第4話
ただクイズを解くだけではなく、こういう場を盛り上げることもクイズ研究会の活動内容に入っているのだろうか。
それにしても……いつも教室の隅で一人ひっそりと本ばかり読んでいる高清水さんのぶっ飛んだテンションには正直驚いた。二面性があるにもほどがあるというものだ。
「第一問! リン酸塩鉱物に分類され、鮮やかな青色が特徴の、日本では『トルコ石』と……」
というところで数組がボタンを叩く音がした。リリは反応していない。
「E組が早かった! 答えをどうぞ!」
「ターコイズ」
「正解!」
ピンポーン、と間の抜けた電子音が鳴り響く。同時に湧き上がる観客。百人くらいだろうか、二年生だけではなく他学年も結構いるようだ。
やはり人気があるんだな……クイズ大会は。
「リリ、今のわかった?」
「もちろん」
「じゃあなんでボタン押さないの」
「考え事をしていた」
「えぇ……?」
いくら優勝できなくても文句言われないからって、それでいいのかな。
いや、よくない。
こうなったら、リリが答える前提で勝手にボタンを押そう。
それしかない。
……とは言うものの。
誤答すると他の組が誤答するまでその問題の解答権を失うというシステムでは、問題文をほとんど聞かずにボタンを押すのはリスクが大きい。ゆえに解答がわかるところまで問題を聞くのが正攻法――なのだが。
「C組! まだ問題の途中ですが解答をどうぞ!」
「室町幕府」
「正解!」
クイズに慣れているのか、C組の代表は問題文を予測して他よりも早くボタンを押してくるので他の組が手を出せないでいる。しかもただ早いだけでなくそこそこの正答率で、現在の得点は五ポイントと頭一つ飛び抜けて高い。次点でE組の三ポイント、続いてB組とF組が二ポイント、私たちA組とG組が一ポイント、D組は無得点だ。
リリが答えられそうなところまで問題を聞いてボタンを押すと決めたものの、その匙加減がわからずにC組に圧倒されている感じだ。私たちの一ポイントはC組が誤答したときに取ったもので、言ってみればおこぼれを貰ったに過ぎない。
このままではC組に勝てない――
「リリ、もうちょっと真剣にやろうよ。少なくとも、二位か三位くらいになっておかないと、最終問題のポイントアップでC組を上回れないよ?」
「今、何問目?」
「え? 確か……十四問目が終わったところ」
「じゃ、そろそろかな」
「……?」
よくわからないことを言って、リリは繋いだ手を少しだけ強く握った。その表情から眠そうな気配が消し飛び、真ん丸で可愛らしい瞳に光が宿る。
リリがちょっとだけ本気を見せるときの顔だった。
「第十五問! 長期熟成したワインの……」
高清水さんが問題を読み始めてすぐ、ボタンが押されて、ピン、と甲高い音が鳴った。
相変わらずC組は手が早い――と思ったら、目の前の赤色回転灯が点灯していた。
あれ、私押してないんだけど……ということはリリが?
「デキャンタ」
「正解! 長期熟成したワインの
リリの解答に会場が沸く。
C組の代表二人がまさかと言いたげにこちらを見ていた。
私も同じ顔をしてリリを見つめる。
「あんな短い問題文でよくわかったね」
「ミコと手を繋いで勘が冴えてきたからね。まだまだ行くよ」
「おお。頼もしい……」
やる気を出したリリに拍手を送り……たいところだが、手を繋いだままなので黒髪ショートボブをなでなでした。
リリは嬉しそうに笑っていた。
その後、リリの頑張りで三ポイント獲得してC組の得点に並んだ。私たちA組とC組は五ポイント。十七問目にD組が初めて正解(C組は答えがわかっていたのに噛んでしまって不正解扱いになった)して得点した以外に他組の点数は変わっていない。
このままの調子で行けば私たちが優勝できるかもしれない。
例の『最終問題だけポイントアップ』があったとしても、今のリリならそれすらも取って独走できそうな気がする。
購買のパン無料券が現実に見えてきた。
「さあ、トップを独走していたC組にA組が追いつきました! この調子でA組が飛び抜けるのか! それともC組が逃げるのか! 他の組の追い上げがあるのか!」
高清水さんが煽るようなコメントをすると、観客席から応援の声が上がった。
それを満足気に見回して、高清水さんが手元に視線を落とす。そして大袈裟に驚いたようなジェスチャーをした。
「おおっと、次が最終問題となりました! 優勝争いは同点首位のA組とC組……と言いたいところですが、他の組にもチャンスがあります!」
来た、と思った。やはりポイントアップがあるのだろう。
「最終問題は得点が四ポイントになります! ですので、現在三ポイントのE組、二ポイントのB組とF組にも逆転優勝の可能性が、一ポイントのD組とG組には同点首位になる可能性が出てきました! さあ、みなさん最後まで諦めずに頑張りましょう!」
その宣言に、観客が再び沸いた。
……首位のときのポイントアップ宣言は確かに嫌なものだ。リリが茶番だと言った気持ちがよくわかる。
しかし、最終問題で正解すればいい話だ。
リリ、頑張って……!
「それでは最終問題! ドイツ西部……」
ピン、とボタンを押した音。見ると、私の前の回転灯が回っている。
リリだ。
「まだ問題文がほとんど読まれていないのにボタンを押したA組! 勝負に出たか! 解答をどうぞ!」
「……ルール工業地帯」
社会の授業で聞いたことのある名称を答えたリリ。
その横顔からは自信が感じられず、私の手を握ったリリの手が少しだけ震えていた。
答えに迷った――そんな気配がした。
高清水さんはリリをじっと見つめて、気を持たせるように間を置いて。
「残念! 違います!」
「……っ!」
「同点首位のA組、痛恨のお手付き! これは本当に痛い! A組は私のクラスでもありますから、これで無料券が遠のいたかと思うと個人的にも痛い!
会場を笑わせるつもりか、そんなことを言う高清水さん。このあとも何も、解答権を失ってしまってはどうすることもできない。同点決勝の決着をどうつけるのかは知らないが、B・C・E組のいずれかが正解したら、私たちに勝ちはない。
「ごめん、ミコ。焦ってしまったよ」
リリは申し訳なさそうに小さく笑んで繋いでいた手を離し、ぽりぽりと頭を掻いた。
「ううん。リリは頑張ったよ。一問も答えていない私なんかより、ずっと」
高清水さんが問題を読み直し、E組が答えて逆転優勝が決まって観客共々大歓声を上げるのを横目にしながら、私は落ち込んでいつも以上にちっちゃくなったように感じるリリを抱き締めて、ぽふぽふと頭を撫でていた。
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