第2話

葉桜を描いている少女だ。

汚れて茶色に染まった花びらの上で

彼女は葉桜を描いていた。

気づけば私は彼女が走らせる色鉛筆の

音が聞こえるほど近くに

近づいてしまっていた。

それと同時に彼女が鉛筆を落とし、

私たちは目が合った。

大きくて丸い彼女の瞳は二重まぶたを

閉じて開き

彼女は口を開いた


「こん、にちは」


反射的に私は返した、「こんにちは」

ただの挨拶だ、当たり前の


彼女はハッ、とし

「あーごめんなさい邪魔ですよね、どきます」

彼女は慌ただしく、

桜の上に作られた小さなアトリエを片付ける。


「いやいや、通るつもりじゃないというか、

別にそのためにここまで寄ってきたわけではないというか、ただ、あなたの描く絵が気になっただけで、、、」

焦って正直に答えてしまった、、、


彼女は私から目を逸らし、

その代わり彼女の描いていた絵を見せた。

驚いた、、、

色鉛筆の繊細さや淡さを残しながら

力強さを感じる、、、、

そして何より葉桜だ

普通葉桜は緑が混ざった中途半端なものだと

認識され汚く感じられる。

しかし彼女の描く葉桜は

そんな汚さを感じない。

ハスやバラなど通常葉と一緒に描かれる

花のように彼女の描く桜もまた、

葉が花を引き立てるように描かれている。


「えっと、

あんまり上手じゃないかもだけど、、」

彼女はそう謙遜する。


「素敵だよ」

私は即答する。

「とても、素敵」

私はこう続けた。

お世辞ではない、

心からの言葉が久しぶりに口から出た気がする。


彼女の顔はたちまちに明るくなり、幸せそうに

笑いながらこう言った。

「ありがとう」


ありがとう、それは日本語習いたての、

いや習ってさえもいないような

外国人でも言える簡単な言葉だ。

だけど私はその言葉を聞いたのが

ものすごく久しぶりだった。


「でもまだ完成してないんだ〜」

そう言って彼女はまた、

小さなアトリエを作り始める。

スケッチブックの上に色鉛筆のケースを置き、

淡いピンクの色鉛筆を作品の上で走らせる。


なんだかマイペースな子だなぁと思った。

邪魔になるからそろそろ帰ろう、、、

帰ったら何をしよう、そう考えていた時


彼女は私に

「待って」と、そう声をかけた。

「あなたを描かせて欲しいの」

彼女はそう続けた。

驚きだ、私の一体何に価値を感じたのだろう。

もう

私に残っているものは何もないのにどうして。

断ろう、そう思った。だけど、

だけど何かが引っ掛かる。

私はなぜかこう答えてしまった。

「いいよ」と、

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