可愛いリリが文化祭で頑張る理由
南村知深
第1話
黒板を背にして教壇に立つ文化祭実行委員が私をじっと見つめていた。
いや、彼女だけではない。クラス中が私に視線を向け、返事を待っている。
「
実行委員が縋るような上目遣いで懇願した。私が言えば、リリ――
それに答えるように、私は小さくかぶりを振る。
「私はリリの意志を尊重する。それがクラスにとって不利益になることでも、リリが嫌がるならしない」
キッパリと返し、私の机に突っ伏してうとうとしているリリのつやつやしたショートボブの黒髪を撫でた。
愛する彼女のためなら、クラスを敵に回そうとも私は構わない。
「でも……」
「リリは『興味がない』って言った。だから、諦めて」
「…………」
実行委員はそれでも食い下がろうとするが、私の強い意志を込めた視線に怯む
クラス委員長ではなく梁川さんを頼ろうというのはわかる。彼女はいわゆるスクールカースト最上位グループのボス的な人で、大変な影響力を持つからだ。クラス委員長という肩書をもってしても、梁川さんのご機嫌をうかがわなければ意見すらできないという状態なのだ。ゆえに、彼女の言葉に逆らえる生徒など、このクラスはもちろん二年生全体でもごくわずかだ。
「みんなが神前を指名しているのに、それでも嫌だと言うからには、みんなを納得させるだけの説明が必要なんじゃないかしら?」
と、梁川さん。非常に高飛車と言うか他人を見下した口調で、女王様気質な彼女らしい。
だが、言い方はともかく正論だ。リリには理由を話す義務がある。
そう思っていると、リリは悩ましげに桜色の可愛らしい唇から吐息を漏らし、のっそりと上体を起こした。
「ん……」
そして眠そうに
可愛い。
いやいや、寝起きのリリの可愛さに見惚れている場合ではなくて。
「リリ、嫌がるのはわかったけど、理由くらいは話さないと」
「理由は明白だよ。僕は文化祭当日に忙しく働かなければならない係に決まっているんだ。そのうえ、強制的にクイズ大会に出ろなんて、僕に仕事を押し付けすぎだと思わないか? 僕ばかり負担させられるのは不公平というものだ」
言ってクラスを見渡す。
つられて私も教室内を見回し――後方の黒板に書かれた、文化祭の出し物の担当者名に目を留めた。
クラスの人数は三十人。名前が挙がっているのは十二人。残る十八人は当日の仕事がなくフリーである。
リリ(と私)はその十二人に入っていて、文化祭当日は教室につめていなければならないので他の出し物を楽しむことができない。
それに加えて興味のないクイズ大会にクラス代表で出場しろと言われては、リリでなくとも反発したくもなる。
「そうは言うけど、神前。クイズ大会で勝てるのは学年トップレベルの成績のあんただけなんだから、出るのが筋ってものじゃない?」
「お断りだ。成績で言うなら梁川さんもトップレベルじゃないか。僕のようなクイズに対して興味もやる気もない者を担ぎ出すより、君が出場するほうがいい」
きっぱりと拒否し、リリは睨んでくる梁川さんを冷めた目で見つめ返した。
私は先ほど『梁川さんに逆らえる者はごくわずか』と言ったが、その『ごくわずか』に該当するのがリリである。そのせいか梁川さんはリリを敵視していて、何かにつけて勉強や運動でマウントを取ろうとしてくる。リリはまったく相手にしていないけれど。
「いやいや神前、
と、言い合う二人に割り込んできたのは
梁川グループに所属するちょっと派手めな人で、校則? 何それ美味しいの? と言わんばかりに染めた金髪なうえに、目つきと言葉遣いが悪いので非常に怖い印象を受ける。以前ちょっとした出来事で彼女とじっくり話すことがあって、その人となりを知る機会があり、見た目や口調ほど悪い人ではないことは知っているけど。
ちなみに同じクラスの地味めで大人しい
「どうして?」
「
それだけ言って、あとは察しろとばかりにニヤニヤする。
確かに、梁川さんが出場すると他の参加者が彼女の不興を買わないように忖度する可能性がある。そう考えると、彼女が代表になるのは好ましくないかもしれない。
しかし、だからと言って無理矢理リリを担ぎ出すのはお門違いだ。当日の係に当たっていなくて、リリに届かずとも頭の良い子は何人かいるのだ。
そちらを無視してリリにこだわる必要があるのだろうか。
……いや、まあ、その理由はわかっているけど。
このあいだの出来事でリリの『空想の物語』を聞いた者なら、クイズ大会くらい余裕で勝ってしまうと思いたくもなる。私もそう思うし。
「とにかく、
「貢献? ああ、優勝クラスに贈られる『パン無料券』のことか。無料とは魅力的ではあるけれど、そうまでして欲しいものかね? たかがパン一つじゃないか」
「たかが、とは聞き捨てならないな」
はあ、と大袈裟にため息をついて、小波渡さんはじっとリリを睨んだ。
「神前さあ。購買の最高値を誇る『三種のチョココロネ』の値段、知ってるか?」
「購買のパンは買ったことがないから知らないね」
「一三八〇円だ。あたしらみたいな庶民の中坊が手を出せるもんじゃない。事実、食ったことがあるヤツは片手で数えられるほどしかいないし。この大会はそれが無料になる一度きりのチャンスなんだ。おまえにこだわるのもわかるだろ」
「そうだね」
うなずくリリ。
千円越えの高額パンが無料になるというのは
「おまえが優勝すりゃ、みんながそれを食べられる。もちろん、那須野もだ」
「…………」
ニヤリと笑い、小波渡さんが私を見た。さすが個性派揃いの梁川グループ内で上手く立ち回っているだけあって、空気の読み方はもちろん、人の扱い方をよく知っている。
私を引き合いに出されては、リリも拒否できないだろう。
「……わかった。その代わり、こっちからも条件をいくつか出させてもらうよ」
言って、リリは小波渡さんと梁川さんを見つめた。
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