第2話

 私が通う私立女子中学校の文化祭は、基本的に外部の来場者の受け入れをしておらず、学校関係者のみ(家族含む)で行うことになっている。

 クラスや部活の出し物に飲食店が許可されていないので、展示やイベント、演劇、歌唱、楽器演奏がメインになり、一般的に想像する屋台が並ぶような文化祭の賑わいはなく、個人的な意見を正直に言うなら『つまらない』祭りである。

 そんないまいち盛り上がらない文化祭ではあるが、唯一と言っていいほど注目されているのがクイズ研究会主催の『クラス対抗クイズ大会』である。注目される理由は前述のとおり、購買部のパンがどれでも一つ無料になるチケットが優勝クラスの全員に贈られることだ。

 しかも、この大会に出られるのは二年生に限られている。それゆえに、梁川やながわさんを始めとするクラスの全員が今年だけの機会だからと必死になるのだ。


「でも、本当に代表になってよかったの? リリ」


 ある日の放課後、文化祭で行うクラスの出し物である『テーブルゲーム』のルールややり方などを覚えるために実践しながら尋ねる。

 クイズ大会のクラス代表となることの条件として、リリは三つの条件を出した。

 一つは、優勝できなくても文句は言わないこと。もちろんやる気を見せないままに敗北するような真似は許されないだろうが、真面目にやって勝てないならしかたないと諦めてほしい、と。これにはクラス全員がうなずいた。

 もう一つは――那須野深瑚わたしがパートナーになること。クイズ大会は二年の全七クラスから二人ずつ代表を出すことになっているので、リリは私を相方に指名したのだ。

 リリと一緒にいられるので私は嬉しいが、クイズ大会に勝つという目標のために私を選ぶのはミスチョイスとしか思えない。私の成績は下から数えたほうが早いのだから、私より戦力になる子を選ぶべきだ。

 それをクラスのみんなに訴えようとしたが――


神前かんざき那須野なすのとセットにしとかないと働かないし」


 全員から異口同音でそう言われてしまった。

 私はリリの電源か何かみたいに思われているのか?


「それにパートナーが私でいいの? 他の戦力になる子と代わって……」

「いいも悪いもないよ。僕はクラスのために働く気はない。ミコのために頑張るんだ。だからそばにいてほしい」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私じゃ戦力にならないよ」

「うん。だから勝てなくても文句言わないようにと条件をつけたんだよ」

「敗北前提でしたか」


 見事な保険だ。さすがリリ、私をよく理解している。


「それに、午後一番のクイズ大会が終わればあとは自由時間だ。出し物の係になってミコとのデートの時間が取れないと諦めていたけど、二人一緒に午後のシフトを白紙にできたのは僕にとって最大の利益だよ」


 ふふ、と不敵に笑い、リリは机に伏せて置かれているカードに手を伸ばした。

 それが三つめの条件。大会後もクラスの出し物に従事することになっているところを免除するように要求したのだ。これにはクラスから多少不満が出たが、「じゃあ出場しない」というリリの一言で決着した。

 そうして私との時間を確保できたと上機嫌なリリは、カードを続けざまに二枚めくった。スペードのエースとハートのAだ。


「これで過半数越えの二十八枚だ。ミコの負けが確定したね」

「いや、あの、リリって『神経衰弱』強すぎない? 記憶力どうなってんの?」

「ミコが弱すぎるんだよ。これで二十二連敗だよね。そんなのでカードゲームのディーラーなんてできるのかい?」

だからいいんだってさ。舐められたもんだよ、まったく……」


 ぼやきながら机の上のカードを集め、シャッフルしてため息をつく。

 私は瞬間記憶能力があまり高くない。フラッシュ暗算は小学校低学年と勝負しても勝てない自信があるし、瞬間記憶に関しては脳トレゲームで脳年齢が還暦オーバーという不名誉な記録もある。ゆえに『神経衰弱』にはトコトン弱い。

 まあ、客からプレイ料金を取ったり賞金を出したりするわけではないし、参加賞として小さな飴玉を一つ、ディーラーに勝てばもう一つ進呈するだけだから、血眼ちまなこになって勝たなければというわけではない。むしろ客に勝たせて楽しんでもらうのが主眼だ。

 そういう意味では、全力を出しても接待プレイになる私は非常に重宝されるというわけだ。

 ……自分で言ってて悲しくなってきた。


「じゃあ、次のゲームでミコが僕に勝ったらキスしていいよ」


 落ち込む私を見て可哀想だと思ったのか、リリが珍しくそんなことを言った。


「わかった。死ぬ気で頑張る」

「死なれちゃ困る。ほどほどにしてくれないか」


 呆れながらリリがカードを机に並べていく。私はそれをじっと見つめた。

 そして――


「バカな……この僕がミコに完封されるなんて……」


 全五十二枚のカードを手に思い切りドヤ顔を披露しつつ、私は驚愕するリリの可愛らしい唇を奪った。

 リリとのキスがかかったゲームで私が負けると思っているなんて、まだまだ甘いなぁ。

 ……と言いたいところだが、それは


「那須野がそのポテンシャルを発揮してくれたらクイズ大会も余裕じゃね?」


 たまたま近くを通りかかった小波渡こばとさんが勝負の結果を見て言った。

 今の勝負はリリがキスする言い訳のためのだということに気がついていないらしい。じっくり見ていれば、わざと隙を見せて私に過半数を取らせようとしているのは明白だった。

 もっとも、完封されるとは思っていなかったようだが。それについては私自身が一番驚いている。


「クイズと『神経衰弱』は違うんだけど……」

「勝負強さの話だよ」


 言って、手にしていたチルドカップのストローからミルクティーらしきものをすする。どうやら購買で買ってきたものらしい。彼女は準備係だったはずだが、作業している様子がない。サボリか?

 説明するのを忘れていたが、我がクラスの出し物は『休憩所兼テーブルゲーム場』だ。当日は教室を解放して休憩スペースにするとともに、客を退屈させないようにテーブルゲームで楽しんでもらうというコンセプトだ。その接客係の私たちはゲームの練習を、当日の係に当たっていない人は教室内外の飾りつけなどの準備を担当し、たった今も忙しく作業をしている。

 そのどちらもしていないとは……梁川やながわグループ所属はお気楽なものだ。


「神前一人でも圧倒できると思ってるけど、那須野も戦力に計算できるなら無敵じゃん」

「買いかぶりすぎだよ、小波渡さん。僕はそんなに大層な人間じゃない」

「期待くらいはさせろって。……しずくにコロネをプレゼントしたいからさ、頑張ってくれな」


 声を潜めて言って、ひひっ、と笑いながら去っていった。

 鹿瀬さんカノジョのために、か……。相変わらず小波渡さんはやる気にならざるを得ない物言いをする。


「リリ、私たちはカードゲームの練習よりクイズの練習をすべきなのかな?」

「いまさらだよ。本番は明後日だ。ミコは一夜漬けが得意じゃないだろう」

「そうだけど……何も対策しないままってのもプレッシャーがあるというか……」

「大丈夫。僕がそばにいるんだ。ミコは何も心配しなくていいよ」


 やだ。何この小柄で可愛い外見の超イケメン。

 ぎゅっと抱き締めてキスしてしまいそうになる。

 というか、する。


「ありがと、リリ。頼りにしてる」


 問答無用でリリを抱き寄せ、周囲の「またやってるよあのバカップル」という視線も気にせずキスをした。

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