日陰者は強者の光にあぶられるか? 2
暖かな日差しが降り注ぐ午前。十一時くらいだ。
おれと涼花は揃って私服姿で三浦美琴さんの家に向かっていた。
「やっば! 風太郎と二人きりで外出するなんて超久々じゃない!? アタシ風太郎の奥さんなのに!」
おっとぉ。いきなりぶっ込んできたな。
涼花は問答無用でおれのことを旦那だと言い張っている。巷の女子たちの反応はまちまちで『また言ってるよ』と苦笑するモノあれば『は? あいつ自分だけマーキングしやがって。うざ』という感じで二分する。
正直おれの心臓が持ちそうもないので、公の場で正妻アピールするのはやめていただきたかった。
「ねぇねぇ、コンビニでジュース買ってかない?」
「おいこら。遊びに行くんじゃないんだぞ」
「いや違う違う! ご挨拶するのになにも持ってかないじゃ不誠実じゃん? だから買って持ってくの。これでジュースを美琴ちゃんに渡して、ハイ友達! ってやればもうミッションコンプリートでしょ! ふふんカンペキじゃん!」
いや……むりだと思うぞ。さすがに美琴もそれで外に出てきたら、ちょっとおれ美琴ちゃんのこと軽蔑するレベルである。
しかしジュースを持参して挨拶か。悪くない考えかもな。
クラスメイトがなにも持っていかずに家に来るなんて、ちょっと不自然かも知れない。
ふつうだったら宿題のプリントとかノートを持って行くのがセオリーだが、あいにくそんな持ち合わせはない。
だったらジュースもアリかも知れない。
「そうだな、買っていくことにしようか」
「さんせー! アタシ栄養ドリンク! あと鉄分も足りてないから、鉄分ドリンクもオナシャス!」
おれはやれやれと頭を抱えた。なんだこいつ、おれに買って欲しかっただけか。
おれ奢られ役じゃん……。まぁ涼花だから仕方ないな。
今日付き合ってくれたお礼ってことで。
チャイムを鳴らすとお母さんが出てきた。
ごくふつうの一軒家といった感じだ。
「はいぃ? あら? えーっとどなたかしら?」
「こんにちはー! アタシは楠木涼花って言います。ンでこっちが神崎風太郎! アタシ達美琴ちゃんのクラスメイトで、今日は今月行われる中間テストのプリント持ってきましたー」
もちろんプリントの話なんぞでっち上げである。嘘もう方便だな。
「あらあら! 美琴ちゃんのお友達なのね。ご親切にどうもー。ケドあの子今うちにいないのよ」
これはおれと涼花両方が驚いた。そういえばこの前颯太が言っていた気がする。
『不登校だからと言ってひきこもりってわけじゃない』
なるほど美琴ちゃんは、どうやらアウトドア系の不登校らしい。
「どこに行ったかわかりますか? 今回の問題はちょっと難しいらしいので、できれば直接渡して簡易的な勉強会を開きたいのですが」
「えぇ、ごめんなさいね。私もあの子の行く先把握してないのよ」
あらあら。それはなかなかな娘さんだ。遊びに行くのはいいが、せめて行く先くらいは伝えといた方がいいんじゃないか?
だが考えてもみれば、美琴だって年頃の娘だ。もしかしたら男の子と遊んでる……なんてことも考えられる。
若い娘って言うだけで、男なら簡単に釣れる。洋介に告って振られた美琴だが、自暴自棄になって男なら誰でも言いという思考に陥ってるのかも知れない。
なんて考えすぎか。会ったこともない人間に対してこんな推察をぶつけるなど、おれもなかなかに失礼な奴だと思う。反省します。
「そういえば颯太っちが何か言ってたよね。イヤー奴の推測がまさか当たるとは。やっぱりあいつって鋭いよねー」
「そうだなぁ。行く先として選択肢に上がるのは、やっぱり漫画喫茶かカラオケだろう」
「あぁ、そういえば言ってたわ! あの子すごい読みたい漫画があって、『お母さんそれ買ってきて』ってずっと言ってきた。私は正直本のタイトル覚えられなかったから断ったんだけど、あの子そのことでずっと拗ねてて。…………もしかしたらその漫画を本屋に買いに行ったか、あるいは漫画喫茶に行ったのかも知れないわね」
「それは貴重な情報ですねお母さん」
「まぁ。あなたみたいなイケメンに言われると照れちゃうわ」
「ちょっと風太郎? お母さんナンパしちゃダメだかんね」
「わかってるわかってる。けどとにかくこれで、選択肢は絞れたんじゃないか? マンガがありそうな場所をピックアップして探せばいい。古本屋も視野に入れないといけないな」
そうだな、とりあえず本屋だ。しっかし厄介だな。駅前に大きな本屋は二つある。だがべつに本屋なら、駅前じゃなくてもたとえば家電量販店に付随してたりする。
しかも古本屋も込みだと、いったいいくつ探し回らなくちゃならないんだ? しかもたまたまトイレとか、べつの売り場見に行ってたりしたらたいへん極まりねーな。
「どうする? 明日にする?」
涼花が聞いてくる。そうだなぁ……。
「いや、探し回るよりは、ここで待機していた方が無難だと思う。たとえ漫画喫茶に行っていたとしても、たしか高校生の利用規定時間は二十二時までだから、それまでには帰ってくると思う」
「なるほどね。たしかに探し回るよりかは、そっちの方が無難かもねー。そうと決まれば待機だね」
また明日来るという選択肢もあったが、涼花の予定だってある。それに何度も何度もおうちに来られたらお母さんが迷惑するだろう。
はっそうだ! とばかりにお母さんが手を叩いた。
「お茶をお出しするから、もしよければ美琴が帰ってくるまでうちで待ってらしたら? お菓子も出すわよ?」
おれたちはその提案に乗ることにした。いやー、その言葉待ってましたよお母さん!
おれたちはお母さんに案内されて和室までやって来た。
どうやら娘さんはかなり大雑把な性格をしているようで、アニメグッズとかDVDとかが山積みになっている。
本当に入ってよかったんだろうか。
若干の申し訳なさが積もる。
こらこら。勝手に物色を始めるんじゃないよ涼花。
「あ、あたしこのアニメ知ってるよ! なんだっけ! 歌って踊ってはいアイドル! みたいな奴でしょ!」
「ほう。『推されの子』じゃん……。これおれも見たぞ」
「あらそうなの? あの子が見てるアニメってけっこう有名なのかしら」
「うーんどうだろ。アタシは知ってるくらいかなぁ……。アリスって言う友達に勧められて、一話だけ見たって感じかな……」
そうなのかアリス……。あのクールビューティ意外とアニメオタクなのかも知れない。
いや……そうでもないか。
実はおれもこのアニメ全話視聴した。めっちゃ面白かったぞ。月野ペリドットって言う主人公がめっちゃかっこよくて、実はおれもちょっと真似してる。
おれたちはしばらくお母さんと雑談を繰り広げ、三時間後、チャイムが鳴った。
はーい、とお母さんがドタドタと玄関まで行って扉を開けた。
『あなた学校の友達が来てるわよ』
『はぁ!? き、聞いてないんですけど! むり!」
『むりじゃありません! せっかく来てくれたんだし、せめてご挨拶くらいはしなさい』
うーむ、これはよくない。
正直和室でゆったりしすぎたか?
「涼花」
おれは合図して、涼花に着いてきてもらう。それから和室のふすまを開けて、美琴さんと対面した。
彼女はおれの顔を見るなり顔を真っ赤にさせた。
なんだ、けっこう可愛いじゃないか。
戸塚先生に見せてもらった写真よりも、実物の方が可愛い。
しかしどうにもこうにも、芋クサい。っていうか、ちょっとクサいぞこの子!
「あ、あぁごめんなさいねっ! すっかり忘れてたわ! そうよね! ッビックリしちゃたわよね! そうなのよこの子三日間くらいお風呂に入らないことがあって……」
そりゃお母さん、たいへんだ。
玄関の扉はほんの少し開いている。
だからその風に乗って、おれたちの元にも香りが届いてきている。
だがやっちゃいけないのは、おれがここで鼻をつまむことだ。
「いえ全然。特に何にも感じませんけど」
わかってるな涼花。お前も鼻をつまむなよ、とおれは視線で送った。涼花もうなずいた。どうやら理解してくれたようだ。
「お邪魔してま~~~~すっ! ねぇねぇ美琴ちゃんも『推されの子』見てたん!?」
「………………………………るっさいな、かえれ」
おっと、小声だがその声はちゃんとおれたちにまで届いてしまった。
一瞬にしてしょんぼりとしてしまう涼花。ドンマイ。
「おれたち数学のプリントを届けに来たんだよ。今度のテスト範囲だから、渡しに来た。ほら、三浦さんしばらく休んでただろ? だから勉強会もかねて――」
「るっせぇっつってんだよ! 帰れよ! どうせお前ら担任に指示されてここまで来たんでしょ!」
おれはビックリした。なんでって?
鞄がおれの腹にダイレクトアタックしたからだ。
いてーな。いきなり投げつけることないじゃないか。
美琴は靴を蹴り飛ばすように脱ぐと、ドタドタと足音を響かせて階段をのぼって行ってしまった。
「「「……………………」」」
三人分の沈黙がセットになって廊下を満たす。どうやら直接の説得は難しそうだった。
おれは肩をすくめた。涼花はおれの方を見てきたので、おれは首を横に振った。
しかし鞄の中にパソコンが入っていたらしい。おれのお腹が猛烈に痛んだ。だがお母さんに心配を掛けたくないので、おれはあくまでも平気そうな顔を装う。
「あ、あの、ごめんなさい、だいじょうぶだった?」
「へーきですこんなの。それより美琴さんの邪魔しちゃって悪かったですね」
「え、えぇ……ごめんなさいあの子。前よりもずいぶん手がつけられなくなっていて……」
まぁ気持ちはわかる。不登校になると、もう一度登校するのが難しくなる。
これは当然の摂理だ。
なぜなら一度人間社会から離れると、そこに戻っていくときに大きなハードルができてしまうからだ。
うぅむ。それを克服させない以上は、たとえ説得できたとしても、再び入っていった人間関係に不必要に怯えてしまい、逆戻りという可能性もある。
おれは頭を掻いた。
しょうがない。
「今日のところはいったん帰らせて下さい」わざと二階にいる美琴にも聞こえるような声で言った。「また来ますから」
上からばん、という大きな音が響き渡った。もう来るな、というサインだろう。
「い、いいの風太郎!? このまま放っておいて!」
おれは力強い瞳を輝かせて、涼花の方に向き直る。
その視線に屈したかのように、涼花はうなずいた。
正攻法じゃ厳しいことがわかっただけでも今日の収穫だろう。
「ホントによかったん? 引き上げちゃって」
「あぁ……あと数時間後に行く」
「あぁなるほど数時間後――ってぇええっ!? なんで!? 今帰るって言ったじゃん!」
涼花が面白いくらい飛び上がった。俺はくつくつと笑う。
こいつの反応めちゃくちゃ面白いかも知れない。
このストレートな反応こそが涼花が他の人から好かれるゆえんだったりする。
感情表現が得意な子って、やっぱり愛される。
もちろんその天然さから、妬まれたりもするけどな。
「お前は知らないようだから教えといてやる。『やる気がないのなら帰れ!』と顧問の先生に言われたときはたいてい帰ったら怒られる」
「え? ちょっと待って!? なにそれ意味分かんないし!? だって帰れって言われたら帰るよね?」
「そうだろ。ふつうの人間だったらそう考えるだろう。だが野球部には通用しないんだこれが」
「おぉ……元野球部の人間が言うんだから間違いないんだろうけど、めっちゃブラック……」
だろ? 顧問の先生はやたらメンヘラなのである。すぐキレるし、すぐ怒るし、すぐにバットを投げる。あげくにはタイヤを投げつけて『オラ生き埋めにしてやる! 二度と出てくんな!』と言ってくる始末。
これ、嘘だと思うだろ?
けどおれの中学時代の顧問の先生はこんな感じだった。神塚中学野球部大丈夫かな……。
まったく今の時代が令和だと言うことを考慮して欲しい。ふつうに動画撮って拡散したら問題になるレベルだ。
まぁそれも中学の話。
「でもその話と美琴ちゃんの話にどうつながるん?」
「いやわからん」
「わかんねーのかよ!」
おれの胸元に涼花の掌がチョップされる。オッスナイス突っ込み。
「だが『帰る』って言う言葉は、世の中において一番信用ならない言葉だとおれは思ってる。『帰る』と宣言して『帰る』奴は男じゃない。男なら黙ってこっそり居残り練習をするもんだ」
「意味分かんねーし。って言うかアタシ女だし」
「ま、まぁそう言わずに……。とにかく付き合ってくれ」
「わかった。ケド時間おく意味ってあんの?」
「ある。涼花は単純接触効果って言う言葉を知ってるか?」
「あ! 聞いたことあるよそれ! なんだっけ! 人は会うたびにその人のこと好きになるって奴!」
「そうだ。よく第一印象で人の好感度は決まると言うが、あれは大きな間違いだ。人間って言うのは何回か会って、話して、ようやくその人のことを好きになる。そして会うまでの時間はなるべく短い方がいい」
「なぁるほどね! あったまいいじゃん風太郎!」
「まぁな。多分向こうは今ごろ鞄を投げつけてしまった罪悪感とかで一杯だろうな。きっと部屋の中で『どうしてあんなことしちゃだろうな……』とか嘆いている頃だろうよ。
その罪悪感がピークに達している時を狙って仕掛ける。人間申し訳ないと思った人から頼まれごとをされると、断りづらいだろ?」
「たしかにね……めっちゃわかる。けどさ、そうやって罪悪感につけ込むのはいいんだけど、それって対症療法にしかならなくない? 部屋から出て学校に行くって言うミッションは達成されるけど、美琴ちゃんが悩んでることの根本解決にはならないんじゃないかなぁ……」
その通り。
そんなことはわかりきっている。
美琴を説得して学校に行かせるのはたいへんだ。
だがおれが課せられたミッションは、美琴を学校に行かせるまでだ。
頼まれてない。はっきり言ってな。
しかもそこはおれたちの力ではなく、美琴自身の努力が必要だ。
「多少強引な手を使ってでも部屋から引っ張り出して学校に行かせたいと考えている」
「なかなか鬼だねあんた……。ケド学校に行ったら行ったで変わることもあるかんねー。新しい教室でトモダチできれば、気分もリフレッシュして悩みも減るんじゃない?」
それはいささか甘すぎる意見だと思う。
むしろあの状態のまま学校に行かせたら、もっといじめが進行すると思う。
新しいクラスになっても、黒野エリカ(美琴をいじめた筆頭)の友達くらいはいるだろう。そいつらからコテンパンにされるのは目に見えている。
なにせ学校が動くくらいの重大ないじめだ。
そして本人の説得はおれたち生徒に一任されている。
ちょっとこの学校無責任すぎないかとは思うのだが、とりあえず置いておこう。
たしかに教師よりも、同じ生徒の立場から説得した方が、結果的に成功を引き寄せるかもしんないしな。
「ひとまずはカラオケで時間を潰そうか。どうせなら暇つぶしもかねて得点勝負しようぜ?」
まぁ考えてもしょうがない。
なるようになるだろう。
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