間章 その笑みは誰がために

 アタシという存在について、アタシ自身が一番よくわかってないかも知れない。


 幼い頃からそうだった。笑ってないとどこか不安になっていた。笑え、笑え、そう自分にいつも念じてきていた。


 メンヘラ? そうかもしれない。アタシは自分の本当の心を痛めつけないために、いつだって自分という存在を演じてきた。


 ほんものの自分。そんなモノを見せたら、きっと周りの人たちは幻滅するだろう。


 本音と建前。誰もが持っているそれを、アタシはうまく使い分けることができた。それがアタシの美徳かも知れない。演じる能力。それが誰よりも長けていた。


 学校では誰にも彼にも優しいギャルを演じてきた。演じてきた……のかな。自分でもよくわからない。もしかしたら演じているわけではなくて、これが本当の自分なのかも知れない。


 自分ってなに? 


 アタシにはわからなかった。ケド楽しいことなら知っている。ゲームしているとき、アニメを見ているとき、ライトノベルをたんまり読み込んでいるとき、漫画を読んでるとき……


 そこにはアタシが知らない世界が広がっていた。アタシの見たことのないものが広がっていたのだ。


 人はこれを現実逃避と呼ぶかも知れない。だけどいつだって偽りだらけのアタシは、本当の心をどこかに求めたかった。心から笑って泣いて、そういうモノが欲しかったんだと思う。


 この気持ちはきっと誰もが持っているモノだとあたしは思っている。だけどみんなそれを隠してうまく生きているのだ。


 アタシは器用な人間だと思う。自分でも怖くなるくらいに……。


 ケドその器用さをとことん生かして得たモノもある。そう、友達だ。明日斗、洋介、大地、ねねっち、まややん。みんなかけがえのないものだ。


 だから明日斗がアタシのことを好きだと言ったとき、すごく戸惑った。明日斗のことをどう思っているのか……それはここには書かないけれど、でもここでもし「イエス」と答えてしまったら、アタシ達の関係性は一体どうなっていくんだろう? 


 そう考えたとき、ものすごく怖くなった。やだ、やだやだやだ、壊したくない! アタシが明日斗を求めたら、じゃあみんなはどうなるんだろう? アストクラブが、大好きなみんなが、アタシ達だけの関係性が、音もなく崩れ去っていくんじゃないか。そんな予感がした。


 あれ、おかしいな、と思った。アタシはとことん器用な人間だと思ってたのに。そーいう時だけ急に不器用になってしまったのだ。


 あたしは人をまともに愛せる自信なんて……なかった。愛したら、その分だけ報復が待っているのではないかと思ってしまう。関係性が構築されればされるほど、失うのが怖くなっていく。


 これってアタシだけなのかな?


 大好きだった父親からある日急に殴られだしたときもそうだった。あぁ、なんてこの人は可哀相な目をしてるんだろう、そうも思ってしまった。怖くて逃げ惑ったけど、しょせんアタシはこの人の子どもなんだ、遺伝子を継いでしまっているんだ、そう思ってしまう自分がいる。


 アタシはどこに向かえばいいのだろうか。わからない。わからないからこそ、今のアストクラブが大好きだった。壊したくない大事なモノ。あたしが好きな友達。


 いつの日か卒業してバラバラになってしまう。そんなことはわかりきってはいるんだけど、それでもそこから動くことができない。けどそれでもいい。あたしはそう思っている……




 四月の初め


 アタシはあいつの義理の妹になることになった。意味分かんないし! あいつと一つ屋根の下で暮らすとか! まぁあいつのことだし、変なことはしないだろうけど、なんかイヤミ言われそう!


 よりにもよって家族とか!? アタシあいつのこと振ったばかりだし。なんか気まずいって言うかなんて言うか。振った相手と一つ屋根の下って、…………はぁ、きぃつかうな。


 やだな。


 それが素直な思いだった。


 あいつと一つ屋根の下で暮らすことについて思っていることがそれだ。


 アタシとあいつはトモダチ。


 その関係性が、好きなんだ。


 それなのによりにもよって家族とか。アタシ運命に見放されすぎじゃない?


 掃除とか、洗濯とか、家事の分担を決めた。それっぽい? アタシあいつに下着見られるのチョーやだな。


 友達。アタシにとってあいつは男友達だ。恋愛対象じゃない。少なくともあたしはそう思ってる。


 けど、こうやって一緒に暮らすことで、あいつの素の部分が見えてくるのいやだな……。怖い。友達以上の関係性になっていくことが。そして男ばかりの家庭に、アタシ達年頃の女性二人が入っていくことも。


 あいつは少なくともうまくやってこうとしてる。アタシもそれに応えなきゃとは思う。


 そして何よりいやだったこと。



 あいつに裸見られた。



 あの瞬間、アタシの中で音を立てて崩れていくモノがあった。あぁもう本当に友達のままでいられないんだなって。


 裸を見られる。その意味はアタシにとって重かった。減るもんじゃないだろとかバカな男子は思うかもしんないけど、アタシにとってはそうじゃない。ちゃんと大切にしていきたいモノ。それなのにさ……っ!


 あぁ思い出しただけでむかついてきた! なんなの! あいつもしかしてわざとやったんじゃない!?


 ねぇ、うなじの傷、見られてないよね?



 見られてたら本当にショックなんだけど……



 家族になるって言うのは、必然的に素を見せ合わないといけないモノなんだろうか。



 アタシとしては、絶対にこの事実は隠したかった。父親に暴力を振るわれていたことは。

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