第四話 (下)

 あたしは嬉しい。早く明日が来ないかな。早く子供が来ないかな。嬉しくて眠れない。でもうとうととしてしまった。夜が明ける。


 早く来ないかな。まだかな。まだ日が昇りきらない。ジリジリと日が昇る。日が昇りきった。まだかな。あたしは嬉しくて待ちきれなくてクルクル回った。目がまわる。

 村を見る。かまどの煙が立ち始めた。ご飯を炊いて食べてそれからか。


 あたしも木の実を食べてこよう。でも急がなくちゃね。子供が来たらあたしがいないとね。急いで木の実を食べにいく。奥に美味しい木の実があるのだけど今日は一番近い木の実だ。不味くはないけど。

 木の実を頬張って森の入り口近くで待っている。子供が来た。あれれ大人がついている。


 「お狐様」

 呼ばれたから行ってみよう。見えるところまで進んだ。

 「お狐様、今度この子達が森の恵みを取りに伺います。今日は子供達に山菜の取り方を教えに来ました」

 うん。


 「お狐様に挨拶して森に入るんだよ」

 「お狐様よろしくお願いします」

 そんなに堅苦しくなくてもいいのに。

 みんなで森の中に入っていく。


 大人が教えている。根っこごととってしまったら来年生えてこない。一箇所の山菜を全部取らない。すこしずつ場所を変えてとる。山菜ごとの取り方などを教えている。

 一通り教えたら、大人も子供も帰って行く。

 「明日からお願いします」

 そう言って帰って行った。


 明日、明日。あたしは待ちきれない。村に行ってみる。

 「お狐様、こんにちは」

 あれ、村人達はあたしのことを知っているみたいだ。わかんないけど、知っているなら村に来てもいいのか。

 子供達が遊んでいる。


 「お狐さん、あそぼ」

 あたしも仲間に入れてくれた。一緒に遊んだ。村人も笑って見ている。あたしも笑ってしまう。嬉しい。

 子供達はひとしきり遊んだら家に戻って行く。あたしも森に戻る。今日は嬉しかった。よく寝られた。


 それから子供達は森に木の実を拾いに来たり、山菜をとりに来たりした。必ず森の入り口でお狐さんと呼んでくれた。あたしは、子供達と一緒になって、山菜や木の実、果物をとった。あたしは食べ、子供は取って帰った。


 子供が来ない日は村に見に行った。村で遊んでいる子供と一緒に遊んだ。あたしは嬉しかった。村中があたしのことを知っていて、あたしが子供と遊ぶのを見守ってくれていた。村中の人と仲良くなった。幸せな日々が何年も続いた。


 あるとき、あたしが森の中で木の実を食べていると村の中から悲鳴が聞こえた。あたしは急いだ。なんだかわからないけど胸騒ぎがした。

 あたしが村に着くと、一軒のうちの前に人が集まっていた。中が血生臭い。どうしたんだろう。


 覗くと刃物を持った男が三人いた。足元にこの家の大人と子供が倒れていた。

 あたしは、刃物を持った男に突進した。男はあたしに刃物を振るった。あたしは昔魔物に襲われた時のことを思い出した。でもあたしの体に刃物は刺さらなかった。刃物が折れた。

 あたしの突進を受けた男は倒れた。痛い痛いと言っている。あと二人。突進する。また一人倒れた。痛い痛いと呻いている。


 残りは一人。その男が言った。

 「お狐様」

 どこかで見たような気がする。昔遊んだ子と少し似ている。だけどずいぶん前だ。その子の子供?子供の子供?わからないけど。


 あたしは悲しくなった。あたしと遊んだ子の子供かその子供の末が人を傷つけた。あたしは泣いてしまった。

 「アウ、アウ、アウ、アウ」


 男はあたしの泣き声を聞くと、涙ぐんで刃を首に当てて引いた。一瞬で男の命が消えた。


 あたしは倒れているこの家の人を助けようとした。この家の昨日まで遊んだ子供と見守ってくれた大人がゆすっても舐めても何をしても生き返らない。

 ごめんね。ごめんね。何もできなかったよう。

 あたしは泣いてしまった。

 「アウ、アウ、アウ、アウ」


 このうちに住んでいたあたしの友達の命がいっぺんになくなってしまったよう。

 やだよう。やだよう。あたしと遊んだ子供の子供かその子供の末が人を傷つけた。やだよう。

 やだよう。

 「アウ、アウ、アウ、アウ」

 あたしは森に駆け込んだ。


 昨日まで一緒に遊んだりした子が死んじゃったよう。やだよう。

 悪いことをしたのはあたしが仲良く遊んだ子の末だよう。やだよう。

 「アオーン、アオーン、アオーン、アオーン」

 あたしは一晩中泣いた。ひどく泣いた。

 

 翌朝、村人が森の入り口に来た。

 「お狐様、ありがとう。泣いてくれてありがとう。三人亡くなってしまったが神様の元にいけたと思う。ありがとう」

 「アウ、アウ、アウ、アウ」

 あたしはまた泣いてしまった。


 葬式に呼ばれたけど、あたしは行けなかった。

 村人もわかってくれたようだ。

 あたしは泣きながら遠くから葬式を見守った。

 村外れに葬られた。


 悪いことをした人は村人にどこかに連れて行かれた。あたしと遊んだ子供の末の男の亡骸も一緒に運んで行った。

 「アウ、アウ、アウ、アウ」

 悲しいよう。


 あたしは、村人が葬られた墓にお花をそなえた。

 悲しいよう。ごめんよう。もうこの村にはいられないよう。

 夜、村人にお別れを告げた。

 「アオーーン」

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