真夏の大冒険

 校門を出たところで傘を忘れたのに気づいて教室に戻った。

 教室では女子たちが楽しげに集まっていて、マツムラさんもいたがおしゃべりに夢中みたいだった。

 ボクは傘を取って、そっと教室を出た。


 傘の先で水たまりをつつきながら、帰り道を歩く。

 昨日久しぶりに池に行ってみたが、やっぱりあいつはいなかった。

 海の中を悠々と歩くあいつの姿を思い浮かべ、八月最後の日のことをボクは思い出していた。


 今年の夏休みはザリガニ釣りに夢中になった。

 ポンプ池にアメリカザリガニがいて、タコ糸にスルメをつけて釣った。

 池の本当の名前は知らない。赤い屋根のポンプ小屋があるので、ボクたちはポンプ池と呼んでいた。

 ザリガニがスルメをつかんだら、離さないように気をつけて素早く釣り上げる。

 力の強いヤツだとハサミとタコ糸の綱引きになって、それが面白かった。


 給水口のパイプの下のくぼみに一番でかいザリガニがいて、他のヤツより二回りは大きい。

 水の中の両方のハサミが赤黒く光って見えた。

 みんなそのボスザリガニを狙ったが、エサには近づくものの、決してハサミを出そうとしない。

 こちらの企みを見透かすように、ほとんどじっと動かない。

 その堂々とした姿から、ボクたちはそいつをアレキサンダーと名づけた。


 ある日アレキサンダーがこつぜんと消えた。

 いつ行っても姿が見えなくなった。


「アレキサンダーがいなくなったら、つまんないな」

「そうだな、ザコじゃなあ」

「大ナマズ探しに行く?」


 テルが言った。

 テルはいつも突拍子もないことを口にする。


「大ナマズ?」

「うん、ヒョウタン池に一メートルのがいる」

「イチメートル!?ほんと?」


 テルはイトコにバス釣りに連れて行ってもらって以来、最近すっかり釣りにはまっている。買ったばかりのルアーを自慢気に学校にも持って来ていた。

 食用ガエルをくわえた一メートルはあるナマズをイトコが見たと、興奮気味に一気にまくし立てた。


「でも遠いじゃん」

「うん、自転車で二時間はかかるな」

「いや、三時間だろ」

「ちょっと無理じゃない」


「朝早く出たら夕方までに帰れるじゃん」

「行ってみる?」

「行けるかな?」

「四人なら何とかなるかな」


「よし、オレ行く」

 アッキが言った。

「オレも行きたい」

 ヒロが続く。

「大ナマズ見たいもんな」

 テルが目を輝かす。

「じゃ、オレも行く」


 少し不安に思ったがそう答えた。

 行ってみたいと思った。


 こうして夏休み最後の日に、テル、ヒロ、アッキ、そしてボクの四人でヒョウタン池に行くことが決まった。

 ヒョウタン池は学区を五つも越えた先にあり、誰も行ったことがない。

 上から見るとヒョウタンの形をしてるから、その名前がついたらしい。

 地図で見るとポンプ池の何十倍もの広さがあって、ヒョウタンのくびれの所に橋がかかっている。

 親に話すと「ダメ」と言われそうだったので、みんな家には内緒で朝の八時半に学校裏門に集合した。


 国道を東へまっすぐ行ってとなり町の消防署を左に曲がったら、後はそのままずっと進めばたどり着く。地図で調べたので道は心配ない。

 四台の自転車が小さな緊張と大きな興奮を乗せて走り出した。


「すっげーワクワクすんな」

「オレ昨日なかなか寝れなかった」

「冒険だよな」

「そうだ、冒険だ」


「大ナマズ本当にいるかな」

「テル、うそじゃないよな」

「それは本当。イトコうそつかないし」

「オレ、図鑑で調べた」


 おととい図書館で「川や池のいきもの図鑑」を読んだ。


「大きいのは一メートル近くになるって」

「じゃ、ホントにいるんだ」

「小動物も食べるって書いてた」

「ショードーブツって何?」


 テルが目をぱちぱちさせた。


「カエルやカメや、えーと」

「カメはさすがに無理だろう」

「飲みこむんじゃない」

「消化できんのかなあ」

「するんだろ」

「ウソー」「コエー」「スゲー」「デケー」


 四人、立ちこぎしながら声をあげた。


 途中スーパーに寄った。食べ物や飲み物を買い、前カゴに入れてまた走り出した。


「アレキサンダー、どうしたと思う」

「誰かが捕まえたかあ」

「あんな慎重なヤツを」

「よっぽどの達人かな」

「子どもには無理だな」

「大人はザリガニなんか釣らないだろ」

「この間の大雨で流されちゃったとか」

「どこに」

「ポンプ池どっかにつながってんの?」

「知んない」


「今ごろ海で泳いでたりして」

「はは、ロブスターと戦ってたりして」

「池の王者が海の王者と対決してたりして」

「いい勝負するんじゃない」

「アレキサンダーなら勝つんじゃない」

「勝ちそう勝ちそう」

「勝って最後は大王になるんだもんな」

「アレキサンダー大王」

「そうそう、アレキサンダー大王」

「そんで世界の海をセイハするんだろ」

「レフリー、誰」

「イソギンチャク」

「動きおっせー」

「ハハハハ」


 午前中は快調だ。

 気温もまだ上がってこない。

 ペダルを踏む足に力が入った。


「みんな、しいく当番行った?」

 三人に聞いてみた。

「行った」

 ヒロが答える。

「オレも行った」

 アッキも答えた。

「オレ、さぼった」

 テルが堂々と言った。

「エーっ、マジ」

 三人でつっこむ。

「だってオダとだもん」

「テル、よくオダにやられてるもんな」

「ちょっかい出すからだろ」

「オダメグ、オダブツ、マジこわい」

「先生、どうやって班分けしてんのかな」

「そうだよな」

「ナゾだ」


「先生、最近きれいになったねって、うちの母ちゃん言ってた」

「そうかな」

「どうかな」

「よくわかんない」

「女同士はわかるんだろ」

「そういうことはな」

「オレたち男は忙しいからな」

 テルが先頭に抜け出しながら叫んだ。

「え、何に」

 ヒロが追いかける。

「そら、あれ、ザリガニ釣りとか」

 テルが苦しまぎれに答える。

「ハハハハ」

 四人大爆笑になった。


 ヒョウタン池はまだ見えて来なかった。

 八月最後の太陽が、ジリジリと頭の上に昇ってきていた。

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