First Mission 3

 おれは全員の方を振り返って言った。


「というわけだ。みんな協力して貰えるか」


 ちなみにおれたちのグループはおれを含めて六人である。六人か……。考えてもみて欲しい。同じクラスの奴ら六人が一斉に自分の家に来たら、喜ぶどころかむしろ恐怖を覚えるのが基本的な人間の反応というモノだ。


 だからおれは言った。


「めっちゃ楽しそーだわー! おれ説得係やりたい! あっ! ネネはピンポン押す係ね! まややんは庭から事態を見守って適度に写真撮る係で、大地は屋根裏から盗聴! へへっ! いい感じっしょこの布陣!」


「どこがだ。お前は絶対に連れて行かないぞ洋介」


「どべっ! なんでだよ! おれめっちゃ翔太の家に行きたいのにぃ! 翔太の家でゲームしたら、それはそれはいい感じに仲良くなって、翌日からマジで学校来たくなるってー! これマジ名案じゃね?」


「洋介……お願いだから黙ってよ」


「洋介さん、あなたの脳みそはカステラでできてるんですか? そんなことしたら翔太さんから嫌われてしまいます! タダでさえ洋介さんの顔は怖いんですから! だから洋介さんは大人しく学校で待っていて下さい!」


「うわっ! まややんまで……。しょぼーん、わかったよぅ、おれは学校で待機してるよぅ……!」


「いやべつに学校で待機しなくてもいいんだけどな。放課後なんだから自分の思うままに過ごしていいんだぞ。なんせ青春は一度きりなんだからな!」


「うわなにそれ! 明日斗超面白いよ! なにそのガッツポーズ! 銅像にして学校に飾ろうよ!」


「うぐっ。とにかくだ。翔太の家にはおれとハルの二人が行く。一応学級委員二人が行きました、って言う建前を作れるからな。学級委員以外が行くと話がこじれてくる。交渉がうまい奴を連れてきたんだろ、と相手に警戒される恐れがあるからだ」


「あたっまいいー! さっすがうちのリーダーあすっちゃんでしょー!」


 るっせぇなこいつ。本当に黙らせる方法はないだろうか。殴っていい? いや今はコンプライアンス的にアウトなんだっけか。じゃあ我慢だな! 働け理性!


「今日の放課後はひとまずやめておこう。進級式が済んだ直後に行くのは、相手の誤解を生みかねない。というより、『どうせ教師に頼まれていやいや来たんだろ! 帰れ!』と思われる可能性が高い」


「おう……あすっちゃんやけに細かいこと考えるなー……。尊敬っしょ……。もしかしてひきこもりの経験がおありな感じなんすか?」

「ねーよ。だが考えてみればわかることだ。タイミングって言うのも重要だろう。だか決行は明後日にする。明後日は何の日だかお前ら知ってるか?」


「えぇ!? 明後日ってなんかあったっけ!? うーん、春分の日?」

「違う。春はすでに始まっている。お前はバカか」


「うわひどっ! ねぇひどいよねねっちぃ~~~~、明日斗がめっちゃいじめてくんだけど! 弱いモノ苛めだねっ!」

「ほんとさいてーだね明日斗。あやまりな」


「くっ、なんで女子の前だと男子ってこんなにも無力なんだ。わかった、わるかった。だがいじめているつもりはない」


 おれは改めて思う。今日も帰ったらこいついるんだよな……。そんときこのことについてどんな話をするんだろうか。まぁ作戦会議を家でできるって言うのはありがたい話だ。


「とにかく、明後日は土曜日なんだ。世の学生たちは休日なんだよ」

「ん? それがどしたん? 休日だから翔太くんを外に遊びに誘えるってこと?」


「ちげーよ。なんでそうなるんだ。お前はほんとのほんとにバカだな。アホだな。とてつもなく間抜けだな」

「うわ~~~~~~~ん! きいた!? 今の言い方聞いた!? ひどくない!? これはさすがにひどいよねねねっち!」


「うん、うん……悪いのは全部明日斗だからねー。だから私の胸の中で眠りなー」

「うわ硬っ!」

「なんですって!?」


「お前ら落ち着け……。とにかく休日なんだ。不登校って言うのはみんな学校に行っている平日には罪悪感から気をはって、休日には緩むんじゃないか……おれはそう思うんだ」


「なるほどね~~~! 明日斗頭いいな! 惚れ直した!」

「ホントか――!? じゃなかった。あぁその可能性が高い。だからおれたちはその気の緩んだタイミングを狙う。名付けて不意打ち作戦だ!」


「うわー、ネーミングセンス皆無だねっ! 信じられない……」

「仕方ないだろう。それに重要なのは名前ではなく作戦の本質だ。どのように説得するかは……後で考えるか、なぁハル」


「え? あとでって? ………………あぁ、そういうことか! うんわかった!」

「ん? なにかな今の間? もしかして二人付き合ってるとか!?」

「あはは! 違う違う! あとで学級委員の話し合いがあるから、そこで話そうって話だよっ!」


 嘘がうまい。ナイスカバーだハル。


 そのときだった。きーんこーんかーんこーん……と毎度おなじみな音楽が屋上にまで流れ着いたのは。どこかその音が虚ろに聞こえたが、それはここが屋上だからだろう。


「さっっさ! 授業戻ろうね! みんな午後も張り切っていこう! ……って次物理じゃん! やばっ! あたし帰りたい!」


 みんなの笑い声が響き渡った春の午後だった。




 ミッションのことを考えると妙に気が重い。あの担任もなかなかのモノを課してくる。もしかしたら結婚できない腹いせにこんなミッションふっかけてきたのかも知れない(失礼)。


 おれの実家はカフェ『オリエント』という。グー○ルレビュー星四、一のなかなかの喫茶店だ。親父もおれもこの店を切り盛りしていくのにかなり苦労していると思う。その分やりがいもあるけどな。


 フラワーガーデンのテーブルをふきんで拭いていると、ハルがトコトコと駆けよってきた。彼女も店の手伝いをしてくれているのだ。


「ねぇねぇ明日斗ー、まどらー? ってなに?」

「しっかりしろ今時の女子高生! マドラーというのはな、コーヒーのガムシロップとかコーヒーフレッシュとかをかき混ぜるあの棒のことだ! 世界を救う偉大なモノなんだぞ!」


「な、なんですって! すごい! アタシ今まで知らなかった! あれマドラーって言うんだ! 友達に教えてくる! スマホ出していい!?」

「ダメに決まってんだろうが! お前はなに職務中に友達と連絡取ろうとしてんだ。ほらキリキリ働け。お客さん来たぞ」


「は~~~~い、お客様何名様でございますか~~~!? え!? 三人!? マジ! いいねー、三人で来るなんて青春だね~~~! 中の席がいいですか外の席がいいですか?」


 どうやら中学生三人組らしい。なかなか珍しい客だな。男子が一人に女子が二人だ。なんだなんだこのリア充め! おれは微笑ましげにその光景を眺めた。


 その三人組がハルに案内されてこちらにやってくる。フラワーガーデンをご所望のようだ。うちはこのフラワーガーデンと、自慢のパンケーキで成り立っているようなモノだ。


 コーヒー? 


 んなモン既製品で充分だ!


「いやーいいねっ! こうやってお仕事するのもめちゃ楽しいな! アニメとか見てるときも楽しいけど、やっぱ働くって素敵だねっ!」

「あぁそうだろう。お前はようやく働く素晴らしさに目覚めたか。いいだろう。とことん働かせてやる。冷蔵庫の下の方が汚れてるから掃除してきてくれ」


「雑用じゃん……。あんたの仕事押しつけてるだけじゃん……」

「くっ……そうともいう。バイトみんなやりたがらないんだよな……」


 おれはため息をついた。どうしてカフェのアルバイトってみんな接客ばっかやりたがるんだろうな。まぁ気持ちはわかる。だが裏方だって重要な仕事だ。


 白い電球がほんのり淡い光を放ち、植木と数少ないテーブル席を照らしている。どこかでムシの鳴く声が聞こえて、心が不思議と洗われていくようだった。春。なんていい季節なのだろうな。


「ん、どしたんあすと? あたしの顔変? 変かな?」


 両方の人差し指を頬に当てて、小首を傾げて聞いてくるハル。可愛いからそのポーズやめてくれませんか。おれは今にも鼻血が出そうだった。


「なんか不思議だ。お前とこうして並んで立ってるってことが」

「そっかなー。アタシはそんなに不思議には思わないけどっ! へへっ、だっていつも一緒だったもんね!」


「フラれたけどな……」

「まぁ、友達が一番だしねっ! 楽しいのがすき!」


 そうかよ……。


 なぜだろうか、そういったハルの顔が心なしか寂しそうに見えたのは。どうして、なんだろうな。ハルはいつも楽しそうなのに、どこか影がある、そんな気がする。


 数時間経っておれたちは今日の仕事を終えた。やはり学業との両立はたいへんだ。しかしおれにはまだやるべきことが残っている。今日のご飯を作らないといけない。


 母さんが出て行ってから料理する係はおれだ。まぁ仕方ないよな。


「明日斗? あたしやろっか?」

「いや構わん。いつもおれが作ってたからな」

「えぇ……デモなんか申し訳ないって言うか、アタシも手伝うよ?」


 そうかそうなるか。義兄妹になるって言うのは、すなわち家事をどっちかがやるということである。


 義理の母親であるさつきさんは夜職で忙しい。スナックの雇われママだそうだ。だとしたら夕飯を作るのはおれかハルのどちらかだろう。


「そうだな、家事の分担を決めるか。おれが食事、そして各場所の掃除をやるから、お前は皿洗いとか洗濯を頼む。これなら平等だろう」

「おっけー! まかしとき!」


 ハルが白い歯を見せてガッツポーズする。お前……かわいいな。おれは思わず見とれてしまった。


 おれはほっぺたを触った。熱い。ちくしょう。おれは恋する中学生かよ。まぁでも、おれは今でもハルのことが好きなんだ。


 だからこそ、この気持ちは抑えなくてはならない。一つ屋根の下で暮らしていく以上、恋心はそっと鍵を閉めて封じなければならないのだ。




 自分で言うのも何だが、おれは学校では相当な有名人である。実を言うと学校に知らない者はいないのではないかと言うくらい有名人だ。


 その名は止まることを知らず、なんと学校の裏サイト、いわゆる掲示板にも飛び火した。


『十三股野郎』

『穴好き』

『日刊プレイボーイ笑』


 なんていう異名もあるくらいだ。どうしておれはこんなにやりチンだと思われているんだろうか。誰か教えて欲しい。


 ごほん、だがこういうことを書き込んでる奴に限って色々と闇を抱えている。そうに決まっている。リアルが充実している奴はネットに逃げない。これは万物の鉄則だ。


「しかし日刊プレイボーイって何だよ……」


 ちょっとセンスを感じる。だがおれはやってない。断じてやってない。女子の体に触れたことはあるが、握手とかダンスとかその程度だ。


 おれはパソコンの前から立ち上がると、本棚にあった小説を取り出した。昔はこの本棚にライトノベルやマンガがずらりと並べられていたモノだが、今は一冊もない。

 

 代わりにささっているのはミステリーとかその辺だ。あとは参考書、それからエッセイとか。ずいぶんと堅苦しいモノばかりが増えていく。いや、堅苦しいと思っているのはおれが未熟だからか?


 おれが手にしたのは青春系のミステリだった。ラノベ……ではない。ギリな。一般小説の範疇であり、ミステリとしての評価もものすごく高い。


「………………」


 おれは深ーく深ーく物語世界に没入していく。おれのリクライニングチェアーがいつの間にか軋むほどに堪能する。時計のかっちんかっちんという音も、おれの脳内には届かない。今あるのは他人の想像した青春だ。青春に正解はない。


 だから物語の青春しか知らない、という奴の人生もまた素晴らしいモノだと思う。自分が楽しいと思えるか、それが大事だ。他人が楽しいと思うことばっかりやってても人生無意味だと思う。


「………………ふぅ」


 おれは声を上げた。溢れんばかりの恍惚。脳みそがソフトクリームのようにとろとろと溶けていくような感覚だった。ちょっとキモいなおれ。


「風呂入ってスッキリするか!」


 おれは名案得たりとばかりにすぐさま立ち上がって、タンスから着替えを持ち出した。タオル、タオルは……と呟いて、はっ、タオルはいつも洗面所にあったんだった! と思いだした。おれはたまに大事なことを忘れる。人間誰しもそうなように……。


 おれは風呂場へと向かった。お風呂場はもちろん一階にあるので、階段を降りていく。いまだに頭の中にはさっきの小説の物語が展開している。


 一階の廊下を渡って、おれはお風呂場へと続く扉を開けた。


 そしてそこに一人の女の子の姿を見た。


「……………………ぇ」


 どちらの声だったかさっぱり覚えていない。おれは人生で初めて女子の生の姿を見てしまった。タオルで水気を拭き取っている真っ最中だったらしく、不意打ちを食らったその表情は、驚きと恥ずかしさで一杯だった。いつもストレートになっている髪型はアップにまとめられていて、とてつもなく扇情的であり、おれはその首筋にしばし視線が釘付けになってしまった。


 数瞬後、みるみるうちにハルの顔が真っ赤に染まっていった。出るところが出たきれいな体をすぐにそのタオルで隠して、「バカッ!」と小学生でも知っている単語を叫んだのち、扉を勢いよく閉めた。おれは鼻っ柱を強く打ってその場にもんどり打った。


 いってー……。いまだに痛みの残る鼻を押さえて、ゆっくりと起き上がる。


 しかしおれの網膜にはいまだに彼女の体が焼き付いて離れなかった。なにを食べたらあんなスタイルになるのだろうか。すべてにおいて形が整っていた。


 いかんいかん! おれは辛うじて理性を取り戻した。なにをやってしまったんだおれは!? あろうことか義理の妹の体を見てしまったのである! このあとどうすればいいのだろうか。マニュアルがあるなあ是非見てみたいところだが、あいにく現実の人生にマニュアルなんてモノは存在しない。


「はる……! 聞こえるか……!?」


 おれはなかなかどうして情けない姿になりながら、扉の向こう側にいるハルに声を掛けた。だが返事はない。相当に怒っているんだろうな。おれはなんてことをしてしまったのだろう。ふつうに考えればハルがお風呂に入っているかも知れないという可能性に気づくはずだろうがこのばか! と自分を叱咤したくなる。


 だが過去のおれは過去のおれだ。今のおれじゃどうにもならない。尻拭いをするので精一杯だ。


「なに?」

「すまなかった!」

「はぁ――!? 許すわけないじゃん! さいってー……! ほんとさいてー」


 さいてーだおれは。明日からハルに頭を下げながら生きていこう。おれはそれくらいのことをしたのである。


「もういい。そっから離れてよ。あんたがそこにいると落ち着かないじゃん……」


 それもそうだ。おれは「じゃあ、離れるぞ……ホントに悪かった」とだけ言ってリビングに向かった。


 頭を抱える。胃がキリキリと痛む。これからどんな仕打ちが待ち受けているのだろうか。


 顔は熱かったし、心臓はいまだにバクバク言っている。


 だがおれにはもう一つだけ気がかりなことがあった。気のせいかも知れない。おれの見間違いかも知れない。だがおれの記憶には、『彼女の体が美しかったこと』と並行して、こんなものがあった。


 彼女はお風呂に入るために髪の毛をまとめていた。もちろん髪の毛がお風呂に入るときに邪魔にならないようにするためである。なるほど女性はお風呂に入るときこうやって入るのかと思わせる姿だった。


 だが――


 おれの気がかりだった点。それはおれがたまたま見てしまった彼女のうなじである。



 はるの首の後ろには、一条の傷跡が残っていたのだ。



 これは何度だって言うが、おれの見間違いかも知れない。光の当たり具合が見せた錯覚って言う可能性も否定できない。


 しかし――おれは机の上の花瓶を見つめながら思う。見間違いではないのかも知れないのだ。


 考えすぎか? おれはよく勘違いばかりするなとハルに言われたものだ。実際その通りだったこともなんどもある。


「まぁ、気にすることはないか」


 とにかく今はハルに謝ることが先決だ。あとはそうだな、明後日の月島家来訪の話だ。仕事とプライベートは別で考えなければいけない。しっかりとハルとそのことについて話し合うことにしよう。

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