主人公のグレーな横恋慕


「桜井君って人の心無いよね」


小学校の卒業式直前、同級生の女子に言われた一言は、想像以上に足枷となっていた。




一目惚れだった。だからと言ってこれが決して特別だとは思っていない。なぜなら俺のような男はそこら中にいる。そういう意味では、彼の恋心が1番特別だ。


「今年の新入生にレベチいるらしい。一乃瀬和っていう」


入学式早々、先輩達に噂されるほどの美貌だった。華奢な身体、小さく丸い輪郭、大きな目を縁取る二重、小さな鼻、薄い唇。


「桜井って身長高いよね」


「そう?一乃瀬が低いだけじゃない?」


「殴るよ」


初めての会話は、和から切り出してくれた。彼女との仲は深まっても、俺の失恋はすぐだった。


和には好きな人がいた。隣のクラスの小野瀬オノセヒジリ。中学1年の秋、小野瀬が図書館で和に話しかけたのがきっかけで知り合った2人は順調に仲を深めていたかのように見えた。


「また司とクラス違うじゃん」


小野瀬と未来が和につけた「橋本環奈」というあだ名が廃れてきた頃、俺たちは中学2年生になった。


「私ね、小野瀬のことが好きなの」


少し頬を赤らめて、和は俺と未来にそう言った。桜が満開だった。未来にも誰にも話していなかったこの恋心に蓋をしようと決めた。


「俺、雪村ユキムラのことが好き」 


そんな小野瀬にもまた想い人がいた。雪村 莉子リコ。奇しくも和の友人であった。それをよりにもよって小野瀬は和に話してしまった。


好きになった相手は当たり前に自分のことが好きだった。人生初の失恋は彼女の心を深く傷付けたらしい。


「またあんな傷つくの嫌だから、もう恋なんてしない」


悲しげにそう言った和の横顔を今でも覚えている。中学2年の梅雨の時期だった。



夏休みも残り二週間をきった演劇部の大会最終日、未来に和のことが好きだと言われた。


"俺の方が先に好きになったのに"


喉元まで湧き上がった言葉は出てこなかった。まるで息があのツインテールの女の子に止められているようだ。


「ふーん、いいんじゃない」


芝居で恋愛関係を見事に演じきった2人に敵うまい。それに主人公の横恋慕は、いつだって無罪放免だ。


その後の結果発表で、和と未来は揃って演技賞を受賞した。


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