太陽は思ったよりまぶしくない 2
「なるほどそういわけだったのね。道理でやけに作られたキャラだと思ったわ」
屋上である。アリスがチュッパチャップスを咥えながら呟いた。
ちなみに現在はお昼休みである。
授業の時間は軽く流れていった。だがよくよく考えてみれば美琴にとっては久しぶりの授業であり、その辺はおいおい勉強会でも開いて学力を取り戻さないといけないなと思った。
おれとしたことがうっかりしていた。学力のことを忘れていたとはな。
当の美琴からもなにも言われなかった。おそらく学力のことについてまで頭が回らなかったのだろう。
あと教科書もそうだ。
おかげで美琴はあれだけ啖呵を切ったのにもかかわらず、隣の席の女の子に「み、みせて……」とか呟いちゃう始末だった。
後ろから見ていたが、ちょっと可愛かった。
「うわー、アタシったらもうなにやっちゃってんだろ」
「さっきからブツぶつうるさいぞ美琴。おれはべつにあそこまでやれとは言ってないぞ」
「け、けどぉ~~~! アタシを無条件でトップにしてくれるって言ったじゃない!」
「あぁ悪い。あれは嘘だ。おれたちのグループを差し置いて、お前をトップに立たせるなんてことはない」
「そんなぁ……。もうあんた信用できない」
「あっはっは。騙される方が悪いんだぞぉ」
「風太郎はとてつもなくクソ野郎だね」
おれは高らかに笑う。屋上には涼しげな風が吹き込んできて、美琴の髪の毛をふわりと持ち上げた。
その髪をうっとうしそうに抑えつつ、おれたち全員の顔を見渡した。
それから顔を真っ赤にして、うつむきがちに言った。
「みう、三浦美琴。ちょっと前まで諸事情で、ふ、不登校でした……。もともとこんな感じじゃなかったんだけど、そこの涼花と、風太郎に色々教えてもらって、髪型とか、しゃべり方とか、性格とか、色々変えた。よ、よろしくね……」
「おうよろしくな三浦! お前すげーぞ。おれたちのグループ差し置いてあんだけ啖呵切れるなんてよぉ。とんでもねぇタマだぜ!」
「そ、そうかな」
「そうね。ただし女王を名乗ったのは、それだけの覚悟があるということでいいのよね」
「ひっ……風太郎なんかこのチュッパチャプスの人怖い」
「アリスぅ、そんなに美琴をおどかすなよな」
「なっ。アタシはおどかしてなんかないわよ。ただいい度胸ねと思っただけ」
なるほど。アリスにも一軍女子としてのプライドがあるってわけか。
私よりも上に立とうなんて百年早いわよ、と、そう言いたいわけだ。
ちなみにアリスは学校では王子様とひそかに呼ばれている。
こいつ女だよな……。
「まぁとにかくだ。本当におれたちのクラスのトップに立ってもらうって言うわけじゃなくて、なんというか、あだ名として定着させたい。
ブランディングって言葉を知ってるか? その人のことを他の人が見るとき、周りからの評価に左右されやすいというモノだ。
わかりやすく言うなら、『あの人めっちゃ将棋強い人なんだって!』という噂が立った人がいるとする。
そうしたら周りからは、『先生』とか『竜王』とか勝手に呼ばれるようになるだろう?
おれたちがやりたいのはその逆だ。
美琴に『女王』というあだ名をつけて、定着させる。そうすると『あの子には逆らわない方がいいんだよね』っていう噂が立つ」
「なるほど。話が見えてきたわ。たしかに『元不登校児』という評判を覆すには、まったく逆の、それこそインパクトのある印象を与えればいい、ということね」
「そういうことだ」
「さすが風太郎だね。こういう悪知恵はよく働く」
「悪知恵とはなんだ悪知恵とは。悪巧みと言え」
「どっちも一緒じゃん」
ははは、と全員の笑い声が響き渡る。
「美琴は小説とか読むの好き?」
「え? あぁうん。ミステリとか、青春系とかちょこちょこ。あとは、ら、ライトノベルって…………ううんなんでもない!」
おれは美琴の肩をぽんと叩く。それから耳打ちをする。
「べつにオタクであることを知られたところで、おれたちは偏見を持ったりしない。むしろオタク系の女王として君臨しろ!」
おれは文字通り背中を押した。
美琴は、うん、わかったと言い、
「ライトノベルっていう、ティーンエジャー向けの小説があるんだけど、すっごく面白くて! アタシめっちゃ好きなんだ! 『薬屋さんの戯れ言』っていうシリーズがあってね、アタシそのシリーズめっちゃ好きなんだよね! えーっと、なにちゃんだっけ?」
「綾瀬恵。恵って呼んで」
「おっけー。恵にも今度貸したげる。もうね、すんごいんだから! 読んだら目から鱗が落ちまくって体ぐちゃぐちゃになるレベルだから!」
「そ、そうなんだ……うん楽しみにしてるね」
打ち解けていた。よかったよかった。
「それにしてもずいぶん教室での様子と違うね」
颯太がちょっと聞きづらいことを聞いた。
美琴はうん、とうなずいて、
「た、多分本当のアタシはこっち。け、けど、クラスでは女王ポジやりたいってか。わ、わがままかな?」
「いいや、そんなことないと思うよ」
「え、えへへ。そう? アタシ女王っぽい?」
「あぁ、とても。とっても美しいクイーンだ」
「な、なんだよもぅ~~、照れるじゃんか!」
おい。なにいい感じになってるんだお前ら。
颯太は天然の女たらしである。
おれは『日刊プレイボーイ』と名前がつけられているが、正直こいつはほんもののプレイボーイだと思う。
「ところで! いつもこの六人で集まってんの?」
「そうだね。だけど今日から美琴も入れて七人だ」
颯太は塩をまぶしたライチみたいに爽やかな表情と口調で言った。
美琴はほんの少し嬉しそうな表情を浮かべた。
いや本当に嬉しかったんだろう。
自分が仲間に入れて貰えると言うことが。
「う、うん。ありがと。な、なんか変な感じ。アタシ今まで家の中にいたから、きゅ、急激に環境が変わったからかな」
「徐々に慣れると思うよ」
おれはうんうんとうなずいた。
「そうだな。颯太の言うとおり慣れるだろう。
だが時間が経てば経つほど関係性って言うのも脆くなりやすくなる。
そうならないために、まずは美琴にはお互いにお互いのことを知ってもらいたいと思う。
ってことで一人一人、きっちり自己紹介といこうか」
おれはぱん! と手を叩いた。
「はーい! あたしからやる!」
涼花が元気よく手を挙げた。先手は涼花からだ。
しばらく自己紹介タイムが続く。ただの自己紹介だから、割愛させてもらうぞ。
「へー、恵って弓道部なんだ。なんかこう、赤いところに当たったたら何点! とか奴でしょ?」
「それはアーチェリーっていうべつの競技だね。弓道は全然ちがくて、そうだな、和風アーチェリーってところかな?」
恵は首を傾げて答えた。ちょっと美琴は涼花とかに似ていて、天然なところはあるかも知れない。
いやちょっと子どもっぽいっていうのか?
まぁそれも美琴のいいところではある。
そんな恵と美琴のやり取りを、細い目でアリスは見ていた。彼女は流れる髪の毛を手で押さえつつ、チュッパチャップスの棒を上下にぴょこぴょこさせながら、じっと美琴の方を見ている。
「なんか心配事でもあるのか?」
「ん、いやべつに。ただちょっとばかし、あぶない感じはする」
「ほう。どういう風に?」
「彼女、心が弱い」
「ダイレクトだな……。まぁそこは認めるよ。彼女自身も認めていると思う」
「そうね。この先大事にはならないといいけどね。あなたはあの子の人生について、責任が持てるの?」
「……」
おれは考えてしまう。
アリスは割と現実主義者だ。おれみたいな『ザ、男の子』みたいな夢見がちな性格じゃない。
人間関係の細かいところに気がつく。
そしてそれを的確に言語化する能力がある。
だから男女問わずモテるのだろう。
「わからない。けど、彼女にとって、少なくとも以前よりは改善されていると思う。それは自他共に認めている」
「……。そうね。ごめんなさい。あなたがわかっていることに対して、口出しする権利は私にはないわね。
たしかに、私はなにもしてない。だから口出しするのも変よね」
「アドバイスくらいだったらして欲しいな」
アリスは口の端をくいっとあげた。
「あら、私はあなたを全面的に信頼しているのよ? みんなにとっての王子様は私かも知れないけれど、私にとっての王子様はあなただけよ?」
魅惑的な瞳で、おれのことを捕らえてくる。
おれは心臓が高鳴っているのを感じた。
正直ドキッときた。
「そうかよ。ありがたくその言葉を受け取っておく」
「気を付けてね、とだけ言っておくわ」
「肝に銘じる」
おれは言葉を返した。
おれの視線の先で、美琴が健と颯太を絡めて、ライトノベル談義にふけっていた。
その姿は昨日の美琴とは違った。
さて、美琴の高校二年生からのデビュー計画は、これ以上ない成功と言えた。
次の週にはみんなで合同勉強会を開くことになった。
四月中に行われる小テストの勉強もかねてな。
ちなみに場所はカフェである。高校生でも入れそうな、安めな喫茶店だ。
この日は一雨来そうなくらい曇っていた。だがまぁ、カフェで勉強会をするのにあんまカンケイはないだろう。
え? カフェと喫茶店は違う場所だって?
そう言ってくる奴はきっと昭和生まれの人たちだろう。
現代っ子はカフェと喫茶店の区別はしない。
なぜわかるかというと、もちろんそれはおれが現代っ子だからだ。
喫茶店『ダイヤモンドパレス』
中学生でも利用するこの場所は、いわば学生のためのデートスポットと化していた。
見渡す限り、あちこち制服姿が見受けられる。
顔を真っ赤にした中学生くらいの学ランが、ブレザーの女の子と対面に座ってもじもじ喋っている。
やけに水を飲む量が早い。それを遠巻きに、店員さんたちが微笑ましいものを見るような目で見ていた。
会話が途切れそうなタイミングで、店員さんがコップに水を注いでくれる。男の子の方はぺこりと「ありがとうございます」と小声で言った。
「(めっちゃ青春だね……)」
「(……だな。あんまりジロジロ見るなよ)」
「(わかってっし、そんくらい)」
おれは小声で涼花と会話する。
あー、いーな。
「あそこの席あいてんぞ! とっとと座ろうぜ!」
「ちょっと健君、あんまりはしゃがないでよ」
台無しにするなお前ら! って言うか特に健。
お前空気読めよな。
おれ、涼花、美琴、健、颯太、恵、アリスの七人は、テーブル席へと向かった。
テーブルって言っても、椅子が三つほど、あとはソファ席の若干特別そうなテーブル席である。
おれたちは各自参考書を持ち合っている。ノートとかも持ってきている。
おれたちの中で勉強ができるのは、おれ、恵、アリス、颯太だ。
健と涼花は見た目の通りあまり成績がよくない。
一応進学校なうちの学校に、果たして彼らはどうやって入学したのだろうか。
まぁテスト前勉強は頑張るタイプなのかもな。
けっこう苦労するから、ふだんから勉強しといた方がいいと思うぞ。
「私とアリス、颯太はまんべんなくできる方だから、全科目教えられると思うよ。風太郎は英語が苦手なんだっけ?」
「あぁ。あとは理数系は平均点よりちょい高いレベルだな。文系科目はばっちりだ」
「保健体育もバッチリなんだよね」
「こら恵ちゃん。そのレベルのジョークが男子に通用するのは中学生までですよ」
あははは、とおれたちは笑い合う。アリスと美琴だけは引き攣ったような顔をしていた。
こういうネタが男女通じるのも、また楽しいよな。
あまり店の雰囲気にはアンマッチなようだが……
「せっかくだから何か注文しよう。みんなで分けられそうなモノと、各自飲み物を注文しようかと思うんだけど、どうかな」
「はーいさんせー。アタシレモンティー!」
ちょっとちょっと、主張があまりにも激しすぎませんかね涼花さん。
まぁでも、こういうわがままな奴が一人いると、遠慮がちな雰囲気も一気に晴れるというものか。
あたしなんかがアップルティー頼んでいいのかな、ドキドキ、と思っちゃうような子がたまにいて、周りがみんなコーヒーとか頼んでると、合わせて「あ、アタシもコーヒー」とか言っちゃうからな。
緊張を解すためにも、涼花の朗らかさとわがままさはかえってありがたい。
神さま仏様涼花様だ。
いやそこまでは偉くないな、失敬。
注文が届く間に、早速勉強会がスタートする。
おれやアリス、恵、颯太を中心にわからないところを重点的に教えていく。
「悪い颯太。二重根号の外し方ってどうやるんだっけ?」
「あっはは。マジそれなー。アタシめっちゃそれわかんない。なんでルートの中にルートが入ってるのって感じ! うけるよね! 道の中に道作るなし! 道路交通法違反!」
「まったく涼花あなたって人は。話逸らさないで頂戴。『いまそかり』の意味は?」
「イマソカリ? なんか海辺にいそうな名前! めっちゃ釣りエサになりそう!」
残念すぎる女の子が一人いる……。
「インカ帝国を滅ぼしたのが、ピサロ。で、アステカ王国を滅ぼしたのがコルテスだ」
おれは美琴に世界史を教えていく。
ちなみにおれが本日美琴担当となっている。
家庭教師のバイトとかやったことないが、やったら意外と楽しいかも知れない。
「うーん、インカ帝国を滅ぼしたのが、えーっと、ザビエル?」
「違う。まず時代が違いすぎる。ザビエルタイムスリップしちゃってるから。しかもザビエルアメリカの人! ピサロとコルテスはスペイン人!」
「あーんもうわかんないって! 飽きた!」
「あきるなちゃんとやれ」
おれはビシッと参考書を示して言った。こういう勉強をおろそかにする奴は絶対にろくな大人にならないぞ。
戸塚先生は国語の成績だけはよかったから、頑張って勉強して国語の先生になったのだ。 なにか特別に秀でてるモノがあれば、それが仕事になったりするのだ。
なぁんてえらそうなことを語っているが、おれはまだ高校二年生だ。
戸塚先生にこんなことを言ったら、拳骨を食らうだろう。若いうちは恋愛にいそしめと、それは手痛い言葉を頂戴することになるだろう。
あれ、勉強は?
「ピサロ――インカ。コルテス――アステカ。それぞれ四文字ずつで、どっちがどっちを滅ぼしたかごっちゃになることはないだろう」
「うーんたしかに。選択肢があれば、間違えない、かな?」
「今ここで覚えちゃえよ」
「えー、絶対テストになったら忘れるー」
ザンネン頭脳だった。もうほったらかしにしようかしら。
お勉強会の途中だが、料理が運ばれてきた。注文した料理はアップルパイである。店員さんはご丁寧に七等分して下さった。
「「「「「「「ありがとうございまーす!」」」」」」」
全員分の声が響き渡る。高校生七人に感謝されたことがないためか、店員さんはわずかにたじろいだが、そのすぐあとに営業スマイルを浮かべた。
それからおれたち全員分の飲み物が提供された。
おれはダージリン、美琴はシナモンチャイだった。なんとおしゃれな。
かしゃりと、おれはいい角度で写真に収める。
「なにしてんの? あれ、よく見れば風太郎だけじゃない」
健、美琴以外の五人は、みんなスマホカメラを向けてアップルパイと飲み物の写真を収めていた。
おれの代わりに答えたのは颯太だった。
「インスタにあげるんだよ」
「ほへー、リア充。あれ、健君はやらないの?」
「おれはパス。そういうの興味ないんで」
まぁ興味なさそうだよね。
「あ、アリスもやってるんだ、めっちゃ意外!」
「な、なによ。いいじゃないこれくらい……。そ、それとも私がやると変だって言いたいわけ?」
「そ、そんなこと言ってないって! ケドなんか意外だって思っただけ」
「おぉ、アリス顔真っ赤だぜ!」
健が茶化す。アリスはそっぽを向いて、耳まで真っ赤にして、「い、いいじゃん……」とブツブツ呟いている。可愛い。
「ほら、あんまりアリスを茶化すな。こういうところも好きになっちゃう女の子が一杯いるんだよ」
おれは場を取り戻すように言った。
「い、言っておくけど、あたしが好きになるのは男だからね? そこ勘違いしないで頂戴」
「あ、あっはは。うん、善処する」
美琴は半笑いで善処した。善処て。
「友達の意外な一面を見るのってすごい楽しいよね。私もアリスがインスタやってるって聞いたとき、びっくりしちゃったもん」
恵が言う。まぁたしかに。おれも最初は思った。
「そうだよね! なんかアリスって『子どものお遊びに興味ないわ』とか言いそうだもんね! ………………あ、ごめん怒った? お、おこったよね? ご、ごめんなさい」
美琴は最後尻すぼみになりながら言った。
アリスは目をまん丸に見開いて、「そ、そんなことないわよ。別に怒ってないわ」と言った。
うーむ、なんだろうな。友達同士に遠慮はいらないのだが、まだまだ距離を掴めていないというか。
美琴は過去にいじめられていたトラウマがある。だから友達に対しても、過度に自分の言ってしまったことに対して考えすぎてしまうところがあるのだろう。
しかしそこは天下のアリス様だった。
「気にしているのはあなただけよ。それに、もしそんなことで怒るくらいなら、きっとそいつは友達じゃない」
「あ、アリス……。うん、そうだよね。へへっ、友達に遠慮はいらないもんね!」
アリスは安堵したように息を吐く。こいつイケメン過ぎない?
「わかってくれたのなら嬉しいわ。勉強も一休みして、いただきましょう?」
おれたちはそれからアップルパイをいただいた。んだこれめちゃうめぇ!
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