第6話

 王宮内をガシャガシャと鎧の金属音を響かせながらラインハルトが早足で歩いて来た。そして謁見の間に入ると女王に挨拶した。

「遅くなって申し訳ございません!」

「ラインハルト!首尾はどうですか?」

「ハッ!盗賊はすでに鎮圧されておりました。巡回ルートなどを見直し、帰還する途中、海岸に海賊の存在を見つけ、殲滅して参りました!」

「海賊が?」

 謁見の間で女王と共に作戦会議を行っていた軽装の騎士がラインハルトの方を向いた。

「ジェット!久しぶりだな!」

「今まさに海賊について話していた所だ」

「何事なのですか陛下?」

 謁見の間の中央に大きな木のテーブルが置かれ、地図が広げられている。テーブルの周囲には騎士や兵士の隊長など錚々たる顔ぶれが揃っていた。若き女王がラインハルトに説明した。

「最近他国から渡ってきた海賊が、北の海岸を中心に次々と上陸し、町を襲っているようなのです。色んな部隊から報告が上がっています。これはただ事ではありません。我が国は海賊達を侵略者とみなし排除することにしました」

「なるほど。私が見た集団だけではなかったのですね」

 髭面の大臣が慎重な姿勢を見せた。

「しかし海賊というのは海上での略奪を主とするような連中です。たまたまそのような海賊団がこちらのほうに流れているだけなのでは?」

「海賊の対処で手薄になっているのを知ってか知らずか、盗賊達の襲撃も増えています。このまま沿岸の兵に撃退を任せるだけというのはいささか消極的すぎるのでは?」

「しかし討伐には金がかかる!先日酒の税を上げたばかりです。資金はどうするのです?ただのならず者なら放っておけばよい!」

 どうやら会議は平行線のようだ。

「ただのならず者じゃないわよ」

 謁見の間に不意に女性の声が響いた。一同が声がした入口の方を見ると、フリーデ達三人が入ってきた所だった。一同がざわついた。

「フ、フリーデ・・・!」

「あれが竜騎士フリーデか・・・!」

「クローディア様もいるぞ!」

 ツカツカと歩いてきたフリーデとクローディアはテーブルの近くまで来ると跪いた。リンネもこそこそとついて来て跪いた。

「ご機嫌麗しゅう女王陛下。フリーデと申します」

「あなたがフリーデですか。噂は聞いています。民間人ながらこの国最強の竜騎士だそうですね」

「いえ、そのようなことは」

「クローディアもお元気そうね。後ろの方はご友人ですか?」

「ご機嫌麗しゅう女王陛下。隣の者はリンネと申します。私と一緒に賞金稼ぎをしている仲間です」

「まあ!こんなにおとなしそうなのに!あなたとフリーデの仲間ということはさぞお強いのでしょうね?」

「いいいいいえ!決してそのようことは!!」

 リンネはしどろもどろだ。こういった場は慣れていない。

「それで?何かお話があるのでしょう?聞かせてもらえませんか?」

「私達はノースポイントに先日行ってきた所です。ノースポイントはすでに海賊達に占拠され壊滅していました」

 一同がざわついた。

「さらに上陸しようとした海賊船三隻と遭遇したので私達三人で殲滅し、ノースポイントの砦も破壊しました。これであの場所を拠点に大規模な活動をすることは出来なくなったはずです」

「なるほど。ご苦労様でした。素晴らしい働きをしてくれたようですね」

「ですがその際に気付いた事があります。敵は海賊だけではありません」

「え?」

「まず海賊船に大和帝国の術を使う者が乗っていました。舞踏士という兵のようです。彼等の術により、竜の炎は弾かれてしまい効果がありません。彼等の船は直接叩かなければなりません」

「や、大和帝国だと!?い、一体どういうことなんだ!?」

 周囲は再び騒ぎ始めた。

「へ、陛下!これは国際問題ですぞ!すぐに非難声明を出さなければ!」

「落ち着きなさい。まだ数人乗っていただけで国の兵士とは限りませんよ」

「それから竜人の存在も確認しました。その場で二体と戦闘になりました。船に乗っていたので彼等の仲間と見て間違いないでしょう」

「やはり竜人ですか・・・噂はありましたがどうやら事実のようですね」

 ラインハルトが女王に話しかけた。

「陛下、やはり竜人は海賊と手を組んだようです。他の場所で報告されている船にも舞踏士が乗っているようです。敵はどうやら侵略を目的とした隣の国の海賊と竜人、そして裏に大和帝国がついたようですね」

「となると、敵の大将はバルフレアですね。フリーデ、あなた達は竜の炎が通じない船をどうやって撃退したのです?」

「一隻目は舞踏士が出る前にクローディアが炎で、二隻目は私の竜が回転して翼に仕込んだ刃で船を切断し、もう一つは私が竜から飛び降りてそのまま船上の敵を全員斬り伏せました」

 クローディアから見て、テーブル周囲の一同が明らかにフリーデの言葉を理解出来ていないのがわかった。

「回転?飛び・・・え?」

 クローディアが言葉を継いだ。

「フリーデの竜は翼が刃のようになっていて、炎だけでなく斬撃も可能なのです。そしてフリーデには生まれつき魔法が備わっていて、外部からの攻撃や衝撃が全て無効になっているのです。これによりどんな高さから飛び降りてもフリーデにはダメージは一切無く、賞金首のアジトに空から直接飛び降りてその近くにいる者達を一気に討伐するという戦法で各地を暴れ回っているのがフリーデが最強たる所以になっているのです」

「それは・・・すごいですね。風邪を引いたら注射はどうするのです?」

「東洋の漢方薬を飲んだりして何とか。寝るのが一番ですね」

 ラインハルトは目を輝かせた。

「すごい!やはり私の目に狂いは無かった!陛下、彼女が参戦してくれれば海賊など恐れるに足りません!」

「そ、そうです!こんなに強い人が味方にいるなんてなんたる僥倖!」

「フリーデ様万歳!!」

 皆がフリーデの強さに感激し場が盛り上がった。女王は手を上げ、周囲を鎮めた。

「フリーデ」

「はい」

「この戦争に力を貸してくれませんか?」

「お断りします」

 周囲がざわついた。ジェットの表情は変わらない。

「こんなに多くの人に期待されたのは初めてです。それは本当に嬉しいです。でも私は国のために生きているのではありません。私は私の為に生きる。そう決めています」

 フリーデは立ち上がった。

「今回の敵には竜人がいます。竜の炎が効かないとはいえ制空権を取るのが重要になります。私のような紛い物ではなく、本当の竜騎士の力が必要になるでしょう」

 フリーデはジェットを見た。竜騎士部隊の隊長であるこの若い騎士にクローディアが憧れて竜に乗っていると以前聞いたことがあった。

「それでは私はこれで。ご武運を」

 フリーデは振り返り歩き出した。クローディアとリンネも慌てて立ち上がってフリーデに続いた。テーブルにいた隊長の一人がフリーデを指差し震わせながら叫んだ。

「き、貴様!陛下の申し出を断るとは何事だ無礼者め!臆したのか!」

「そ、そうだ!なんやかんや理屈をつけて逃げる気か!」

「恥ずかしくないのか!」

 周囲が騒ぎ出した。

「お黙りなさいッ!!」

 女王が一喝し、場が静まり返った。

「フリーデがどうしようと彼女の自由です。あなた達は兵士です。この国の為に戦うのが仕事です。守るべき民間人に頼るなどもってのほかですよ」

 最初に叫んだ隊長は気まずそうに女王に侘びた。

「し、失礼しました陛下」

 女王は隊長の肩に手を置き微笑んだ。

「大丈夫です。私はあなた達を信頼しています。私の命はあなた達と共にありますから」

 女王の言葉に隊長は胸がいっぱいになり涙目のまま直立した。

「フリーデ」

「はい」

 フリーデは振り返り、女王が近くまで歩いて来るのを待った。よく見ると女王がフリーデよりも若い事に今更ながら気付いた。女王の優しそうな顔を見ているとフリーデはなぜか懐かしさを感じた。

(あれ・・・なんか私に似てる・・・?)

「あなたは心も強くなったのですね」

「え?」

「報告してくれてありがとう。またいらしてください。今度は私の友人として」

 ラインハルトは朗らかに叫んだ。

「すまなかったなフリーデ!私のせいで変な期待を持たせてしまった!あとは私に任せろ!あと騎士団はいつでもお前を待っているからな!ハッハッハッ!」

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