プロポーズな魔王様


魔王城のほど近くの森の中に、アイニャの小さな墓をつくった。墓の前で、ベアトリスは膝を抱えて座り込む。



「アイニャ、そっちはどうにゃ?おじい様には会えたかしら」



ベアトリスの愛した二人が、死の向こう側で出会ったと思うと心は幾分か楽だ。



「アイニャが逝ってしまった日から、金のペンダントも見つからないの。


私、大事なものを全部失くしてしまったわ」



また涙が喉を突き上がるが、ぐっと飲みこむ。


泣ける環境をジンに与えてもらったとしても、泣き暮らしたりはしない。逝ってしまった二人は、ベアトリスの涙を望まないから。




「でもね、アイニャ。私、魔王様のことが」




続きを話そうとすると、背後から声が降って来た。



「今日は泣かないのかい?」



墓の前に座るベアトリスの背後に、突然ジンが現れる。



「魔王様!?どうして、突然現れますの?」


「いつでも妻の背後に飛べる魔術は魔王の嗜みのうちさ。君の声を自動受信するツノで居場所特定なんて簡単だからね」


「便利ですこと」



ジンは腰を屈めてベアトリスを覗き込み、金色の波髪を一房掴んでくるくると指に絡めて笑った。



「魔王様に隠し事はできませんわね」


「そういうことだよ。私の妻になった限りは、隠れて泣こうだなんて卑怯なことは諦めなさい。君の涙は全部、私のものだ」


「お優しい旦那様ですわ」


「君は『優しくすると泣く』と知ってしまったからね。もう意地悪なんて愚策は犯さないよ」



ジンはベアトリスの隣に座り、彼女の頭を優しく抱き寄せる。


ベアトリスは温度の低い手に引き寄せられ、ジンの肩にコテンと頭を着地させた。


甘やかす冷たい手から、あの夜にもらったジンの気持ちが伝わってくる。



『君を愛してしまった』



ベアトリスは安心感にじんわり目頭が熱くなるのを堪えた。ジンが美しく微笑し、また頭を撫でる。



(こんなに私に優しいのは、この世に魔王様一人だけ)



大事なものを全て失った日に、ベアトリスは魔王様の愛を手に入れた。



小さな頭を肩にコテンと預けるベアトリスが可愛くて、ジンは何度も金色の波髪を撫でてしまう。



「これから君がどんなに美しく泣き喚き、帰りたいと願う時が来ても……もう逃がさないよ」



ベアトリスが顔を上げるとジンの真っ赤な瞳と、視線が交わる。



「愛して、しまったからね」



魔王様の赤い瞳には優しい支配が滲む。



(独占欲を浴びて、素直に嬉しいと……思ってしまいますわ)



わが身を切望される喜びに目頭が熱い。


ベアトリスはジンに何度も助けてもらい、泣く権利さえ与えてもらった。



さらにジンは贅沢過ぎる愛までくれるという。


ベアトリスがジンを愛すには、十分すぎる理由が積み重なっていた。




「もう手放す気もないが、一応、君の気持ちも聞こうか?」




でももう愛した理由なんてどうでもいい。理屈なんて置き去りにベアトリスの口が純粋な答えを導く。




「私も魔王様を、愛してしまいましたわ」




愛を伝え合う感激のあまりに、一粒の涙が頬に落ちた。




「実家に帰らせていただきます、なんて絶対に言いませんわ」




ベアトリスは泣き笑い顔をジンに魅せつけた。ジンは返事に満足して、貴重な涙が落ちた頬に優しく舌を這わせる。



魔王は愛しい妻の涙を、全て舐めとりたい。



「君は笑っていても泣いていても格別に、可愛いよ」


「もちろん、知っていますわ」



涙を舐め取られたベアトリスが、明るく悪戯に笑った。



「可愛くて、ごめんあそばせ?」



悪戯な笑顔に心奪われたジンがクスリと微笑む。


敵に向けるばかりだったこの言葉が、今では彼女の愛らしさを伝える挨拶のようにジンをくすぐる。


隣に座るベアトリスの手を取ったジンは、左手の薬指にある古臭い指輪にキスをした。



「ベアトリス、魔国の正式な王妃になりなさい」



ベアトリスは薄青い瞳を大きく見開いた。ジンはベアトリスへの願いをまっすぐ述べる。



「生贄姫が魔国の正式な王妃になるなんて、前代未聞だよ。


君はあらゆる方面からの厳しい批判にさらされ、殺されるような危険な目に合うはずだ。


魔王の妻なんて、決して楽しいものではないだろうね」



ジンが立ち上がり、ベアトリスに冷たい手を差し伸べる。



「まさしく、いばらの道だ。だが、どんなに酷い目にあおうが、どんなに血を浴びようが。



それでも私の隣は永遠に、君の場所だ」



優しい顔をしたジンの言うことは強烈だ。



「この私が、そう決めた」


「強引で傲慢で、一方的なお話ですわ」


「魔王らしいだろう?君が愛したのはこういう男だ」



高貴な御身の気高さを振りかざす魔王の笑みは、破滅をもたらす美しさだった。



ベアトリスはもうすっかり、この優しくも支配的な魔王様の虜だ。



「しかも私の愛を裏切るようなことがあれば、この魔王がどんな恐ろしいことをするかわからないオマケ付きだよ」



なんてね、と魔王様は倒錯的な甘い笑みをこぼす。



ついには脅迫めいてきた。


ベアトリスはジンの重篤な愛語にゾクゾクする。



(魔王様がどこまで本気かなんて聞くまでもないですわ)



ベアトリスの背筋に奔ったゾクゾクは怯えではなく、至福だ。



「私、愛する人のお願いには抗えませんの」



裏切ったら許さないなんて、こんな脅迫めいたプロポーズ。受ける方がどうかしている。



だが、ベアトリスは魔国に居座ってでも生きようとした女だ。もともと、どうかしている。




「どんなに嫌われても魔国の王妃を務めるのが、愛する魔王様の願いですわね」




ベアトリスは差し出されたジンの冷たい手を取って、強く大地を踏みしめて立ち上がった。金色の豊かな波髪が美しく風になびく。



ベアトリスが一人で気丈に生きてきたのは、おじい様が「強く生きて、幸せになりなさい」と願ったから。



ベアトリスが愛猫の死に泣こうとしなかったのは、アイニャが「幸せに」と願ったから。



愛する人の願いに寄り添うためなら、どんな困難であろうと堂々と立ち向かう。




ベアトリスは授かった愛に、忠実な女だ。




「このベアトリス、魔王様の願い通り


見事な王妃となってみせましょう」




離婚予定だった生贄姫は、ついに魔国の真の王妃となることを宣言した。






手を繋ぎ、魔王様を見上げたベアトリスは現実的な問題を口にした。



「しかし魔王様、私は魔国について大変不勉強ですわ」


「大丈夫さ。私が王妃教育のために、良い『先生』を用意しよう」



ジンがにこりと優しく笑った。

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