友達 1
おれの中で月島翔太のことと同じように、ハルのことも気がかりになってきていた。
あの傷は一体なんだ?
いや傷か? おれの見間違いだったのかも知れない。だがもし見間違いでなければ、あんなところに傷を負うなど外的要因がなければあり得ない。
くそ。考えても仕方のないことなのに。
きっとこれはおれのエゴなのだろう。おれの知らないハルがいることが、もどかしく感じられる。知りたい。でもきっと、そこは彼女にとっても触れて欲しくない部分なのかもしれない。もしもあの傷が本物ならな。
「……考えてもしょうがねぇ」
おれは頭を掻いた。
――土曜日。おれとハルは月島さん宅にやって来たのだが――
「ごめんねぇ。翔太のお友達? あの子今日マンガ喫茶に行くって言って出てったのよ」
「そうなんですか……」
これは予想外というか、ひきこもりって言っていたからてっきり家から一歩も出ないのだとばかり思っていた。
思った以上に彼はアクティブな性格をしていたらしい。まぁ漫画喫茶くらい誰でも行くか、と思う人もいるかも知れないが、本当のひきこもりはそんなもんじゃない。部屋から出ないんだぞ。
「わっかりました! ちなみにどこの漫画喫茶かわかります?」
「『爽快クラブ』、だったかしら。駅前にあったはずよ」
「だってさ明日斗。行ってみよっか」
「だな。といっても探すのに苦労しそうだが……」
漫画喫茶なんてどのブースに誰がいるなんて把握できない。だとしたらとれる方法はひとつしかないだろうな。
夕方五時。
「なぁんかこれめっちゃ刑事さんみたいだねっ! ヤバい興奮してきたッ!」
「んなことでいちいち興奮されても困る。よく見張っておけ」
おれたちは電信柱の陰から標的の人物が出てくるのを見張っていた。漫画喫茶『爽快クラブ』。漫画喫茶でありながら女性客の利用が多いというこのお店から出てくるのを待つ。
「来ないねぇ。もしかしたらこの漫画喫茶じゃ無いのかもよ?」
「いや。この市一体に『爽快クラブ』はそんなにないはずだ。あとは二駅先になる。わざわざ電車に乗ってべつの爽快クラブに行くとは考えられん」
「うわめっちゃひく……。あんたなんでそんなに詳しいの……? どんびいた」
「! きたぞ。あれだな」
本当に写真の通りだった。ふっさふさの髪の毛に、黒縁の眼鏡。顔はなかなかに整っているのにもったいないと思わせるそいつは、間違いなく月島翔太その人であった。
「行くぞ。早くしないと逃げられる」
おれたちは二人で月島翔太の元に向かった。怪しい勧誘と思われないように、おれたちは高校生らしい私服姿である。不信感をあまり与えないように優しく声を掛ける。
「やぁ、つきしましょうたくんかな?」
「な、なんですかあなたたちは――!? 宗教!? お断りですよ!」
ものすごい反応だった。宗教勧誘されたことあるんだな……。たしかに駅の前とかでたまにやってる。まぁ宗教に入るか否かは個人の自由だが、くれぐれも騙されて入ったとかにはならないようにな。
「いやぁ違う違う。アタシ達鈴蘭高校の生徒なんだよねぇ。んでっ、アタシ達君と同じクラスの国枝ハルと、そっちのが島崎明日斗って言うの! よろしくね!」
「なんなんですか! 警察呼びますよ! 死ねっ! くたばれ! 同じクラスですって!? ふんだ! どうせ僕のことバカにしに来たんでしょう! うわぁもうやだぁ!」
すごい問題児だった。なかなかに見ないタイプである。いやフィクションとかではよく見るけど、現実世界ではあまり見ないタイプだ。
「落ち着いて! ね。とりあえずゆっくり話せる場所にでも移動しよっか!」
言われた翔太は顔を真っ赤にして、首を振った。軽く横にだ。まぁそうなるよな。お前の反応は健全だぜ翔太!
「なぁに、こういうのは勢いが大事だぜ! さぁカラオケにでも行こうか!」
「えぇ――!? むりですよ! ぼ、ぼくあにそんしか歌えない……!」
「いーじゃんアニソン! 歌っちゃおう! アタシも知ってる曲たくさんあるからね~~~! ほらレッツゴー!」
「ふぇえええええええ! なんなんだよもう!」
おれとハルは協力して翔太の脇をがっちり固めた。うーん、ちょっとお前体臭がするぞ……なんてことは言わないでおいた。ハルも気づいてるだろうが、満面の笑みだった。
まぁオタク三人で仲良くやろう。
おれが立てた作戦は極めた手順だった。強引に。これだけだ。あとは無理矢理にでも一緒に遊んで、ひとまず打ち解けたところで本題を切り出す。
作戦……とは言いがたいかも知れない。もし翔太が部屋にこもりっきりで出てきそうになかったら扉をぶち壊してでも入るつもりだった。時には強行突破が一番効を奏する場合もあるのだ。
「は、離して下さい! 僕は犯罪者じゃないです! うわぁ、こっちみないで……!」
騒がしい奴だった。お前本当はものすごい喋るタイプだろ……。
とかいう経緯があって、おれたちは翔太をカラオケに連れ込むことに成功した。
「………………か、からおけだ……………………はじめてきた」
嘘だろ。おれは度肝を抜かれた。まさかカラオケが初めてだったとはな。処女カラオケと言ったところか。何だ処女カラオケって。
「アタシ一曲目言っちゃうねー!」
はるがお構いなしに一曲目を入れる。これも作戦のうちだ。カラオケで歌いたくない人がいた場合の対処法の王道である。つまりむりに歌わせなければいいのだ。そして盛り上がってきたうちに、その人も歌いたくなってくる。だからまず初めに、おれたちが歌う。
聞いているうちにだんだん歌いたくなってくるはずだ。
「わーたーしーにかーえーりーなーさいーーーー――――――――」
ハルが歌う。なかなかな選曲だ。翔太の目が輝いている。もちろん知っている曲だったらしい。そりゃそうだよな。アニメが好きな奴ならだいたいは知っている曲だ。
おれも歌う。できるだけ有名な曲にした。
「かーきーなーらーせー――――――――――ッ!」
翔太の肩がビクンと跳ねる。これは効果があったらしい。だが翔太自身おれたちの術中に嵌まっているという様子はない。なぜなら翔太から見たおれ達は、有名なアニソンを歌っているだけの二人にしか映らないからだ。
ちなみにおれはとことん有名なところを突いていった。最近のはやりから、昔の曲まで。
よし。おれは極めつけにこの曲を歌うことにした。なんだかおれもテンションが乗ってきたのだ。許してくれ。
おれは熱唱する。これは絶大な効果があった。翔太は無意識のうちに足を上下させてリズムを取り始めた。
そう。翔太の同レーベルの人気作『とてもじゃないがおれの青春ラブコメは正しいとは言えない』の主題歌だ。本物はさなぎなぎさんの極めて透き通った声なのだが、ここはカラオケなのでどうかおれの声で許して欲しい。
さがしてもみつからない、あの青い水平線の向こうには
ひだまりはかすかに滲んで 寂しい秋はまた巡る
本物はきっと底にある てにいれよう
懐かしい輝きはまた昨日に逆戻り……
「おぉ……………………」
「明日斗くんスゴイね! 九十五点だよ! めっちゃうまいじゃん! って言うか明日斗くんこの曲知ってたんだね! めっちゃ意外!」
まぁな。
一応おれはハルにオタクだとバレてはいない。ハルはおれがこの曲を知っていることについて、翔太のために勉強したのだと思い込んでいる。おれにとってはその方が都合がよかった。
「すごいです……。とてもきれいでした……」
「おう! おれの歌声は世界一だろ!」
「いえ! 本家の方が遥かに上です! けど、心に響きました!」
「そうだろ」
当たったな。うまくハまってくれた。同レーベルの人気作の主題歌なんだから、そりゃあ聞きまくっているに決まっているだろう。しかも翔太の作品はまだアニメ化されていないと聞く。だからこそ、アニメ主題歌に対する憧れは強いと思ったのだ。
「お前も歌ってみたらどうだ。おれと点数勝負だ」
「いいんですか! いやでも……ボクあんまり歌うまくないですよ……」
「それはそれだ」
「そーそー、アタシなんてめっちゃ下手だし! 歌ってみてよ!」
「そ、それじゃあ……」
イントロが流れる。そこから歌詞が浮かび上がり、それをなぞるように翔太が熱唱し始める。って! お前めっちゃうめーじゃねぇか!
終わったときには九十七点だった。こいつ……まじかよ…………
「お前めっちゃうまいじゃねぇか! どこで練習したんだよ!」
「い、いえで……」
「家で練習したの!? マジ!? そんな設備整ってんの!?」
翔太は恥ずかしそうに首筋を掻いた。
「い、いえ…………布団に向かって歌ってました。周りに音が漏れないように……」
うわぁ。おれもやったことある。あれだよな。歌いたいけど声漏れるの恥ずかしいからよくやるんだよな。めっちゃわかる。
「なかなか大したもんじゃねぇか。アストクラブの誰よりもうまいぞ!」
「あ、あすとくらぶってなんですか? 宗教?」
「だから宗教から離れろ。おれたちのグループだよ」
「ぐ、グループ! や、やっぱり島崎くんはヤバい人だったんだ……。カースト上位の人たちってたいてい人の悪口言ってますよね」
偏見だ。どこで培ったんだその偏見……。むしろ本当に一軍にいる奴ほど悪口言わない。言っているのは二軍の人間だけだ。人間としては三流だけどな!
「お前は勘違いしている。おれたちのグループに悪口を言う奴なんざ一人もいない」
「そ、そんなわけありません! ボク知ってますよ! リア充の会話は九十九パーセントが人の悪口でできてるって! じ、実際ボクもそんな目に遭いましたし……」
なるほどな。こいつは人からけなされたことだけをよく覚えているタイプなのだろう。成功体験の少なさが原因……って言い方をしたら失礼だろうか。
実際はそんなことはない。
「お前、ライトノベル書いているんだってな。めちゃくちゃ面白かったぞあれ!」
「なんで知ってるんですか!? やっぱり秘密の情報網が回っているんですか? うわ……リア充最低だ」
秘密の情報網という点は否定できない。実際にそうだからな。先生……。
「いやまぁ、おれがお前のことを知ったのはたまたまだ。ケドお前すげーな。自分で働いてお金稼いで、おれにはまだまだできそうもねーよ」
嘘だ。まぁ嘘も方便と言ったところだな。うちはカフェだしおれは店の手伝いをしてるが、今は黙っておこう。
「そんな、すごくないですよ……。ボクなんてまだまだですし……」
「そんなことないって! アタシも読んだよ!」
「えぇ!? あ、あなたが、ですか!?」
あなたって……。相当に女子呼び慣れてないな……。
「し、失礼ですがお名前を、き、きいてもいいかな」
「いいよー。アタシは国枝ハルって言うの! よろしくね! あれ、さっき名乗らなかったっけ?」
「すいません忘れちゃって。く、くにえださん……その、読んでくれてありがとうございます」
「そんな謙遜しないで下さいよセンセ!」
ガバッとハルが翔太の肩を掴んだ。翔太がビクッと三十センチほど宙を浮いた。可愛い女子からドギマギさせられるというのは、これ以上ない喜びだったりする。
ちなみにこれも作戦である。一番の有効打だったかも知れない。
「あ、ありがと………………」
ゆでだこみたいになりながら翔太は言った。恥ずかしいよな。羨ましい。そこ代わっていただきたいくらいだぜ。
おれはなんとなくハルの横顔を見ながら思う。アァいつも通りのハルだなと。この間のことはほとんど気にしていないのか……?
「センセーはさ、学校好き?」
ハルが本題を切り出した。これも予定通りだ。ハルが質問すれば答えてくれるだろうと踏んでのことだ。
「嫌いですね……。学校に僕の居場所なんてないんです」
「なぁんでそう思うんだよぉ。ほれほれ。そんなことないって!」
「ち、近いですよ!? ボク、いじめられてて……」
「ほう、いじめか」
「ほうって! なんでそんな簡単に言えるんですか!」
その問いかけに答えるのは簡単だった。おれは胸を張って言った。
「おれが昔いじめられていたからだ!」
「――そうなの!? 初耳なんだけど!」
「あぁ。そういえばお前に入ってなかったか。すまん。まさかハルが食いついてくるとは思わなかった」
「そ、そうなんですか!? 明日斗さんがいじめに……!? いやでも絶対ないですって! いじめられてたと勘違いしてただけですよ絶対!」
おれはなんとなく翔太のほっぺたをつねった。
「いふぁい! ふぁにするんふぇすか!」
「むかついたからだ。いいか。勘違いするな。これはべつにでっち上げでも何でもない」
「ほ、ホントなんですか……?」
「あぁ。あれは本当にキツかった……。中学三年までいじめられてた」
「そうなん!? マジ!? うわぁ……それは本気でキツいね……」
「だろう。おれはこう見えて、小中と太っていた。あだ名はぶー太郎。ふざけた名前だろう。最初は茶化されていただけだったんだ。しかし『いじり』と『いじめ』っていうのは表裏一体だろう?」
あの頃を思い出すと屁が出るぜ。マジで吐きそうになる。
だが翔太のためだ。ここは自分をさらけ出そう。
相手を理解するには、まず自分のことを語らないとな。
「あぁたしかにそうですね。いじってるうちにだんだんエスカレートしてくるってことよくあります」
「うむ。おれの場合は特にそうだった。のちに小石を当たり前のように投げつけられたり、ランドセルをビオトープってわかるか? あそこの沼地に入れられたり。リコーダーは分解されてゴミ箱に捨てられたりな……。しかも教師は取り合ってくれるどころか、加害者側に回った。まったく今思い出しただけでも腹が立つ」
「そんなにひどい目に遭ってたんだね……。マジで初耳だったよ……」
「あぁ。これだけじゃない。聞いてくれ。おれはある冬の午後、コーヒー味のかき氷と称して泥だらけの氷を食わされた。あれは本当に精神的にキツかったな。しかもその日着ていった服が白のパーカーだったんだ。泥だらけになって親父に泣きついた」
「そ、そんなことが……。あのおとうさん、だよね」
ハルがけっこう本気なトーンで聞いてくる。そうか、このことを考慮するべきだった。ハルにとっても重苦しい話になってしまったな。
「……その、辛くなかったんですか?」
「さぁ。いじめって言うのは、案外本人のメンタルによる部分もあったりするだろ?」
「……………………あぁ、うん。ありますね! 自分ってどうしてこんなダメな奴なんだろうとか、悩めば悩むほど心の隙ができて、さらにいじめが加速するんですよね……」
おれは一応、こいつがなにをされたか大まかに聞いている。要するにオタサーの姫にこっぴどく容姿を罵倒されたということだ。それは本気でキツいだろう。
多分おれよりもキツいと思う。
おれが喋り終わったあと、翔太は暗い顔をした。同情してくれているらしい。だがおれの話だけでは説得は不可能だったようだ。
「…………多分、明日斗さんの過去を語ることでボクを登校させようとしているんでしょうけど、それでもボク、学校には行きたくないです」
「学校、案外楽しいもんだぞ」
「努力型陽キャって奴ですよね、明日斗さんって。現実的な表現だと、高校デビューって奴」
「そうだな」
「すごいと思います。人って変われるんだなと思いました。けど、ボクと明日斗さんは違います。第一ボクには仕事があるんです。義務教育と違って高校って言うのは行く行かないは自由じゃないですか? なにも自分が苦しい思いをして行く必要なんてないと思いませんか?」
……ん。予想通りだ。まぁ相手が現役のラノベ作家ともなれば当然話はこう流れるよな。
「そっかぁ。へへ、作家先生ってすごいんだねっ! 尊敬しちゃう!」
「そ、そうですかね。ありがとうございます」
「アタシ翔太くんと学校行きたいんだけどなぁ~~~」
……できればそっちの方向で学校に行きたくさせるのはやめたいところだ。
ハルのお願いで、翔太が学校に行く。
できたとしても、根本的な解決はなされないままだ。
これじゃ、ミッション達成とは言えない。
「ぼ、ボクと国枝さんでは住む世界が違います。ボクなんか、国枝さんとかかわっちゃいけない人間なんです」
「むっ! それはアタシが決めることだよ! そうやって自分卑下するの禁止! 翔太と友達になろうとしてるアタシがバカみたいじゃん! ね! 翔太! 友達! いえい!」
「い、いえい……」
押しが強いなこの子……。まぁそこが彼女のいいところでもあるんだが。
「アタシも副業やってんだ。モデル。へへ! すごくね?」
「す、すごいです。モデルってあのモデルさんですか?」
「そう読モ! すげーだろ。ほめてほめて」
「はいっ! もう天才ですっ! 十年に一度……いや百年に一度ですっ! 素晴らしい……! 後光が差してますっ!」
「んな褒めすぎだって~~~っ! へへ、でも悪い気はせぬなぁ!」
調子に乗るな。さすがに話題が逸れすぎている。
おれは真剣な目で、翔太の顔を見た。
「………………説得しに来てくれてるんだろうな、ってことはわかります。ちょっと怖い担任の先生もうちに来ましたし」
「藤波先生か? あの人以外と優しいぞ。見かけによらずな」
少し腹黒いところもあるが、まぁ大まかに言えばいい先生だ。
「副業してても、学校生活は楽しいよ!」
「そう、ですかね……。でもそれはきっと国枝さんだからだと思うんです」
「ん? どういう意味?」
「――――国枝さんって、国枝さんとしてのキャラが確立してるじゃないですか」
ぴきりと。ハルの表情が凍り付いた。
「そ、かな」
「そうですよ。すごくいいなって思います。男女問わず好かれる性格で、ボクなんかでも話しやすいですし」
「う、うん……」
褒められているはずなのに、ハルの表情はどこか悲しげ……というか、図星をつかれたような感じだった。戸惑っているらしい。
――おれはこの日、ハルの知らない一面を見たような気がした。
キャラが立っている。ラノベとかだと褒められたことだ。だがそれを、現実に置き換えたらどうだろう? 現実の人間でキャラクターがはっきりしている奴なんてそうそういない。
たしかに。はるみたいなタイプはそうそういないだろう。誰からも好かれる。反面、ハルの深々としたことをよく知らない。
隠している……いや、隠したいことがあるときに便利な性格……という言い方をしたら失礼か。
ハルは取り直すようにパン、と手を叩いた。
「まぁとにかくさ、学校、きてほしいな」
「…………すみません、それはできないです。ボクのことを傷付けた相手が、学校にいるんです。そう考えると、怖くて」
そっか。そうだな。その気持ちは痛いほどわかる。いやな奴が学校に一人でもいれば、もう学校に行きたくない。だから人は孤立を選ぶのだ。孤高じゃない。孤立だ。
教室の隅でラノベを読んでいたおれだからわかることだ。
話の流れは終わってるはずなのに、翔太は続けた。
「すごい……国枝さんは、男女から好かれそうだし……恋愛とかも、き、器用にやるんだろうなって」
今度はここまで寒気が伝わってきた。ハルの表情が、見るからに凍り付いている。
「そ、そうかな……。あたし、けっこー奥手だよ! か、かれしなんて、、、いた、いたこっ、いたことないしっ!」
どっちなのだろうか。おれにはわからなかった。
なぜならこのきょどり方も、演技かも知れなかったからだ。
「まぁ、ちょっと話題が逸れすぎかもな。だがな、おれはお前の問題を一挙に解決できる方法を知っている」
「……えっ!? いえいえ! そんなことないですよ! だってこれはボクの問題なんですよ!?」
「うるせぇ! つべこべ言わずに言うことを聞け。いいか。てめぇの問題はおれの問題でもある。なんたっておれは学級委員で、お前はクラスメイトだからだ。責任はお前だけにあるわけじゃない」
おれは威厳ある声音で言った。
「ふむ、では問おう。お前はなぜいじめられているかわかるか?」
「そ、そんなの、決まってます……! 根暗だし、キモいからです。メンタルが弱いからです!」
「違う。見た目がかっこよくないからだ」
おれは言い切った。翔太は完全にショックを受けた様子で、瞳から涙をにじませた。そして怒りのこもった声で言った。
「……さいてーですね。なんなんですかあんた……ほんとうにさいてーだ。やっぱりボクのこと嗤いに来たんでしょ」
「違う。自分の力で稼いでいる奴のどこをバカにしろって言うんだよ。まぁたしかに、お前のそういうところはおれは嫌いだな! 自分で自分をバカにしてどうするんだ」
「で、でも……っ! ボク嫌われてるんですよ! 言われました。坂柳さ……坂柳に。『お前見た目がキモオタだよな、くっさ』って」
「まぁたしかに。お前ちょっと臭うな」
「もうなんなんですか! ボクいい加減怒りますよ……。そんな言われたい放題言われるためにここに来たわけじゃないのに……」
うつむいてしまう。どうやら本気で涙を流しているようだった。しかしだ。今日のおれは鬼畜だ。人生のターニングポイントというのは、誰かが作ってやった方が効率がいい。違うか?
おれはこいつを見ていると昔のおれを思い出す。だからこそ手を貸す。べつに偽善でも何でもない。
おれはハルと目を合わせた。その美しい瞳と、おれの力強い瞳が交錯する。
そしてお互いに、うなずき合った。現時刻を確認する。午後八時半。今日はキツいな。
「お前、明日時間あるか?」
「………………じかん…………? ボクをどこかに連れて行こうって言うんですか? やめてください。正直行きたくないですよ……」
おれはピクッと眉を吊り上げた。こいつは本格的に性格の部分を改善してやらないといけないらしい。ったく。
「あるんだな。あるなら明日九時駅前に集合な。有無は言わせない。いいか絶対だ。じゃないとお前がクサいことクラスに言いふらすぞ」
「……! な、なんてことするんですか! わかったよ、いくよ…………」
最後の方、なんか舌打ちが聞こえたような気がした。
……ふぅ、ったく、手間が掛かりそうなやっちゃな。
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