ハンカチの下に

 夏休みのできごと


 クロールで25メートル泳げた

 テルたちとヒョウタン池まで遠出した 

 家族旅行で父さんが迷子になった

 弟を連れてタコラの大冒険を観に行った

 じいちゃんちのミスケがまた脱走した

 でもまた三日後に帰ってきた(らしい)

 アレキサンダーが姿を消してしまった


 それと……


 九月一日。

 テルやヒロやアッキとは毎日のように会っていたが、クラスのみんなと会うのは久しぶりだ。

 コバヤシくんが自転車で転んでアバラ骨にヒビが入ったらしく、大きなサポーターを着けて来ていた。

 みんなから質問責めにあって、泣きそうなうれしそうな顔で、「だいじょぶ、だいじょぶ」と答えていた。

 テルが拾ってきたセミのぬけがらを女子たちに投げて、オダさんに追いかけられている。

 五年二組は二学期もにぎやかに始まった。


 最初に転校生の紹介があった。


 ホシダハナさん。

 隣り町から引っ越してきた。ショートカットで目がくりっとしている。

 不安そうな顔で小さな声であいさつをした。ボクの後ろの席になった。

 あと、担任のサクライ先生から「皆さんに報告があります」と話があった。

 夏休み中に結婚したとの発表で、女子たちから「エーッ」と悲鳴に近い声が上がった。 

 旦那さんは高校の同級生だそうで、先生は女子たちからの質問攻撃に、ほほを赤くしながら答えていた。

 先生の名前はニシモト先生になった。


 宿題を提出し、新学期の時間割をもらって、来月の遠足の「けんきゅう活動」についての先生の話で始業式は終わった。


 帰りの支度をしていたら、マツムラさんが席までやって来た。

「はい、これ。ママが持って行きなさいって」

 デパートの小さな紙袋を差し出した。

「えっ、なに」

 突然のことに戸惑う。

「貸してくれたのと、お礼のと」

「あ、えっ」

「あの時はありがとう」

 紙袋を受け取ると、マツムラさんは走って教室を出て行った。


 紙袋の中には、洗ってきれいにたたまれたボクのハンカチと、リボンを結んだ新しい青いハンカチが入っていた。

 あわてて袋を閉じた。

 急に顔が熱くなって、ありがとうを言い忘れた。

 後ろにいるホシダさんが気になった。


「おいおい、見てたぞー」

 テルがニタニタしながら寄って来た。

 あちゃー、見られてた。


「なんだーそれは?」

「べつになんでもない」

「なんでもないことはないだろ」

「お前には関係ない」

「おーっと、恋のはじまりかー」


 テルが大きな声を出しながら廊下を走って行った。

 まったく、テルのやつ。


 下校道を歩き出す。

 マツムラさんのことよりも、このハンカチをどうするかで頭がいっぱいになった。


 しいく当番の次の日の朝。


「ハンカチ、洗濯カゴに入ってないよ。どこ?早く出して」

 母さんにそう言われ、

「わかんない。どっかで落とした」

 そう答えていた。

 本当のことははずかしくて言えない。

 母さんにはそう言おうと、昨日寝る前に決めていた。


 さて、どうしよう。


 なかなか考えが浮かばないので、足が遅くなる。

 それでもだんだんと家が近づいてくる。

 まずい、タナカ医院の角を曲がったら家がもう見える。


 困ったな……


 イシダさんちの玄関先のタロウと目が合った。

 門の扉には「きゅうしょくのパンをあげないでね」の張り紙がある。

 扉のところからのぞきこむと、タロウがチャラチャラと鎖の音をさせてうれしそうに寄ってきた。


「タロウ、どうしよう」

「……」

 尻尾を振って首をかしげてる。

「ハンカチ、どうしたらいい」

「……」

 ハーハー舌を出してじっとボクを見てる。

「ふーん」

 ため息が出た。

 タロウが「ワン」と吠えた。


 もらった紙袋を通学カバンに押し込んだ。

 

「ただいまー」

 ドアを開ける。

「おかえりー」

 母さんは台所で洗い物をしていた。


 家に帰ったらまず冷蔵庫を開けて冷えた麦茶を飲むのだけど、今日はそっちには行かない。

 通学カバンを両手で抱え、二階の自分の部屋へ階段をかけ上がった。

 

 急いで部屋のドアを開けたので、バタンと大きな音がした。

 勉強机の一番下の引き出しを開けて、カバンから出した紙袋を奥の方にしまった。

 弟もまだ帰って来ていない。

 閉じた引き出しがカチリと音を立てた。


 よしよし、ニンムカンリョー。


「行ってくるー」

 すぐに遊びに出たが、その日は誰とも顔を合わしたくなかったので、一人自転車で時間をつぶしてから家に帰った。


 そろそろと玄関のドアを開ける。

「ただいまー」

 母さんの返事がない。


 母さんは居間で誰かと電話をしていた。


「そうだったんですか」

「うちの子なんにも言わなくて」


 うちの子って、ボクのこと?弟のこと?


「ご丁寧にありがとうございます」

「いえいえ、お気を遣わせてしまって」


 母さんが二度三度おじぎをしている。


「娘さんなら何でもお話できますでしょう。

 うらやましいですわ」

「うちは男二人で、ホントにもう」


 男だからなに?

 誰と話してんの?


「いいえ、そんなことないですよ」

「これからも仲良くしてやってください」

「はい、はい、こちらこそ」

「はい、失礼いたします。はーい」


 あーっ!

 テーブルの上にあの紙袋がある。

 うそ……


 振り返った母さんと目が合った。

「ちょっと、タカシ。ちゃんと言ってよ」

「え、何が」

「何がじゃないわよ。ハンカチよ」

「えっ」


 いろんなことが頭の中をかけめぐって、心臓がバクバク音を立てる。


「なんで隠すの?」


 ば、ばれてる。


「マツムラさんにハンカチ貸して、お礼に新しいのをもらったんでしょ」

「カバン隠すようにして、コソコソ部屋に入って。あんた、バレバレよ」

「ちゃんと言ってくれないとお母さんが恥をかくじゃない」


 全部ばれてる。


 ニンムはカンリョーしてなかった。


「でもなんで、その……マツムラさんってわかったの?」

「なんでって、カードが入ってたじゃない」

「えーっ!カード?」

「え、見てないの?」

「見てない」


 紙袋をもらった時は周りの目が気になって、中をよく見なかった。

 ハンカチの下に「ありがとう これからもよろしくね マツムラクミ」と書いたコスモスの花の絵のカードが入ってあった。

 母さんがクラス名簿で調べてマツムラさんのお母さんに電話したらしい。

 カードを先に母さんに読まれたことが、一番はずかしかった。


「タカシ、やるじゃん」

「な、なにが」

「カッコいいじゃん」

「べ、べつに」

「マツムラさん、うれしかったと思うよ」

「そかな」


 なんかめちゃくちゃ、はずかしい。


「何照れてんの」

「照れてない」

「でも、お母さんに何でも話してね。お母さん、さびしいよ」

「うん……ごめんなさい」

「しかし息子よ、よくやった。母はうれしいぞ」

「え?」

「ごほうびに今夜のから揚げ二個増量!」


 母さんがボクを抱き締めて、頭をポンポンとたたいた。

 から揚げはうれしいけど、それはやめて、やめてって。

 はずかしい。


 次の日からマツムラさんと話しづらくなってしまった。

 気になってチラチラ見るけど、なかなか近くに行けない。

 あれから何も話してない。ハンカチくれたお礼も言わないままだ。

 マツムラさんからも話しかけてこない。


 マツムラさん、どう思ってるのかな。

 気になって仕方ない。

 そんな毎日がしばらく続いた。


 秋の遠足のちょうど一か月前となった学級会の時間に、遠足のけんきゅう活動の班分けが発表された。

 ボクはテルとホシダさん、そしてマツムラさんとの班だった。


 テルが振り返って「ヒューゥ」と言った。

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