友達 3

 交差点。横断歩道を音楽が鳴っている間に渡りきったおれたちは、GAに向かっていた。GAというのはまぁユニクロみたいな店だ。色んな服が売ってる場所と思ってくれて構わない。


 基本的に服と言ったらGAだ! GAに行けば何でも揃う!

 

「GAですか……。聞いたことはあります。ケド行ったことはないですね」

「ほう、お前はふだんどこで服を揃えてるんだ?」


「そ、揃えてないです……。中学校の頃に着てたジャージとか、母親がたまに買ってくるしまむ○の白シャツとか、そんな感じです」


「お前おわってんな」


「ひどっ! ボクのことやっぱりバカにしてますよね! やっぱりボクなんか人間界の底辺なんですね……」


「だからそのひねくれ発言やめろ……。お前がひねくれなのはわかったが、そういうのは言葉として出すな。じゃないとそういうキャラクターとして定着しちまう。お前はこれからイケイケナルシスト野郎というキャラになってもらわないといけない」


「むり! むりに決まってんじゃないですか!」


「そんなことないと思うよ! アタシは全然イケると思う! つうか、翔太が街中でナンパとかしてても、全然ふつうって言うか! ワンちゃんイケるんじゃね?」


「むりに決まってます! メンタル持ちませんよ! だいたいナンパして、そのあとどうすればいいのか、わ、わかんないですよ!」


 わめきちらす翔太。お前らそういう話をするのは構わないが、できれば街中ではしないでくれよ。どこに誰がいるか分かんねぇんだぞ。学校の人間にでも会ったらどうするのか。


「ほら、ついたぞ。さぁ行くぞGA!」


 エスカレーターをのぼってGAに到着した。男の服と女の服で場所が分かれているが、もちろん向かうは男性用の服売り場だ。


 おれはずっと思っていたのだが、翔太は身長は高い方だと思う。百七十五はあるんじゃないか? 低身長だったらコーディネートを深く考えていかないといけないのだが、翔太の場合は選ぶ服の方向性はだいたい決まっている。


 というか身長が高ければ、だいたいの服は似合うのだ。


「な、なにを選べばいいんですか……? すみません任せっきりで。ケドボクなにも服のこととか知らなくて……!」


「安心しろ。おれが選んでやる」


 おれは考える。翔太は金は持っている。だがおれは服を買うのに一度に一〇〇〇〇円以上掛けたことがない。せいぜいが五千円くらいだ。怖いからな。なんか一気に大金を使うと怖くならないか……? 


 これがハルとかなら余裕で一気にクレカで十万円くらい使うんだろうが……。さすがにふつうの高校生であるおれにはそんなお金の使い方できない。


 おれは冷や汗を掻く。翔太は一体どれほど稼いでいるのだろうか。聞いてもいいが、聞かないでおこう。なんかショックを受けそうだ。


「ごほん。あくまで金銭的に現実的なプランにしておこう。そうだな、今日は実際に服を買うんだが、服の選び方まで説明しよう。服を選ぶ、試着する、購入する、この流れだ。その流れを覚えたなら、今度からは自分で買いに来い。自分で選べるようになった方がファッションは楽しいだろうからな」


「わっ、わかりました! それでどういうのを選べばいいんですか?」


「簡単だ! ズバリシンプルなモノを選べ!」


「し、シンプルって?」


「白と黒だけで統一しろ。そうだな、お前は身長が高いから上は白のシャツ、下は黒のパンツで充分だ。ちょっと待ってろ」


 おれは売り場を探し回り、一分後に翔太の元に戻ってきた。おれの手には宣言通り白のブロードシャツ(2980円)と黒のストレッチパンツ(1980円)が握られていた。


「ひとまずこれで充分だ。サイズはLを持ってきた。一回試着してみて入らなかったらまたべつのサイズに変えてみよう」


「こ、これでいいんですか!? 何かこう、おしゃれなシャツとかじゃなくて……!?」


「構わん。むしろ単体でおしゃれっぽい奴は、全体で見ておしゃれでなくなることが多い。間違ってもアロハシャツとか着るなよ」

「そ、そうなんですね……。勉強になります」


 スマホのメモ帳でメモを取っていく翔太。こいつけっこう真面目だよな……。


「着終わったらアタシも見よっか? 一応女子の意見代表ってことで」


「アァ頼む。おれは一応翔太の試着室の近くまでついていこうと思うから、お前は少し待っててくれ」

「はーい!」


 おれたちは試着室へと向かう。にしても、おれは初めてGAに来たときのことを思い出す。なんというか服がいっぱいあって選ぶのに苦労した……。一応ユーチューブの情報を見てなにとなにを買うかスマホのメモ帳に書いていったのだが、どこに何の商品があるのか全然わからないのである。


 こう言うのってアドバイザーの存在が重要だよな……。おれの時はアドバイザーいなかったけど、翔太の場合にはおれというアドバイザーがいる。ったく感謝しやがれ! なんてな。


「終わったか。もしかしてパンツの穿き方わからないとか言うんじゃないだろうな?」

「そ、そんなわけないじゃないですか! ズボンくらい自分で穿けます!」


「ズボンじゃない!!」おれは怒鳴った。そこは譲れないところだ。「パンツだ! それかボトムと言え! じゃないとお前田舎者扱いされるぞ! 芋男子って呼ばれてもいいのか!!」


「ひえっ――っ! そんな怒鳴らなくたっていいじゃないですか! 怖いですよ!」

「怖くもなるというモノだ。いいか、二度とズボンと呼ぶな。パンツだ」


「で、でも……! パンツならすでに下にはいてますけど……!」

「それは下着と言え! パンツじゃない!」


 おれは熱弁する。ちょっと熱くなりすぎただろうか。これじゃあまるでアントニオである。


「わ、わかりましたよぉ……。お、終わりました」

「よし。見せてみろ」


 話は変わるが、ラブコメの試着室の展開ってふつうは女性が中に入って、着替え終わったあとに水着姿を主人公に見せる……というのが一般的だ。だが現実は非情かな、おれは男の着替えを見ることになってしまった。まぁこういうのもアリか。


 おずおずと、翔太がカーテンを開く。早く開け。お前は乙女か。


「ど、どうですか……?」


 その声を聞きつけたハルと店員さんがこちらにやってくる。おれはうーんと唸った。本当に何でも似合うなこいつ。もともと陰キャだって言っても誰も信じないレベルである。


「似合うな」


 上に来ている白のブロードシャツは袖を二回ほど折っており、黒のパンツとみごとにマッチングしている。素晴らしい。


「すごい! カフェの店員さんみたい! なんか大人っぽいね!」


「お、大人っぽい……! 初めて言われましたよ僕! 似合ってますか? なんか自分で鏡見ても自分じゃないみたいです……!」


「いいって! 二つ……ううん三つくらい上に見える! 女の子けっこう大人っぽい人好きだからね~、これでクラスの女子のハートはキャッチングだね!」


「ほ、ホントですか!? やった! な、なんか、学校行きたくなってきました……」

「うーむ……釘を刺すようで悪いがこれは私服だぞ? 着ていかないからな」


「あ……そっか。…………………………あれ? よく考えたら僕学校に制服着ていくわけだから、私服っていらなくないですか?」


 ほう、出たな陰キャ的思考! 完全に陰キャオタク根暗野郎が陥りやすい罠にはまってしまっている。休日はどうせ家で過ごすんだからジャージでいいんじゃねーの私服なんて! と思っちゃいかんのだ!


「甘い。甘すぎるぞ! 貴様の脳みそはチョコレートでできているのか!?」


 これにはハルも同意だったらしく、うんうんと大仰にうなずいてみせる。


「そうだよー。高校生にとって休日ってけっこうなウェイト占めてるからね! 休日にどう過ごすかで、その人の学生生活が充実してるかどうか決まっちゃうし、友達づきあいとかも休日の過ごし方によって決まるって言うか……」


「そ、そうだったんですね……」


「休日だけじゃない。平日の午後にだって、一般的にリア充と呼ばれる連中はそれぞれで集まっている。カップルで過ごしてる奴もいれば、友達のグループで過ごす奴もいる。まぁもちろん塾に行ったりバイトしたりする奴もいるが、平日の午後って言う時間は思った以上にたっぷりあるからな。なにも毎日塾やバイトなわけもないだろう?」


「た、たしかに……。僕帰ったらのんびりすることしか考えてなかったかも知れません」


「ちょっと待て執筆は?」


「あ、ボク締め切り直前に一気に仕上げるタイプなので」


 なるほどな。まぁ執筆のスタンスは人それぞれと言うことか。なにを隠そうおれもラノベ昔書いてたことあるからな! 黒歴史だ……。


「そうか。それで売れるんなら文句はないよな。…………すまん、話を戻すが、ともかく学校以外でなにを着ていくかは重要だ。お前にもし彼女ができたとき、ジャージで行くのか? 秒でフラれるぞ。だけどお前がその恰好をして行ったらどうだ? たとえばハル、お前がもし彼女だとして、もし彼氏が今の翔太だったらどう思う」


「断然アリ! ありよりのあり!」


 めっちゃ笑顔で言ってやがるなこいつ……。本心なのかは置いといて、とにかくこの言葉は翔太のお胸にジャストミートしたらしい。


 顔が見る見るうちに赤くなって、嬉しそうな表情に変わっていく。その顔だ。いいか翔太、その顔だぞ。


「ほ、ほんとですか……?」

「マジで。まじまじ大マジ! こんな大人彼氏いたら、アタシ近所に自慢すると思う!」


 おれは軽くショックを受ける。おれは彼女に振られたのだ。その彼女がこんなにも肯定しているなんて……。


「そ、そうなんですね……。へへ、うれしいです」

「お前ふつうに街歩いてれば声かけられるくらいにはだいぶよくなったぞ」

「ほ、本当に……?」


「本当だ。おれは嘘はつかない主義なんでな」

「ありがとうございます! 僕お二人のおかげで……じしんついたかも……」


 翔太は本当に喜ばしい様子で頭を下げた。おれはしかしその頭を軽く持ち上げた。


「な、なにするんですか……?」

「おれたちは友達だろう。友達に頭を下げるな。いいか、二度とだ。おれとお前は対等であって、それ以上でもそれ以下でもないんだぞ」


 ――おれは言い切った。このときは翔太のためを思っていったのだが、この言葉がまさか自分にブーメランとして返ってくるなんて、夢にも思わなかった。


「う、うん……! え、えっと、明日斗さん……ありがとなっ!」


 へたくそなため口で言い切った翔太の顔は、どんな宝石よりも輝いていた。




 お昼ご飯は一緒に食べた。ファミレスでの食事であり、友達とファミレスに来たことのない翔太は始終ソワソワしていた。これも慣れだな。


 午後からの予定もたくさん詰まっていた。コンタクトレンズを購入するために眼科に行き、お次はコンタクトショップ。だいたい三時間くらいかかったな。


 コンタクトのつけ外しにしばらく戸惑っていた翔太だが、いっつも赤色のカラコンを入れているハルの手ほどきもあってものの見事に上達した。まぁコンタクトってしばらく慣れが必要だからな……明日から毎日練習だな。


 コンタクトを選び終わったあとは、スニーカーを購入するためにXYZマートに行った。ここで白色のスニーカーを購入した。外に出たときには辺り一面が夕方に染まっていた。


「こんな時間か」おれは呟いた。ずいぶんと長い間買い物をしていたらしい。こんなに長時間買い物をしたのは生まれて初めてかも知れない。おれも翔太みたいに一色アイテムを揃えてた時期があったが、なにも一日で済ませたわけではなかった。


 肩こった。おれは腕をぐるぐる回した。ボキボキと音が鳴る。最近運動不足かも知れない。


「あ、ありがとうございました……。ボク、なんか今日一日ですっごく変われた気がします」


「お? なに終わったみたいなことを言っているんだ? まだまだ今日の予定は終わってねぇぞ」


「えぇえ!? そうなんですか!? でもお二人の予定を邪魔しちゃってるんじゃないですか……?」


「やめろ。おれの予定は今日はお前のためにあるんだ。あとおれたちは何度も言うが対等な関係だ。べつに気を遣わなくてもいいんだぞ。必要以上に自分を卑下するのはやめろ」


「そーそー。なにごとも自信ってこと! 翔太自信持っていいんだって! 翔太っていう人間は世界中に翔太一人しかいないんだからね!」


「うっ……ありがとうございます」


「さて、一応言っておくが、今日の本題は実はここから始まってくると言っても過言ではない。だがまぁ、ひとまず場所の移動が必要だ。ここじゃあ落ち着いて話せないからな」




 やって来たのはカフェ『オリエント』。つまり我が家である。


「ふわぁ、こんな隠れ家的なところにカフェあったんですね! 僕一人じゃ入れないですよ!」

「そうか! お褒めにあずかり光栄だ。なにを隠そう我が家だ。そう、島崎さん家が経営するカフェがここなのだ!」


「そーそ! ついでにあたしん――」


「ごほん、話が逸れたな。まぁこのカフェが一番話をするのにうってつけだと思ったからここに来たというわけだ」


「お話ですか? 一体なんの話をするんですか?」


「正確に言うとお話ができるようになるためのお話ってところだな。お前には今から会話の技術についてレクチャーする」


「会話………………ボク苦手なんですよねぇ。なんか面接の時も赤っ恥書きましたし」


「あっははは! アタシもかいた! もうめっちゃ緊張したし! なんなら終わったあとに扉から外出るはずなのに逆側の扉から外出ようとしちゃってさ! 面接の先生から大爆笑された!」


 なんだそのクソみたいなエピソードは。初耳だった。いや初耳でよかった。こんなエピソード聞いたところで何の得にもならない。


 おれにとっては。


「へぇ……。ハルさんも面接でやらかしたんですか?」

「知らない人と会話する時って誰でも緊張するよー! アタシだって友達作るときド緊張したし!」


「す、すごい……! このハルさんでも緊張することがあるんですね!」

「ちょっとぉ……それどういう意味かな?」


「すみません! ひぃいいい! 怒らせるつもりはなかったんです!」


 おれは思う。一応今日中に会話の技術をレクチャーするつもりだったのだが、正直こいつけっこうしゃべれるんじゃないか、と。


「しゃべれる人って羨ましいですよね。ボクなんかもはや言葉が出てこないレベルで……」


「まぁな。言葉が出てこない人はよくいる。そういう人に限ってコミュニケーションのなさをバカにされる。悔しいだろ。おれも昔そうだった……。ディベートの授業だったんだがな。教室の前で議論することになって、だけどおれ言葉が出てこなくてめっちゃ先生にバカにされた!

 くそ、天田!」


「ちょっとちょっと明日斗! 先生の名前出しちゃダメ! わかった! そうだったんだ! 初めて知ったよ!」


「すまんとりみだした。とにかくそうだな。お前は多分勘違いしてそうだから忠告しておくが、協調性とコミュニケーション能力はまったく別だぞ」


「え!? 違うんですか!?」

「あぁ。なにが違うか、わかるか?」


「うーん、協調性は生まれ持ったモノで、コミュニケーション能力って言うのは、後天的に身につけられるモノ……ですかね?」


「おう……。お前やっぱ洞察力あるな。おれが用意していた回答とは違うんだが、それもかなりいい点ついてると思う」


 おれはあえて翔太の意見を否定しなかった。まぁこいつがなかなかいいところついているという点については事実だと思う。なるほどそういう考え方もあるのか、と。


「ち、ちなみに明日斗さんが用意していた答えってなんなんですか?」


「あぁ。協調性は多人数にしか機能しないのに対して、コミュニケーション能力って言うのは多人数にも一対一の関係性にも機能すると言うことだ」


「??? どう違うんですか?」


「上っ面な関係性だけを築けるのが協調性で、きちんと相手と深い関係性になれる能力がコミュニケーション能力ってことだ」


「う~ん、翔太にわかりやすく言うと、偽物を作れるのが協調性で、本物を得られるのがコミュニケーション能力ってこと!」


「………………なるほど、なんとなくわかりました。けどコミュニケーション能力って具体的になにを指すんですか?」


「よくぞ聞いてくれた! 簡単なことだ。『相槌』と『相手の名前を呼ぶこと』そして『質問』これだけでいい」


「それだけでいいんですか!? なんか、ずいぶんと簡単じゃないですかね」


「だろう。だが基本的にはこれで成り立つ。ただ、この三つを実行するときに絶対やってはいけないことがある」


「な、なんですか?」


「自信なさげな態度を取ってしまうことだ。どんな相手でもそうだ。相手に『あ、こいつ会話できないんだな』と思われてしまっては負けなんだ」


「………………ぼ、ボクじゃないですか」


「ズバリその通りだな!」

「そんなきっぱりと!? ……はぁ、なんかショックです」


「そんなことないって! それに明日斗の言ってることはけっこー上級者向けっていうかさ。アタシだってカンペキにできるかわかんないし。みんな七割、八割くらいで生きてるんだよね」


「そ、そういうもんですかね。が、頑張ります!」


 しゃきっと胸を張った翔太。うぅむ。真面目だなこいつ。


「コミュニケーション能力を向上させるに当たって様々な方法がある。誰か特定の人物の真似をするのも一つの方法だ」


「ラノベでありました! あれですよね○崎くん! 弱キャラだった彼のお話ですよね!」


「んねぇ~~~~~! めっちゃわかる! アタシあれ全巻持ってるよ!」

「ホントですか!? 最高ですよね!」


「………………ごほん。お前らいいか。話盛り上がっているところすまないが、とにかく翔太に至ってはその方法は採らない方がいいと思う」


「なんでですか?」


「お前の個性が死ぬからだ」


「個性!? いやいやいや!? ボクに個性なんかありませんよ!?」


「大ありだアホタレ! どこに目をつけてる! 誰がどう見ても個性あるだろお前。特にそのしゃべり方だ。ふつうは同級生に向かって敬語を使うことはできない。どんな相手だろうと、まずはため口で喋ろうとするモノだ。しかしお前は違う」


「そ、そうですか……? でもボクは、こういうしゃべり方しかできなくて。なんか申し訳ないじゃないですか、ため口で喋るって」


「そうじゃない。お前は勘違いしている。そうだな――」


 おれは息を吸って、そして言った。



「――お前は対等な関係性を築くのに、ため口でないとダメだと考えているだろう? その根底が間違っている」



 おれの隣でハルがうんうんと腕を組みながらうなずいている。


 そう。そうなのだ。多くの中高生が陥りがちな罠。


「アタシの友達にもいるよ! 常に敬語で話す女の子! まややんって言うんだけどね! ふっつーにあたしたちの仲間って言うか、むしろ中心って言うか。アタシよりも目立ってる説あるよね……」


「あるな。多分おれたちのグループの中だとあいつの存在感がかなりの割合を占めてるな」


「そ、そんな人いるんですか!?」


「大事なのはさ。ここだよ。心。『自分は彼らとは対等な関係なんだ』って思う気持ち。それがあればどんな人とだって友達になれると思うよ! 恋人はまたちょっと違うと思うけどね」


「な、なるほど……参考になります」


「だからお前は、ありのままでいけ。下手にキャラをつくろおうとするな。それに残酷なことを言うと、陰キャがむりにつくろおうとしたキャラってだいたいおかしくなる!」


「っぷっははは! それめっちゃ言えてる! あ、ごめん、笑っちゃダメだった?」

「………………ん、まぁ笑っちゃいけないと言うことはないが、真実だと思う。語尾に『ござる』とか『である』とかつけちゃったりな」


「痛いですよ明日斗さん! なにもそこまでキャラ作りませんって!」


「お、おうそうか……。まぁとにかく、お前に言いたいことは一つだけだ。自分の素を見せろ」


 下手に取り繕うと逆効果だ。それに自分の作り上げたキャラクターで友達を作っても、それは本物とは言えないだろう。


「じゃあまずは練習だな。いいか『相槌』と『相手の名前を呼ぶこと』、そして『質問』だ。言い忘れてた。自信を持ってこれらを遂行するために、手っ取り早い方法が二つある」


 おれは一拍ためてから、背筋を伸ばして、じっと翔太の目を見た。


「『胸を張ること』そして『相手の目を見る』ことだ」

「……た、たしかに、全然違います」


「だろ? これさえできればお前はもう陰キャじゃない。というより、おれは陰キャ陽キャという言葉が大嫌いだ。人間それぞれ個性を持っているのに、二つに区分するなんてむりがある」


「ぼ、僕……変われますか?」


「お前次第だろう。人生って言うのは自分の手で切り開いていくモノだ。挫折や苦悩を味わったらおれにいくらでも相談してこい。てめぇの人生てめぇのもんだ。やるだけやって飽きたらやめろ。お前がすべて決めていいんだぞ」


「あ、明日斗さんみたいになれますか?」


「あぁもちろん。バレンタインデーで本命チョコ二十個もらうなんて余裕だ! お前が今までどれだけクソみたいな思いをしてきたか、おれには想像がつかない……! だがな! そんな人生ひっくり返すだけの未来が、お前には待っているんだ……ッ! 覚悟は決まったか……ッ!?」


 おれが力強く問うと、彼もまた力強い瞳で帰してきた。それからゆっくりと口を開く。おれはにやっと口の端を吊り上げて、彼の言葉を受けた。


「やってやります。僕は僕の力で切り開いてみせます。絶望も後悔もしたくありません……!」


 だからどうか、と付け加えた。おれは真剣な表情を浮かべて言い切った翔太の言葉を一生忘れないだろうと思った。


「――僕に学生生活のやり方を教えて下さい!」



 

 それから熱血指導が始まった。まぁ血は滲んではないけどな。


「僕はコーヒー好きなんですけど、ハルさんはコーヒーと紅茶どっちが好きなんですか?」

「う~~~ん、アタシはどっちかって言うと紅茶派かな! ダージリンとか好きだよ! ココアとかも!」


「あはは、それ紅茶じゃないですよ!」

「いい感じじゃん! なんか話してて楽しいよ!」


「え、そうですかね」

「うん! 節々から溢れんばかりのアタシのこと知りたいオーラが出てて、なんかすっごく話やすくなった!」


「……ん、ありがとう。自信湧いてきました」

「そーそー。好青年! マジで! なにこのイケメンやバッ!」


 ハルはめちゃくちゃ楽しそうな笑顔を浮かべる。


 ――ちくっ、と、おれの胸を刺すような痛みが襲った。本当は嬉しいはずなのに、どうしてか心に刺さるモノがあった。


 おれは遠巻きに二人の姿を見ている。夕方の六時頃。日は沈み、すでに辺りには星々浮かび始めている。


 むなしさが胸を満たす。なぜだ? おれは彼らの会話を眺めれば眺めるほど、むなしさに襲われる。彼を応援したいはずなのに、ずる賢い裏のおれは、もう喋らないでくれと感じている。


 おれはなんて醜い生き物なのだろうか。人間なんてそんなモノだと片付ければ単純だろうが、おれの場合はそうはいかなかった。罪悪感というか、申し訳なさというか。


 ハルと翔太が楽しそうに会話を繰り広げる。達成感の裏にはどこか影があった。それはおれのさもしさから来るモノだと思う。


「アタシさ、不純愛系のラノベあんまり得意じゃなくってさ。ごめんね、ラノベ作家にこんなこと言うのもあれなんだけど。けどなんかこう、胸が苦しくなるって言うか」


「あぁ……なんとなくわかります。苦手な方もいますよね」


 そうだ。おれはこのときようやく理解した。オタクである彼女は、同じ系統の話ができる翔太と話しているから楽しそうなのだ。


 おれは今の今まで、犠牲にしてきたモノがあった。ラノベ、マンガ、アニメ、DVD……。本当は押し入れにしまっとけばよかっただけなのに、わざわざ処分したそれら。


 ハルは本当に楽しそうに喋っていた。だがあの会話は本当は翔太の練習のためにあるものだ。だがしかし。ハルはそんなことは忘れているかのように会話に没入している。翔太もそうだ。


 おれが封印してきたモノ……だがハルはそれを語ることを心の底から楽しんでいる。翔太と話すことで、今までため込んでいたモノが一斉に湧き出てきたようにも見えた。いや見えただけだ。実際にどうなのかは知らない。


 かつておれはオタクで、陰キャだった。根暗でもあった。だからそれを捨てた。捨てれば掴めるモノがあると思ったし、実際にそれらを得た。


 だから間違ってない。


 おれがしてきた選択は間違いではなかった。


 おれはオタクであることを捨てた。ケドおれは彼らの会話を聞いていて、すごい、楽しそうだなと思っている。戻りたい……そうも思いかけている。自分に嘘はつきたくない……ケド周りに嘘をつき通さないとやっていけない。


 それは多分、ハルもわかっている。だから彼女はオタクであることを周りに隠している。唯一彼女がオタクだと知っているのは、おれと、翔太の二人だけ。


 ハルには話せる相手がいる。だがおれには?


 おれにはかつて好きなライトノベルがあった。『とある呪術の禁忌法典』という作品だ。シリーズ全体で五百万部を超えているそれは、しかしオタク以外の人間にはあまり受け入れられていなかった。


 他にも好きな作品はたくさんある。ジャンルだって色々だ。ラブコメ、異世界ファンタジー、現代ファンタジー、異能バトル等々……。ラノベだけで千冊は読んでいる。


 多分他の奴よりも、おれはラノベというものが好きだったのだ。ケド自分が欲しい物のために捨てるしかなかった。正しい選択だったのだ……


 おれはふっと顔を上げた。彼らの会話がラノベからシフトしていたからだ。翔太はおれに言われたとおり相槌を打って、背筋もしゃんと伸びている。視線もハルの方を向いている。ちょっと顔が赤いような気がするが、それは思春期男子だからしょうがない。


「ハルさんハルさん、モデルってたいへんなんですか?」


「そりゃもうねー。カメラマンがちょっと変態じみててねー…………。しかも露出度高めな服とか着させられて……。アタシは着せ替え人形か!」


「あはは! それはたいへんですね」


 さっきとは見違えるようだった。恐ろしいほどの成長っぷりだった。これならうまくやっていけるだろうな。


 おれはゆっくりと腰を上げて二人の元へ近付いていった。


「あっ、明日斗さん。へへっ、僕大分変わってませんか? なんか自分でも変わった気がします」

「あぁ、おれもビックリしている」


「だよね~~~~、なんか初めの頃のキョドキョドした感じから、だいぶ喋りやすい人になってるし! これなら学校でいじめられることもないと思う! 何度も言うけど大事なのは心だぜ!」


「うん。でもハルさんの指導のおかげもあると思います」


「うっへへ~~~そうかそうか! たしかに手取り足取り教えてやったモンなぁ! いやぁ照れるなぁ! あはは!」


 超絶嬉しそうなハルだった。これはおそらく本心から笑ってると思う。


「明日斗さん! 僕明日から学校行けます!」

「そうか? まぁ今のお前なら、無双できるぞ!」

「無双ですか……? どういう意味で?」


「友達作り放題ってことだ。お前なら絶対にうまくいく。なんたっておれとハルが指導したんだからな」


「もうばっちりだって! あたしたちの友達にも紹介してあげなくちゃね!」


「あすとくらぶ……でしたっけ? へへ、なんだか僕そこにはいるの楽しみになってきました!」


「そうか。じゃあ、明日な。また学校で会おう」


「はいっ! また明日!」


 そう言って翔太は帰っていった。あいつならきっとうまくやれるだろう。おれは万感の思いを込めて、はぁッと息を吐き出した。


 それから椅子に腰掛ける。ま、マジでつかれた……


「お疲れさんってとこだね!」

「まぁな……。ったく、ミッション重いぜ」


 おれはまたもやため息をついた。空には明るい星々が煌めき、高く月が浮かんでいた。おれはその月に向かって軽く微笑みかけた。


 ったく、これだから青春ってのはやめられない。

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