日陰者は強者の光にあぶられるか? 1
おれたち神崎風太郎グループ、通称フータロークラブは、全部で七人で構成される。
リア充グループである。
羨ましいと思ったそこのあなた、こいつらの仲間に入りたいと思ったそこのあなた。
へっへーん! おれたちのグループに入るにはそれなりの器量が必要なのである。単にコミュニケーション能力が高いだけじゃダメだ。
メンタルの強さとか、クラスできっちり立ち位置を確立するだけの能力とか、そういうモノも大事になってくる。
陽キャグループの人間なんだから日陰者には優しくしろ、などという戯れ言を聞いてやるつもりはない。
なぜならおれたちは努力してこの位置に立っているからだ。そして日陰者にわざわざ優しくしてやって、メリットは何だ?
なにもない。そうだろう。
だからおれたちは常におれたちらしくある。クラスの中心として活躍して、そのまま卒業を迎える。
おれたちは偽りの優しさを非リアに向けることはあれど、そこに見返りがないと思ったら、ほんものの優しさは与えない。
それを残酷だと思う人もいるだろうが、人間関係の神髄じゃないか? 必要な人間と付き合って、不必要な人間は建前だけでうまくやり過ごす。
ちなみにおれたち七人の関係性は、本物だ。おれは本物が欲しいから、常にこいつらとはコミュニケーションを取るし、いざとなったら腹を割って話す。
幸せだ。おれは今幸せの中にいる。
フータロークラブの面々はただいま屋上にいた。
天気がいいな。下を見下ろせば桜の木が堂々とその花びらを散らせている。
本来屋上は使えないはずなのだが、おれたちのクラスは屋上の清掃も任されているので鍵は受け取っている。
屋上清掃の責任者はおれだ。本当は担任の戸塚先生が管理責任者なのだが、あの人は鍵の全権をおれに握らせている。なんと無責任な。
あんた何年教師やってんだと言いたくなるところだが、どうやら先生の頭の中には教師としての仕事を全うすることよりも、マッチングアプリでいい相手を探すことしかないようだ。
いい相手早く見つけて、ゆっくり生活を落ち着けて下さいね。相手のためにも、そしておれたちのためにも。
「ねぇねぇ風太郎! ここで野球やろうよ! みんなでやったらきっと楽しいよ」
「むりに決まっているだろう。ここで野球やったら、ホームラン量産しちまうぞ。特にアリスは中学まで野球やってたんだろ?」
一ノ瀬アリス。クールビューティな彼女は、運動神経がすこぶるいい。現役の野球部マネージャーだが、中学までは野球をやっていたらしい。相当うまいぞ。元野球部のおれだからわかる。彼女は男子にも匹敵する。
実際マックス百二十キロの直球を投げれるくらいだからな。
「あら? 私はこう見えてか弱い女の子なのよ? 私がバットを持ったところでチームのなんの役にも立たないわよ?」
「いや嘘をつけ」
おれはツッコミを入れる。こいつマジでバッティングセンター出禁になりそうなレベルだったりするからな。
ちなみに今の時間はお昼休みだ。食べるのが遅い涼花はまだ自分で作ったお弁当を食べている。さくらでんぶと肉そぼろが掛けられたご飯、半熟とろふわの卵焼き、タコさんウィンナーに肉の海苔巻き……って全然減ってないじゃないか。
「はいっ、恵! あーん! めっちゃうまくね!? アタシ料理の天才でしょ!」
なんか自分で自分のことを褒めてる涼花に、うん、と唇の端っこをたおやかな指先でぬぐった恵がうなずいた。
「おいしいね。涼花は将来いいお嫁さんになるね。羨ましい」
「へへっ! そだろそだろ! 恵ちゃんほらもっとお食べ! アタシめっちゃ他人に自分の料理食べてもらうの好きなんだよね~~~!」
「おれにも一口くれよ!」
「え~~、健はダメ! だって健の箸でアタシの料理つつかれるのめっちゃいやだし! 健は泥団子でも食ってな!」
毒の多量に含まれた涼花の言葉に、健はがっくりとうなだれた。ちなみに健は運動部らしくタッパ飯をしていたが、早く食べ終わって足りなかったらしいな。
「健、おれのおにぎりあげようか? お前まだ食い足りないんじゃないのか?」
「おっ、センキュな。へへっ、気が利くぜ颯太!」
颯太は周りのことをよく見ている。だから色んなところで配慮ができるし、女子にもモテる。まぁおれほどではないが、とにかく颯太のバレンタインチョコは二桁を超える。
「優しいんだね颯太くんは」
おっと。なんか恵と颯太っていい感じじゃないだろうか。気のせいか? いや気のせいじゃない。おれは青い春の現場を目撃しているのではなかろうか。
まだ出会って二日だというのに、これだから青春の一幕というのはなにが起こるかわからなかったりする。
涼しげな風が屋上に吹き込んできて、転落防止用のバカ高いフェンスをぐわりぐわりと揺らした。
「寒くなってきたねー。中入ろうか?」
涼花が両腕をさすっていった。そうだな、とおれはうなずいた。
みんなでまとまって屋上へと続く階段の踊り場までやって来た。隅っこに申し訳なさげに椅子が二つほど置いてあり、健と涼花のやんちゃ組二人は我が物顔でそこに座った。
かくいうおれはゆっくりと階段に座り、扉のすき間から吹き込んでくる風に煽られて今にも剥がれそうになっている掲示板のポスターをなんとはなしに眺めた。
なになに? 茶道部部員募集中……いやいや、こんなところまで来る生徒は、なかなか茶道部に入らないんじゃないかなぁ……と心の中で冷静なツッコミを入れる。
まぁもしかしたらこれを見て入る人はいるかも知れない。それに写真撮影とかで屋上使うから、たしかに全校生徒は必ずここを通ることになる。
「おーい、どうしたんだよ風太郎? 考え事か? なんだ、もしかして恋の悩みか!?」
「おう。おれは色恋に常に悩んでる男だぜ! お前と違ってな!」
「なっ! こいつ言わせておけば!」
「あっはは! フータローマジで掌返しうまいね! アタシ面白すぎて涙出てきた!」
「おっとお姫様……それは掌返しじゃなくてしっぺ返しって言うんですよ」
「し、しってっし! バカにすんなし! た、たまたま間違えただけだし! って言うか掌返しでもあながち間違ってないし! 風太郎のバカ!」
めっちゃ嫌われてしまった。こんなに勢いよく嫌われるとは思ってなかったので、僕ちゃんしょんぼりーぬだポン! なんつって。
「そういえばふーたろー昨日戸塚先生に呼び出されてたよね?」
黒い馬の尻尾を優雅に揺らしながら恵が聞いてきた。
なるほど見られていたのか。
この場でその話題を出されては仕方ない。
おれは白状してみんなに美琴の一件について話すことにした。
「うわぁ、めっちゃ残酷じゃん……。女子社会の闇……」
「けっこうどぎついことするね……。私もそんなことされたら学校に来られないかも」
女子たちが口を揃えて美琴に同情する。
この反応は予想通りだった。
「好きな人に告白して、あげくにフラれて周りからいじめられるってそれ相当じゃん? 学校側は何やってんの、って話」
たしかに。涼花の意見はごもっともだ。
この事件の大半は学校に責任がある。その責任をおれたちでどうにかしないといけない、というわけだ。
「その子の家はわかってるんだよね?」
「あぁ。戸塚先生が教えてくれたぞ」
一応住所はメモ帳に控えてある。
「行ってみるつもりなのかい?」
「行ってみるさ。だがあまり大人数で言っても迷惑だろうから、この中で誰か一人を連れて行こうと思う」
「お! おぉ! ドラフト会議って奴だな! 任せとけ! おれが力尽くで引っ張り出してやらァァ!」
「お前は一番ねーよ」
おれはすかさずツッコミを入れると、健が「はぁ!?」と絶叫をとどろかせた。
「あぁそれな。マジで健だけはねーわ。さすがに健みたいな奴が家に来たら、もう二度と学校に来たくなくなるかもね……」
「ちょっ、おま……! そんなわけねーよ! おれだって熱血教師ドラマ見てたんだぜ!」
「あれはだいぶ昔の話だからなぁ……。今あのやり方が通用するとは思えないよ」
「そうだね。さすがに八王子君は……いざとなったら暴力に走りそうだし」
恵のごもっともな意見が炸裂したのか、健は完全に頭を垂れる稲穂になってしまった。
「わ、わかったよ……おれはいかねぇ。お前らの好きにしやがれ」
「あっはは! めっちゃ拗ねた! ヤバい! インスタにアップしていい!?」
「ダメに決まってんだろうが!」
涼花と健のやり取りが繰り広げられる。お前らもたいがい仲がよろしいよな。
「それで、今のところ誰が一番適任者だと思うんだい? 風太郎的には」
「そうだなぁ。やっぱりここは、恵か、アリスだと思う」
「妥当な選択だな」
「ダークホースで涼花ってのもアリだ。基本的には女子の方が好ましいな。最悪部屋に上がり込む可能性を考慮するとな」
うーん、と颯太が唸った。こいつは手をアゴに当てて考え事するだけで絵になるな。
「どうしたんだ?」
「いや、不登校って言っても、色々あるんじゃないかと思って」
「どういうことだ?」
颯太は人差し指をぴんと点に向けた。
「不登校だからと言ってひきこもりとは限らないんじゃないの? 家にいるとは限らず、他のカラオケとか、漫画喫茶に行ったりとかも充分考えられるんじゃないかなと思ってさ」
なるほどなぁ……。考えてなかった。たしかに不登校だからと言ってひきこもりとは限らない。
小学生の頃、学校に来ない子たちで集まって、近所の公園で遊んでいるのを見たことがある。
それの高校生版が、カラオケや漫画喫茶ってことか。たしかに個室が使えると、周りの目も気にならないしな。
「さっすがモテる男は違うね」
「よせよ。おれだってべつに好きになってもらうために日々行動してるわけじゃない。むしろ好かれたい人間には素の自分を見せてるって感じだよ。お前らみたいにな」
「おっ、颯太っち言うねー! 今の言葉めっちゃ響いたよ!」
「たしかにグッときたかも」
涼花が椅子の縁を持って体を揺らしながら賛同し、それに合わせるように恵がうなずいた。心なしか恵の頬は赤くなっている気がする。
「まぁとにかく、アリス、次の土曜日一緒についてこられないか?」
「私? まぁ構わないけど。ただ言っておくけど、私はあなたたちが思ってるよりも辛辣よ。それでもいいって言うのなら引き受けるわ。オタク女子一人を説得するのに私は遠回りな手を使うのが好きじゃないの。ウサギを狩るのにわざわざ刀振り回したいタイプじゃないけど、それでもいいの?」
チュッパチャップスをなめながらアリスが言った。こ、怖い。ちょっと待って人選を考え直す必要があるかも知れない。
うーむ、美琴がどういう人間かは知識としては入っているが、しかし人間っていうのは会ってみないとわからないことが多すぎる。
特に美琴のメンタルの部分だな。アリスの説得に耐えうるだけの精神を持ち合わせているか……。
最悪逆に不登校が加速するということも考えられる。ここは順当に、優しげな女の子である恵に頼むか。
「恵、頼めるか?」
「ご、ごめんね。私次の土日弓道部の練習試合が入ってて。参加できないんだ。ほんっとうにごめん!」
パチッと両手を前に合わせる恵は本当に申し訳なさそうだった。
く、くそ。どうしたらいい。おれは予想外の事態に頭を抱えてしまう。
「うろたえてるふーたろーちょっと面白いよね」
「おいおれは今猛烈に悩んでいるんだぞ!」
「ねぇねぇ! 風太郎! アタシ行きたい! その美琴ちゃん? の説得してみたい!」
くっ! 一番恐れていた事態だ。
「ほ、本当にお前で大丈夫なのか?」
「むっか! なんだしその言い方! あんた礼儀ってモン知らねーの!? あたしが行きたいって言ってんだから連れてけ!」
痛い。痛い痛い。頼むからすね蹴らないでいただきたい。
「はは。お前らって本当に仲いいよな。涼花と風太郎」
「それはそうだよ。なんたって学校中で『夫婦』って呼ばれてるんだもん」
夫婦。誰が名付けたかは知らないが、勝手におれと涼花はそう呼ばれている。
頼むから勝手に名前をつけないでいただきたい。
ちなみにアリスは勝手に『姑』の名を冠しているらしい。これにはみんな大ウケだが、このことについて触れるとアリスはそっぽを向いてしまう。
「はいはい。いいんじゃないの? おれは賛成だよ、涼花を連れて行くの。案外直接的にズバズバ言える子の方が、意外と適してるかもよ? しかも向こうは敵対心持ちやすいタイプなんだろ?」
颯太の意見に、おれはうなずいた。
そういう考え方もあったのかと。
颯太はやはり人間のことをよく見ている。おれじゃ気づけないことも、きっと気づけるのだろう。
要するに颯太はこう言っている。『どうせなら涼花と美琴をケンカさせてしまえばいい。それで涼花に挑発させ、美琴に学校に来させる』という寸法だ。
ケンカするほど仲がいいとはよく言ったものだ。
意外といけるかも知れない。
そう思った瞬間、遠くスピーカーから、「きーんこーんかーんこーん」とお馴染みのチャイムが流れてきた。
おれは冷や汗を流しながら、みんなの方を見渡して静かに言った。
「……ねぇ、次美術室じゃない?」
そのあと全員で遅刻して美術の先生にこっぴどく叱られました。
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