友達 2

「ほう逃げずに来たか。偉いな」

「なんですかもう。そんな言い方しなくたっていいじゃないですか。で、どこに行くんですか? 本屋に付き合ってくれとか言ったら帰りますからね!」


「お、おう……。お前ってよく喋るタイプなんだな」

「おまたー。まったー? へへっ、おはよ翔太くん!」

「おはっ、おはようございます」


 翔太は答えた。私服姿のハルにドギマギしてしまったらしいいな。まぁむりもない。


「さぁ行くぞ」

「行くってどこにですか!?」

「決まってんじゃーん! 美容室!」


「び、びようしつぅ!? むり! むりむりむりでしゅよ! ボクなんかに美容室なんてむりです! どうせ美容師さんから嗤われるんです!」

「お前の気持ちもよくわかる。だがな、どんな奴でも最初は通るんだ」


 ちなみにおれの髪の毛も美容室で切ってもらった。ショートヘアーにワックスをつけていつも出かけている。もちろん学校もな。


「お前はすでに充分な毛量を備えているからな。どんな髪型にでも変えられる」

「ど、どんな髪型に、でもですか」


「そーそー。男の子って髪の毛もともと短い人多いじゃん? だから髪の毛最初に美容室で切ろーってなったときに、できない髪型とか出てきちゃうんだよね。だから元から長い人の方が色んな髪型にできるってわけ!」


「ほ~、なるほど。考えたこともありませんでした。け、けど、ボクなんかが髪型変えて、嗤われませんか?」


「嗤わねぇよ」「嗤うわけないじゃん!」


「そ、そうですかね」

「あぁ。むしろお前、今の髪型の方が笑える笑」


「腹立ちますよこの人!」

「そういやお前、いいニオイするな」


「あ、はい。三日ぶりにお風呂入りました」

「お前……。なかなかの猛者だな。クリエイターなら仕方ないのかもしれんが、毎日は入れよ。クサいから」


「あすとさん……お願いだからハルさんの前で……く、くさいとかいわないでください……」


 あぁなるほど。こいつはハルに気があるらしい。分かりやすい奴だ……




 美容室にやって来た。


「いらっしゃいませー! ご予約されてますか?」

「いや、してないです……」


「いやしてる。月島翔太、こいつだ」

「なに勝手に予約してんですか!?」


「いいだろう。美容室って言うのは基本的にはネット予約するもんだ」

「そ、そうなんですか……よかったです」


 そこだよな。お前は多分電話とか苦手なタイプだろう。そういう基本的なところを教えてやれば、あとはやみつきになったように美容室に通い始める。ソースはおれ。


 というわけでてるてる坊主にされた翔太が鏡に映っている。彼はものすごく不安そうな目でおれの方を見ている。


「なんかてるてる坊主みたいだね! ほらピース! 翔太くんもピースして!」

「手出せないんですってば……」

「あそっか。じゃあ心でピースしよう! ヘイピース!」


 ハルはやたら元気だった。お前……美容師さんドン引きしてんじゃねぇか。


 ちなみにおれはこの美容師さんとは知り合いだった。名前を田村かなという。ショートカットで丸渕眼鏡、耳には赤色のピアスが輝く。身長は百五十四センチ。好きなことはディズニーと旅行、カフェ巡りだそうだ。


「ふふん、なかなかいい素材連れてきたじゃない?」


 御年二十四歳。そろそろいい人見つけて本格的に結婚を前提に付き合いたいと思っているかなちゃんは言った。


「でしょ~~~! もうね! 彼が変わってく姿を見るのがちょー楽しみなんだ~~~! いい感じにお願いね!」


 お前初対面なんだから敬語使えよ。まぁいい。こんなことにいちいち突っ込んでると本題に入れない。


 ところで、だ。今の男子の髪型のトレンドをご存じだろうか? 


 そうだな、あげるとすれば、マッシュヘアーとセンターパートが二強である。あとはショートとかな。おれはナチュラルに行きたいからショートヘアーにしている。かつてスポーツ刈りだったおれにとってこの髪型は近しいものを感じるのだ。


「何か要望とかあったら聞くよ。どんな感じがいいの?」

「そうだな、とりあえず眼鏡外していい?」


「い、いいですけど……ボクなにも見えないですよ」

「いいのいいの! アタシがチェックするから! 翔太眼鏡ない方が似合うよ!」


「ほ、ほんとですか……!? ボク生まれてこの方眼鏡男子なので……」


 生まれてこの方って言うことはないと思う。お前まさか生まれてからずっと眼鏡掛けてたのか? どんな遺伝子だ。


 昔から眼鏡掛けてる奴って、なかなかコンタクトデビューしづらいところはあるのかもな。


「よし、コンタクトショップにもあとで寄るか」

「その前に眼科行かないとね~~! やることマシマシだね! お代はアタシ達が持つから心配しなくていいよ!」


「え!? そんないいですよ! ボクお金持ってますし……」


 そうだった……。こいつすげぇ金持ちだったんだ。百万部野郎……。


「そっかぁ。たしかにね、でもアタシもお金持ってっから、心配しなくていーよ!」


 そうだった! この娘もめっちゃ金持ってんだった……! 読者モデルめ……。


 おれは疎外感を覚えたので脇にずれることにした。なんかあの三人――田村さん、翔太、ハルだけで何とかなりそうだったからな。


「マッシュにしよう! マッシュ! 女子ウケいいから! センターわけはセットすんのたいへんだし、翔太仕事もあるからたいへんっしょ? だからマッシュにしよう!」


 めっちゃマッシュ押すじゃねぇか……。まぁでも、こういう髪型のアドバイスって案外同性からよりも異性からの方が的確だったりするからな。おれは最初オールバックにしようとした過去がある。美容師の田村さんから女子ウケ悪いと聞いてショック受けた……。


 おれはオールバックしてみたかったんだが、田村さんはプロなのでアドバイス通りにショートにしてもらった。


「じゃ、じゃあよろしくお願いします」


 こうしてカットが始まった。おれはそうだな、待合スペースで待ってるか。完成したら見てやろう。




「めっちゃ変な感じになってないですか…………?」


 切り終わったあとに翔太が呟いた。眼鏡を掛けていないから見えないらしい。


「い~~~~~~~~~~~~~~じゃんっ!! ちょー絶イケメン! これヤバいよ! 明日から女子が殺到するレベル! 昏倒するレベルかも!」

「眼鏡掛けてみる? ふふん、私のお手並みなあこんなもんよ!」


 おれから見ても似合っていた。最新のはやりである雰囲気イケメンがそこにいた。


「うおおおおおおおおおおっ! どうですかね、明日斗さん? 男性から見ての意見も聞きたいです!」


 髪型が変わってテンションが上がっているらしい翔太が高揚を隠せずに聞いてくる。


 おれはうなずいた。


「あぁいいぞ。これでピアスつけたらカンペキだな」

「へ、へへ、そうですかね! じゃあピアスも必要ですか……? でもピアスって、僕に似合うでしょうか?」


「へーきへーき! とりま最初に穴開けるの怖かったら、イヤリングでもいいし! コーディネートは自由自在って感じ!」


「そっかイヤリングか……。ありがとうございます。やっぱり国枝さんの意見は参考になります! さすがモデルさんですね!」


「えっっへへ! そーだろそーだろ! もっと褒めていいんだからねー。よしよし。あぁあと翔太! アタシのことはハルでいいからね!」


「えぇえええええ! そんな! むりですよ! ボクなんか、じょ、女子の名前を下の名前で呼ぶなんて……!」


「ハルちゃんでもいいぜ!」


「むり! ハル…………さん、ハルさんならいけると思います!」

「ようしじゃあそれで行こう! よろしくね翔太!」


「はいっ!」

「よしっ、じゃあ次に行こうか。とりあえず髪型を変えたら、次に行くところは決まってるよな!」


 おれは胸を張って言い切った。なにせ自分が通った道なのだ。美容室に行ったあとは、当然行くところは決まっている。


「ど、どこですか……?」


「決まっている」おれは自分の額よりもちょっと下を人差し指で示して、


「眉毛サロンに行くぞ!」




 というわけでやって来たのは横浜駅から徒歩十分の位置にある眉毛サロンだった。店名は『まゆまゆ』である。


「なんか街中めっちゃカップル歩いてましたね……。うちの高校の人もいました」


「カラオケとか漫画喫茶とかだろう。行く場所なんて、リア充も陰キャも実はそんなに変わらなかったりする」


 髪型が変わったことで気持ちがうずうずしているらしい翔太は、しきりに前髪をいじっている。セットの仕方を一応教えてもらったが、忘れてしまいそうで怖いらしい。


 まぁワックスの付け方なんぞあとでおれがいくらでも教えてやる。おれじゃなくても、家でユーチューブ見てやり方学べば何とかなるだろう。


「ヘアオイル……………………ワックス…………………………ヘアスプレー」

「忘れそうならスマホでメモっとけ。まぁ最悪、おれがあとで教えてやる」


「そ、そうですか……。なんか申し訳ないです」

「気にするな。おれも通った道だ」


 エレベーターを降りる。扉を開けて店内へ。


「いらっしゃーせー。ご機嫌いかがーっすかー? おぅ、何時で予約なんだ?」

「今日は彼をやってもらっていいですか?」


「ふーん、たしかにボサボサ。いやゲジゲジ……? すごいねー。とりあえずそっちのブース入ってもらえる?」


 案内されたのは十畳ほどの大きさのスペースだった。毛布もなにもないベッドが一つ置いてある。そこで施術するのだ。


 おれとハルは脇に移動し、翔太は店員さんから眉毛の形について説明を受ける。まぁ説明しておくと眉毛の形は大きく分けて三タイプある。


 一、ストレート。これは言わずもがなまっすぐな男らしい眉毛である。ふぉいくんみたいな感じである。


 二、への字型。眉毛の外側が下に下がるタイプの眉毛である。頭が良さそうに見えるのでサラリーマンにお勧めだ。


 三、アーチ。文字通りアーチ型に整える。優しげな印象を与えるため、パパはこの眉毛がおすすめだそうだ。まぁべつに若い子がやっても問題ない!


 こういった形に加えて、眉毛の太さも顔の印象を変える決め手となる。なかなか眉毛業界も奥が深いと言ったところか。


 ちなみに形で一番人気なのはストレートである。斜めにまっすぐ線が引かれ、顔立ちもシュッとした印象に変わる。


 ひとまず王道を狙うのがいいだろうと判断し、おれはストレートで、眉毛の太さは店員にお任せする形にしたらどうだと翔太に提案した。


 翔太もよくわかってないらしく、まぁとりあえずはプロに任せる(おれもプロに含まれるらしい)ということで、了承してくれた。


 施術が始まる。おれたちは出て行けと言われたので部屋から出た。完成形が楽しみだ。だいぶ変わるからなまじで……。


「明日斗もここよく来る感じなん?」

「一ヶ月に一回くらいか……。だいたい働いた分の金はそこで消えるな」


 家がカフェなためもちろん店の手伝いをする。そこで働いた分のお金は、ほとんどが自分の身だしなみを整えるために使われる。


 もったいない、などと思ったことはない。自分の見た目が変われば、周りの態度も変わってくる。結果的に広く深い友好関係を築けるのだ。


 そう考えると安いもんだ。


 おれは腕組みしながら言った。


「下手に自分一人の力で変わろうとするよりも、お金を払ってプロに頼んだ方が遥かに人生豊かになる。ソースはおれ」


「そーす? 明日斗ってソースなの? おいすたー?」

「………………」


 話がこじれた。なんだこいつ! さすがはハルと言ったところか……。


 約四十分くらいか。待ったあとにブースのカーテンが開かれた。


「おわったよー。見てやって」


 おれたちはブースへと入っていった。正直このタイミングが一番楽しみだったりする。


「おわあああああああああああああっ! すごい! めっちゃ変わった! ヤバい誰このイケメン!! かっこいい! すごい!」

「……………………うん」


 言われた翔太はめっちゃ照れていた。そんなに嬉しかったのか。だが褒められて嬉しい気持ちもわかるし、ハルが褒めるのもわかる。


 めっちゃイケメンになってる……。


 人間髪型と眉毛でここまで変われるのだという証拠が、翔太という形になって現れている。こいつふつうに街歩いてたら逆ナンされるレベルだぞ……。羨ましい。おれより遥かに素材がいいからな。おれみたいに後天的にどうにかなってる奴じゃなくて、こいつは元がよすぎるのだ。


 まぁうだうだ言っていてもしょうがない。べ、べつに嫉妬じゃねーぞ。


 だがこいつの楽しい青春時代の幕開けが、音を立てて徐々に近付いてきている、そんな予感がしてきた。


「あぁ。めっちゃ変わったぞ! お前学校に行ったら三日後くらいにはすぐに告られそうなレベルになってるぞ!」

「そ、そんなですか!? ボクが!?」


 信じられないような目でおれのことを見返してくる。そうだな、たしかに外面は変わっても、そこにまだ内面が追いついてない状態か。よくあることだ。


 だが人間というのは自分のボディーイメージで自己肯定感が変わる。なにが言いたいかというと、身だしなみやスタイルをよくするだけで、自然と自信がつくと言うことだ。


 なんだかこいつを一人のイケメンに作り上げていくのが、おれも楽しくなってきた。


「よしっ、次行くぞ!」

「次って……!? どこにいくんですか!? まさか学校!? いやだ! 鬼!」


「落ち着け! まだ学校には行かないし今日は日曜日だ! いいか、人間が変わるのには手順がいる。一に髪型、二に眉毛、そして三は……なんだと思う?」


「性格の改善だと思います」


「そんなキリッとした顔で言われてもな……。たしかにお前に関して言えば、それも正しい」


「……………………明日斗クンそれどういう意味ですか?」


「お前若干メンヘラ入ってんだろ。まぁいい。とにかく性格の改善はあとだ。コミュニケーションの改善もあと。だとしたらあと考えられるのはなんだと思う?」


 しばしの間翔太が考える。親指をアゴに当てて思案のポーズである。こいつもしかしたら執筆中もこんな顔をしているのかも知れない。


「――わかりました!」

「ほうなんだ、言って見ろ」

「ふく……ですか?」


 おれは指パッチンして応えた。その音は店中に響き渡って店員さんが怪訝そうな顔でこっちを見てきたが気にしなかった。


「その通りだ。さぁ行くぞ!」

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