日陰者は強者の光にあぶられるか? 3

「……………………あら?」


「どうもこんばんは! いやぁすんませんちょいと忘れ物しちゃったみたいで」


「忘れ物……? あぁそういうことね。あがってって頂戴」


 おれは二度目の三浦家来訪に成功した。イヤー実にチョロい。


 お母さんは優しげな人だが、いつか訪問販売とか宗教とかに引っかかりそうで怖い。


 是非とも気を付けてほしいものだ。


「忘れ物っていったいなにかしら?」


「アタシの化粧品! 風太郎がトイレ行った合間に和室で化粧直してたんだけど、そのまま和室に置いてきちゃったみたい!」


 慌てた演技もうまいぞ涼花。あとで主演女優賞をやろう。


 おれたちは和室に入る。もちろんこの場所に化粧品などと言うモノはない。


 だが涼花は化粧品を探す演技をする。飾り棚の壺の裏とか、ちゃぶ台の下とかを四つん這いになって探す。


 ってちょっと待て待て! この角度からだとバッチリ涼花ちゃんの下着が見えてしまっている!


 おれは慌てて目を逸らし、再びスカート姿の涼花を見下ろした。


 何というハプニング。


 おれは悟られないように声を出した。


「あったかー涼花?」

「んぁんっ! ないな~~~、どこいっちゃったんだろ?」


 おれはわざとらしく声を上げた。拳を掌に叩き付けてさも今思いついちゃいましたよと言わんばかりに言った。


「あぁ! もしかしたら美琴ちゃんが部屋に持って行っちゃったのかも知れないぞ!」


「え!? あの子が!? そ、そんな………………。だとしたらほんとうにもうしわけないわ。ケドあの子ならたしかにやりかねないわね……」


 やりかねないのかよ。


 だが作戦は順調に進んでいる。おれは正直ここまでうまくいくとは思わなかったので感心する。


「あちゃー、べつに高いモノじゃないんですけどねっ。ケドやっぱりないと困るかなー。お部屋まで行ってもいいですか? もちろん無理矢理開けるなんてことはしませんから」


 涼花がうまく演技をする。おれは素で感心していた。


 こいつ演技下手かと思ってたら意外とうまいぞ。


「えぇ構わないわ。あの子がしてしまったことですもの」


 黒確定なのか……。お母さんもお母さんで娘さん信用してあげたらどうなんだとか思わなくもないけど、クラスメイトを前にしてお母さんもちょっと娘さんに厳しくなってるのかも知れない。


 お母さんが手すりを使って階段をのぼっていく後ろ姿を下から見上げながら、おれと涼花はうなずき合った。


 さぁ勝負はここからだ。




「おっとこの辺で大丈夫ですよお母さん。あとはボクたちで何とかしますんで」

「なんとかって? え? なに?」


「まーまー、恵子ちゃんとりあえず下でゆっくりしてなよ。アタシ達ついでにプリントの話もしたいから、ちょっと長くなるんだよねー」

「あらなんだそういうことなの……。わかったわ、下でお茶でも入れて待ってるわね」


「うんありがとう! 助かる!」


 恵子ちゃんが階段を下って下に降りていく。


 本当にあのお母さん心配だぜ……。


「あんたたち聞こえてんだけど? なにしに来たの?」


 扉越しに声が聞こえる。


 どうやらバッチリ聞こえていたらしい。まぁあれだけ大声出会話してれば気づくか。


「いやーおれたち美琴ちゃんと仲良くなりたいんだよね!」

「そーそー、アタシ達美琴ちゃんに学校に来て欲しいなって思っ――」


 涼花の言葉が終わる前に、部屋の壁が反対側からガンッ! と叩かれた。

 なんて凶暴な娘さんなのだろう。


「ほっとけっていったじゃん! やっぱ担任でしょ。担任があんたたちけしかけてここまで来させたんでしょ」


「お嬢ちゃん? けしかけての意味が違うなぁ」


「黙れっての。そうやって揚げ足取るんだ。ふ~ん。あんた他人からマウント取ってからかうのすごい好きそうだもんね。あとそこの女も。アタシあんたたちのことバッチリ知ってる。悪評高い二人だからね。


 やりチンとビッチでしょ?」


 いやちょっと待って。いったいどうしてそういう話が出てきた?


 おれはいい。だが涼花がビッチだというのは初耳だ。


「ちょっと! アタシビッチじゃないんだけど!?」


「はぁ!? あんたしってんだからね! 大学生七人と付き合ってるって! しかも全員遊び相てって! このヤリマン!」


「ちょいまち! アタシそんなことしてないんだけど!? あ、あたしまだ誰とも付き合ったことないし!」


「嘘つくな!」もう一度壁が叩かれた。この娘さんはものすごく凶暴だ。


「そっちの男も。たしか日刊プレイボーイだっけ? 日に日に相手変えてセックスしてるって噂。やりそーな見た目してるもんね。そのくせ女の子のこと考えてないんでしょ? 早漏だもんね笑」


「風太郎落ち着いて! ダメダメ! ここよその家だから!」


 さすがに我慢ならねーよ! お、おれのことバカにしやがったぞこいつ……!


「フニャチン」


 とどめめとばかりにど下ネタを放ってきた。


 やっばい。おれここまで帰りたいと思ったの初めてだわ。


 ふつうはクラスメイトの家に来たら遠慮するはずだが、おれはこの女には遠慮しないと決めた。


「…………ごっほん、何だ元気そうじゃないか! 心配したんだぞぉ。おれのことはいくらからかってもいいが、涼花のことは馬鹿にするな。いいな、それだけは守ってくれ」


「は? 誰がするかっての。自分の大切なモンも守れないクソビッチになんか、用はねーっての」


「だからアタシしてないッつってんじゃん! したことねーわ! なんなのこの子!」


 どうどうどうどう。落ち着いて涼花。わかった。わかったから扉爪でカリカリするのやめような……! ここよそのうちだから。


「ねぇ風太郎! もういっそ力尽くで引っ張り出そうよ! この女……………………ッ! この女……………………ッ!」


 頼むから落ち着いてくれ! なんか面白いことになってんじゃねぇか。


 おれは憤怒と恥辱に塗れて面白いくらい顔を真っ赤にした涼花をなだめる。


「おちつこ、な?」

「……うぅ、風太郎…………」


「ねぇあんたたちさぁ、いきなり人の家の廊下でいちゃつかないでくれる?」

「おう、べつにいちゃついてはいねーぞ。ただ慰めていただけだ」


「うっわ。やっぱプレイボーイなんだ。いっとっけどあたしそういう遊び人にたぶらかされるほど単純じゃないから」


 そういう子ほどあぶないんだよなぁ……。世の中そういう風にできちゃってるんだよなー……。


 って言うかおれは遊び人じゃないっての。


「ごほん。ねぇ美琴ちゃん? 今さっきのアタシ達への悪口は水に流すからさ、とりあえず一緒に学校行かない?」


「いかない。なんなの? アタシ行かないって言ってんじゃん。っていうか単純に迷惑なんですけどっ!」


 一筋縄ではいかないことは知ってる。


「そう言わずに、まずは話からでもどうだい? 子猫ちゃん?」


 我ながら恥ずかしいと思ったが、意外と女子受けのいいセリフだと言うことを知っている。


 だからこの場でも使ったのだが――


「うわきも。悪寒がしたわ」


 うんこれには軽くショックを受けた。


「だいたいさぁ、あんたみたいな男アタシ大嫌いなんだよね。そうやってヒーロー気取って、みんなから好かれて。不登校の女の子説得して学校に来させたって言う功績が欲しいだけなんじゃないんですかー? 


 そうやって自分の株上げて、女子からチヤホヤされるのが目的なんでしょ? 違う? それで多くの女の子から好かれて、家に連れ込んでおせっせするんでしょ? うっわ、さいてー」


 勝手に話を作り上げるな!


「ふ、風太郎はそんな人じゃないし。……ねぇ、人のこと勝手にそうやって悪い風に決めつけるのやめない? 噂は噂であって、事実は全然違うし」


「違う? 違うんだー。へー。ケド実際あんたはその風太郎とやらに惚れてるんでしょ? 肉体関係があるのかどうかは知らないけど、けろっと惚れちゃってんでしょ? うわ、そう言うのなんて言うのか知ってる? チョロインって言うんだよ? 読者から嫌われるタイプのクソヒロイン」


「むっか! むかついた! ねぇ風太郎! やっぱり直接対決したい! この子めっちゃ黙らせてやりたい!」


「どうどうどうどう。だから落ち着けって。お前挑発に乗りすぎなんだよ」

「だってぇ………………! だってだってだって! ううぅ……わかった」

「よしよしいい子だな」


 おれは涼花の頭を撫でてやる。ううむ我ながらイケメン、まるで少女漫画のヒーローのようだ。


 おれは軽く咳払いして、美琴の精神を揺らがせるであろう一言を放った。


「ところで美琴さん? 君はサッカー部の洋介に振られたそうじゃないか?」

「なっ――なんでそれしってんの!? はぁ!? ちょっ、まっ――――ハァ!?」


 すごい動揺。震度七くらいの動揺である。


 こいつ案外面白いかも知れない。実は純粋なツンデレ娘である。


「担任が話してくれたからな」


「はぁ!? うちの担任何やってんの!? 不登校児の個人情報漏らすなっての! うわ! 最悪! もう学校辞めてやる!」


「あれー、いいのかなー。それだと永遠に洋介に会えなくなっちゃうぞー?」


「鬼! あんた鬼じゃん! …………………………うっわ。もう最悪。ほんと最悪。なんでばれてんの……」


 おれは涼花の方を向いて、グーサインを送る。涼花は涼花で『あんた本当に鬼だね』という顔をしている。


 あれー。これおれ一番の作戦だと思ったから褒められると思ってたのにー。


「フラれちゃったんだねー。可哀相だねー。それでなに? それが黒野エリカちゃんにバレて、いじめられちゃったの? うわー、外道だねー。同乗するよー。ぐすん」


 わかってる。自分がやってることが最低だってことくらいわかっている。


 ――本当に最低だな。と江口○也さんボイスで言われてもおかしくないことをしている。


「それでいじめられて、動画にも撮られてそれを洋介くんに見られて、打ちひしがれちゃったんだねー。うわー、おれだったら学校来れないわ」

「うっさい――!!」


 ばごんっ! 


 おれは扉が衝撃で一瞬凹むのをこの目で見た。いやこちら側から見てるから、凸んだといった方が正しいか。


 おっ、怒った怒った。


 交渉の基本テクニックを教えてやろうか。それは相手に感情的にさせることだ。


 人間冷静な判断が下せなくなったときが一番あぶないのである。


 つまり説得するには、相手の感情を揺さぶるところから始める。


 ひろ○きとかも、相手を論破するときに使ってるテクニックだ。


 まさしく鬼のやり方!


 だが正攻法で倒せない相手を倒すのだ。これくらい外道な手法に走るのもやむなしって感じだ。


「あんたらに……………………っ、なにがわかんの………………ッ!? 不登校にもなったことないくせに! いじめられたこともないくせにッ!!」


 風太郎さすがにやり過ぎじゃないの、と涼花がオロオロしている。


 おれは大丈夫だ、とうなずいた。


 ここからが本番だ。


 おれは息を吸って、言った。


 扉に拳を押しつけて泣き崩れているであろう、美琴に向かって。



「――くやしいか?」



「悔しいよ! ひどいじゃん! あたし……ッ! 人間があんなことするなんて…………ッ! 思ってもなかった……! よくそんなことできるなって、おもった……ッ! 洋介くん…………彼、アタシの動画見て……笑ってた。バカにしてた……ッ。


 洋介くんはアタシのこと好きになってくれないって言うだけならまだよかった。け、けど……ッ、嗤われるなんて思ってなかったもん……ッ!

 ………………ぅ、ああああああああああああああああああッ!!」


 おれはやらかしたかもしれない。


 女の子を泣かせてしまった。


 最低だ。おれはとても最低な人間だ。



 ――だからこそやらかしたことに対して責任は持つ。


 ケツは最後まで持つ。文字通り男らしくだ。



「わかった」


 おれは言った。力強く。


 ここで逃げたらもうお前に未来はない、そう思わせられるくらい、力強く。


「な……に? どういう意味よ! なにわかったって。あんたただアタシに同情よこしたいだけなの? そうやって同情もらって、女の子が喜ぶと思ってんの!?」


「ぎゃあぎゃあうるせーな。黙って聞けよ」


 おれは扉を蹴った。がんっ! と凄まじい音が響く。


「な、なに………………なにするつもりなの?」


 おれは話を聞く気がなかった。


「お前にとっておれはどう映る?」

「ど、どうって?」

「思ったまんまでいい。おれは最低な奴だと思うか?」


「さ、さいてー。人の家に勝手に上がり込んで、いじめられてる人バカにして、あげく説教臭く扉蹴るなんて……まるで人間の所業とは思わないわよ。恥を知れって感じ。ってかこれ犯罪じゃん?」


 そこまで言われるか……。


 だが話がこじれるといけないので続けた。


「なら落ちるところまで落ちたってことだな。美琴……だったか? お前少女漫画とか好きか?」


「な、なんの話……? す、すきだけど」


「そうかそうか。お前もなかなか可愛いシュミしてんじゃねーか」


 ひっ、と扉の向こう側で声が聞こえた。


 油断したな。


 おれはその隙を見て、扉を一気に開け放した。


 暗い部屋に一気に光が差し込んだ。


 みすぼらしい姿の少女は、床にへばりつくように尻餅を付いておれの方を見上げていた。 おれはゆっくりと、うやうやしく膝をついた。片膝だけだ。


 まるで王子様のように。おれは極めてわざとらしく、格好付けて掌を上向けて差し出した。その指先を美琴のアゴまで持って行くと、その顔をゆっくりと持ち上げて、おれは耳元で囁いた。



「――なら見せつけてやろうぜ」



「み、みせつけるって、なにを……!?」


「言葉の通りさ。お前がいい女だってことを、洋介に見せつける」


「は、ハァ!? あんたなに言っちゃってんの!? あ、あたしなんかが洋介くんに振り向いて貰えるわけないじゃん! あんたバカなの!? しねば!?」


「どうしてそんなに口が悪いのかなぁ……。お前は性格的な部分も変えないといけないな」


「な、なんなのあんたさっきから! っほんと腹立つ! 上から物言って! 楽しい!? そんなに女の子が泣いてる姿を見て、楽しい!?」


「……うーん、たしかに女の子が泣いてる姿ってのも、そそるな?」


「な、なんなんこいつ! おまわりさん呼ぶかんね!」


「おっと、気づいてないのか美琴ちゃん」


「き、気づいてないってなに? あ、アタシがなんかやらかしたってこと?」


「違うってば。お前がそそるくらいいい女ってこと」


「は、はぁああああああああ!? あ、あっ、あぁああああっ、あんたっ! なに言っちゃってんにょっ!? は!? はぁあああ!? い、いいいいい意味分かんないし!」


 部屋の温度が急上昇する。美琴の顔は真っ赤に染まっている。


 なんてチョロいんだろうこの子は。


 しかし『女は愛嬌男は度胸』という言葉がある。


 けっきょくそれを持っている奴が一番……そう一番モテるのだ。


 顔じゃない、服装じゃない。


「ミスターコン一位のおれが断言する。お前はいい女だ」

「だっ、だからなにっ!? あたっ、アタシにそんな言葉掛けて……ヤ、ヤりたいだけなんでしょ!?」


 だからどうしてそういう思考に陥るんだろうか……。べつにヤりたいわけじゃないというのに。


「洋介、だったか。そいつを振り向かせたくないか? お前を嗤ったこと、後悔させたくないか?」

「こ、後悔……? う、い、いや、考えたことなかった」


 おれは美琴のことを見下ろしていた。彼女は彼女なりにひたすら悩んできたのだろう。


 それから涙をぬぐって、力強くこちらを見上げてきた。


「あ、あたしが嫌いなのは……あの女。黒野エリカとか、その取り巻きとか。とにかく周りの女子たちの票を集めて、よってたかってアタシのこと標的にして、あ、遊んで……


 本当に許せない。殴られた傷だって思い出したように痛むし、ハサミとかでつけられた傷もまだ残ってる。


 そ、それに、あ、アタシは洋介くんに嗤われたけど、洋介くんのこと、す、好きだし……。どれだけ嫌われても、報われないってわかってても、けど、す、好きなもんは好きだし」


 おれの脇からすっと涼花が近付いてきて、美琴に抱きついた。おいおい女子同士の友情を見せつけられるなんて思ってもみなかったぜ。


「めっちゃわかる! わかるわかる! そうだよね! 振り向いて貰えないの辛いよね! うんうん! めっちゃわかる! 美琴ちゃんの気持ち痛いほどわかる! もうわかりすぎて脇腹痛いくらいにわかる!」


「ちょっ、ちょっとあんた何なのよ! は、離れなさいよ! めっちゃいいニオイする……」


 なんかこの子おっさんみたいだな……。


 もしかしたら前世はおっさんだったのかも知れない。


 三浦美琴。なかなかのキャラクターをしている。


 いや、キャラクターが強いからこそ、黒野エリカの標的にされたと考えるのが妥当だ。出る杭は打たれる。それはどの世界だって同じだろう。



 

「お前はどうしたい?」


 おれは腕を組んで聞いた。きちんと美琴の目を見て。


「あ、あたしは……」


「諦めちゃうの? そんなことで? 嘘だよねぇ。ははーんなるほど、そうやって諦めて、逃げるだけがお前の人生なんだね。可哀相に」


「だっ、誰が可哀相ですって!? こいつほんっとむかつく! 人の心もてあそぶ天才じゃないの!?」


「おうおう言いたいように言えばいいさ。おれのことなんて好き勝手言え。おれは何と言っても、カースト最上位、イケメンでモテモテの神崎風太郎様だからなぁ。草場の陰から石を投げつけられたりすんのは慣れてんのさ。


 そうやって安全なところで眺めているだけの人生、おれは楽しいとは思わないけどね。


 くよくよしたって何も生まねーのにな!


 それなのにお前はそこでそうやってうずくまっている。


 のうのうと、まるでウジ虫みたいに」


「だぁああああああっ! ほんっとうるさいなにこいつ! 口ボンドで閉じてやりましょうか? わかったわ! やってやるわよ!」


「そうこなくっちゃな!」


 おれは掌を返すように微笑んで美琴の手を取った。それこそ一国の王子様のように。


「だ、だからさわんなっての! あ、あんたが触っていいのはべつの女! あ、アタシの体は、よ、洋介くんに……」

「捧げたいのか?」


 美琴は顔を真っ赤にしてうなずいた。よしよし。本当に可愛い子だ。


「よしじゃあ約束だな。おれがお前に、学校生活に復帰できるよう手取り足取り教えてやる」


「て、手取り足取りって? ま、まさかそういうプレイ……!?」


「違うわ! なんでそう話を持って行くんだお前は! 手取り足取りって言うのは、要するに一からってことだ。――だからお前はおれに惚れちゃいけない。いくら優しく手ほどきされたからって、おれに惚れちゃダメだぞ。なんたってお前は洋介のものになりたいんだから」


「わかってるわよ。誰があんたなんかに惚れるもんですか。初めての人は初めてがいい」


「わがままなやっちゃな。洋介が初めてなのかはおれは知らんぞ。だがまぁいい。お前はまずは見た目をどうにかしなくちゃならない」


「み、見た目……? た、たしかに言われたけど。黒野エリカにアタシってブスだよね、みたいに陰口叩かれたりしたけど、でもアタシ、どうしたらいいのかわかんない。美容雑誌とか見ても、ち、ちんぷんかんぷんだし」


「えー、もうちょっとおしゃれに気を配れば絶対可愛くなるよ!」


 涼花が美琴の手を取って言った。まぁたしかに、涼花の言いたいことは分かる。


「あ、アタシ、あんたみたいな女嫌い」

「ハァ!? なんでいきなり失敬なこと言われてんのアタシ!? 今のアドバイス返して!」


「そ、そうじゃなくて……アタシキャピキャピした人、すごい苦手って言うか。陽キャ……っての? ああいう人たちって、どこか下にいる人蔑んで、嗤いモンにしてんじゃん。だからああいう人たちに、なりたくないなって思ってて、その……」


 ……なるほどな。つまりこいつは陽キャというモノに偏見を持ってるってことか。


 まぁわからんでもない。カーストのトップを走るおれだからわかる。


 陽キャってやりチンやりマンばっかって思われてんだよなぁ、しくしく。


 でも実際は違う。グループ同士の人間関係に悩んだり、クラスでの立ち位置に悩んだりしている。だいいちヤったらヤったで、グループが崩壊することをわかっている。


 クラスには複数のグループが存在しているが、あれは自分が選び取って入ったモノだ。


 もちろんクラスに居場所がない奴だっている。


 人間関係って言うのは、必ずしも作らなくちゃいけないもんだとは思わない。


 むしろ疎ましく思ったのなら避けた方がいいことだってある。


 けどおれは、あえてトップに立ちたいと思う。


 クラスのトップに。


 体育祭では応援団やって、文化祭ではクラスTシャツ着て誰よりもはしゃいで。


 そういう甘くて、弾けるような青春をしてみたい。


 おれはそれを望んでいる。


 いつか大人になったときに後悔することのないように。いつだって輝いていたい。


 一瞬でいい。輝くのは一瞬だけでいいのだ。


 その一瞬をいつかは思い出す。光らなければ、一切思い出すことだってできない。


 むしろ灰色の青春を嘆くことになるのだろう。


 そんなことになるくらいなら、恥を捨てて、全力で駆け抜けたい。


 そして今、おれの目の前に灰色の青春をいかにも送りそうな女の子が一人いる。


 助けてやる義理はない。


 だがこれも、貴重な経験だろう。プロデューサーみたいで楽しいじゃないか。


「よしっ、なるほどお前の考え方の根底が見えてきた気がした」

「はぁ? あんたさっきから偉そうに」

「お前はあれだ。ツンデレさんだな」


「ツンデレ? はぁ? 今時ツンデレヒロインとかはやらなくね? ってか、アタシ!? あたしがツンデレって言いたいの!? はぁ!? ど、どう考えてもツンデレじゃないし! むしろ清楚系だし! なめんな!」


 なめてんだよ……。


 おれは正直突っ込んでやりたかったし、となりの涼花もくくくと笑っている。


 本当にツンデレという自覚がないらしい。


「とにかくお前が悩んでること、それはつまり、陽キャが怖いってことだろ? 人を蔑んで、無意味に恨んで、あげくの果てクラスから追放する。そういう輩が怖いんだ」


「ま、まぁ……そうね」


「だが考えてみろ。学校でカーストトップの男女二人がここにいる。そしておれたちが他人を見下すような奴に見えるか?」


 美琴はおれの方をチラッと見上げて、それからまた目を戻した。


「ま、まぁ……す、涼花ちゃんの方は、ちょっと優しいなって思った。ケドあんたはちょっと小馬鹿にしたような感じがあるけどね」


 おれはウグッと胸を押さえた。


「た、たしかにおれはお前に体して色々言った。ケド考えても見たまえよ。黒野エリカは一方的にお前のことを排斥しようとしていたんじゃないか?」


 少々、発言が傲慢だったか? だがこれくらい強気に交渉した方が今はいいだろう。


「……たしかに。あいつらはアタシのことホントに嫌いなんだなと思った。同性だからってのもあるんだろうけど、ちょっとやりすぎって言うかさ。


 あ、アタシは黒野エリカが大嫌い。あいつに付随する女の子たちも嫌い。


 けど、た、たしかに、アタシはべつに、べっ、べつにっ! あんたのことは嫌いじゃない……かも」


 上目遣いで美琴は言ってきた。


 お、おぉ……素で言われると嬉しいな。


「ちょっと風太郎? なに顔赤くしてんの?」

「してないしてない。ただちょっと心に来ちゃっただけさ。君のハートにジャストミートって奴だな」

「君のハートにジャストミート? なにそれ? 意味分かんないんだけど」


 美琴が首を傾げて聞いてくる。


 俺は答えた。


「何だ知らないのか? 小学生の時に習っただろう。距離、速さ、時間のカンケイだ。ほら算数だよ算数。学校によっては『木の下のハゲたじいさん』とか教えるみたいだけどな。おれの小学校だと『き』みの『は』ーとに『じ』ゃすとみーと、だったんだ」


「ぷくっ! なにそれめっちゃうけんだけど! 算数の先生どうかしてるってそれ!」


「おうおう。そうだろ。ちなみにおれのギャグセンスはその算数の先生から来ている」


「終わってるし! あんた終わってんじゃん! めっちゃギャグセンス終わってる。エムワンだったら一次にも通らないレベル!」


 ひどい言われようだ。おれは泣きたくなってしまったが、すんでの所でこらえてやったぞ。


「な、なんだと……! だがお前のギャグセンスよりはマシだ! なんたって不登校なんだからな!」


「はぁ!? 不登校児馬鹿にすんな! アタシにはのっぴきならない理由があったんだから!」


「はいはいわかったわかった。じゃあ明日からお前の改善計画を始める」


「か、改善計画ってなによ……。まさかサイボーグにでもするつもり?」


「お前はバカなのか? そうじゃない。その脂ぎった髪の毛とか、コミュニケーションの取り方とか性格の見直しとかを行うんだよ。いいかお前、一つ言わせてもらうがな、その容姿で男にモテるなんてむりだむり!」


「なっ! はぁ!? アタシだってこう見えてもお肌のケアしてるもん!」


「だってさ涼花。何点だ?」


「うーん、ざっと五十点ってとこかな。下手でもないけど、うまくもないって感じ。って言うか他のところどうにかしないと、男の子寄ってこないと思う。女の子なのになんかにおうし……」


「……うっ」


 ほらまた顔を赤らめた。可愛い。


 じゃない! おれは明日から美琴の虹色の青春計画を実行しないといけない。


「いいか、明日はお前の第二の誕生日にしてやる」

「だ、第二の誕生日……? なにそれ?」


 おれは指パッチンして、超どや顔で言ってやった。


「それは明日からのお楽しみさ!」

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