37 ピザ
少しして葬儀屋さんが来た。どうやら二代目の友達らしく、
「たっちゃん、本当に火葬して骨壺を家に安置するだけでいいのか?」
と、二代目に訊いている。
「親父殿がそうしろってんだから俺は従うほかねえわな。おーい晴人くん、起きろ」
「……うむ?」
「これから親父殿を棺桶に入れて、火葬場に持ってくから、その間オーヤマブラザースを見ててくれないか」
「火葬場ってことは、親父殿燃やしちゃうのか?」
「そうだ。日本の法律では死んだらそうすることになってる」
「……わかった。姉貴はなんで来てるんだ?」
「ゴブリンさんの鼻でわかった。あんた寒くない?」
「寒くないぞ……へくちっ」
「寒いんじゃない」
「タンスに俺の服入ってるから適当に着せてやれ」
「いいんですか?」
「いいに決まってる。お前らは子供みたいなもんだからな」
というわけで、納棺作業をやっている部屋をいったん出て、タンスから半袖のポロシャツを出した。二代目は思いのほか小柄なひとらしく、ちょっとおじさん臭いけれどジャストサイズで弟が着ることができた。
あっという間に納棺が終わり、霊柩車が出動した。絢爛豪華なやつではなく、ふつうの車みたいな見た目の霊柩車だった。二代目も行ってしまったので、竹林院とオーヤマブラザースの面倒を見ることにした。
オーヤマブラザースは元気いっぱいキャットフードを食べている。竹林院がご機嫌斜めなので、試しにちゅーるを見せてみたらそれなりによろこんで食べたものの、すぐぷいっとどこかに行ってしまった。
「竹林院、さみしいのかな」
「そうかもしれないね」
「親父殿、もういないんだもんな」
「そうだね」
「おれ……ひとりになっちゃったのかな」
「姉貴をもっと頼っていいし、二代目だって頼られたら喜ぶと思うよ」
「そうか。それもそうだな。ごめんな姉貴。おれ、河原に行く途中でキチューの看板見ちゃって、河原にいても怖くて悲しくて、それでここからいなくなりたくて家に帰らなかったんだ」
「あんたがいなくなったらわたしも二代目も悲しいよ。親父殿だって来るなって言うよ」
「そうか、そうだな」
からからとドアが開く音がしたので行ってみると、浜田さんだった。
「あれ? もう出棺しちゃったか?」
「そうですね。二代目……達也さんも行っちゃいました」
「きみら子供に留守番させて?」
「ほかに頼れる人もいなかったみたいです」
「そうか。そうだ、晴人くんの学校にカチコミしてきたぞ」
語彙がヤクザである。
「先生たちを軽く𠮟り飛ばしたら猛烈に反省してた。どこまで本当か分からないから、これからも学校でなにかあったら私に言いなさい」
「わかりました、ありがとうございます。ほら」
「ありがとうございます!」
弟は嬉しそうな顔である。
「なんかな、晴人くんのクラスの嫌な奴らは、担任の先生が顧問やってるミニバスチームのレギュラーメンバーなんだそうだ。それでついひいきしてしまったって言ってたぞ」
「そうだったのかぁ。おれもミニバスやればよかったかな」
「いやいや。知り合いから保護者会が地獄だって聞いた。ふつうに帰宅部で大丈夫だ」
保護者会が地獄であればできる道理がない。わたしは送り迎えすらできないのだから。
「じゃあ私は斎場にいこうかな。留守番がんばれ」
「お気を付けて」
「おう。なんかあったら大人に頼れよ!」
浜田さんはどこまでも正しいのだった。
しばらくオーヤマブラザースと遊んだ。爪がすごい、放っておくと服に爪をかけてよじ登ってくる。自由自在だ。
オーヤマブラザースときゃっきゃしていると、のっそりと竹林院がこちらを伺っていた。
「ちくわちゃんも混ぜてほしいの?」
「まおー」
「よしよし。勇者だったわけだ……あ、オーヤマブラザースはワクチン打ってないから入れちゃだめなんだった」
「ワクチン一発目打ってきたって二代目言ってたぞ?」
「一発目かあ……子猫って二発打たなきゃいけないんだよね。入れていいのかな」
「晴人さん、トーコさん」
ずっと黙っていたゴブリンさんが、口をひらいた。
「あっしは今晩帰らなきゃないんでさ。お別れを言わせてください」
「え?! ゴブリンさん帰っちゃうのか?! ナーロッパに?!」
ナーロッパってどこで覚えた言葉だ弟よ。とにかくゴブリンさんはきょうの夜、もとの世界に帰ってしまう。
「ナーロッパがなんなのかはともかく、あっしは魔王軍の斥候としての責任を果たさなきゃいけねぇんでさ。この世界の人たちが、世代も身分も関係なくみんな家族みたいに親しく暮らしてる、って報告すれば、魔王陛下も侵略は諦めるはず。連帯ほど強いものはないんで」
「じゃあおれ、だれと河原で遊べばいいんだ?」
「学校で新しい友達作ればいいんじゃないですかい?」
「そうか! それもそうだな!」
「晴人さんのことをずっと心配してたんでさ。この世界の子供はみんな学校に行くのに、晴人さんは学校に行かないで河原にいるから。でももう安心でさぁね」
「ゴブリンさん、住んでるとこは違うけど、もう会えないけど、ゴブリンさんは友達だからな」
「もちろんでさ。晴人さんとトーコさんと二代目は、大事な友達ですぜ」
ふとみると竹林院がオーヤマブラザースにふみふみこねこねされていた。母猫だと思ったらしい。竹林院は迷惑そうな顔であるが、黙ってふみふみこねこねされているところをみると嫌ではないのだろう。
少しして二代目が帰ってきた。手には骨壺が抱かれている。
「あれ、ちくわちゃんを手ごねパン職人してるのか」
「ちょっと目を離したらやってました。ごめんなさい」
「謝ることじゃない。ワクチンもとりあえず一発目を打ってるから大丈夫だろう。留守番おつかれ。なにか食べたいものはあるか?」
「二代目、ゴブリンさんがもとの世界に帰っちゃうんだって。なにかさよならパーティしようぜ」
「そうなのか。ゴブリンさん、帰っちまうのか?」
「へえ。二代目には世話になりました」
「よし。そんじゃあピザでも食べるか。葬式のかわりだ」
というわけで、二代目は宅配ピザをハーフアンドハーフで二枚ほど注文した。すぐ配達員さんが届けてくれて、みんなで箱を開けていい匂いにワクワクした。
照り焼きチキンのピザをモグモグしながら、
「親父殿は幸せだったんだと思うよ」
と、二代目は言った。
「斗雨子ちゃんと晴人くん、実際孫みたいなもんだったもんな。俺も一人ぼっちじゃ寂しいから、時々遊びにこい」
「うん。浜田さんが学校にジカダンパンしてくれて、先生たち反省したらしいんだ。だから俺学校行くけど、キタクブだから学校終わったらここにくるよ。ゴブリンさんもいなくなっちゃうし」
「ときどき一緒に夕飯食おうぜ。そうだ、テレビつけるか」
テレビをつけると爆盛り激安みたいなレストランを取材する番組をやっていた。しばらく眺めて、ゴブリンさんがつぶやく。
「こっちの世界は食糧事情がいいんですねえ」
「これは一部の特殊な例だ」
二代目の説明に一同ワハハハと笑う。
「でもこんなに食糧事情のいい国を襲ったところで、兵士の食糧が臭う生肉っていう魔王軍は勝てませんぜ。しかしこのピザってのはうめえや」
わたしも遠慮なくクワトロフォルマッジョを食べる。うまい。チーズがとろーりだ。
弟はマルゲリータを食べながら、
「ピザうまいな……あんまり食べたことないからな」
などと、ちょっと恥ずかしいことをボソボソ言っている。
「まあ……スーパーのピザはピザとしてノーカンだからねえ……」
わたしはそう言ってごまかす。
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