、それなりの努力では足りない。


もう、二択の選択肢を間違えるわけにはいかない。


「よし!そうと決まったら、モブですけど後悔しないようにやったるぞ!」


ヒロイン、リリーが1/6の確率で被らないことを祈って、私は再び両親の仕事を手伝うために、一階にあるカフェへと戻った。


「アリサ、表の看板をクローズにしてくれる?」

「はーい、閉めてくるね」  


母に言われて、表に出てオープンの看板を裏返しクローズにする。

今日も労働頑張った、働いたぞ私と一息つくために、

伸びをした瞬間、聞きなれた声が聞こえてきた。


「見つけたぞ」



声のした方を向けば、そこには漆黒を纏った青年の姿があった。


「れ、おん......」

「アリサ・ルナロットで間違いはないな」 

「るなろっと、ああそういえば、そんな名字。いや、はい!そうですけれど......」

まだこの世界の名前になれておらず、きょどりながらも返事をする。

てか、どうして推しがここに。


「アリサ・ルナロット。きみを、王国反逆罪で逮捕する」


その言葉と同時に私の手首にかけられたものは手錠だった。


「は、反逆罪......えぇ?」


至近距離に推しに見つめられ、手錠のかけられた腕を掴まれる。

なにこの、ご褒美スチルえぐいんだけれどと、私の心の中は騒ぎっぱなしだが、実際の絵面は罪人を逮捕している様子である。


「お前は、祭りの夜に犯罪組織と会合し、民衆を浚おうとした。その罪は立派な反逆罪だ」

「それは、誤解です!!私は浚われかけた友人を救おうと思って!」

「だったら、あの時発したねおぼるととは一体なんなんだ?」

「そ、それはっ」

私を、いや、犯罪者を逃がさないためか固く掴んだ手を離そうとしないレオンに至近距離で見つめられ、つい心が高鳴る。

「......脈が上がったということは、やはりやましいことでもあるのか?」

それは、推しに手を掴まれているからです。とマジレスしたところで、彼はその意味をきっと理解できないだろう。


「とにかく、詳しい話は牢屋の中で聞いてやる」

「牢屋ではなく、ここで聞いてくれませんかね!?まじて、無罪です!!」


私の叫び声が聞こえたのか、気づけば店先には多くの町の人が集まっており、家の中にいる両親は心配そうに外の様子を見ていた。

「つべこべ言わずに来い」

こんなにもたくさん推しの声で囁かれて、なんというご褒美といったところだが、本当にこのままでは、罪人になってしまう、まじで無実なのに。


「あーっと、えーっと、」


レオンに腕を引かれて、魔方陣が書かれている場所へと連れていかれる。

このままでは、うちの店は罪人の娘がいたお店になってしまい間違いなく、お先は真っ暗である。


「まじで、話を聞いてくれませんかね!?」

「聞くと言っているだろ、牢でな」


私がどれだけ訴えても言葉が届くことのない様子は、本当にストーリー序盤のレオンといった感じで、解釈一致最高となるが、まじでこのままではよくない。


一人悶えるなか、力ずく引っ張られて、気づけば魔方陣の中にいた。


「それでは、これから罪人を転送する」


レオンの声と共に、魔方陣が光だす。

これは、もう本当に罪人ルートかと思い、その眩しさから目を閉じたが、すぐに光は消え、私は転送されることなく、王都にいた。


「なぜ、転送魔法が発動されない?魔力がない平民なら、これで送れるはずだが......」 


魔法が上手く発動しなかったのか、顔をしかめる推しの姿さえもかっこいいと思い見とれていたが、私のピンチには変わらない。


「貴様、一体なにをした?」


とうとう、レオンの二人称が敵対を表す、貴様になってしまったよ。どうしてくれるんだと思いきや、私だって、自らの身に起きたことが理解できずに、困惑していた。


「黙っていないで答えたらどうだ」 


レオンが自らの手袋に触れる。これは、正真正銘のバッドエンド。転生人生わずか数日で終わり。 


神様、推しに会わせてくれてありがとうのお礼とどうして、ヒロインにしてくれなかったのか、おい糞やろうの罵倒の両方を込めて、この世界とさよならをしよう。


「なにも言わないのか。それなら、ここまでだ。

......グラレリウス・マーキス」


レオンお得意の必殺技の氷魔法の詠唱が聞こえる。

短い、転生人生の終わりの瞬間は、推しの魔法とかそれはそれで幸せかと思い、目を閉じた。





しかし、どれだけ経っても彼の魔法が私に当たることはなかった。



「......貴様は、本当に何者なのだ......?」


目を開けると、彼の視線は私ではなく私の頭上を見ていた。


「レオン、レオン・リチャード。王国を支えるリチャード家の者が、ぼくをわからないわけないよね?」


ぷわぷわと効果音がつきながら、私の頭上を漂うその生き物を私はよく知っていた。



「ぼくは、レイ。この世界の神様だよ」

人を象った羽が映えている精霊を彷彿させるこの生物は、ライネドル王国の象徴であり、プレイヤーにとっては困ったときに助けてくれるお助けキャラだった。


「.......なぜ、あなたのような方が、その女の味方をするのですか」


私を挟み、互いに睨み合う一人と一匹。


「それはね、この子はぼくの守護下にあるからだよ。だから、この子は特別なんだ」

「それは、原作で詰んだときのお助けキャラレイのセリフーーーっ!!」


つい、聞き飽きるほどに聞いたセリフが聞こえてしまい、声をあげてしまった。


「......この国の象徴である方の名前を呼び捨てするとは、無礼者にもほどがある」


もう何度目かと分からない、推しからの冷たい視線にさすがにそろそろ泣きそうになる。


「......とにかく!レオン、今回の件はぼくが預かる。だから、今日はお開き!解散、帰った!」



レイの言葉には、さすがに逆らえないのか、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、レオンはマントを翻しながら、その場を去っていった。


この騒動のせいで集まった群衆を残して。


「さあてと、巻き込んでごめんね」 


ざわざわと、私のことを噂する声が聞こえる。


「あの、ちょっといいかな?」

「うん、なにかな?もしかして、お礼でもくれるのかな?危ないところだったもんね~」


「......今から加入できる保険ってあります?」 


拝啓、神様。

どうか、可能ならば私に平穏な日々をください。




ハッピーエンドまで -550


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