土曜日
土曜日。
……予報によれば今日も晴れのはずだったけれど、生憎の雨。
いつもは雨が降ったらランニングは中止で、屋根で完全に覆われていない足湯も、お湯がぬるくなってしまうから諦めている。
でも、今日は違うんだ、お姉さんに会える最後の機会。
お姉さんは雨が降っているからいないかもしれない。
……そんな疑念を抱えつつ、わたしは走らずに傘を差しながら歩いて真っすぐ足湯へと向かう。
でも、お姉さんは足湯の前で傘を差しながらわたしを待ってくれていた。
「……! 待たせてしまってごめんなさい」
「いいえ、時間を決めていないんですから待たせたことにはならないですよ。……えっと、今日なんですけれど、学校はお休みですか?」
「はい。いくらでもここでお話しできます」
「ありがとうございます。……でも、わたしは八時前の電車に乗らないといけないんです」
八時。今は七時前だから……どんなに長くてもあと一時間で、お姉さんにもう会えなくなってしまう。
「わ、分かりました。でも、雨が降ってますし、今日は……」
自分で抑えられないぐらい、声も体も震えているのが分かる。
だって、本当は、わたしは……、
「あー! いたいた!」
「は……?」
昨日と同じく能天気な凪の声が公園にこだまする。
……凪か。こいつ、人が真面目に悩んでいる時に。後で覚えてろ……!
「あ、凪さん。おはようございます」
「お、おはようございます。お日柄もよく!」
「良くないですけれど……、そうだ、凪さん、この子のお家まで案内していただくことは可能でしょうか?」
「……へ? どうしてです?」
「この子にお礼がしたいんです。したいんですけれど、このままだと本当に捕まってしまうので……」
今一お姉さんの意図が分からないまま、わたしはわたしの家にお姉さんを案内することにした。
お姉さんはわたしの親と話したいとのことで、家に着いたわたしはまだ寝ていたお母さんとお父さんを文字通り叩き起こしたら、寝ぼけていたお母さんはお姉さんを見て固まってしまった。
なにがなんだか全然分からなかったけれど、一緒に話を聞いていると、お姉さんは今日一日私を同行させる許可が欲しかったということで、
……気づけばわたしはお姉さんと一緒に、休日だけ運航している、朝一番に出発する特急列車に乗っていた。
いつも遠出するときは車やバスで、電車もたまにしか乗らない上にこの状況。
初めて乗る特急電車の上にまさかの一番高い個室席、何もかもに現実味がない。
「お姉さん、……わたしはこれからどこに売られるんですか?」
「どこにも売りませんよ⁉ 一応私のポケットマネーなんで気にしないでください。普段あまりお金を使わないせいで余裕はあるんです」
「なら遠慮なく気にしませんが……行くんですか? 東京」
「私は帰宅になるんですけどね。行きたいところとかありますか? 有名な遊園地とか、観光スポットでも、時間の許す限りどこでも大丈夫ですよ」
そんなところにわたしが行きたいと思ってないのは分かっているくせに。
……と思わず言いたくなるけれど、実際問題あまりに急すぎて、パッと思いつくような有名所しか頭に出てこないのも確かだ。
到着まであっという間の一時間半、調べるにしてもお姉さんのスマホを借りるしかないし……あ!
「……じゃあ、普段のお姉さんがどう過ごしているのかが知りたいです。普段どういったところでお買い物をして、楽しんで、過ごしているのか。……こういう機会でもなければ知りようもないですから」
一応こっそり溜めてあるお年玉もあるし、行こうと思えばいつでも東京に行くだけなら行けるんだ。
でも、こうしてお姉さんと一緒に東京で過ごすことは、いくらお金を積んでもできないこと。
だから、お姉さんがどう過ごしているのかを知ってみたい。
お姉さんと一緒に。
「……分かりました! ちょっとプランを練るので待っててください!」
わたしのお願いを聞き入れてくれたお姉さんがプランを組み立てた後、……東京に着くまでどんどんと変わる天気と風景を背景に二人で話していたら、あっという間に東京に着いてしまった。
刻一刻とお姉さんと過ごせる時間は減ってしまっている、でも、もう寂しくない、だって、もし一瞬でもわたしが泣きついてしまったら、お姉さんがわたしに託してくれた思いを不意にすることになるから。
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