日陰者は強者の光にあぶられるか? 4

 虹色の青春計画スタートである。


 日曜日の横浜市はからりと晴れ渡って、まるでおれたちを天が祝福しているかのようである。


 これはめでたいな、とおれは駅の階段を降りていくと、二人の女の子の姿があった。


 一人目、金髪ギャルの女の子。ちょっとハイテンションな感じでぴょこぴょこ飛び跳ねるその姿は、まるで子どものようである。


 二人目。そんな子どもみたいな天然ギャルの傍にいるのが恥ずかしいらしく、ちょっと周りを慣れない目つきで見渡して顔を赤らめる黒髪の地味子。よりにもよって赤ぶち眼鏡をチョイスしてしまうところが、彼女の地味子たるゆえんである。服装は上下のジャージ。


 …………ジャージ?


 赤色のジャージだ。


 お前はどこのバンドメンバーなのかと突っ込みたくもなる。よくもまぁそんな恰好で世の中のお天道様の元を歩けるというモノだ。


 できれば恥を知ってもらいたい。


「おっまたせー。わりぃわりぃ。ちょっと朝のランニング長びいちゃってさ」

「おっそいわよ。どんだけ待たせる気?」


「すまんのう。おれはシャワーを浴びてたら、いつの間にか約束の時間ギリギリだって気づいてしまってな」


「なにそのおじいちゃんみたいなしゃべり方。きんもっ。恥を知りなさい。ってか聞いてよ、この女、さっきからアタシに容赦なくべちゃくちゃ喋りかけてくるのよ。アタシ恥ずかしくて、なんかもういやになっちゃう……」


 赤らめた顔を両掌で覆ってもじもじし出す美琴。


「「………………」」


 おれたちは二人揃って黙り込む。いやこの子どうやって手をつけたらいいのだろうか。


「(じょ、上下ジャージ姿の子に言われたんですけど……)」

「(いうな。服装のことも任せていいか? 何か先が長そうで、ちょっとおれ泣きそう)」


「ほーらあんたたち? なにぼんやりしてんの? さっさと行くわよ! お買い物に!」


 一番テンションが高いのは誰なんだ………………。




「んで、これからどこ行くの? 江ノ島?」

「アホか。いったん落ち着けよお前は。どうも人の話を聞かないところがあるぞ」

「そんなことないって。ほめてもな、何も出ねーし」


 なんなんだこの子は。


 生粋の天然なのかも知れない。


 いや生粋の天然って何だって話だが。


「あーとりあえず今度からちゃんと人の話を聞くこと。わかったか?」

「はぁ? アタシ聞いてる……いやなんでもない。ごめん、続けて」


 おぉ! 


 おれと涼花は顔を見合わせて驚いた。


 美琴の意識が改善されている。


 前までの美琴なら、「はぁ? アタシ聞いてるし。そうやって勘違いばっかすんの、陽キャだから人の心を理解できなくなっちゃったからじゃないの? だっさ。しねば?」とか言ってきたことだろう。


 それがなんということだろう! 美琴が話を聞く姿勢を持っている。


「お前、変わったな」

「は? 変わってないし。い、いつも通りだし………………おねがいだからちゃかさないで」


 おれはちょっと泣きたくなってしまったね。


 たしかに自分が変わろうとしてるときに、『えらいね』とか『おっ、かわろうとしてるの?』とか言われたら、若干茶化されてると感じるモンな。


 努力はそっとサポートする。


 それがおれたちがやるべきことだろう。


 美琴は髪の毛をいじりながら、顔を真っ赤にしてそっぽを向いていた。


 うーむ、そうだな。まずは美容室か。


 一番分かりやすい変化と言えば、髪型だ。


 美琴の場合、変えたいのは髪型と服装、それから女の子だから香水かな。いやいらないか。シャンプーリンス、ボディーソープを改善すれば匂いはどうにかなるだろう。


 体型に関してはややぽっちゃりめだ。うーむ、まぁ女の子だし、ダイエットはいらないか。


 ややぽっちゃりな方が女の子は受けがよかったりするからな。


 それよりも性格の部分だ。女は愛嬌、男は度胸と昔から言う。けっきょくそれを持っている奴が一番モテる。


 こいつの愛嬌レベルは、うーん難しい。時々めちゃくちゃ可愛くなることがあるけど、常にツンツンしてるので、愛嬌レベルはあまり高くないか。


 ツンツンしてるのは彼女の美徳と言えよう。たまに来るデレはいい感じのギャップだ。


 だがあまりにもツンツンしすぎてて男子も女子も離れて行ってしまうのでは意味がない。


 今後はもうちょっとおしとやかにしてやらないとな。


「な、なに見てんの? きんもっ。しね」


 上目遣いでそう言われた。


 もう本当に精神に来る言い方だ。


 近所の小学生ならトラウマになってお母さんに泣きつくレベル。


 さすがにこれはいけない。社会生活できないレベルだよ!


「当たり前だが、今度から『キモい』とか『しね』とかは禁止だ。今時小学生でも使わない。そうやって他人の悪口ばっかり言ってると、次第に人が寄りつかなくなるぞ。お前一生孤独のままだぞ。婚活しようとしてもできなくなるんだぞ。戸塚先生みたいになりたいのか?」


「うあああああああああああああああっ! それはなりたくないっ! うんわかった今すぐ治すね!」


 あっさりと許諾してくれた。ありがとう、そしてごめんなさい戸塚先生。


 しかも『治す』って言わなかったか? 『直す』じゃなくて。


 戸塚先生、あなたにはきっといい人見つかりますからね(笑)。


 って言うかあの人ふつうにタバコやめればモテそうなんだけどなぁ……。


 まぁいいや。戸塚先生の話で時間を潰してしまうのも、色々ともったいない。


「最初は髪型を変えようか。どうせなら髪色も変えてしまおう」

「……え? 髪色変えんの?」


「いい機会じゃないか! デビューだデビュー。いいか、分かりやすい変化を与えるには、女性は髪型と、あとは髪色だ。変えたくないとかあるのか?」


「………………いや、やってみたくは………………あるかも。それに涼花もついてくるんでしょ? な、なんかこの子いると、心強いって言うか……お、おしゃれに気を遣ってそうだから……その、アドバイスとかくれそうだし」


 おれが思っていた以上に食いつきがよかった。


 髪色を変えたいというのは、正直涼花の願望だった。


 あの子絶対ブラウン似合う! とは彼女の弁なのだ。


 なるほどね、たしかに自分一人で美容室に行くよりも、超見た目に気を配っている今時女子が一人いるだけで、かなり心強いかも知れないな。


 おれは美容室では雑誌を読んでいることにしよう。


 見れば美琴と涼花は楽しそうに会話していた。


 さながらいとこのお姉ちゃんと話している、小学生の女の子だ。


 いや、同い年なんだけどな。ズバリそんな風に見えてしまう。僕の悪いクセでしょう! そうこうしているうちに美容室に到着。エレベーターに乗って二階へ。


「な、なんか緊張する……うぅ、本当に大丈夫なのよね……!?」

「へーきへーき! 終わったら違う自分が待ってるから!」


 ちなみにお金はおれたちが出すのではなく、美琴本人が出すことになっている。


 美琴、というより、三浦さんちの口座が出してくれた感じだ。


 ざっと三万円持ってきたそうだ。今日中にだいぶ減るだろうが、まぁ人生のむだにはならないだろう。


「いらっしゃい。アラー可愛い子ねー。あなたたちの娘さん?」

「違います」


 なんでやねん。


 おれは慌てて否定した。


 てるてる坊主姿になった美琴の肩をポンポンと叩く美容師さん。


 こちら佐藤真穂さんだ。御年二十四歳であり。趣味はカフェ巡りと居酒屋巡り。ディズニーとサンリオが大好きで、現在は彼氏募集中。


 だが彼女のお眼鏡にかなうモノはなかなか現れないという。美容師あるあるらしい。おしゃれに気を配ってる人の方がいい、という。


 なかなか社会人の恋愛も、おれたちが思っている以上にシビアなのかもな。


 ショートヘアーにピアスをつけた佐藤さんは、おれたちに聞いてきた。


「付き添い?」

「えぇまぁ」


 おれはうなずく。ここはおれが出張るよりも、涼花に任せてしまった方がいいかもしれない。


「えっとね、とりあえずシャンプーでしょ。それからカットでしょ。あとカラーリングもやって欲しいんだけど……髪色はライトブラウンで!」


 うむ、おれでも理解できる言葉を使ってくれて嬉しかった。


 なんとなくやることはわかった。つまり髪を洗って切って色をつけると言うことだ。


「髪型はどうするの?」

「うーん、長い方がいいよね?」


「そ、そうね……。いきなりバッサリ行かれるのはちょっと抵抗あるかな。あと前髪もあんましきられると、後戻りできなくなるから……」


 美琴の要望である。まぁたしかにいきなり変えすぎるのも怖いよな。わかるわかる。


 元野球部男子が直面した現実に似ている!


 オーダーが決まったのか、施術に入った。施術って言い方でいいの?


 まぁとにかく作業が始まったと言うことだ。


 おれは待ってる間は雑誌を読んだり、涼花と雑談したりした。


 できあがりが楽しみだ。




「かわいい!」


 涼花が叫んだ。おれもビックリしている。


「見違えたな……」

「へへ、そうかな……? なんか違う人みたいなんだけど」


「可愛いよ! これ全校生徒振り向くレベル! うわあ~~~~~! 部屋に飾りたい!」


 やめとけ。お前までなんかおっさん臭くなってんぞ。


 おれは改めて鏡の中の一人の女の子を見た。


 三浦美琴。


 前までは黒髪の地味子だったのに、今は茶髪の今時美少女って感じになっている。


 髪避けの布を脱いだらジャージ姿で残念なことになるだろうが、この顔立ちと髪型なら、まず間違いなく男子は振り向く。


 おれだってドキッとしたくらいだ。


 やばいぞ……。


「ねっ、ヘアピンつけてもいい!?」

「んえっ、んまぁ、いいけど……」


 毛先をもじもじクルクルしながら美琴が答えた。耳まで真っ赤に染まり、まるで食べ頃のリンゴのようだ。


 白雪姫だって思わず手に取って食べてしまうかも知れないぞ。


 涼花はポケットから白いヘアピンを取り出すと、美琴につけた。前髪の三割ほどを耳の後ろに持って行って、あぁ、これはやばい。もうヤバいとしか言いようがないくらい可愛くなってしまった。


「おおっ! めっちゃいいじゃん! なんかキュンときた!」


 美容師の佐藤さんまで大はしゃぎである。


 ちょっと、ますます美琴ちゃん照れちゃうからやめたげて!


「可愛い! 写真撮りたい写真! ねっ!?」

「んふぇっ!? そ、そんな恥ずかしいよ……。み、みんなで撮るならいいわよ?」


 なにその赤信号的な発想……。


 だが一人で撮った写真より、みんなで写った写真の方が楽しいかも知れない。記念になるしな。


「ほーら風太郎も入って! ………………ねぇちょっとあんた! なんでそんな顔赤いの!?」

「い、いや……見間違いじゃないか?」


「あ~~~、もしかして美琴ちゃんに見とれてるんでしょ~~~」

「ちげーよ。ちげー。絶対にちげー」


 そう違う。いや美琴が可愛いのもあるけど、おれは涼花にとてつもなく大きいおっぱいを押しつけられているのである。


 ……。


 まぁ、我慢だ我慢。


 おれたちは全員揃って美容室の鏡に向かってピースした。ちなみにカメラは、美容室の備品と、涼花のスマホである。


 どうやら美容室はこの写真をホームページにアップするらしい。


 美琴は若干渋っていたが、髪型が変わった嬉しさもあったのか、「べ、べつにいいけど」と呟くように承諾した。


 のちのち後悔する奴だなと思いつつ、まぁ後悔している美琴もそれはそれでいいかもと思ったおれは「是非お願いします」と佐藤さんに告げた。


「えひゅひゅひゅ! これで美容室の売り上げもうなぎ登りよ……」


 と奇妙な笑い声を佐藤さんがあげていたことについては不問にしておこう。かかわっちゃいけない。


「さぁーって! じゃあ次は服選びに行こっか! ついでにアクセも買っちゃおう! さらについでにアタシのアクセも買っちゃおう! 一緒に選ぼうね美琴!」


「え、えぇっ! ったくしょうがないわね……いいわ、ついて行ってあげる」


 などとツンデレの定型文のようなセリフで、しかし楽しそうに美琴はうなずくのであった。




 そのあと服屋によってジャージ姿からの変身を遂げた。


 服装はシンプルで、白色のブラウスと春色のカーディガン、カフェ色のスカート。


 手にはふりふりのブレスレットが追加されて、いかにもって感じがする。


「きゃわいい~~~~~~~~~~ッ! まじきゃわ! ヤバい! これ本当に持って帰って家に飾りたい!」

「えぇ? さ、さすがにそのテンションは引くし……」


「だってさ涼花。さすがにお持ち帰りはマズいだろう」

「えぇ~~~~、でも風太郎は美琴のこと持ち帰りたくないの?」


「ひっ、むりむり! さすがにこんな男に持ち帰られるなんて想像できないから! あ、アタシこんな男に持ち帰られるくらいだったら、遥かに涼花の方がいい!」


 めっちゃ否定されていた。

 なかなかにショックだった。


 けれど男の家に持ち帰られるのとちょっと百合に目覚め始めた女子の家に行くのだったら、断然後者の方がいいだろう。


 ちなみにおれは一人暮らしだ。なので持ち帰ったら本当にあぶないことになりかねないので要注意。いやおれにその気はないけどな。


「に、似合う……? へへ、どうかな?」

「おう似合うぞ」

「あ、あたしさ! ジャージしか似合わないと思ってたんだけど、これはこれで悪くないじゃんって感じ!」


 いやこれはこれでってどういう意味だよ。


 なかなか彼女は独特な感性の持ち主なのかも知れない。


「じゃあ買っちゃおう! あとピアスとかつける!?」

「ぴ、ピアスはちょっと……。ほらイヤリングとかそっち系の方が嬉しいかな」


 たしかにいきなり穴を開けちゃうのは抵抗があるかもな。


「おっけー。似合いそうなの見つくろってくるね!」


 とりあえず服とイヤリング、それから指輪とかもろもろを帰って外に出た。しかしこの店は何でも揃う。


 ちなみにショルダーバッグも購入した。ユニセックスの奴である。男女兼用って意味だ。


 なかなか良さそうなのでおれも購入することにした。


 シンプルなデザインで、色は六色あったが、おれは黒、美琴は白を買った。


 おれは最初白にしようとしたのだが、「は? 真似すんじゃねーよばーか」と言われてしまったため、泣く泣く黒を購入したしだいである。


 この子だんだん狂暴になってきたな……。




 おれたちが外に出たとき、空は闇が支配していた。


「ははっ、なかなかに見違えたんじゃないか? これで外出たらまるでモデルさんが歩いてるみたいだぞ」


「そ、そうかな。あ、あたしはそうは思わないけど、な、中身がオタクだってバレたら終わるし……」


 おっとなるほど。内面の部分の改善はまだしていないのだったな。


 一度自信をコテンパンにやられてしまった人間は、再び立ち直るのに時間が掛かるモノだ。


 それが思春期のいじめで受けたダメージとなると尚更だ。


 自己肯定感が低い人間って言うのは、人生のどこかでぼこぼこに叩き潰される。そしてまた自己肯定感が下がっていく……という負のループを抱えてしまう。


 うつ病患者に多いそうだ。


 いい人ほど損をする。


 そんな自信のなさを他人にわかられたくないから、こいつは時に他人に対して暴言を吐いてしまうのだろう。


 おれはあまり詳しくないのだが、自分を傷付けてしまうタイプのツンデレ、ってところか。


 昔のアニメとかだと、他人を傷付けるタイプのツンデレが多かった、らしい。


 まぁおれはアニメとかに詳しい方じゃないが、多分この流れ自体はあっている。


 彼女は明らかに、自分を傷付けてしまうタイプだ。


 わかるぞぉ! 素直になれないのは辛いことだよな。


 よしよし。まぁこの辺はおいおいってところだな。


「そうだな、ひとまずカラオケにでも行くか。そこで美琴には今後のミッションを与える。逃げるなんて言わせないぞ。乗りかかったのはタイタニックよりも大船だからな!」


「それしずんじゃうじゃん!」


 美琴のツッコミが虚しく響いた。




「カラオケかぁ……! ヤバいめっちゃ久しぶりに来たかも! わぁ、テンション上がる!」


 美琴は楽しそうに両腕を広げた。こらこら、あんまりさわぐんじゃないぞ。


「三名様ですね?」

「はいそうです」


「603号室です。ドリンクバーはあちらにございます。フリータイムでのご利用です。お間違いないでしょうか?」


「はん、間違いないわね! ほらさっさと行くわよあんたたち! なにぼけっとしてるのよ!」


「待て美琴。今日は遊びに来たわけじゃないんだぞ」


「知ってるわよそんなこと! どうせなんか教えてくれんでしょ! そ、そんくらいわきまえてるっつーの! あ、アタシだってそんくらいわかってるもん」


 どうやら子ども扱いされたことにものすごく腹を立てているらしい。よかった。美琴ちゃんまともなんだね。


 美琴の言葉の節々から、本気で変わろうという意識が見え隠れしていた。


 おれは嬉しい。涙がぼろぼろ溢れそうだ。


 うわーん、嬉しいよぅ!


「こうら風太郎。とっととしないと置いてくかんね」


 涼花さんがおれを現実に戻してくる。


 なんだよ。ちょっとくらい感傷に浸ってもいいじゃないか。


 おれはとぼとぼと歩く。


 カラオケルームは三人にしてはちょっと狭いか。


 まぁべつに歌うわけじゃないからな。こんくらいでちょうどいいか。


「んでっ、なにすればいいわけ? ねぇ見てみて。こうやって腕組んでると、黒野エリカみたいじゃない!? やばっ、今ならアタシあいつに勝てるかもしんなーい」


 あんまり調子に乗るとあとで痛い目に遭うぞ。


 こいつ、見た目が変わったことでテンションが上がってしまったのかも知れない。


 その気持ち、わかるぞ。


 おれも今でこそ美容室で髪を整えてもらっているが、初めて美容室で髪型を変え、ワックスをつけたときは感動した。


 見違えるほどイケメンになっていたからな。


 だからおれは我が子を見守るように、うんうんとうなずいた。


 誰もが通る道だ。


 おれはさっと手を差し出した。


「なによこの手! まさか握手でもしたいって言うの!? 一回三千円」


「たっけーよ。いやべつに深い意味はないんだけど、とにかく高校デビューおめでとうってこと」


「あぁなんだんなこと。でもべつにあんたが頑張ったわけじゃなくて、美容師の人が頑張ったのよ。あと涼花。風太郎、あんた何もしてないじゃない」


 ぐ、たしかにそうだ。髪を切ったのは美容師さんで、服を選んだのは涼花だ。


 おれは特に何にもしてないな。


 うんなにもしてない。お茶を飲んでただけだ。


 垢抜けるって本人の意識が問題なのであって、あとはほとんどお金使ってプロに任せちゃえば何とかなるんだよなぁ……。


 ケド垢抜けようとしてる奴としてない奴で、大きな差が出ることも事実だ。


「まぁまぁ。おれの出番は今からだ。髪は美容師さん、服は涼花。そして最後におれだ」


「あんたがなんか教えられるとも思えないけど。あ、もしかして女の落とし方とか? いらないから。アタシ女だし。女にモテる女って、男からあんま人気でないんだよ知ってた?」


「うーん美琴ちゃん、それ違うと思うよ。アタシの友達にアリスってのがいるんだけど、その子めっちゃイケメン女子で、だけど男子からも女子からも人気が出てるんだよ」


 そーそー。


「うっそだぁ! そんな人いるわけないモン」


「いるんだなぁそれが。そうだな、明日はそのアリスたちと友達になってもらうってのはどうだ? 涼花」


「いーねー。どうせなら風太郎クラブに入れちゃおう! 陽キャデビューだねッ!」


「………………ぇ、……………………あ、うん。わかった。………………でも、自信ないんだけど」


 これだ。根底にこれがある。


 彼女の場合、過去のトラウマとか、成功体験の少なさとか、そういうのが根底にはびこっているのだ。


 メンタルの強さってのは先天的な部分が大きい。美琴の場合、生まれたときからあんまりメンタルの強い方ではなかったんだろう。


 そこに追い打ちを掛けるようにいじめだ。


 そりゃ、学校行きたくなくなるよなぁ。


 だからこそプロデュースしがいがあるってもんだ。


 おれはこの子を一軍にあげる。

 それを達成することができれば、おれ自身への成長に繋がる。

 間違いない。クラスの不登校児。


 そいつを上へと押し上げてやる。

 間違っても美琴のためじゃない。美琴はおれの道具だ。

 最低だろ? だがカーストってのはそういうもんだ。


 上へのし上がるためなら何でもする。

 美琴を一軍にできれば、おれへの教師からの株も上がるだろう。


 そうすれば推薦が貰えて、一流の大学へと進学できる。


「……」


 まぁやろうとしてることは最低だな。けどその過程で美琴は犠牲になるのではない。むしろ成長を遂げるのだ。


 誰も文句はないだろう。結果的に誰もがハッピーだ。


「んでぇ、なに教えてくれんのよぅ。本当は女の口説き方とかじゃないんでしょ? も、もしかして体でわからせようって気!? むり!? 絶対むり! やだ! あんたに初めてあげたくない! 洋介くんがいい!」


「落ち着け。洋介のことはいったん忘れろ。そうだなー、たしかにわからせてやっても、それはそれで楽しいだろうけど、今回はしないでおいてやろう」


 おれは冗談めかして言うと、涼花から耳たぶを引っ張られた。痛いですごめんなさい。


「そういうのいいから。さっさと先に話進めて」


「わかった。――美琴にはこれから、コミュニケーション講座を行う。人と喋るときのこつとか、あとはラインとかだな。ところで美琴はつい……エックスとかやってるか?」


「や、やってるわよ。たまにグチ書くときとか使ってる」


「絶対にやめろ。今すぐにやめろ。それ記録に残って就活のときに痛い目に遭うから。お前が過去にしてきたこと全部そこに残るんだぞ」


「……う、ご、ごめんなさい。けっこうひどいこと書いてたから。あんたのこととか、涼花のこととか」


 書くなよ……今すぐ消せ。


 相当おれたち陽キャグループが嫌いだったんだな。


「あれ待てよ。黒野エリカとかについては書いてないのか?」


「か、書けるわけないじゃん! 返り討ちにされるし。なにされるかわかんないじゃん! あんたバカァ!?」


「いやバカじゃねぇよ。だがどうしておれたちの悪口は書いてるんだ?」


「あぁそれ。みんな書いてるから。うちの学校の生徒。中にはやめとけって言う人も一杯いるけど、けっこういるよあんたたちのこと嫌いだって言う人」


 うん知ってた。一応聞いてみただけである。


 おれはXをちょくちょく確認するタイプじゃないが、そこまで書き込まれてたとはな。


 だがそういうアンチツイートに限って、あまり見られないのである。

 ただ感情のはけ口にだけSNSを利用する。

 これほど無意味なことはないな。


「今すぐ他人の悪口書くのはやめろ。お前がそうやって書いて賛同してくる奴がいただろ? そいつとも絶対かかわるな。他人の悪口で繋がった友達って言うのは、必ず今度はオマエヘの悪口を向けてくる。終わらない負の連鎖だ。


 それならおれたちみたいに、楽しそうに、辛いことがあっても笑ってられる人間たちの方が、よっぽどかかわりたいと思わないか?」


「…………………………ん、今はそう思う」


 よし、いい傾向だ。これだけの覚悟があるのなら問題ないだろう。


「べつにXを使うなっちゅうわけじゃないが……そうだな、当面の間は、禁止にする。おれたちからの特訓に集中してもらうためだ」


「特訓って?」


「お前が高校デビューするだろ? まぁ二年生からのデビューだ。そしてお前には、黒野エリカと直接話し合う場を設けてもらう。いいか、必ずだ」


「は、はぁ!? な、なんのために!?」


「人間って言うのは遠くにいる人間ほど攻撃する。おれが戸塚先生に頼まれたのは、お前を学校に来させることだ。だがそれだけ解決しても、お前自身の解決にはまだなってないだろ? お前は最終的に黒野エリカに復讐したいんじゃなかったのか? 見返してざまぁみろあーはっはは! って言いたいんじゃなかったか?」


「………………う、たしかに。そのために直接会わないといけないってわけか。わかった。あいつの連絡先は、まぁ何とか入手できると思う。去年のクラスラインから登録すれば、いける」


「よし、そこで会う約束をしろ。デートの約束だな」


「まぁデートって言うにはちょっと苦い思い出になりそうだけど、やってやるわ。アタシあいつ嫌いだもん。嫌い………………だけど、ちょっと怖くもある」


 だろうな。いじめてきた相手って、嫌いなんだけど、どこか逆らえない部分も大きい。


 だからいじめられてしまうのである。

 自分が逆らえたら、そもそもいじめなんざ起こらない。


「怖い、と思ってるのは、自分があいつよりも劣っていると思っているからだ。心のどこかでな。それを克服する」

「でも、どうやって?」


 俺は指パッチンして応えた。


「簡単なことじゃないか。お前があいつよりも、可愛くなればいい。洋介を振り向かせられるくらい、素敵な女の子になればいいのさ」

「で、…………できるの?」


 おれはわざとはぐらかすことにした。女性の魅力について比較することはできないからだ。


 その人にはその人の良さが出るから、絶対こっちの方が可愛い、とは言いきれない。


 比べようがないのだ。

 だからはぐらかす。


「さぁな。黒野エリカに会ったことがないからわからない」

 答えはお前の心の中にしかないんだよ、美琴。

 お前が勝ったと思えなければ、お前は一生負けのままだ。

 アタシこそが一番だ。一番素敵な女の子だ。


 ――そう思ってない奴が恋愛で勝てる訳がない。


 いやどの世界でも一緒だ。スポーツでもそうだ。

 心で負けてる奴は、けっきょく試合でも負ける。

 

 お前の努力次第、ってとこだ。お前がおれたちの言うことをちゃんと聞いて、実戦して、素敵な女の子になれれば、おれたちから言うことはなにもない。あとはお前の人生だ。その後の人生がクソゲーになるか神ゲーになるかはお前が決めるんだ。


 だが、方法さえきちんと学んで、それを行動に移すことができれば、

 人生はこれ以上ない神ゲーになるんだ」


 おれは言い切った。何ともオリジナリティのないセリフだ。


 だが美琴の心には届いたようだ。

 子どものように目を輝かせてこちらを見ている。

 おれのことを神か、仏様に思ってるらしい。


 どうせなら神って呼んで欲しい。だが女の子に神って言わせると、なんかちょっと社会的にヤバい気がする。


「ん、わかった。アタシがあんたの言うことを聞いて、きちんと実戦すればいいってことね」


「学ぶだけじゃダメなんだ。実戦して、おれたちがたとえば来月からいなくなるとしても、やり続けるだけのメンタルがないとダメだ。できると約束できるか?」


「…………する。あたし、黒野エリカを見返す」


 その意気だ。恋のために一生懸命になれる女の子ほど、輝かしいモノはない。


 たとえ嫌われている相手だとわかっていても。

 こいつは前に進み続ける。

 お前は強い。

 だからおれたちも精一杯協力する。


 それから二時間ほど、みっちりとコミュニケーション講座が始まった。




「コミュニケーションの基本は相槌と、それから質問だな。他の人の話を聞くときは、うんとうなずく。それから相手の話が終わり、ようやく自分から質問をする」


「……ん、なんとなくわかった。って言うかそれってアタシがふだん実践してることだと思う」


「そうか? ならば基本的なステップは飛ばしていいな。だがこのテクニックは知らないだろう。名前は『自己開示』」


「じこかいじ?」


「そう。相手に質問するときには必ず、自分のことを語ってから質問をする。たとえばそうだな、「あなたの好きなアニメは何ですか?」と聞くのと、「私は『推されの子』めっちゃ好きで見てたんですけど、○○さんの好きなアニメって何かあります?」と聞いたとき、どっちの方が相手にとって答えやすいと思う?」


「明らかに後者よね。なんか、好きなアニメっていいづらいところあるし、なんなら先に好きなアニメ相手から行ってくれた方が答えやすい。二人とも『推されの子』見てたら話も合うだろうし」


「だろう。アニメってけっこう難しいところだと思うんだ。知ってるアニメがマイナーだった場合、オタクだって思われかねないしな」


「なるほどね。あんたも意外と考えてんだ」


「そうだろー。リア充って先天的にリア充やってけるだけの能力がある奴と、後天的に獲得した能力でリア充やってる奴がいるからな」


「へー。たしかによく聞くわね。人見知りが、コミュ強になりました、みたいな」

「そうだ。ズバリお前にはそれを目指してもらう」


「で、できるの?」

「それはお前次第だ」


 おれはゴホンとまたわざとらしく咳払い、


「先天的リア充は、ズバリここにいる涼花だ。こいつのコミュニケーション能力は生まれ持ったモノが大きい。

 だから教えることができないんだ」


「はーん、なるほど。長嶋茂雄さんが選手に教えるとき、すんごい適当だったみたいな?」


「そうそうそんな感じ。元からうまい人は、なぜそれがうまくできるのかを説明できなかったりする」


「あんたは?」


「おれはどっちかって言うと後天的だな。コミュニケーション能力も自分で磨いた。だからお前には教えられることがあると思う」


「やるじゃん」


 お、おう……。なかなか素直に褒められると思わなかったので、おれは戸惑う。


 しかし頬杖をつきながら、イタズラっぽく笑うこいつは、なかなかに絵になる。


 カラオケの一室。机の上にはしゅわりしゅわりと弾けるコーラ。そして爽やかな笑顔を浮かべる美琴。


 なかなかの光景だ。


「会話をするときは必ず相手の目を見ることだ。話を聞くときは必ず目を見ろ。だが喋ることを考えるときは、必ずしも相手の目を見る必要はない」


「どうしてよ?」


「ずっと見られたら人は緊張するからだ。むしろ考えてるときは、斜め上を向いてるくらいが自然なんだよ」


「たしかに。ひ○ゆきとかそんな感じ」


「だろう。やってはいけないことは、下を向くことだ。これだけで相手になめられる」


「ひぇー、たしかに。下向いてる人って自信なさそうに見えちゃうもんね。わかっちゃいるんだけど、アタシそれついついやっちゃうのよね」


「自分で理解できているのなら、それは大きな一歩だ」


 おれはそうだな、と考える。


 あと他に教えたいことはなんだろうか。あっそうそう。


「口げんかのやり方を教えてやる」

「は? え? ちょっなにいきなり?」


「人間お互いに論理的に話し合いができれば、よけいな諍いを生まなくて済む。だが時として、話し合いの中でものすごく感情的になる奴がいる」


「あ、い、いる。アタシじゃん。アタシとか、あと黒野エリカとかもそう」

「そうだろ。その二人が直接話をしたら、必ず口論になると思わないか?」

「ぜ、絶対に思う」


「まぁ百パーセントそうなるだろう。そこで黒野エリカをボコボコしてしまえ」

「――え!? ちょっ! あんたマジで言ってんの!?」


「アァ大マジだとも。そもそもおれはそのためにお前を指導してやってるって言っても過言じゃない」

「こ、口論ってそんな……アタシ勝てる自信ないんだけど」


「勝て。絶対条件だ」


「な、なんでそんなに勝ちに拘るの?」


「世の中に平等なんてない。あるのは法の下の平等だけであって、実際にこの国では格差は存在する。学校でも同じことだ。


 スクールカーストというモノはどうしても存在する。

 カーストの上の方にいる奴ほど充実していて、下にいる奴は悲しい青春を送る。

 ザンネンだが、そういう風に学校ってのはできてる。


 校則の下に平等なだけだと思うか? これも微妙に違う。

 カーストの上の方の奴らは、第三ボタンを開けてて怒られるか? スカート短くして怒られるか?

 怒られないよな。なぜならそこに格差が存在してるからだ。


 理不尽なんだよ。この社会は。もちろん学校というコミュティもだ。

 どういう学校生活を送るかも、すべては実力次第なんだよ。



 ――約束された青春なんてモンは存在しない



 勝たないと負ける。


 いじめって言うのは社会的な問題でもあるが、学校は、そして教師は、なぜ自分たちでそれを解決せずに、わざわざおれたちにその問題を押しつけたと思う?



 ――ぜんぶ、生徒同士の問題だからだ



 生徒同士の人間関係に、教師って言うのはうまく立ち入ることができない。

 だからおれたちは、いわば水槽の中の魚みたいなもんだ。


 上にいる奴ほど餌を食えて、下にいる奴ほど痩せ細っていく。

 ここで言うエサって言うのは、『心』と置き換えてもいいかもしれない。

 リア充って言うのは、精神が満たされた者達のことだ。


 だからどういう手法でも構わない。とにかく精神を満たすことを考えている。

 おれたちみたいなリア充は、自分が楽しいことをやって、なにかを達成することで満たされてている。

 黒野エリカみたいなリア充は、他人を蹴落とすことで満足している。


 どんな形であれ、リア充はリア充で、非リアは非リアだ。

 だが黒野エリカみたいなタイプは、そうだな、いってしまえばおれも嫌いだ。

 だから潰せ。

 そしてお前が、実力で上に立て。


 お前が得た能力、容姿で、上に立つんだよ。黒野エリカを差し置いて、洋介って言う素敵な宝石を掴み取りたいんだろ?」


 おれは言い切った。なかなかに切れ味鋭いセリフだったと思う。


「かて……るのかな、あたしが」


「潰せ。勝てるかどうかじゃない。お前は負けないくらいに、強くなればいいんだ。そのために見た目を変えて自信をつけ、さらに友達を増やして自信をつける。怖いものがなくなったら、お前は黒野エリカの前に立て」


 カーストなんていつひっくり返ってもおかしくない。

 なぜなら蹴落とそうとする輩はうじゃうじゃいるからだ。


 他人にマウントを取り、さらに揚げ足を取って自分たちが上にのぼろうとする輩がいる。


 ちょっとしたミスで、鬼の首を取ったように大喜びする輩。


 だからおれは、美琴を使ってそういう輩に対して復讐しようとしてるのかも知れない。


 本当に、おれは最低だ。最低な奴だ。


 だが美琴は乗った。


「わかった。黒野エリカはあたしの手で成敗する。成敗? 言い方がちょっとおかしいか。けどやるだけやってみる」


 ゲーム差が一気に縮みやすいのは、直接対決だ。この対決で勝てば、美琴の株は上がるだろう。


 そうしたらあとは、お前の好きなように泳いでいけばいい。


 いじめなんかなかった、そう思わせるほどに強く。


「よし、一つ休憩を入れて、次はラインだな」

「りょー。アタシちょっとトイレ行ってくるね」




「さて、ライン講座に移ろう」

「うーっす。でもアタシあんたからそんなに教わることないと思うわよ。ちゃんと返す派だし」


「そうか。ならばお前、一回おれとラインしてみろ」

「え、今から? まぁいいけど……ンじゃなんか送ってよ」


 ちなみにライン自体は昨日の時点で交換している。涼花の分とおれの分。



『おはよー、ところで美琴、先週の休日なにしてたの?』

『ねてたー』

『へー……そうなんだ笑 どっか外に遊びに行ったりとかはしなかったの?』

『してないー』

『なんか漫画読んだりとかしないの? 暇つぶしに』

『漫画読むよー』


 おいちょっと待て! 全然会話にならない。

 って言うか誰だお前! キャラ変わりすぎだろ!

 いるよなたまに。ネットだとキャラ変わる奴。

 こいつ夜型人間の定型みたいなラインの返ししやがる。


「お前これじゃダメに決まってんだろ」

「はっ!? なんで!? アタシちゃんと一分以内に返信してるし!」


「ならもっと考えろ! お前これを友達が見たらどう思うってんだよ」

「そ、そんなこと言われても、ら、ラインの返信って、む、難しいし……」


 これは重病人である。


 ここまでメッセージが苦手だと、将来悪い男に騙されるなこれは。

 しかし男側からはっきり言わせてもらうが、こんな返信されたらおれは数週間くらいで縁を切る自信ある。


「お前なー。これはさすがに短すぎだよ」

「は? なんで? メッセージなんだから読みやすい方がよくない?」


「読みやすすぎなんだよ。これじゃあしかもお前のことしか書いてないじゃないか」

「そ、それのなにが悪いのよ。質問に答えてるだけじゃない」


「いいかー、さっき教えたろ。質問をしろって。コミュニケーションの基本だ。最終的には質問で返した方が、コミュニケーションなんだからスムーズに行くだろ?」

「た、たしかに。あんた頭いいね」


「……ふつうのことだと思うぞ。まぁお前の今のコミュニケーションレベルがわかっただけでもほっとしたよ」

「へっへー。あたし伸びしろある?」


「あるな。伸びしろがいっぱいあるってことは、前途多難って言う意味でもあるんだぞ……」


 おれはみっちりコミュニケーション講座を進めていく。


「たとえばさっきのやり取りだったら、こうやって見たらだいぶ変わるだろう。見てろよ」



『おはよー、ところで美琴、先週の休日なにしてたの?』

『休日カァ……そうだなー、先週はつかれちゃったから一日中睡眠って感じ笑

 そういうあんたはなにしてたの?』

『へーそうなんだ笑 おれはクラスの友達とスポッチャ行ってたぞ。めっちゃ楽しかったー。今度お前も誘うな!』

『マジ!? センキュ。アタシ最近外出てなかったから、超嬉しい。誘ってくれてありがと(うるうるの絵文字)』

『どういたしまして笑 ところでお前マンガとか読まないの?』

『漫画かぁ。有名どころのはちょこちょこっと読んでる感じかな? 『推されの子』とか読んだよ。風太郎は? 漫画好きなの?』



 ふぅ。才能ナシから凡人には昇格したレベルだろう。


 正直コミュニケーションなので、凡人レベルで構わない。むしろ『才能アリ』のレベルまで到達してしまうと、逆に友達増えすぎて困ったことになる。


 ことラインに至っては、ふつうが一番だ。適度に踏み込みすぎない範囲が一番いい。


「どうだ? これでだいぶ改善されたと思わないか? まぁこれでもふつうレベルだが」

「た、たしかに……! け、ケドアタシこんなキャラじゃない」


「どっちかって言うと前の方がお前のキャラじゃねーよ。ズバリ言ってやるが、後者の方がお前の本来の性格っぽいぞ」

「え、マジ? アタシってこんな感じ? うっそ!」


 だよなぁ……。自分のキャラクターって、自分が一番よくわかってなかったりする。


 だからラインとかで自分語りしてしまうと、『お前そんな奴だったっけ?』みたいになりかねない。


「まぁこれはあくまでサンプルだな。お前との最初のやり取りを改善しただけって感じだ。本当なら、たとえばスポッチャの話であと五往復くらいは深掘りできると思う。いやもっといけるな。


 とにかく世間話程度なら、これでもつ。


 スポッチャの話なら、『今まで何回くらいいったの?』とか『へー、なにして遊んだの?』とか、『スポッチャ以外にもボウリングはしたの? 誰が一番うまかった?』とか。


 色々質問は湧き出てくるだろう。特に『今までどれくらい?』というのと『なにして』とかはテンプレだな。


 どんな質問にも組み込むことができる。


 以上、コミュ障必見の質問の組み立て方だ。これで何とかなりそうか?」


「う、うん、なりそう。……………………け、けどさ、アタシ中学生くらいの時から思ってたことがあって、聞いてもいい?」

「お? なんだ?」


「世間話って、あくまで世間話なような気がするの。


 そ、それ以上膨らまないっていうかさ。あくまで友達同士でするようなことであって、その人ともっと仲良くなりたいときとかって、世間話だけだと友達以上にはならないって言うか……うーん、言いたいこと分かる?」


 わかる。


 なかなか鋭いところをついてきたなこの子は。


 人間関係の外側に追い出されてしまったから、人間関係そのものを俯瞰してよく観察していたのかも知れない。


「そうだな。世間話って言うのは、あくまでクラスの中でぼっちにならないための技術と思ってくれればいい。


 本当に仲良くなりたい人には、世間話以上のことを聞かないといけない。

 それはお前が思っているとおりだ。


 世間話だけで作られた関係性は、表面上の関係だ。あくまで上っ面を作るためのものでしかない」


「……うん、なんとなくわかる。それ以上は仲良くなれないってことよね」


「そうだ。本物が欲しかったら、一番は人間関係の問題を挙げて、それについて話し合うことだ」


「…………?」


 よくわからなかったようだ。ちょいと難しかったか。


「グループの中で誰かと誰かが対立したとするだろ? その問題を放置するのが上っ面の関係、解決するのが本物ってことだ。これでわかるだろ?」


「……あぁ、うん。なんとなくわかった。つまり友達って言うのは、すぐにでも他人に戻る関係性で、親友って言うのは、なかなか他人に戻らない関係性、みたいなことね」


「……お前はなかなか人間をよく見ているな。その通りだ」


 思うのだが、美琴は小説とか書いてみたらどうだろう。

 人間の心の機微を読むのがうまい。

 おれたちが経験で得たモノを、こいつは感覚として知っている。


 その感受性の高さゆえに傷つきやすい部分もあるんだろうが、これは美琴にしかない才能だと思う。


「ひとまずはラインの練習をするか。おれがお題をあげて、それについて質問してくから、お前はおれとチャットを続けろ。一つのお題につき十往復できたら合格な」

「…………ん、りょーかい。どんときなさい」


 そうしておれたちはチャットの練習をした。カラオケで高校生たちがひたすらラインをしているというのは希な光景だが、今日だけだ。


 ちなみにおれだけでなく、涼花も参加してグループチャットの練習もした。

 美琴×涼花の組み合わせでも練習させた。むしろ女子同士でチャットし合うことの方が多いだろうから、こっちの方がより実践的だ。


 そうこうしてるうちに夜になっていた。

 おれたちはカラオケを出ると、すぐさま解散という運びになった。


「明日はちゃんと学校に来るんだぞ」


「わかってるって! なんかさ、小学生の時漢字のテストが翌日にあるとめっちゃ勉強するじゃん。んで当日になると、練習したおかげかテストが楽しみになってんじゃん。

 なんかそれと似てる。

 学校行くの、怖いけど、でも楽しみ。

 風太郎もいるんでしょ、教室に」


「あぁもちろんさ。なにかとサポートしてやる。お前の高二からの高校デビューのサポートな」


「もちろんアタシもやるよー。美琴ちゃんがぼっちにならないようにねー」

「もうっ、な、ならないから。アタシ、頑張るね」


 おれは「おう」と返事だけした。

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