第5話
クイズ大会が終わり、教室に戻ると、私とリリは不満いっぱいのお通夜のような拍手で迎えられた。なまじ首位に並んでいただけに、最終問題で逆転の目がないポジションで負けるよりも残念な気持ちが強いのだろう。
だが、まるで興味がないと嫌がっていたリリがこんなに頑張ったのだ。もうちょっと
……可哀想なリリ。私はリリの頑張りをちゃんと知ってるからね。
「申し訳ない結果になってしまったが、事前に僕が言ったとおり、このことについて責めないでいただきたい。それと、僕が出した三つの条件の一つ、午後の仕事はしなくていいという約束は守ってもらう。いいよね?」
リリがクラスを見回し、最後に
「そういう約束だものね。勝手にするといいわ」
なんだか少し悔しそうな気配を纏いつつ、そっぽを向いた梁川さん。実はリリに期待していたらしい。普段いけすかないだの気に入らないだのと言ってるのに、ツンデレさんか。
ともかく。
スクールカースト最上位の彼女の言葉に文句を言える者などなく、私たちは晴れて自由時間を手にしたのだった。
クラスから飴玉を二つ失敬して一つをリリにあげて、もう一つを自分の口に放り込む。舌の上でしゅわしゅわとサイダーの味が弾け、緊張し通しだった気分がようやく落ち着いた気がした。
「さて、リリ。どこ行こうか?」
「ミコはどこか行きたいところはあるかい?」
「んー……リリと一緒ならどこでも」
「じゃあ、付き合ってくれるかな。行きたいところがあるんだ」
「いいよ」
面倒くさがりのリリにしては珍しいと思いつつ、私の手を引いて歩く小さな背についていく。各学年の教室がある本棟を離れて特別教室棟を抜け、文化棟――文化部の部室が並ぶプレハブ――の一室の前でリリの足が止まった。入口の上のプレートに部の名称が書かれていて、少しだけドアが開いている。
「クイズ研……? なんで……」
思わず呟いているうちに、リリはドアをノックして返事を待たずに部室に入った。手を繋いだままなので必然的に私も続く。
室内は本棚と種々雑多な本で埋まっていて、中央の丸テーブルの上にも本が山積みにされていた。さすがは知識を追い求めるクイズ研究会だと思わされる様相だ。
その部屋の奥、壁際の小さなデスク付きの椅子に一人の女子生徒が背を向けて座っていた。
「メッセージが届いた、と思っていいのかしら?」
女子生徒が振り向いて微笑んだ。声の調子は優しそうなのに、瞳に妙な光があって底知れないものを感じてしまう。
と言うか、メッセージって?
「私は
椅子から立ち、女子生徒は軽くお辞儀をして自己紹介した。
三年生ということは
「僕は
「クイズ大会は残念でした。二択で迷ったのでしょう?」
「はい。二分の一でハズレを引きました」
ふふ、と自嘲気味にリリが笑う。
……何の話をしているんだ……? 二分の一?
「リリ、何がどうなってるの?」
「ん? クイズ研が助けてほしいと言うから来たんだよ」
「……は?」
リリが何かの依頼を受けたということなのだろうか。いつのまに?
「ああ、ミコは気づいていないのか。じゃあしょうがないね」
「ごめん、リリ。イチから説明してくれる?」
「もちろん。……ところでミコは、クイズ大会の答えを全部覚えているかい?」
「記憶力が残念過ぎて『神経衰弱』で小学生にも勝てない私が覚えていると本気で思ってる?」
「いいや。全然」
じゃあ聞かないでよ。
とスネて見せると、リリはくすくすと笑った。可愛い。それだけで許せるから困ったものだ。
「万能倉先輩、紙とペンを貸してくれませんか」
「その辺にあるものを好きに使っていただいて結構です」
「ありがとうございます」
礼を言って、リリは手近に落ちていた紙とペンを拾い上げて、部屋の中央にあるテーブルの上で何かを書き始めた。
『ターコイズ』『スルメイカ』『ケンブリッジ大学』『てんとう虫』『欲目』『シーボルト』『いの一番』『クレオパトラ』『イスカンダル』『ずんだもち』『
全二十問の解答を並べ、リリは私のほうを向いた。これでわかったろう、と言いたげだが、さっぱりわからない。というか、記憶しているリリのすごさに驚くだけだ。
「クイズの答えの一文字目だけを順番に読むんだよ」
「ん……『タスケて欲シいクイず研ノ部室デ待ツテイル』……助けて欲しい、クイズ研の部室で待っている?」
「そう。だから僕はここに来たんだ」
言って、リリは万能倉会長を見た。
満足そうに微笑み、会長が見つめ返す。
「神前さん、どうしてこの
「高清水さんのクイズ開始前のナレーションがキッカケです。彼女はこう言った。『購買部の無料券で思う存分おなかいっぱいパンを楽しむのはどの解答者になるのか』と」
「それが?」
「クイズ大会の優勝クラスに贈られる無料券は一人一枚だ。たったそれだけで思う存分おなかいっぱい楽しむことなどできはしない。しかも『どのクラス』ではなく『どの解答者』と言った。そこで僕は、クイズ大会とは別の何かが大会に仕組まれていると推測した。そうしたらクイズの解答にメッセージが仕込まれていたというわけだ」
「ご明察です」
ぱちぱち、と拍手をしながら会長が笑った。
なるほど、それでリリは一問目の解答がわかっていながらボタンを押さなかったのか。大会の裏に隠されたものが何なのかを考えていたから。
同時に、終盤の猛追は隠されたメッセージの文脈から答えを推測した結果なのだと理解した。だから最終問題も『る』から始まる言葉を予測して『ルール工業地帯』か『ルクセンブルク』のどちらかで迷い、ハズレを引いてしまったのだろう。
ちなみに最終問題は『ドイツ西部、ベルギー南部、フランス東北部で国境を接する国の名は?』というものだったと思う。ベルギー、というところまで聞いていればリリも間違わなかったかもしれない。
「僕は先輩のお眼鏡にかないましたか?」
「ええ。十二分に。私は裸眼視力2・0ですけれど」
リリの言葉に会長がジョークを交えてうなずく。
……助けてと言うわりに余裕だな、この人。深刻な問題じゃないのだろうか。
まあ、クイズ大会の解答にこっそり仕込みをして人を呼ぶような回りくどいことをしているのだから、急を要するような事態ではなさそうだけど。
「私の指示で高清水に読ませた原稿の通り、購買のパンを十分堪能できるように無料券を二十枚用意しています。その報酬をもって、あなたたちにお願いしたいのは……」
すっ、と会長が左手を持ち上げる。
その手に一枚の紙を持っていて、それを顔の横に掲げて見せて――
「暗号の解読です」
言って、少しだけ首を傾げながら微笑んだ。
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