太陽は思ったよりまぶしくない 1
「どうだ、緊張するか?」
校門に向かう坂道で、おれは美琴に喋りかけた。
道行く人々はおれたちの方をちらちらと見てくるが、なぁに、そんなに気になるもんじゃない。
「い、いけそー」
その表現がちょっと卑猥に聞こえてしまったのは、まぁ僕の悪いクセですな。
「よし、じゃあ行くか」
「うん」
美琴がうなずく。さてここから先はどうしようか。
まさか二人で校門をくぐるわけにはいかない。
付き合っているなんて思われたらたいへんだ。
「美琴、ここからは一人で行けるか?」
「………………ぇぇええええ!? む、むりよそんなん」
アァもうこいつめんどくせぇな。
おれはバシッと美琴の背中を叩いた。
「よく見てみろよ。お前けっこう注目浴びてんぞ。そんくらい可愛くなったってことだ」
耳を澄ませば、「あの人ちょー可愛くね!?」「うわマジか。校章からして二年だよな。同じ学年にあんな子いたの!?」とか聞こえてくる。
うんちょっと男子が多いね。
まぁそりゃ可愛い子見たらそうなっちゃうよね。
おれは美琴の方をチラリと見た。
彼女の顔はまるでヒマワリのように輝いていた。
よしよし。大成功。
「お前今まであんな目向けられたことなかっただろ?」
「う、うん……道行くおじさんに下卑た目を向けられることはあったけど、こ、こんなの初めて……」
そうか。感動してくれてよかった。
「お前から見て、周りの女子高校生たちはどう見える? 今までと同じに見えるか? 自分も似たような道を辿って、髪の毛もセットして、アクセもつけて。ついでに軽く化粧もして。
お前は今まであいつらのことを見て、ちょっとばかし怯えてたんじゃないか?」
「た、たしかに。今までなら、よくあんなおしゃれできるなって思ってたけど、じ、自分があそこに混じってても違和感ないと思う」
「だろ? お前が見ていたものは、意外とまぶしくない。いや、お前がそのレベルに立ったから、リアルな世界をより鮮明に見ることができてるんだ」
「な、なるほど……ちょっと自分でもびっくり」
そうだろう。
おれも中学校の野球の全国大会なんて、小学生くらいの時はまだ夢の夢だと思っていた。
だがいざ実際にマウンドに立ってみると、不思議と違和感がなかったんだ。
あぁ、べつに夢の舞台じゃなかったんだな、と。
努力して、現実で戦っていくための舞台なんだな、と。
熱い日差しを背に受けて思ったものだ。
この感動が味わえたなら、きっとお前はもう前に進めているよ美琴。
……とか何とか偉そうなことを考えていると、ふとチャイムが鳴った。
予鈴である。
「案外急がないとヤバいんじゃね?」
「ほ、ほんとよ! あんたちゃんと時計見なさいよね!」
けっきょく二人で校門をくぐることになりました。
ちなみに先生に怒られるかと思ったけど、校門脇に立っていたのは戸塚先生だった。
よかった、よかった。
教室にギリギリで到着。
八時三十八分でギリギリだったが、よくよく考えれば戸塚先生が教室に来るまでは少し時間が空くだろう。
その間に美琴と打ち合わせをする。
教室の隅でこっそりとだ。ちなみにほとんどの生徒が着席している。
「久しぶりの学校で緊張するか?」
ガチガチな表情の美琴。
おれと美琴が話しているところを、ひそかにクラスメイトたちが噂している。
「ねぇあの子誰?」「やっば、風太郎新しい性奴隷じゃん!」「まじ、あの子超可愛いのに!?」「しねよ」「さいってー。やりたい放題おちんちん」
色々言われてるな。言われ放題じゃないか。
「新しい教室だからめっちゃ違和感ある」
「だろうな。お前にはまずこのクラスでやって欲しいことがある」
「やって欲しいこと?」
「そうだ。お前はまず、ホームルームで自己紹介が求められるだろう。そこで腕を組んで『あんたたちになんか興味ないから! みんなアタシの奴隷よ』とのたまえ」
「は、はぁ!? アタシはいつの時代のラノベヒロインよ! そんなことしたらみんなに嫌われちゃうじゃん!」
「あんずるな。おれの友達、すなわち風太郎クラブの連中はみんなノリがいいから、ノってきてくれる。それにお前が不登校だったことを知っている。連中はお前のサポートをしてくれるってわけだ」
「具体的にはなにしてくれるわけ?」
「それはおれにもわからない。だがノリのいい奴らだから、きっとお前の自己紹介にノってくれる」
「……ホントに大丈夫なんでしょうね」
「もちろんだ。約束する。お前にはこのクラスの女王様に、本当になってもらう必要がある」
「え、マジで?」
「大マジだ。黒野エリカは黒野エリカクラスの女王なんだ。だったらお前も同じ女王の座につかないといけない」
「で、でも涼花とかいるんでしょ? アタシがトップに立っていいの?」
「構わないさ。むしろ涼花は天然美姫と呼ばれてる。むしろおひめさまなんだ。お前と若干キャラが被ることになるだろうが、お姫様と女王は本質からして女王の方が上だ。それに涼花はお前が女王になることを歓迎するだろう」
「なんで?」
「そっちの方が面白いからだよ。面白いことを優先するのが涼花だ」
「……ま、まぁたしかに。涼花なら、アタシのために譲ってくれそうな感じある」
「だろ。友達は使え。最初のうちはな。
とにかくお前がまずやることは、全力で『今日あらアタシがこのクラスの女王よ!』と主張することだ」
「わ、わかった。何かめっちゃ緊張するんだけど」
「へーきさ。きっと面白いことになるから」
「面白くなっちゃダメなんじゃないの……?」
白い目を向けつつも、ため息をついて納得する美琴。
そうこうしていうるちにチャイムが鳴り響き、戸塚先生が「お前ら席に着けー」と教室に入ってきた。
「よーっし。ホームルーム始めるぞ。出席確認。おっ、ざっと見た感じ今日全員出席したんじゃないか?」
これにはクラスがどよめく。いつも美琴の席だけ空いていたからな。
「今日は久々に学校に来る新しいお友達がいるみたいだぞ。ほら挨拶。三浦、立って自己紹介」
かなり戸塚先生は軽い感じで美琴に声を掛ける。
うまいやり方だ。ここで下手に気を遣って、「みことちゃん……あいさつできる?」なんて言っちゃったらアウトだ。その点戸塚先生はうまくやってくれる。
たまに無責任なところがあるが、むしろその放埒な感じが救いになることもある。
さて、ここからめちゃくちゃ面白いことになった。
美琴はゆっくりと起立した。本当にゆっくりだ。
目は伏せがちに、そして辺りを睥睨するようにクラスを眺め回した。
びり、と空気が一気に張り詰めた。
すげーな。
あいつの演技力には感服した。
そしてゆっくりと、腕を組む。この辺は打ち合わせ通りだが、さっきの自信なさげな感じではなく、本当に演技モードに入っている。
これはあれだ、オタク特有のなりきっちゃうのうまいんだよね、って奴だ。
しかし本気でうまい。
クラス中がしんと静まりかえった中で、その少女はつんとアゴを上げた。
「三浦美琴。よろしく」
そこで美琴は軽く息を吸った。そして、だんっ! と踵を床に下ろした。
「あんたたちになんか興味ないから。人としての尊厳なんてこれっぽっちもないと思ってる。あれよね、基本的人権なんて、法の下で平等なのであって、逆に言えば法の下でしか平等じゃない。
アタシの言いたいこと分かるかしら? まぁあんたみたいなうたた寝してるハムスターのションベンみたいな奴らにはとうていわかりっこないわよね。こりゃ失礼。
あら、あんたたち目が死んでるわよ。子犬みたいに身を縮こませて、なんて情けない子どもなのかしらね。
久々に学校に来てみれば、んまー何ともチンケな人間共がクラスに集まっているモノだと感心してしまうわ。
あなたたちのような人間が社会を腐らせるんでしょうね。まぁ腐っている側はとうてい自分で腐っているなんて認識できないんでしょうけど。
あらあなた。いい目をしてるじゃない。タダの人間ではないことはたしかね。盛りきったドーベルマンみたいな顔をしているわ」
言って、近くに座っている少女のアゴを押し上げた。
おいおいおい。想像以上だ。
想像以上なんだが、ちょっと暴走しすぎているというか。
「なんて可愛い顔をしているのかしら。あなた、お名前は?」
「猿田、めい……ですっ」
女の子は肩を縮めて、顔を赤らめた。
ナンダなんだこの魔性の女は。
おれは見ているだけで鳥肌が立つ。
まさかそこまでやれなんて思ってなかったわ。
おれは冷や汗を垂らしつつ、場を眺めた。
周囲の目が、完全に戸惑っていた。
そうだ、三浦美琴は一年生の途中から不登校であった。
元不登校児がこれだけ言いたい放題言う奴だったのかと、衝撃を隠せないのだ。
美琴は軽く目を伏せて、そして睨みつける。ある一点をだ。
「アタシはさっき『性奴隷』とか言われたんだけど、あれはいったいなに?
ねぇ言ったのあんたよねぇ。
ちゃんと聞こえてたんだからね」
こわっ。
怖すぎる。
クラスの女子の一人が、うろたえたように目を逸らした。この子が美琴に対して性奴隷といった子だろう。
さすがにやりすぎじゃないか?
しかしおれの心配を他所に、美琴の掌握は続いていく。
「人の悪口を陰でこそこそ言う輩はアタシ嫌いなの。大嫌い。あれよね、陰口たたけるだけの地位にいるアタシかっけーとかそんな感じよね。
なっさけな。反吐が出る。
アタシそういう人間大嫌い。死ねばいいのにって思う。
まぁ、どうせそういう輩はブラック企業とかに入って、勝手にうつになって死んでくんだけどね」
辛辣ですね……。
おれはこの子を止められないかも知れない。
なにせ教室中が、恐怖に怯えている。
「以上。これ以上アタシから語ることなんてなにもないわ。続けて頂戴戸塚先生」
髪をさらっとかき上げて着席する美琴。
小さな、とても小さな拍手が巻き起こる。
「お、おう……なんかすごいの入ってきやがったな」
「ほんとそれな! アタシビックリしちゃった! 女王様だって!」
健と涼花が声を上げた。唐突のことにビックリしていたクラスの空気が若干和らいだ。
「ほお、おれたちがいながらクラスのトップに立とうなんて、いい度胸じゃないか」
おれはあわせるように言った。
そうだ、美琴はよくやった。
今日から美琴は女王様をクラスで名乗ろうとしている。
だがおれたちのポジションは、美琴の一個下じゃ、実は困る。
おれは美琴に女王になれと言ったが、本心を言えば、なっちゃ困る。
おれたちと対等でないと、おれたちの立つ位置がなくなってしまうからだ。
「あら、なかなか言う子が入ってきたじゃない。まさか私たちを差し置いて、なんてねぇ?」
アリスが挑発するように言った。
美琴の表情が徐々に慌てたものになる。
『は、話が違うじゃない! アタシを女王にしてくれるんじゃなかったの!?』とその目が訴えかけているが、おれは口笛を吹く真似をしてごまかした。
嘘も方便だ。
美琴はおれたちのグループに引き入れる。
なぜおれが美琴に対して女王様アピールしろと言ったかというと、クラスで下に見られないためだ。
これだけ最初からぶちかましておけば、なめられることもない。
特に今まで学校にこなかったのだから、美琴イコール不登校の暗い子、というイメージを払拭する必要があった。
すべてはおれの掌の上でうまくいっている。
おれは心の底から、あっはっは、と大笑いしたい気分だったが、なんとか笑いを堪えた。
「だそうだー。美琴は諸事情により学校をしばらく休んでいたが、今日から学校に復帰するそうだ。みんな、よろしくやれよ」
戸塚先生が言った。うまい。美琴がこの先蔑まれないようにうまく誘導してくれた。
美琴一人は若干「やっちゃったやっちゃったやっちゃった」と一人でブツブツ呟いていたが、おれからすれば、うまく高校二年生デビューできたんじゃないかと思う。
これでおれたちが美琴を風太郎クラブに入れてやれば、美琴はこの先、ひとまずは安泰を得る。
少なくともうちのクラスでは。
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