歩きはじめたキセツ

コロガルネコ

きっかけのしいく当番

 終業式の日。

「しいく当番表」が配られた。


 先週の学級会で、二組が世話している校庭のインコたちを、夏休み中は順番で世話することに決まった。

 配られた当番表には日づけと二人の名前が書かれてあって、8月22日にボクとマツムラさんの名が並んでた。

 前の席のテルが振り返って、「オレ、オダとかあ。タカシ誰と?」と聞いてきた。

「えーっと、誰かな?」

 なぜか名前を探すふりをした。


「インコの当番になっちゃったよ、ったくもう」

 家に帰って母さんにプリントを乱暴に手渡す。

「忘れないように印つけとく」

 居間のカレンダーに赤ペンで丸をして、小さく鳥の絵を描いた。

 鳥は笑ったような顔になった。


 マツムラさんは五年のクラス替えで初めて一緒になった。

 背はボクより少し低くて、笑顔がかわいい。リコーダーが上手で、休み時間は女子たちでよくゴム跳びをしている。

 でもまだ話したことはない。


 夏休みの一日はラジオ体操で始まり、たいていテルたちとセミとりか、ザリガニ釣りか、市民プール。

 ひよこ屋のハチミツサイダーは最高にうまかったし、アサガオの成長日記も忘れずつけた。


「タカシ、またカレンダー見てるの?」


 母さんに突然言われてビクッとする。

「べ、べつに!テルんち行って来る」

「ハンカチ持ったのー」

 母さんの方は見ずに、自転車にとび乗った。


 夏休みはあっという間に過ぎていった。


 そして、当番の日。


 いつもより大きめにセットしためざまし時計のアラーム音で目が覚めた。

「行って来まーす」

 コーンフレークを牛乳でかき込んで家をとび出す。

 お気に入りの青のスニーカーを履いた。


 あっ、もう来てる。


 校門前にマツムラさんがちょこんと立っていた。

 黄色のワンピース。髪どめも黄色。

 胸がどきんと鳴った。


「おはよう」

 マツムラさんが笑顔で言った。

「あ、うん、お、おはよう」

(落ちつけ、オレ)

「やけたね。夏休みどっか行った?」

「え、あ、んと、ま、いろいろ」

(しっかりしろ、オレ)

「ふーん」

 マツムラさんがボクを見る。

「……」

(なにか言え、オレ)

 口ごもっていると、

「行こっか」

 マツムラさんが先に歩き出す。

「お、おう」

 男らしく返事して、あわてて追いかけた。


 鳥小屋に入ってそうじを始めていたら、インコがマツムラさんの右手にフンを落とした。


「えー、うそっ、やだあ」


 えっ、どど、どうしよう。


「えと、は、はい」


 ちょっと迷ったけど、お尻のポケットからハンカチを出した。ぺちゃんこだった。


「え、あ、持ってる」

「いいよ」

「でも……」

「いいって」


 ぐいっと差し出した。


「……ありがとう」


 マツムラさんがボクのハンカチで右手をふいた。


 鳥たちの世話は間もなく終わった。


「じゃあ。これからママとお出かけなの」

「そか、あ、うん」

「洗って返す、ね」

 マツムラさんがはずかしそうに下を向いた。


「バイバイ」

「バイバイ」


 校門で別れ、曲がり角で一度だけ振り返った。

 小さな黄色の後ろ姿が、日ざしの中でキラキラしていた。

 口の中でもう一度「バイバイ」と言ってみた。

 なんか、ふわっとした。


「おい、タカシ!」


 後ろから自転車で走って来たテルの声に驚いて振り向く。

「スキップしてんの?」

 テルがからかう。

「してないよ!」

 ムキになる。

「してたって」

「しーてーなーい」


「ひよこ屋集合な。今日こそボス釣り上げようぜ。ヒロもアッキも来るって」

「おう、自転車取ってから行く」


 白い雲がわき立つまぶしい空の下をかけ出した。

 せみ時雨が聞こえ、遅咲きのヒマワリがふくらんだツボミを風に揺らしていた。

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