第3話

 文化祭当日。

 午前中はクラスの係に就いて、来客にテーブルゲームで楽しんでいただき、おおむね問題なく過ごした。

 ……まあ、『神経衰弱』が弱すぎる私をバカにした小学生(クラスメイトの妹)をリリが五戦連続完封して泣かせたというアクシデントはあったが、この程度なら深刻なトラブルとは言えないだろう。

 そうして昼食の時間を迎え、私とリリは教室の窓際の席で弁当を頬張りながら、午後一番から始まるクイズ大会の会場が設営されているグラウンドを見下ろしていた。

 あとになって知ったことだが、このクイズ大会の歴史はわりと長いらしい。当校文化祭の目玉イベントとなって二十年を超えているのだとか。クイズ研の部員はそう多くないのにそれだけ続いているのは単純にすごいことだと思う。


「はぁ……面倒だなあ……」


 食べ終わった弁当箱を片付け、憂鬱そうにため息をつきながらリリは机に伏した。そのまま居眠りを始めそうだったので、ぺしぺしと黒髪ショートボブの頭を軽く叩く。


「寝ないでよ、これから出番なんだから」

「わかってるよ。でもね……何の因果でこんな茶番に付き合わなきゃいけないのかと思うと、憂鬱になるよ」

「茶番? クイズ大会が?」

「そうだよ。ミコは去年の大会のことを覚えてないのかい?」

「私、去年の文化祭はダウンしてたから」


 展示物の製作が間に合いそうになかったので三連続徹夜さんてつして仕上げたはいいが、その無理がたたって風邪を引いてしまい、文化祭当日は展示物を提出した直後に限界を迎えて保健室送りになった。なのでクイズ大会が開かれた午後はベッドで高熱とせきに苛まれつつ泥のように眠っていたのだ。

 風邪がうつるかもしれないのにリリがずっとそばにいて看病してくれたから、文化祭に参加できなかったことなんてどうでもよくなったことをよく覚えている。


「ああ、そうか。ミコは風邪を引いたんだったね」

「うん。で、クイズ大会がどうしたの?」

「一定の正解数を獲得した組の勝ちという形式じゃなくて、出題する問題の数が決まっているようなんだ。だから、例えば全部で二十問出題されるとしたら、連続十一問正解した組が勝利するということになる」

「過半数を取ったことになるもんね。神経衰弱と同じ。でも、それが茶番?」


 仮に一つの組が独走して早々に優勝が決まってしまったら、大会としては面白みに欠けることになりそうではあるけど、それを茶番とまで言うのはどうなんだろう。


「全部で何問あるかは事前に発表されないらしい。それで、大会が進んでいくと唐突に『次の問題が最後です』と司会が宣言するわけだ」

「うん。それが?」

「考えてみて、ミコ。例えば、ある組がトップの得点を挙げて、他の組との差が二点以上あったとしたら、最終問題を出す意味があるかな?」

「……ないね。一問一点だと追いつけないんだし」

「だけど、司会は構わず問題を読み上げたんだ。そして、最終問題の正答を出した組が優勝した」

「トップの組?」

「いいや。他の組だった」

「……?」


 どういうことだろう。……って、まさか。


「ひょっとして、芸能人クイズ大会なんかにありがちな……?」

「そう。『最終問題だけ点数がいくつになります』というやつだよ。それで去年は四位の組が逆転優勝した。過去の大会を見ても同じようにポイントアップが実施されていて、上位四組の点差が三点程度なら最終問題を答えた組が優勝するようになっているらしい。これが茶番でなくて何なのさ?」


 やれやれ、とリリが肩をすくめる。

 確かに妙な話だ。最終問題だけで決まってしまうなら、それまでの過程が無意味なものになる。購買の無料券を手にするチャンスがトップチーム以外にも与えられる、というのはある意味平等というか救済措置のように捉えられなくもないが、逆に言えばトップで得点を重ねてきた組の徒労感が酷くもある。伝統あるクイズ研のすることとは思えない杜撰ずさんな仕様ではないだろうか。トップチームが最終問題を取れば問題ないというスタンスなのか。


「ま、そういうことなら三位くらいで最終問題に挑めば優勝できるかもしれないってことでしょ。ちょっとだけプレッシャーが和らいだよ」

「プレッシャー? 前に僕は気負わなくていいと言わなかったかな?」

「言ったよ。でもね、梁川やながわさんとか小波渡こばとさんとかが無言で圧力かけてくるから。『リリにしっかり答えさせなさいよ!』って感じで……」

「ははは。大変だね、ミコは」


 他人事のように笑うリリ。その可愛い笑顔に癒されると同時に、誰のせいだと苛立ちもする。


「リリが頑張ってくれたら大変じゃなくなるんですが?」

「そうだね。梁川さんたちはどうでもいいけど、ミコが困っているなら頑張らないとね。そのために、ちょっとしてほしいな」

「充電? ああ、なるほど……」


 その言葉の意図を理解して、私はリリの頭を撫でながら小さな体を抱き寄せて、いつもより長めにキスをした。嬉しそうにとろけるリリの顔が可愛すぎたので、もう一度。

 そのタイミングで「クイズ大会に出場する人はグラウンドに集合してください」という校内放送が流れる。


「じゃ、行こうか。ミコ」

「うん」


 手を繋いで教室を出ると、いつもは「このバカップルめ」というような視線を向けてくるクラスメイトたちが拍手で送り出してくれた。

 ……ちょっと恥ずかしかった。



 会場に着くと、すでに他の組の代表が席に着いていた。友人の少ない私でも知っている学年の成績上位者がずらりと並んでいる。そんな中に頭の良くない私がいることに場違い感を覚えてしまう。


「ミコは僕の隣で手を握っていてくれるだけでいいよ」


 私の不安を感じ取ったか、リリがそんなことを言った。

 繋いだ小さな手が何よりも強く頼りになる気がして、瞬時に緊張と不安が吹き飛ぶ。

 『A組』と書かれた席に着き、司会(クラスメイトの高清水たかしずさんだ。クイズ研だったとは知らなかった)に言われるままに動作テストで早押しのボタンを押す。ピン、と甲高い音がして、席の前にある赤い回転灯が点灯した。不具合はなさそうだ。


「みなさーん! 元気ですかー! 私、本日の司会を担当しますクイズ研究会二年、高清水まどかです! クイズ研究会主催、クラス対抗クイズ大会の開会をここに宣言しまーす! 各クラス代表が互いの知識を競い合うこの大会、果たして優勝するのはどのクラスになるのか! 購買部の無料券で思う存分おなかいっぱいパンを楽しむのはどの解答者になるのか! それではさっそく、行ってみよう!」


 全クラス代表が準備を終えてからしばらくして、高清水さんのけたたましいナレーションに次いでクイズ大会が始まった。

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