第2話 壁の中にあなたがいる

 壁の向こう側に誰かがいる。というのはすぐに分かった。

 それは西宮名物の急な坂を登って、高校へ登校中のこと。住宅地の曲がり角、背の低い石垣の向こう側に少女が立っていた。


 僕は思わず足を止めた。これは一体どういうことだ……

 その少女は僕の方を見ている。僕には少女の意図なんぞ分からない。


 そうして恐る、恐る、一歩前に出る。少女は微動だにしない。

 その少女の隠れている壁のところにまで来た。そして少女の横を通過する。すると、少女はエイッと僕の方へ踏み出してぶつかってきた。かと思ったら、椅子に座るように丁寧に尻餅をついた。


「イタイナー ナンナノ アナター」


 恐ろしいほど棒読みであった。決して痛そうじゃないし、明らかに向こうからぶつかってきた。


「えっと」


 僕はどんな反応をすれば良いのか困った。しばらく呆然とその場を立っていると


(ほら、そこはお前こそ気をつけろ……でしょ)


 と小声で言う。更には


(そうして私に向かってぺっと唾を吐いて)


 いや、そこまでは流石に出来ない。ともあれ、そのような言葉を発して欲しいと言うことは分かった。だから。


「オマエコソ、キヲツケロナ」


 と。残念なことに僕も棒読みである。そりゃ、今まで演技経験などないのだから。しょうがない。


「ナ、ナニヨー」


 少女がそういった後沈黙。


(いや、これは違うか。流石にこれは古いか。それならこっちで)


「な、ナンダ、ワタシタチイレカワッテイル!」


「別に入れ替わっていないけれど」


(そういう設定でしょ。いい加減わかりなさいよ。馬鹿)


 怒られた。


「きゃー、本当よ。マジチョベリバ。何なのさ。この身体。まじ最悪―。あーん今日彼氏とデートだったのに」


 僕も入れ替わった女の子のフリをする。


(ちょっと、私そんな喋り方じゃないでしょ! 何、その古風なギャルの喋り方)


 そんなこと言われても、その少女と喋ったことないのだから知らない。

 そうしてまたしばらく沈黙。その後、少女は立ち上がる。そうして


「あなた、覚えておきなさい!!」


 と少女はそのまま走り去った。

 一体さっきのは何だったのかと僕は首を傾げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る