第三話 (上)

 あたしは荷車の上で丸くなる。今までの思い出が胸にあふれてきた。

 寝てしまったようだ。村人に起こされる。

 「お狐様、おら達はここまでだ。先に行きなさるか」

 うんと返事した。


 村人が荷車が止まった村の人に交渉してくれた。明朝、荷車が出るので乗せてくれるそうだ。村人にお礼を言って、近くの森で木の実を食べて寝た。


 翌朝、昨日の場所で待っていると荷車がやって来た。

 「お狐様、乗ってくだされ」

 村人が言ってくれたので荷車に乗せてもらった。いくつか村を過ぎた。大きな森が見えた。あそこにしよう。荷車も森のそばの村に止まった。

 村人にお礼を言ってあたしは森へ。


 森は気持ちが良かった。ただ森の外れに魔物がいた。あたしが近づくと魔物が山の方に逃げていった。森を一周りした。もう魔物はいなかった。

 あたしは、村に近いところをねぐらにした。


 何日かかけて森の中を調べて回った。この森は、木の実も山菜も豊富だ。森の中の泉から流れ出た水が小川となって流れていた。小川の近くに茸も生えていた。

 泉の水も小川の水も美味しい。


 あたしはしばらくこの森にいることにした。魔物が逃げていった山にも行ってみた。かなり広く見て回ったけど、魔物がいた痕跡はあったけど、魔物はいなくなっていた。良かった。もう山を越えて来ない気がする。

 森に戻ってねぐらで寝た。


 小川の方から子供の声がする。

 小川で遊んでいるらしい。

 行ってみる。

 四、五人の子供が遊んでいる。

 子供が遊んでいるのを見るのは楽しい。


 おや、一人遊びの中に入っていけない女の子がいる。無視されているようだ。ひとしきり遊んだ子供達が帰って行く。女の子は置いて行かれた。川岸でシクシク泣いている。

 行ってみよう。そっと近づいた。隣に座る。


 どうしたの?

 女の子がこちらを見た。

 びっくりされるかと思ったら抱きつかれた。ワーワー泣いている。


 「あたい、とろい。話も遊びもみんなについていけないの。だからだんだん相手にしてくれなくなったの」

 そうかあ。


 「あたいもみんなと遊びたいの。でもあたいとろいからできないの」

 ゆっくりでいいんだよ。みんなと遊べるようになるまであたしが遊んであげる。


 「あたい、とろいの。みんなの迷惑になるの」

 ぺろっと涙を舐めてやった。明日もおいで。あたしと遊ぼう。


 「あたいと遊んでくれる?」

 遊んであげるよ。


 「明日また来るね」

 いつでもおいで。


 それから女の子はみんなと遊びに来て、置いていかれて、その後あたしと遊ぶようになった。

 あたしは、女の子と遊びながら、森の中を案内した。山菜が生えているところ、茸が生えているところ、食べられる茸のこと、木の実が落ちているところ、赤い実でそのまま皮をむいて食べられるもの、いっぱい遊んで、いっぱい教えた。


 ある時、男の子が木の実を拾いに行こうぜと言って、森の中にみんなを引き連れて入っていった。なかなか良い木の実がみつからない。

 女の子がこっち、こっちと言って歩いて行く。自信がありそうな口ぶりと態度だったのでみんなついて行く。やがて美味しそうな木の実がたくさん落ちているところに着いた。


 「おめえ、すげえな」

 みんな夢中で木の実を拾う。


 女の子は得意げな笑顔だった。目があった。ありがとうと言っている。

 子どもたちが女の子に言っている。

「たくさんとれた。家で食べられる。みんなで帰ろう」

 女の子は誇らしげだ。嬉しそうだ。


 それからというものの、女の子が邪魔にされることはなかった。

 女の子は他の子供と楽しく遊べるようになった。

 あたしも嬉しい。だけどちょっと寂しい。女の子と遊ぶ時間が減ってしまった。

 でも時々一人で遊びに来てくれた。そういうときは二人でいっぱい遊んだ。

 何年かそうやって遊んだ。あたしは嬉しかった。楽しかった。


 だんだん森に来る子の顔ぶれが変わっていった。

 女の子もたまにしか来られなくなった。来ると「お狐さん」と呼んでくれてお話をして帰っていった。


 ある時、「お狐さん」と呼ばれた。久しぶりだ。

 森の陽だまりに座ってお話した。


 「あたい、お婿さんをもらうの。だから時々森に来られるの」

 そうか、お婿さんをもらうと家にいられるのか。

 あたしは嬉しくなった。女の子と時々だけどお話ができる。


 それからしばらくして、「お狐さん」と森に少し入ったところあたりで呼ばれた。

 女の子が男の人を連れている。婿さんだろう。

 あたしは木の陰から顔を出した。

 「あたいの友達のお狐さんだよ」

 男の人はペコリとした。


 あたしは嬉しかった。友達と呼んでくれた。お婿さんを紹介してくれた。

 幸せになってね。

 うんと言った気がする。


 それから女の子はなかなか遊びに来てくれなくなった。忙しいのだろう。あたしは村を見に行った。


 元気でやっている。畑仕事をしていたり、共同井戸で洗い物をしたり、一日中くるくる動き回っている。安心した。森に来る暇はないよね。だけど寂しい。目があった。ごめんねと言っているみたいだ。

 うん。いいよ。幸せそうで良かった。

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