間章 Ⅱ Destiny
土曜日と日曜日が終わった。怒濤の週末だったなー。
明日斗の奴、すごかった。学校に来られない子をあそこまで上手にリードできるなんて天才じゃないのかと思う。アタシも貢献したっちゃしたけど、ほとんどがあいつのシナリオ通り動いてたと思う。
すごい。陰の実力者っぽい。
いやーしかし、楽しかったな! ああいう話できるのって翔太くらいしかいないからしょーじきちょー楽しかった! またゆっくり話したいな、なぁんておもったり!
……そういえば、アタシがオタクであるってこと翔太は知っている。知ってて、一緒に暮らしてて、あの態度なんだよね。
不思議だな。ふつうはオタクな女の子って、男子に幻滅されたりするもんだけど。
明日斗はもしかしたら、アタシと同じように演技がうまいのかも知れない。だからその心を隠して、あたしに優しくしてくれる。
けど、アタシに告ってきたときは、すでにあいつアタシがオタクだってこと知ってたんだよね?
なんでだろう? なんで告ってくれたのかな? もしかしてオタク女子好きとか!? や、やばい……っそうなの明日斗?
しかし一緒に暮らすようになって、明日斗のことばっかり考えてる気がする~~~! もうなんで! ってそりゃそっか! だって一番近くにいるんだもんね! アタシってばバカか!
――しっかし
なんだこのモヤモヤは。アタシは彼を家族と認めてない。友達。友達。友達……! 明日斗は友達なのだ。家族じゃない。家族で……………………いたくない。
アタシは彼と友達のままがいい。
人を愛せる自信なんてない。だから愛される自信もない。友達としての親愛ならいくらでも作れる。ケド、家族としての愛情は? むり。怖い、絶対に彼をお兄ちゃんなんて呼べない。死んでもむり。だって……壊れちゃう。アタシと明日斗は友達なのに……親友なのに。
「おにいちゃん」呼んでみた。口に馴染まない。呼び方の問題ではなく、彼を家族として認めることができない。自分の家族はお母さん一人だけ。あの新しい父親とどう接していいのか今もわからないでいる。彼がアタシのことを下心のこもった目で見ているんじゃないかと思うと、ぞっとして、吐き気がする。本当は違うかも知れない。けど、やっぱりそう思えてしまう。
呪いだ。アタシはかつての父親から呪いを受けているんだ。だから逃げ出すことができない。男の人に対して信頼を預けることができない。
お母さん、お母さんさえいれば充分じゃん? アタシはお母さんのことを一生愛せる自信がある。産んでくれた母親、育ててくれた母親、守ってくれた母親。だいすき。
アタシは右にも左にも前にも後ろにも、進みたくなかった。そんな時にこの再婚の話を持ちかけられたんだよね。
戸惑った。いやだって思った。けど、あたしはまた、取り繕ってしまったんだ。
「うん、素敵な人だといいね~~! どんな人かな!?」なんて机の上に身を乗り出してまで聞いたのだ。バカみたい。なんて、バカなんだろうアタシは……。
自分が好きじゃないから、きっと誰かに好きになって貰えるように振る舞っているだけなんだ。それが一番楽だから。傷つかないから。便利だ。アタシは見えない壁を張り巡らせて生きている。アタシの中とはまったく反対なモノを映している鏡の壁――
明日斗にその壁を見破られそうで怖い。近くにいることで壁の反対側にいるアタシを見られるのがすごいやだ。
ふっ。なんかおかしい。こんなお話合ったよね。ほら、太宰治の作品。アタシあれ読んだことある。『人間失格』か。アタシは葉蔵か、ってね! まぁアタシ女なんだけど。
子どもの頃、道化を演じていた葉蔵。
誰からも好かれるように、取り繕ってるアタシ。
あたしはとにかく、お母さんが幸せならそれでいい。アタシはなにもいらない。あぁうん、いらなくない! 学校生活は欲しい! 友達と一緒に過ごす楽しい楽しい生活は欲しい!
ふぅ。なんかつかれちゃったな……ケド、明日はめっちゃ楽しみ! だって翔太が学校に来るんだよ! どうせならみんなで放課後どっか行っちゃうとか!? それある~~~!
――――――翌日のことだった。
アタシは階段を降りて、義父と明日斗に挨拶して冷蔵庫から牛乳を取り出した――
その瞬間だった。
お母さんはその場にはいなかった。彼女は夜勤であり、この時間は眠りに着いているからだ。
だからそのテレビ画面を見て戦慄したのは、アタシだけだった。
「――今朝五時半頃、刃物を持った男が横浜市内のコンビニに押し入り、店員に『いいから金を出せ、さもないと殺すぞ』と脅し、現金五万三千円を奪って逃走した――」
正直アタシの脳内にはその情報がきちんと入ってこなかった。いつものニュースだ。ニュース番組でよくやっているような内容だった。
けど、アタシは次の言葉を聞いて牛乳をパックごと落としてしまった。床に白い液体が飛び散って、明日斗と義理の父親がこちらを見た。
だけどそんな視線は、まったくと言って言いほど気にならなかった。
「――な、……………………んで………………?」
「容疑者は黒の目出し帽を被った男で、身長は百八十センチほど、太り気味で、胸元に茶色いシミをつけた白いパーカーに紺色のズボンを穿いていたと言うことで――――」
防犯カメラの映像だろうか。犯人と思しき人物の姿が映し出されている。
どすん! と音がした。数秒経ってようやく自分が腰を抜かしていることに気がついた。
「大丈夫か!?」
明日斗が近付いてくる。アタシは彼に抱きついた。なぜだろう。アタシはその白いパーカーを見たときに、本能的な恐怖を呼び起こされた。
人違いだったら、嬉しい。きっとそうだ! 人違いに決まっている! たまたま同じ恰好をした人間が、たまたま同じ市内のコンビニを襲っただけだ!
そうに、決まっている……!
ケド心臓はバクバク言っていた。声が、あの酒とタバコで潰れた喉から発せられる、ヒキガエルの鳴き声のような声が、今でも脳裏にリフレインする。
『――まだおきてたのか?』
あたしは頭を振った。これ以上は、ダメだ――! だけど蘇る。白いパーカー、紺色のズボン……大柄な男がかがみ込んでくる。黒い影。アタシの髪を掴む。にやりと笑い酒臭い息を吐きかけ、あたしの顔を見て笑う笑う笑う――振り上げられる酒瓶、逃げ惑うアタシ、近所からの悲鳴、駆けつける母親――
「――おい、しっかりしろ!」
はっと、意識が現実に引き戻された。アタシは今、一体どうなってたんだろう。思い出せない。リビングに設置された白い蛍光灯がアタシの網膜を焼いた。視界がふらつく。立ち上がろうとしても足に力が入らず、声を出そうにしても喉がまったくと言っていいほど機能しない。アタシは今笑っているのか泣いているのか、全然わからない。
「あす……と?」
「どうしたんだい、ハルちゃん?」
アタシの目の前には、大柄な男が立っていた。明日斗の父親だ。わかってる。アタシは冷静に対処できる。この人は明日斗の父親だ。あたしの父親じゃ、ない。
「ごめんね……! あたしちょっと貧血でさっ! あはは!」
アタシはごまかした。まぁごまかすことには慣れていた。
「そうか、まったく心配を掛けるな……」
明日斗は本当に安堵したように言った。ごめん、アタシまた嘘ついた。
アタシはちらっとテレビを見た。ニュースが中断されて、コマーシャルが流れている。カップヌードルのCM。なんか一気に現実に戻された気がした。
「さっ、食べよう食べよう!」
アタシは元気よく食卓に向かった。きっとニュースの人物は別人だ。アタシはこのことをお母さんに言わないようにしよう。言ったらきっと、よけいな心労を増やす。それにあの人とアタシ達は無関係なのだ……
今日の朝ご飯は明日斗には申し訳ないけど、味がしなかった。
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