ヒロインファースト 3
おれは気づいたら病院で寝かされていた。
「……………………………………ぁ」
目が覚めるとそこは病院。まるでラノベのラストシーンみたいだが、あいにくなにも解決していない。
頭が痛い。おれのベッドの真ん中辺りにハルが突っ伏して眠っていた。
つかれたんだろう。
って言ってる場合じゃない。おれは思いだしたように痛みを訴えるお腹をさすった。どうやら医療用の針で縫われたみたいだ。
安静にしてろ、ってことだろうな。
わかったわかった。おれは医者の言うことは一応聞く人間なのである。
ハルを起こそうか……とも思ったけど、外を見るともう夜だった。子どもは寝る時間である。え? ハルが子どもだなんて言ってねーぞ?
おれにはまだまだ不安な点がまだ多く残されていた。
そう、家にハルの父親が向かってないかが心配なのである。もし親父や、お義母さんの身に何かあったらと思うといてもたってもいられない。
しかし絶対安静。
くそ! おれはやっぱりどうしようもなく落ち着かなかったので、起き上がろうとした、そのときにハルが目を覚ました。まったく最悪なタイミングだぜ。
「あ、おはよ。その……へーき? いたくない?」
「まぁ、…………しゃべれないレベルじゃない」
「あっはは。やっぱ痛いんだ……」
ハルの笑いには元気がない。おいやめろ、お前らしくないぞ。
ハルは目元をこすっておれの方を見た。…………目元が腫れていた。
「泣いて、たのか?」
「ううん!? ぜんっぜん! アタシ泣くような女じゃないから!」
「………………」
どうにも心配だ。あの父親の出現によって、ハルの精神状態がおかしくなっている気がする。
「ちゃんと寝とけ」
おれはハルの頭を抑え付けた。軽くだ。
「……………………ん、センキュ。今日簡易ベッド用意してくれるって」
「そうかザンネンだな。べつに同じベッドでもよかっ……いやよそう。冗談を言えるような状況じゃねぇな。心配してくれてありがとな」
「ほんと、ごめん。ニュースのことしっかり伝えとけばこんなことにはならなかったんだけど」
「気に病むな。病むとどこまでも落ち込むぞ。お前は悪くない。悪いのは油断したおれだ」
「そ、かな。へへっ、そう言ってくれると……たすかる」
「…………」
やはり心配だな……。こいつの傍に誰かいてやらないと、簡単に狂ってしまいそうなもろさが感じられた。
「そういやあいつはどうなったんだ? 圭一、だったか? 掴まったのか?」
「まだみたい。ケド警察に連絡して、一応家の周りの警備はしてくれるってさ」
「そうか。助かるなそれは。安心だ」
まぁ百パーセントとは言い切れないが、気休めにはなる。警察がどれくらい優秀なのかは知らんが。
「なぁハル。聞いてもいいか?」
おれは口を開いた。沈黙が場を支配する前に聞いておきたかった。
「おれ、お前の裸をバッチリ洗面所で目撃した」
「………………ッ!! ~~~~~~~~~~んんッ!? ………………………………な、なにをいいだすのあんたは!?」
「落ち着け! 枕で叩くな! しかも他の患者いんだぞ!」
「他の患者いるところでそんな話するバカがどこにいるの!? も~~~バカバカッ!」
「悪かった。たしかにおれも不注意だったかもしれん」
「多分じゃないし。絶対だし」
「まぁ、話を戻す。おれはお前の裸をバッチリ見てしまった。……おれからは後ろ姿しか見れなかったが、――あの傷は圭一さんからつけられたモノでいいのか?」
「………………………………やっぱみたんだ。そ。まぁべつにあんたに話す義理はなかったけどね」
「なぜ? 友達だからか?」
「見せたくないモン見られて、喜ぶ女子がいるかっての」
「………………まぁ、たしかに。けどおれは、」
おれは、の言葉を継ぐのに、わずかの間ためらった。
しかしこの際遠慮はなしだ。
おれはこいつと距離をつめる。この瞬間にそう決めた。傷跡の話をした時点でもう後戻りはできない。
「おれはお前のことをもっと知りたい。お前の話を聞きたい。お前の過去に何があったのかを、知りたい。……だめか?」
おれはハルの目を見ていった。彼女は目を見開いておれのことを見つめ返していたが、やがて観念したように目を伏せた。
「わかった。その代わり、絶対に義父……明日斗のおとうさんには黙ってて」
父親にやられたことを新しい父親に知られてしまうのはたしかに酷なことだろう。おれはわかったとうなずいた。
「…………ん、絶対に約束は守ってね」
「わかった」
ハルはゆっくりと語り始めた。
こんな深い話しちゃうくらいには精神まいっちゃってんのかなぁって。
けっこう暗い話だから覚悟してね。
昔はアパート暮らしだった。お母さんはそのときからスナックのママやってて、圭一は働かずに飲んだくれてた。ニート? いやヒモって言い方の方が正しいかもね。
幼い頃のアタシは、男の人って働かないのがふつうだと思ってた。ケド異変に気がついたのは小学生くらいの時。
みんなのお父さんは、家で怒鳴ったりしないんだって。アタシそれマジ!? って思った。しかも色んなところに遊びに連れてってくれるんだって。テーマパークとか、旅行とか。ケドうちは貧乏だから、そういう娯楽がないのはしょうがないかなって思ってた。
そういう家、たくさんあるし。
ケドアタシは徐々に自分の家がおかしいと気づき始めた。他の家ではみんな子どもでも自分の意見を言っていいんだって。
アタシそれ信じらんなくてさ。だって口を開けば畳叩かれるんだよ? 家の中は用のないとき以外喋っちゃいけないのがふつうだと思ってた。
だから、うんごめん、言い訳するわけじゃないけど。だけどアタシ自分の意見を言うのが下手でさ。あんたも気づいてるでしょ?
アタシ一回だけ、○イメロディちゃんって知ってる? それがめちゃくちゃ当時の小学校の低学年のはやりでね。
当時のアタシは、今のアタシよりも遥かに臆病で「え!? はるちゃん○イメロディちゃん見てないの!? うわおわってる」って言われて。けっこう本気でショック受けた。
それでアタシ言ったんだ、親に。その映画を見に行きたいって。そしたらお母さんは顔を引き攣らせるだけで、その数秒後圭一から思い切り殴られた。
あいつは完全に酔ってた。ううん、酔ってない日なんてなかった。しらふの時を探す方が遥かに難しかったんだよね。
それが一回目。圭一は娘を殴る、っていう手段を得た。お母さんもそのとき止めてくれなかったし、完全に戸惑って見てるだけだった。そうやって戸惑ってる人を見ると男の人ってつけあがるんだよね。
けっきょく暴力的な行為は日に日にエスカレートした。もうねー、歯医者の方が遥かにマシ! そんくらい痛かった。
面白いのは、泣けば泣くほど向こうがつけあがるってことだった。だから無理矢理にでもアタシはもう一つの人格を作り上げる必要があった。
自分とは違う、理想的な自分。
それが今のアタシってわけ。
中学校に上がって友達もあまりできなかった。人間ってさ、ぶれない自分を作り出そうとするほど周りとうまくいかないんだよね。わかる?
自分がこうありたいと思えば思うほど、他人は自分のことを避けてくっつーか。
あーごめん、わかりにくかったよね。とにかく理想とする芯の強い自分と、社交的な自分との妥協点を見いだす必要があった。
なぁんかさ、思い出すたびに、アーアタシって空虚だな、って思ってた。友達づきあいもなんか上っ面って言うか。とりあえず手当たり次第に声かけて薄っぺらな関係性築いて、みたいな感じ。
もーね。病んだ。手首切るくらい。死ねなかったけど。
けっきょく中学までは暗黒だったなー。もうギリシャ時代かよって感じ。
あぁあと、アタシけっこー学力高い方じゃん? なんか周りから意外に思われてんだけど、勉強だけはちゃんとしてるっていうか。
ま、当たり前か。
ん、けどね?
高校入ってからはすっごい楽しいよ! 誰かさんがいたからかな。その誰かさんが中心となって、グループができてって、そこのみんなとならうまくやっていけそうな気がした。
上っ面だけじゃない、本物ってのを手に入れられると思った。
アタシアストクラブ大好きなんだよね。もうあそこにいられるのがチョー幸せ! アタシのコンフォートゾーン! だからあそこにいるときだけは、きっとほとんど素の自分なんだと思う。
オタク趣味? あぁあれね。モデルの仕事で稼いだお金で、圭一に隠れて色々ラノベ読んだり漫画読んだりアニメ見たりしてた。もちろんエロゲーも。
アタシ妹モノのエロゲー好きなんだよね。あんたドン引きしただろ? けどなんか某ラノベヒロインに影響されちゃって。なんかあの子アタシとちょっと似てるし。
まぁ自分で稼げるようになってから、自分ってモノに自信持てたってのもある。それは間違いない。逆に圭一に対して軽蔑の視線を送るようになった。
あのメンヘラDV野郎、メンタルだけは弱いから。……あんななりでね。
この間翔太をイメチェンさせた日あったじゃん。あの日ちょー楽しかった! 今日学校行けなかったの残念だなって思うモン。
……あぁアタシね、翔太とかあんたとかと話してると、つい素が出ちゃうんだよね。今もそっか。アタシふだん落ち込んでるところ見せないようにしてるんだけど、今日はついつい弱気になっちゃって、へへ、ごめんね明日斗。
けど素の自分を見せられる相手って、なんかすっごい心地いい。友達として最高! って感じ!
ハルは最後にニッと歯を見せて笑った。真っ白い歯だ。
おれはハルの言葉の中に、嘘を見つけていた。おれや翔太に対して素の自分を見せているという点だ。
――本当はまだ隠していることがある。
おれはそう確信していた。
彼女は今語っていいことのレベルを一段階下げただけだろう。本当は二段階目も三段階目もあるだろうに。
おれはさといからな。鈍いと言われるが、たまには察する能力が高くなると言うものだ。
おれはハルに告白した。そしてフラれた。
ショックだった。だがおれはそれを今の今まで引きずってたわけじゃない。おれだってもう高校二年生だ。物事の切り替えくらいはできる。
………………そう思ってたのに。
おれは、気づいてしまう。まだハルのことが好きなんだと。どうしようもなく彼女のためになりたいと思っている。まだ彼女が隠していることを知りたいと思っている。
義理の兄貴だから? それもある。だが一番の理由は、『おれがハルという女の子を認めていて、ハルという女の子もおれを認めているから』だ。だから引かれる。特別だと思うんだ。
「話してくれてありがとな。お前のこと知れて本当によかった」
「ううん、あたしも話してスッキリした! アーこれで今夜はぐっすり眠れるかな! ねぇあんた、本当に傷口大丈夫なの?」
「まぁな。病は気からとも言うしな」
「病じゃないし! まぁあんたのその強靱な精神力はもはや病的なレベルだけどね! 刺されてそこまで冷静でいられるって、もしかして前世は通り魔に刺されて死んだな?」
「んなわけないな。もしそうだったらおれはチート能力を得て異世界に転生したい」
おれは言ってから、ハッと気づく。や――――――――べぇっ! おれはうっかりオタク趣味なことを言ってしまった。異世界に行ったら異能力が得られるなんて、オタクしか知らないことじゃなかろうか。
ハルは気づいてないだろうか。
「だよね~~~、マジでそれ。やっぱりチートとか欲しいわー」
どうやら気づいてないらしい。よかった安心した。そうだよな、たしかに異世界転生モノで一番有名なあの作品は割と万人受けしてるって言うか、ふつうの人が知っててもおかしくないモンな。そっかそっか。
「ねる?」
「あぁそうだな。そういや明日は学校行けるのか?」
「あーうん、風邪治ったから、いけるいける! よゆー!」
そうか。ならよかった。
おれたちはこうして今日という一日を終了した。人生で一番長い日だったと思う。
この四日後、翔太が襲われた――
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