転生したので推しと結婚したいっ!

柊あか

第1話 昔、画面を割ればその中に飛び込めると信じてた


「王子様ーっ!リアン様っ!」

「ライネドル王国万歳!!」

「わああああっ!」


大量の歓声が場を支配する中、強い頭痛に襲われる。

「ちょっと、大丈夫なのアリサ?」

「だ、大丈夫っ、だよ。エリー……?」

エリーって、誰。アリサって、誰?知らない、名前が頭の中をよぎる。そして、痛みが腫れていくのと同時に、鮮明に過去のことを思い出した。

「……あ、そうだ。私、死んだんだ」

「……は?あんた、頭でも打ったの?」

私と一緒に、建国記念のパレードを見に来ていたエリーは怪訝そうに私を見つめる。

「ごめん、ちょっと帰る!」

「帰るって、今日のお祭りを楽しみにしてたのにってちょっと!アリサ!?」

自分が置かれている状況を把握するために、記憶を頼りに家へと向かう。

そして、辿り着き、急いで家の扉を開け自室に飛び込み、鏡に向き合う。

「ライネドル王国ってことは、もしかして私、恋歌のライネドルのヒロインに転生したって………いや、誰こいつ」

鏡の前に映っていたのは、見たことない初めましての顔だった。


『恋歌のライネドル』と呼ばれる乙女ゲームを知っているだろうか。

私、高梨愛莉はこの乙ゲーの大ファンだった。

沢山の魔法生物たちが住まう風光明媚なライネドル王国を舞台にヒロインである、リリー・ルミエール(名前変更可能)は、この世界では珍しく光の魔法の属性を持って生まれてきた。その稀有な力から、幼い頃誘拐され、奴隷のような扱いを受けていたところ、王国騎士団により救われ、リリーは魔法学校に入学を果たし、そこで仲間たちと青春と恋を謳歌していくというのがおおまかな話の導入だ。


攻略キャラは隠し含め6名存在し、ルートによって話の展開は変わっていくマルチエンディングの乙女ゲーム。これが、『恋歌のライネドル』だった。

ヒロインである、リリーは光の魔法の持ち主ということで、綺麗な金髪碧眼であったが、鏡の中に映っている私は、金髪とは程遠い茶色の髪と瞳をしていた。

「いや、まじで誰??」

隠しキャラを含め、全ルート攻略済みにも関わらず、こんなキャラ見たことないというレベルで初めて見る顔だった。ということはだ。

「……推しゲームに転生したのにモブってことーーっ!?」

「ちょっと、アリサ!うるさいわよ!」

ガタっと、音を立てて開いた扉の方を見てみると、そこにはこのキャラクターと同じ髪色と瞳を持った女性がいた。

「……まじで、わかんねぇ」

「?……あなた、一体どうしたの?今日は、ずっと楽しみにしていた、ライネドル建国記念祭りなのに、もうパレードは始まっているでしょ?行かなくていいの?」

「……まるでNPCみたいな説明どうもって、建国記念祭り!?」

おそらく、この子の母親だと思われる女性から出た言葉に反応し、急いで部屋の中にある窓を開け、外の様子を窺う。

そういえば、一緒に居たエリーと呼んでいた彼女にも同じことを言われていた。

「……てことは、物語の第一章がもう始まってるじゃん!!」

駆け足で、部屋を飛び出して再び町の中心へと向かう。後ろで、母親の声が聞こえたが、その声に足を止めている場合ではない。

「急がないと、推しが見えない……っ!」


このライネドル建国記念祭りでは、攻略キャラの自己紹介を兼ねて、キャラクター全員と、ヒロインリリーとの会合のシーンがある。だから、そのスチルを思い出せば、ヒロインとキャラクターたちに出会えるはずだ。

「えっと、確か。この路地裏に……っと」

記憶を辿り、知らないはずの街を彷徨うと、見たことある風景と共に、良く知っている声が聞こえてきた。

「言ったはずだろ、きみは珍しい魔力の持ち主なのだから、一人で行動するのは危険だ!」

「……そうですね、お助けいただきありがとうございます」

一人の女性は金髪碧眼、そして奥に見える男性は赤髪に深紅の瞳。

まちがいない、この恋歌のライネドルのヒロイン、リリーと攻略キャラの一人、ライネドル王国王太子のリアン・ライネドルだ。


「やっべ、本物やん……」

建物の陰に隠れてそっと二人の様子を見守る。

この建国記念祭りでは、誰のルートを選んだとしても全員のスチルを見ることができる。たしか、王太子であるリアンとのイベントは一番最後であったはずだ。

「リアンのお助けスチル回収ってことは、イケメン回転寿司イベは終了しているということか……」

この時点で、スチル回収イベに便乗して推しの姿を一目でも見ようと思っていたが、

どうやらその作戦は失敗に終わった模様で、二人の邪魔をしないように、街の中心へと戻る。

「あ、いた、アリサ!」

「……あぁ、え、エリー……?」

先程、私が自分のことを思い出してしまったせいで、困惑させてしまった彼女もこのゲームの登場キャラなのは間違いのないはずだが。

「……やっぱり、記憶にねぇ……」

「大丈夫、本当に頭でも打ったんじゃないの?アンドーリ薬買ってこようか?」

「アンドーリ薬って、あのアンドーリ薬??」

「あのって言われても、他に何かあるの?とりあえず、薬局行ってくるから、ほらここで待ってて!」

エリーは、私を建物の陰に座らせると、たたっと砂埃を立てて走って行った。

その姿はとても可愛らしく流石乙女ゲームの中の住民といった感じである、が。

「……マジで、このアリサの顔をエリーの顔も一切見たことがないってことは、まじでモブじゃんっ!!」

こういう異世界転生って、普通はヒロインかその逆の悪役、またはせめてその関係者に転生するのが、転生のセオリーではと思うが、そうではなく本当に関係ない、キャラグラもない、NPC以下の存在に転生するなんて神様はなんて私に優しくないのだろうか。 


折角、大好きで愛してやまない推しに会えると思ったのに、この仕打ちはあんまりだと思うと、ますます頭が痛くなってくる。

しかし、推しが息をしている世界で、息を吸えるだけでも、ましかと考えれば、ましなのかもしれない。だって、少し前までは、次元が違ったのだから。


「そうと決まれば、目指すは推しとの会合!!えいえいおーっ!」

私一人の決意は祭りの音にかき消され何も聞こえないが、それでいい。逆に聞かれてしまっていたら、やだなにあの子。痛い子だわ認定されてします。

とりあえず、今は、自分の置かれている状況も分かって来た頃だし、私の子とも思って、薬を買いに行ってくれたエリーの帰りを待ちながら遠くから彼女の帰還を待つ。


「ねぇ、見た!?ルーク様!」

「見た見た、本当かっこいい~!」


「ねぇ、ママ。もうパレード終わりなの?」

「そうよ、でもお祭りはまだだから、楽しみましょうね」




「カーカー……カーカー……」

「いや、遅くね??」

空模様が、オレンジに変わり始め、子供向けの出店が撤収を始める時間になってもエリーは戻ってこなかった。

彼女は、薬局にアンドーリ薬を買ってきてきれると言っていた。

アンドーリ薬は、魔法薬の一種で、どこの薬局でも売っているわけではない。

王国が認めた国営の薬局のみで売られており、この王都では南北の二か所の薬局のみで販売している。今いる場所の考えると、彼女が向かった薬局は南にある薬局だと思うが……。

「……待って、南の薬局?アンドーリ薬って……もしかしてっ」

私は急いで、立ち上がりエリーを探すために、彼女がいるであろう薬局へと向かうことにした。


そう、この建国記念祭りは物語の一章。もう、恋歌のライネドルのストーリーは始まっている。

「だったら、悪役たちも動いているよね!?そりゃそうだよね!?」

どの乙女ゲームにもありがちな展開ではあるが、この恋歌のライネドルでも悪役は存在する。それは、はやりの悪役令嬢ではなくガチの悪役、犯罪組織である。

その犯罪組織「ネオボルト」を仕切っているリーダーが、このゲームの隠し攻略キャラとして後日追加された際のSNSの騒ぎっぷりたらすさまじい物だったが、今は過去を思い出している頃ではない。

ネオボルトは、一章の時点で、行っている犯罪行為。それは、人身売買である。

この建国記念祭りに王都に人が集まるタイミングで、警備の目を欺き、人を浚う。


たしか、三章の物語で、この時攫われた被害者の少女が言っていたはずだ。

『南地区の路地裏で変な人に声をかけられた』と。

王都とはいえど、王宮から最も離れている南地区では、貧民街もあり犯罪も比較的多い地域となっている。

「あぁ!もう、完全に忘れてた!」

私としては、今日出会ったばかりの女の子。しかし、アリサとしては、きっともっと古くからの知り合いで、私の体調を思い、薬を買いに行ってくれた女の子。

そんな、優しいあの子の事を見過ごすわけにはいかない。

「間に合えよ……!」

急いで、南地区に向かうと、王都の中心から離れていることもあり、記念の日とは言えど、そこまでの盛り上がりは見受けられなかった。

「王立薬局は……っと、あった」

ライネドル王国の紋章である鷲を象った文様を看板に付けた、薬局に入ると、中は荒らされていた。

「……うそだろ?」

曲がりなりにも、ここは王立のもの。王国が運営してる場所をここまで荒らすなんて、犯罪組織とはいえど、国が怖くないのだろうか。

「って、のんきに考えている場合じゃないっ。エリー、エリー!?いないの!?」

薬局を出て、彼女の名前の叫びながら、辺りを見渡す。

すると、ほんの微かに、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「……さ、アリサっ」


間違いない、今度ははっきりと私の名前を呼ぶエリーの声が聞こえた。

「……こっちか」

なぜか、頭がエリーの居場所が分かるかのように、脳内に地図が広がる。

なんの根拠もないのに、勝手に足が動く。

そして、薬局のある大通りから離れた路地裏で一つの馬車を見つけた。

その中には、エリーだけじゃない。幼い少女の姿もあった。

「エリーっ!」

私の声に、はっと顔を上げたエリーと視線がぶつかる。

「アリサっ。やっぱり、あなただったのね!」

「早く、ここから逃げるよ。子ども達も一緒に」

どうやら、ネオボルトのメンバーは他の子たちでも攫っているのか先頭にはいないようだった。

「で、でも、足枷をつけられていて走れないの」

焦った表情でエリーの足元をみると、両足を固定するように枷が付けられており、他の少女たちも同様だった。

「これじゃ……」

いっそ、馬車ごと逃げるかと思ったが令和の時代を生きていた現代っ子が、馬の操縦なんてできるはずもなく、落馬する未来しか見えないため、この作戦はかなり厳しい。

「あ、アリサっ……」

私がこの状況をどう打開しようか考えているとエリーの震えた声が聞こえてきた。

「大丈夫だよ、今考えているから」

「そうじゃないの!逃げて!」

彼女の声が私に危険を知らせた瞬間、頭上に降りかかった影に気づいた。

「なんだ、なんだ?ガキが一人ふえているじゃねぇか」

一人、二人、いや三人の男たちが皆の乗っている馬車へと近づく。

「……おっと、これは」

まさかの転生初日にバッドエンドを迎えるとかとんだくそゲーかと思いきや、きっとやり直しはきかない。これは、正真正銘のエンディングを迎えることになる。

「ねぇーちゃんよ、痛い思いしたくないのなら、あんたも馬車に乗りな」

「……はい、わかりましたっと言うと思いますか?」

「言わねぇのなら、なあ……?」

一番背の高い長身の男が、部下と思わしき男に指示を出し、手に鉄パイプのようなものを持って一歩、一歩、私に近づく。

「……か弱い女の子をいたぶるなんて、サイテーって思わないの?ましてや、人攫いとか終わってるじゃん」

少しでも、時間を稼ぎたくて会話を試みようと思ったが、向こうにその気は無く、着実に鉄パイプは私を狙っていた。

「弱いくせに、大人の仕事にしゃしゃり出てんじゃねぇーよ!!」

「アリサーーーっ!」

大きく振り上げられた、鉄パイプに殴られることを想定して、痛みに耐えるため目を閉じたが、その痛みは一向にくることはなく、その代わりに辺りは冷気に包まれていた。


「……王国の建国記念の祭りに際して、このようなことをする愚か者がいるとは。一体、警備はどうなっているのやらな」


月夜に目立つ漆黒の黒髪と瞳を持つ、持ち前の少し低めの声色。

「……レオンやん」


そこには、恋歌のライネドルの攻略キャラクターの一人であり、私の推しでもある

レオン・リチャードの姿があった。


「魔法騎士団の師団長が、なんでこんな場所にっ!?」

「師団長だからこそ、治安維持のためにいるのがわからないのか?それよりも……」

彼の氷魔法によって、氷つけにされた鉄パイプが粉々に壊れる。

「お前たちは、一体何者だ?と聞きたいところだが、それは、捉えた後吐かせるとしよう」

レオンがさっと手を上げる。すると、建物の陰から魔法騎士団特有の黒い制服を着た人たちが飛び出してきてあっという間に、ネオボルトの人達を捉えていった。

「……アリサっー!」

「エリー!怪我無く、無事でよかったよ!」

騎士団のおかげで、捕まっていた者たちも無事解放され、足枷も外され、売られる前になんとか、間に合った。どうやら、使われていた足枷は魔法が掛かっていたようで、始めは握力でこじ開けるかと思っていたが、それは無謀な挑戦だった。

「本当に、ごめん。あ、そうだ。アリサ、体調はもう大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫!」

こんなことが起きているのに、私の心配をしてくれるエリーたんまじで天使では?と思いながらも、現場の後処理をしている騎士団を支持している推しを見る。

「……やっぱ、マジでイケメンだわ」

「レオン師団長のこと?」

かなり落ち着きを取り戻したエリーに声をかけられる。

「うん。うん。だってさ、ネオボルトのやつらをあんな一瞬でやっつけちゃうんだよ?下っ端のやつらだとはいえど、すごいよ!顔もいいし、魔法も強いし、もう完璧じゃん!」

オタクによる推し語りを聞かれないように、普段よりも声を抑えて、エリーに推しのいいところを伝える。これで、エリーが同担になってしまったら、ガチ恋の私としては、思う所はあるが、まあ許そう。異世界に来て初めての友達だ。

「それにさ、リチャード家って、先代当主がちょっとあれだったけれど、それを一代で立て直したその手腕!まじで上司になってくれって感じだし、やっぱりレオンルートといえば、最終決戦のネオボルトトップとの……、エリー?どうしたの、そんな震えた顔をして……ア”」

つい止まらず、マシンガントークのように永遠に推しの良さを話していると、先ほどとは違う影が頭上に降りかかる。

「俺のことを良く知っているようだが、なぜ平民のお前がリチャード家のことを知っている?それに、ねおぼると……とは先ほどのやつらのことか?初めて聞く名前だが、一体なんだ、お前は何者だ?」

冷たい視線が、推しから降り注ぐ。

オタクなら、大歓喜と思うかもしれないが、私はガチ恋だ。もっと優しい顔でヒロインに投げかける声で囁いてもらいたいが、これじゃ好感度0にもほどがある。


「えっと、えーっと……」

言葉に詰まる様子に、不自然に思ったのか、レオンが自らの手袋をそっと触る。その合図は、彼が魔法を使うことを意味していた。



「まっってください!!!私はただ、あなたに会いたくて画面を壊して飛び込んできたヒロインでもないただのモブです!!!!」


突如始まった推しレオン・リチャード攻略イベ。開始好感度は間違いなく0どころかマイナスだった。


                         ハッピーエンドまで ‐500

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