第7話
雪月花と小夜の家は間取りが繋がっている。手前が店舗で奥に行けば住居部分だ。部屋は三つあり、一つは父、もう一つは小夜が使っている。
一徹は空いているもう一つの部屋で寝泊まりをするのかと思いきや、小夜の部屋の前で寝具を準備し始めた。
「ちょっと一徹、何も廊下で寝なくても……」
「こっちの方がお嬢ちゃんに何かあった時、すぐ対応出来るんよ」
「でも風邪引いちゃうよ」
廊下は空気の通り道なので冷える。いくら暖かい寝具を敷いていたとしても、底から冷えてきて風邪を引いてしまう。しかし、一徹は小夜の心配をよそに寝転ぶ。
「僕は大丈夫やから。体は昔から頑丈やねん、これくらいじゃ風邪引かへんよ」
これ以上言っても無駄だろうと思った小夜は、寒くなったらいつでも部屋に戻ってねと言い、布団に潜り込む。
目を閉じて今日あった事を思い返す。暁闇は奉行所で寝泊まりしているのだろうか。
(早く犯人が捕まって欲しいな……)
瞼をのろりと開け、部屋の格子窓を見る。月の光が淡く輝いて部屋に注いでいた。暗闇に目が慣れてくると、部屋の扉前で寝ている一徹の影が見える。
(お父ちゃんも何を考えてるんだろう、わたしだって一応年頃の娘なんだよ? それを男の人と――壁越しだけど――、一緒に寝るのを許すなんて)
意識しないようにと考えるが、脳が一徹を認識してしまうと気にしてしまう。彼が身動きする度に聞こえてくる衣擦れの音が、やけに近くで鳴っているような気がする。彼の寝息までもそばで感じるような気がした。
(意識しちゃうと緊張する……)
小夜は胸に手をやる。鼓膜を打つほど強く鼓動を生み出す己の心臓。
(いつもはこんなんじゃないのに――)
あっちへこっちへと布団の中でごろごろと寝がえりを繰り返す。何度目か転がった時、部屋の外から優しい声が聞こえてきた。
「お嬢ちゃん、寝られへんの?」
一徹のふわりと包み込むような声音に、小夜の心臓はまたドクンと脈打つ。
「あっ、起こしちゃったかな。ごめんね」
「いや、僕も寝られへんかったから大丈夫。寝られへんなって思ってたらお嬢ちゃんが寝がえり何回も打つから一緒や~思って」
「耳が良いんだね」
「そう? 部屋の前におるからやと思うけど。せや、寝られへんならちょっと話でもする?」
小夜はふと思う。そういえば一徹と仕事以外の会話をした事があまりない。用心棒として働いて少し経つが、彼の事はほとんど何も知らないのだ。
「うん、一徹のこと色々知りたいな」
「僕もお嬢ちゃんのこと知りたい。じゃあ、僕から聞いてええ?」
小夜は了承すると、一徹は少し考えてから問うてくる。
「お嬢ちゃんはええお年頃やんか。美人やし縁談とかいっぱい来るんちゃうの」
一徹に“美人”と言われた事が嬉しくて、小夜は布団の中で顔を緩める。
「縁談は無いよ、お父ちゃんからそういう話一切聞かないし」
「あ~……握り潰してそう。多分、お嬢ちゃんが知らんだけでいっぱい縁談来てると思う」
「そうかな? じゃあ、一徹は?」
自分でも踏み込んだ質問をしたと小夜は思う。彼の答えが聞きたいようで聞くのが怖くなり、ぎゅっと自分の体を抱き締めた。
「僕は無いよ。放浪してる身やしね」
「……想い人もいないの?」
「おらへんよ」
一徹には縁談も想い人もいない。端正な顔立ちをしているし、柔和な雰囲気を持つ彼の事だからその気になればすぐ出来そうなのに。
(どうして嬉しいって思うんだろう)
「じゃあ他に質問。お嬢ちゃんには夢ってある?」
「わたしの夢かぁ。雪月花を継ぐことかな」
「立派な夢やな。旦那を助けたいからとか?」
「それもあるけど、わたしね八歳の時にお母ちゃんを病気で亡くしてるんだ。お母ちゃんが亡くなったばかりの頃は、悲しくてご飯も食べれなかった。でも、お父ちゃんが一生懸命美味しいご飯を作ってくれて、少しずつでも食べるようにしていれば立ち直ることが出来たんだ」
瞼を閉じ大好きだった母の面影を追う。
「どんな時も美味しい料理を食べれば、心もきっと元気になる。だからわたしは、お店を継いで昔の自分と同じ思いをしている人に美味しいご飯を出したいんだ」
父にも語ったことのない自分の夢。どうしてか一徹には包み隠さず話せた。
「大した夢じゃないんだけどね」
そう言って笑う。しかし、一徹は「違うで」と真面目な声音で返す。
「それはお嬢ちゃんしか叶えられへん夢や。自分にしか叶えられへん夢を持ってるお嬢ちゃんが僕は羨ましいな」
「一徹がわたしを羨ましいって思うの?」
「僕の夢は自由になること。でも、自由になった後の事は何にも考えてへんし、思いつかん。自分に出来る事ってなんやろうな、人の為になることって出来るんやろうかって悩んでる」
いつになく真剣な一徹の声。表情こそ分からないが、どうしてか泣きそうなのではないかと小夜は思った。
(自由になる事が夢って今は違うの?)
聞きたい言葉はあった。だが、今話していけないと頭の中で警鐘が鳴らされる。そこまで踏み込んで良い関係ではない、と。小夜はぐっと口まで出かかった言葉を飲み込み、明るく応えた。
「わたしは一徹に助けられているよ。わたしだけじゃなくお父ちゃんもだと思う。一徹が夢に悩んだら雪月花にいつでもおいでよ。わたし達は歓迎するから」
「……お嬢ちゃんは優しくてええ子やな」
一徹はしみじみと言う。
「さて、そんなええ子はもう寝る時間です。おやすみなさい」
まだ話していたかったが小夜は素直に答えた。
「おやすみなさい」
いつの間にか訪れていた睡魔に身を委ねながら小夜は祈る。
(一徹の夢がどうか叶いますように)
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