第二話 (下)
翌日、森から村を見ていると、あの家から洗い物を持って女の子が出て来た。森に沿って流れている川で洗うらしい。川に着くとべそべそし出した。故郷を思い出しているんだろう。
あたしは森から顔を出した。
あたしだよ。
女の子はパーっと笑顔になった。小さな川だからあたしはポンと飛び越えて女の子の隣に座った。べそべそしていた涙の跡をぺろぺろしてやる。女の子はお話を色々してくれた。洗い物が終わるとまた来てねと言ってうちに帰って行った。
あたしも森の中へ戻った。
昼と夕方は他の人がいるから森からそっと顔を出すだけ。目があったらおしまい。そうして朝は女の子とお話をした。寒いので手が荒れている。足を押し当てるとすこしよくなる。あたしの力ではそのくらい。でも女の子は喜んでくれた。
やがて暖かくなる。森も芽吹の季節だ。女の子が山菜をとりに来た。女の子を山菜が生えているところに案内する。女の子はお話をしながら山菜を摘む。あたしは山菜を食べる。あたしは幸せだ。
こうして楽しい日々が過ぎて行く。やがて女の子はお腹が大きくなった。森にも来なくなった。来られないのだろう。どうしているかな。時々夜になってから家の近くまで行って様子を見た。元気な声は聞こえない。心配だ。
それから毎夜様子を見に行った。
10日ほどして家の中から忍び泣く声が聞こえる。女の子があたしを呼んでいる。あたしにはわかる。あたしは急いで家の中に入った。何人かが泣いている。女の子のそばに赤ちゃんが寝ている。死にそうだ。女の子も具合が悪い。
「お狐さん、あたしの残っている生きる力を赤ちゃんに移して。お願い」
あたしにはできない。それをしたら友達が死んでしまう。できないよう。
「お狐さん、あたしは生きていても三月と生きられない。あたしの体だからわかる。この子は今を乗り切れば生きられる。お願い」
家の人達はさっきからじっと聞いている。
「この子もあたしも亡くなったら、あたしの生きたあかしがなくなってしまう。お願い」
あたしは泣いてしまった。
「アウ、アウ、アウ、アウ」
女の子に前足を握られてしまった。女の子の生きる力が少ない。あたしが力を注いでも生きる力が増えない。
後ろから、おばあさんの声がした。
「お狐様、お願いします。赤ちゃんを生かしてください。誰もいなくなっちまう」
あたしは泣きながら赤ちゃんの額に前足を当てる。
「アウ、アウ、アウ、アウ」
女の子の残っていた生きる力が赤ちゃんに移っていく。赤ちゃんはみるみる持ち直した。
「お狐さん、ありがとう。楽しかった。あたしの友達」
あたしの前足を握る力がなくなった。女の子の命が消えていく。
あたしは泣きながら女の子の顔を舐めた。いくら舐めても生き返らない。
あたしはいられない。森に駆け込んだ。
「アオーン、アオーン、アオーン、アオーン」
一晩中泣いた。
それから葬式があった。森沿いの墓地に女の子は葬られた。あたしは遠くから見ていた。さよなら、友達。
夜、女の子と山菜を摘みに行った場所のそばに生えていた花を咥えて女の子が葬られた場所に置いた。
楽しかったよ。赤ちゃんが大きくなるまで見ているよ。ずっと友達だよ。
一ヶ月ほどして村人が森に入ってきて数本木を切った。社を作ってくれた。
社ができると、村人が揃ってやってきて、お狐さんありがとうございましたとお礼を言われた。
また寝床は社の床下だけど。
それからあたしは友達の赤ちゃんが外に出てくるまで待った。最初はおんぶされて出てきた。おんぶしているのはおばあさんだね。
それから赤ちゃんは少し歩けるようになって、家の周りに出てきた。男の子だ。
何年かして、近所の子と森に遊びに来るようになった。あたしは遠くから見ていた。あるときふと男の子と目があった。ニコッとされた。女の子の面影が残っている。あたしは思わず目が潤んだ。でも近づかなかった。近づくとまた別れが辛くなってしまう。
それから数年。男の子はだいぶ大きくなった。家の手伝いもするようになった。もう大丈夫だろう。
あたしは夜、女の子の墓場に行ってお花を供えてお別れを言った。それから男の子の家に向かってさよならを言った。
次の日、あたしは村人の荷車に乗せてもらった。
男の子が荷車を追いかけてきた。
「お狐さん、いままでありがとう。お母さんと友だちになってくれてありがとう。さようなら。お元気で」
あたしはホロッとした。男の子が必死に手を振っている。
「アオーン」
一声鳴いた。
だんだん男の子が遠ざかる。やがて見えなくなった。
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