第11話

 万能倉まなぐら会長の恋愛話コイバナが本題……なのか?

 手紙が白紙だったことと何の関係があるのだろう?

 ……とりあえず黙って聞いてみるしかなさそうだ。


石刀いわとれい先輩。先々代のクイズ研会長です」


 困惑する私に構わず、美しく輝かしい宝石を扱うように、会長は心を込めてその名を呼んだ。

 私たちの入学と入れ替わるように卒業していった人なので、当然私たちに聞き覚えはない。


「私が入学してすぐの合同部活紹介で、三年でクイズ研の会長だった玲先輩が新入生にクイズを出して場を盛り上げたんです。そのときの玲先輩の立ち居振る舞いや凛とした声がすごくかっこよくて、一目惚れしてしまって。私はバスケットボール部を希望していたのですけれど、それをやめてクイズ研に入ろうと思いました。その年は八人、入部しましたが、みんな玲先輩目的でしたね。……ほら、この中学校って、が多いじゃないですか」

「わかります」


 思わず同意してうなずく。

 私たちの他に、クラス内でも小波渡こばとさんと鹿瀬かのせさんというカップル(ただし非公開)がいるし、それ以外にも四、五組は把握している。私の調査では全生徒の実に五十八パーセントが学内外を問わず彼女持ちである。

 今はフリーだけど彼女がいたことがあるという子も含めると、七十九パーセントが百合カップル経験者だ。

 ……自分もその中にいるから感覚が麻痺しているけど、冷静に見るととんでもない数値だなぁ。

 それはさておき、今は会長の話だ。


「玲先輩は部活紹介のときとは違い、部活に対してものすごく厳しくストイックな人でした。……あなたがたは『高校生クイズ大会』というものを知っていますか?」

「たまにテレビで放送しているやつですか」

「そうです。玲先輩は私たち後輩が高校生になってすぐにでもそれに出場できるくらいに育てようとしていたんです。授業なんて子供のお遊戯みたいなレベルで、部活初日からあらゆる知識を詰め込まれましたよ」

「うわぁ……」


 そういう一昔前のスポこんなノリは、私やリリなら絶対に耐えられないと思う。


「私の同期はその指導についていけず、玲先輩の豹変ぶりもあって、一か月も経たずに私以外は全員辞めてしまいました。正直、私も辞めようと思いましたが……残ることにしました。最後の一人になって逃げづらくなったこともありますが、やはり玲先輩が好きだったので頑張ろうと。そうしたら……ある日の部活終わりに先輩が言ったんです」


『万能倉、お前も無理せずに辞めていいんだよ。やる気のない子に指導するほど、あたし自身余裕があるわけじゃないから』

『辞めません。頑張ります』

『そう言ってくれるのは嬉しいけど……そんなにクイズが好きなのか?』

『私が好きなのは玲先輩です。玲先輩に喜んでほしくて、認めてもらいたくて、必死に頑張っているんです』


「気がついたら、そう口走っていました。ハッと我に返って、先輩を困らせてしまった、どうしよう、と戸惑っていたら……玲先輩はキョトンとしていて、すぐに耳まで真っ赤になって。私以上に戸惑ってあわあわと慌てふためいていたんです。怖い先輩だと思っていたのに、それがすごく可愛いと思ってしまって」


 ふふ、と楽しそうに笑う。


「そんな先輩を見て、ますます好きになって、舞い上がってしまって……勢いのままに『私を彼女にしてください』と告白しました。すると玲先輩は……とても困った顔をして、返事をすることなくさっさと部室を出て行ってしまいました」


 そのときのことを思い出したのか、会長は部室の入口を見つめながら悲しげに言って、肩を落としてうつむいてしまった。

 しん、と部室が静まり返り、じりじりと壁掛け時計の秒針の歯車が回る音が耳をくすぐる。

 しばしの沈黙のあと、会長は小さく息をついて顔を上げた。


「私は帰宅して自室のベッドに倒れ込んで、ああ、やってしまった、もう先輩と一緒にいられない、と絶望しましたよ。そうしたら……」


 ぽん、と暗号文と箱に手を当て、また微笑む。


「翌日『昼休みに部室に来い』と玲先輩からスマホに連絡メッセージが来て、何を言われるのかとビクビクしながら部室に足を運ぶと、この箱と暗号文を用意して待っていたんです」


『昨日の返事はこの中にある。万能倉もクイズ研の一員なら、暗号の一つも解いて答えを手にしてみせろ』


「……なんてことを言って。それはもう、必死に開けようと思いますよね」

「この箱と暗号ってそういう理由で作られたんですか……?」


 告白の返事のためにこんな面倒かつ手の込んだものを作ったと聞いて、私は思わず先々代のアクティブさとポテンシャルに呆れてしまった。


「暗号を解くのはクイズ研よりミステリー研究部の領分だと思うけど。先々代はその辺はどう考えていたんだろう?」


 同じく呆れていたリリが言うと、ですね、と苦笑する会長。

 リリ曰く、多岐にわたる知識を得ることを主眼にしているクイズ研には謎解きができるほどの柔軟性や発想力がない、とのこと。

 まさにそういう指導をしていた先々代の会長がそこに考えが至らないのは、それだけ万能倉会長の告白に対して平常心ではなかったということなのかもしれない。

 会長はその辺りの機微を理解している風に見える。


「それと、出題された際に条件を付けられました。一つは、解読に他人の手を借りるのは禁止。私と玲先輩のあいだのことなので、他人の介入は許さない、と。もう一つは、タイムリミットは玲先輩が部活を引退するまで。無期限では互いのためにならない、と。それらを厳守するように言われました」

「え? 他人の手はダメって……クイズ研会員みんなで解こうとしたと言ってませんでしたか? いえ、クイズ研関係者ならまだしも、私たちが関わるのは拙かったんじゃ……というか、それ以前にじゃないですか」


 先々代の引退が何月何日なのかは知らないが、卒業からは二年弱経っている。リミットも何もあったものじゃないくらいに手遅れだ。

 私の指摘に会長は、そうなんですよ、と小さく笑う。


「もう二年も期限を過ぎています。会員みんなに協力を仰ぎ、あなたたちを呼び寄せてまで箱を開いても、なんですよ。……開けさせておいてこんなことを言うのは失礼だとわかっていますけど」


 申し訳なさそうに眉根を寄せ、肩をすくめた。

 だからなのか。

 会長が『好きな人が』と過去形にしたのは。

 先々代はすでに卒業してここにはいないから、手紙の内容がなんであれ、そこに込められた答えに意味がない。

 

 そういう諦めから出た言葉だったのかもしれない。

 ……いや、そうすると、『時間がない』『なりふり構っていられない』というのはどういう意味だ……?

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