38 さよならゴブリンさん

 変なレストランを取り上げた番組が終わり、やかましい大御所芸人が司会をしているやかましい番組が始まった。二代目はあんまり好きでないようで、テレビを停めた。


「ところでちくわちゃんはなにしてるんだ?」


 二代目の言葉に反応するように、竹林院が「うなー」と鳴いた。様子を見に行くと、オーヤマブラザースにひっつかれていた。オーヤマブラザースは熟睡している。


「ちくわちゃん、オーヤマブラザースのおかあさんしてるのか」


「なおー」

 不本意なのだと言いたいらしい。


「……親父殿の介護にかかるお金もないし、葬式もしなかったし、出ていったのは火葬費用くらいだし……オーヤマブラザース、うちの子になるか?」


 オーヤマブラザースは全く知らん顔で寝ている。二代目はフフっと笑う。


「まあ、もうちょっと様子を見てからにしよう。もしかしたら仮名がひどすぎてもらってくれる人もいないかもしれない」


「すみません……」


「あっ、ご、ごめんな斗雨子ちゃん。オーヤマブラザースって斗雨子ちゃんが考えたのか。いまどきの若い女の子が大山のぶ代を知っているとは思わなかった。というか大山倍達も大山康晴も若い女の子の語彙じゃないし」


「なんでかたまたま知ってたんですよね……」


「斗雨子ちゃんはすごい読書家らしいもんな。晴人くんに聞いたよ」


「すごい人は一日に文庫本二冊読むらしいんで、すごいうちに入らないです」


「そうか。でも本が好きっていうのは素晴らしいことだぞ」

 平和な火曜日の夜は、穏やかに進んでいく。改めてピザを食べる。べらぼうにうまい。


 いいなあ。わたしも気軽に宅配ピザを頼める身分になりたい。


「そうだ」


「どうしたんだー?」


「写真館、再開しようと思ってるんだよ。やっぱりただカメラメーカーの末端でプリントとかフォトブックとかカレンダーとか作ってるだけじゃ寂しいからな。斗雨子ちゃん、成人式のお祝い……いまは二十歳の集いとか言うんだっけか。振袖の写真撮りにきな」


「分かりました。同級生が怖いので成人式自体には出ないかもですけど」


「そうか? それもいいんじゃないか。でも記念写真は撮っといたほうがいいぞ。うっかり警察のお世話になってテレビに出る写真が中学の卒アルっていうのは残念だからな」


「姉貴、振袖ってうちにあるのか?」


「さあ。レンタルとかいろいろあるんじゃない?」


「……もうすぐ帰る時間でさ」

 ゴブリンさんがすっくと立ち上がった。


「よし。みんなで見送りにいこう」

 みんなで河原に向かう。取水口のあたりがなにやら虹色に光っていた。


「あれがゲートでさ」


「ゲート……あれをくぐると異世界なのか」

 二代目がしみじみと言う。


「みなさんと仲良くできて、とても楽しかったですぜ」

 ゴブリンさんの、かろうじて笑顔と分かる笑顔。


「おれも楽しかったぞ! また来るよな?」


「どうですかねえ……また来れるならこの川っぺりの街に来たいって言いますぜ」


 みんなでゲートのそばまできた。ゴブリンさんはぺこりと頭を下げた。


「そいじゃあ、またどこかで」

 ゴブリンさんがゲートを通ろうとしたとき、弟が涙声で叫んだ。


「行っちゃだめだ、ゴブリンさん!」


「晴人さん、引き留めてくれるんですかい?」


「だって、ゴブリンさんいなくなったら、おれ河原で一緒に遊ぶ仲間がいない。サッカーして遊んでるやつらいるけど、おれサッカーよくわかんねーし、運動得意じゃないし……」


 ゴブリンさんは弟に歩み寄る。

「大丈夫ですぜ。晴人さんは強い。嫌なところには行かない、っていうことがちゃんとできるのはすごいことですぜ。だから、河原で写真を撮る友達を作ればいい」


「でも、おれ……正直学校が怖い。嫌な奴らと握手で仲直りさせられたりするかもしれない」


「そういうときは二代目やトーコさんに相談すりゃいいんでさ」


「そうだぞ。ハマちゃんだっているからな」


「……そうか? うん、そうだな……ゴブリンさんはナーロッパに帰らなきゃいけないんだもんな。おれが泣いて引き留めてもなんにもならないんだよな」


「ナーロッパってなんですかい?」


「それはわりとどうでもいいことだから。気にせずに帰ってください」


「へぇ。晴人さん、トーコさん、二代目……いままでありがとうございました。それからコスプレの人たちにもよろしく伝えてください」


「こちらこそ、弟の味方になってくれてありがとう。楽しかったです」


「またな、ゴブリンさん。親父殿もきっと楽しかったと思うよ」


「へへ……じゃあ、ゴブリンさん。お別れだ」

 ゴブリンさんにむけて、みんなで手を振る。


 ゴブリンさんは手を振るのがこちらの別れの挨拶だと理解したらしく、大きくゆっくり手を振ると、虹色に光るゲートに飛び込んでいった。


 光はゆっくりと収まり、田舎の夜が戻ってきた。


 カエルがゲコゲコ鳴きヤブ蚊がブンブンいい、蛍なんぞ飛んでいない。


 ヤブ蚊の襲撃から逃れるように、わたしと弟は二代目に挨拶してから家に帰ってきた。弟は明日の時間割を確認してランドセルに教科書を詰めている。


「ゴブリンさん、帰っちゃったな」


「うん……でももう大丈夫だよ。なんかあったら二代目経由で浜田さんに学校を𠮟ってもらえばいいのだ」


「そうだな……俺ちゃんと学校いくよ。でも姉貴は漫画家だ。……あ」


「どーした?」


「今週の日曜日って姉貴の誕生日じゃないか?」


「……そういやそうだった。十八になるのか……成人じゃん」


「じゃあお酒飲めるのか?」


「お酒とタバコは二十歳からのままだよ。でも選挙権とかそういうのがもらえる」


「センキョケン」


「選挙に投票する権利」


「すげーじゃん」

 弟は目をキラキラさせた。弟が選挙権をもらえるわけではないのだが。


 そんなやりとりをしているとスマホが鳴った。母さんからだ。


「今週末はお父さんもお母さんも帰れそうだから、なにかおいしいもの食べに行こう」


 そのメッセージに、今週の日曜日は誕生日だ、と返信した。


「それならなおさらお祝いしないと」

 なんだかうれしくなってニコニコした。弟に、母さんから来たメッセージのことを話す。


「まじ?! なにかな、チーズインハンバーグかな。おれチーズインハンバーグがいいな」


「スーパーのレンチンで食べられるハンバーグ、こねすぎてて硬いもんね」


「そうなんだよ。レストランのハンバーグってふわふわじゃん」

 弟は一発あくびをして、寝る支度を始めた。わたしも寝ることにした。

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