第五話 (上)

 あたしは泣きながら村を後にした。

 何日も歩った。悲しい地が少しでも遠くなるように。


 10日くらい経ったら後ろから荷車が追いついて来た。

 「乗って行くかい」

 前にも乗せてくれた行商人の人だ。いやその子だろう。

 うん。

 そう返事をした。荷物の間を開けて乗せてくれた。


 「村で社を作っていたよ。お狐様に感謝していた。会ったら謝ってくれと言われた」

 なんでだろう。

 「悪い奴の頭株はあの村の出身だそうだ。その男が仲間を集めて、親族を襲ったと言っていた。お狐様には申し訳ないことをしたと言っていたよ。社を作って待っているからいつでも戻って来てと言っていた」

 あたしはまた泣いてしまった。村人の気持ちが嬉しかった。

 「アウ、アウ、アウ、アウ」


 「親父が昔お狐様を乗せたと自慢しててな。ボケ親父がそのことを話すと正気に戻るんだ」

 やっぱり前に乗せてもらった行商人の子だ。

 「この辺には小さな森しかないから、しばらく俺と旅をするかい?」

 うん。


 「サイトという大きな街があって、そこから少し離れたところに大きな深い森がある。浅いところしか人は入っていない。街からはちょっと遠いから街の人は来ない。周りの村々の人が山菜とりに入るくらいだ。少し落ち着くまでそこにいたら?サイトまでの間にも点々とそう大きくないけど小さくもない森があるから、サイトの街の様子も見に行ける。行ってみるかい?」

 うん。


 それから行商人と一緒に旅をした。いくつもの村を回った。森にも寄ってくれた。あたしの食事だ。


 行商人はいっぱいお話をしてくれた。あたしの住んだことのない森にも社ができているんだそうだ。あたしと遊んだ子が移り住んで落ち着いて余裕ができるとあたしの社を作るんだそうだ。あたしは嬉しくなった。悪い人だけじゃないんだ。


 「人間、悪い人だけじゃない、いい人だけじゃない。いろんな人がいるさ」

 うん。


 「ほら、見えて来た。大きな森だろう」

 本当だ。すごく大きい。今までの何倍も大きい。山につながっている。どちらかと言うと山の森が平地につながっているような森だ。


 森が街道と接しているところまで送ってくれた。

 「ここでいいかい」

 うん。ありがとう。

 あたしは荷車を降りた。


 「ボケ親父に土産話ができた。しばらく正気でいるぞ。アハハ」

 今はボケたと言っていた親父さんに似た笑い声を残して行商人は行ってしまった。


 あたしは森の中に入る。少し入ると人が入った気配がなくなる。森に藪があったりして見通しが悪いし、歩きづらい。あたしは方角がわかるけど、人では迷ってしまうだろう。


 奥から魔物の気配がする。あたしが近づくと山に逃げる。あたしは何日かかけてまず森の魔物を山に追い払った。


 一日休んでから山の魔物を追い払った。山は広く深い。10日以上かかった。途中から数えるのをやめた。森の何倍も歩いた。もう森には魔物は来ないだろう。山を越えて魔物は来ないだろう。


 これで子供が森や森から続く山に入っても大丈夫だろう。森や山の恵みをもらって仲良く暮らしてもらいたい。悪い人になりませんように。あたしはそう祈った。


 あたしは森の中にやや入った、人が来ないところをねぐらにした。近くに泉があったけど落ち葉で埋まっていたので落ち葉や溜まった泥を掻き出した。綺麗な水が湧き出した。飲んでみたら美味しい。子供が飲みに来てくれないかな。遊びに来てくれないかな。


 そうだ。人の入って来るあたりにも幾つか埋もれかけた泉があった。多分人は泉だと気づいていないだろう。明日、人の来ない明け方に綺麗にしてやろう。人が飲んでくれて美味しいと言ってくれる、子供も遊びに来るだろうと思うとあたしは嬉しくなった。しばらくぶりによく寝られた。


 夜明け、あたしは急いで埋もれかけの泉の落ち葉や泥をさらった。周りも綺麗にした。すぐきれいな水になった。少し飲んで見る。美味しい。3つ泉をきれいにした。皆おいしい水だ。人が飲んでくれるかな。子供が喜んでくれるかな。まだ日は昇ったばかりだ。それでもあたしは急いで木の実を食べに行った。


 綺麗にした泉の近くで人が来るのを待っている。来るかな。まだかな。

 来た。一人だ。泉に気が付かなかった。残念。

 今度は二人だ。


 「おや、泉があそこにある」

 「行ってみるか」

 「泉だな。この間までなかったが」

 「うまいぞ。飲んでみろ」

 「ほんとだ。うまい」


 喜んでいる。嬉しい。でもみんな大人だ。この森は奥に魔物がいたから子供は来なかったのかもしれない。この前の悲しい思い出の村の森と同じかもしれない。うっかり思い出してしまった。悲しいよう。アウアウ。


 「なにか声がしなかったか」

 「噂のお狐様か」

 「まさか」


 あたしどうしようかな。あたしがいるとわからないと、魔物がいると思ってあたしと遊んでくれる子供たちが来ない。ちょっと悩むけど返事をした。

 「アオン」


 「お狐様だ」

 「お狐様、この森はいくつかの村で共同利用しています。村々の世話役と相談してきますので少しお待ち下さい」

 相談ってなんだろう。あたしは子供が遊びにきてくれればそれでいいのに。

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