さよならゴブリンさん
36 朝ドラ
「参りましたね」
クソデカため息が出る。学校には警備システムが導入されていて、仮にどこかから弟が侵入していたら警備員さんが駆けつけるはずだ、とも言われた。
「学校も違ったか……とりあえず長々とここにいても迷惑だから移動しましょう」
ムーメンさんの提案。みんなでムーメンさんの車に乗り込む。
まだ雨がぱらついている。子供たちが傘を差して登校してきた。最近のランドセルはオシャレだ。
みんなで河原のそばに移動して、ムーメンさんの車のカーナビでニュースを見ながら、コンビニの菓子パンをぱくつく。味はよく分からない。チョコクリームなのかカスタードクリームなのか分からなくて、パッケージを見たらキャラメルクリームと書いてあった。
とりあえず弟が行方不明になった件はニュースになってはいなかった。ほっと安堵する。
雨で少し流れが速くなった川に、警察の人たちは腰まで浸かって、棒で水の中を探っていた。完全に沈んだ水死体をさがすていである。
軽く絶望しつつ、ニュースの続きを見る。最近この川っぺりの街近辺の地域では、クマの出没が相次いでいるという。川の上流の地域では畑がやられたり人が襲われて怪我したりする被害が出ているそうだ。
恐ろしい。川伝いにクマが現れて、弟を丸飲みしていたらどうしよう。
「とにかく焦って探してもどうしようもないから、朝ドラ見ましょう」
ムーメンさんはカーナビのテレビ機能のチャンネルをえねっちけーに合わせた。間もなく朝ドラが始まる。正直あんまりストーリーは入ってこなかった。ムーメンさんはAKアンチなので、難しい顔をして観ている。
あんまりストーリーが入ってこなかったので、Xを開いたらドラマ有識者や特定班がいろいろ言っているはず……と思ったらスマホの充電が切れていた。
「モバイルバッテリーあるよ」
結衣ちゃんがステッカーだらけのモバイルバッテリーと充電器を貸してくれた。どうやらこの車のなかの面々はみんなスマホはリンゴ印派らしい。
スマホを車に置き、とりあえず捜索を再開する。
弟は死んでしまったのだろうか。
正直に、親父殿は亡くなったのだと教えればよかったのだろうか。
でも仮に、それを言ったところで、弟は納得したのだろうか。
後悔と疑問がぐるぐるする。
あんまりよくない頭を無理に使っている感じだ。
そうなのだ、わたしはそんなに頭のいい人間ではない。いや学校の成績は決して悪くなかった、でも頭がよかったら中学校でもうちょっとうまく立ち回れたのではないだろうか。
なんだかおかしみがこみ上げてきて、
「……ふふ」
と小さく笑ってしまう。
「アメリちゃん、大丈夫?」
ふすまさんに心配されてしまった。
「大丈夫です。……警察に任せて、解散しましょうか?」
「一緒に探すって言ったんだから、探しますよ」
「そうですよ。警察、完全に死んでるていで探してるじゃないですか。晴人くんがそんなことで死んじゃうとは思えないし」
「斗雨子ちゃん、こっちも晴人くんにはでっかい恩があるんだからさ、一緒に探させてよ」
心強いなあ、と思った。
「あっしだって晴人さんには大きな恩義があるんでさ。探しましょうぜ」
ゴブリンさんがサムズアップを向けてくる。どこで覚えたんだろう。
ゴブリンさんは腕時計のような道具に触れた。
「――ああ、言うのを忘れてましたがね、あっしは今晩、あっちの世界に帰らなきゃなんないんでさ」
「えっ」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「魔王軍の斥候ですからね。侵略は不可能って報告するつもりではいるんですが、なにぶん一兵卒なんでなんにも決める権利がねぇんで」
ますます、弟を探さねばならない、という気持ちになった。
弟がゴブリンさんを我が家に連れてきて、ゴブリンさんと友達になったことで、救われた気持ちになったことは数知れない。
そのゴブリンさんとの、恐らく永遠のお別れに、弟がいないのは考えられない。
弟を、探さねば。
河原をやみくもに探してもしょうがない。近くのスーパーのイートインや、川向こうの街の無印良品なんかも探した。でも弟は見つからなかった。
さすがに全員、疲弊してきた。結衣ちゃんは分かりやすく不機嫌な顔である。
みんなでドンヨリしていると、ムーメンさんのスマホに電話がかかってきた。
「はいもしもしー。あ、お義母さん。はい、はい、えっ? 分かりました」
ムーメンさんは電話を切る。
「子供の世話を姑にお願いしてたんだけど、下の子が熱出したみたいで、ちょっと小児科に連れてかなきゃいけなくなっちゃった。診察券、私の財布の中で……」
「……じゃあ、我々は解散しますか」
「それしかないですねえ……」
そういうわけで、オタク四人とゴブリンさんによる捜索チームは解散ということになってしまった。とぼとぼとゴブリンさんと河原を歩く。
「あっ」
ゴブリンさんが何かに気づいた。布のようだ。ゴブリンさんが拾い上げると、それは弟のTシャツだった。
「ずぶ濡れになったから脱いだんでしょうね」
「そういうものですか」
「あっしが教えたんでさ、濡れた服着てると体力がけずれるって」
確かに正しいのだが、ということは弟はタンクトップ姿だ。寒いのではないか。
雨は次第に止んできた。少ししたら、太陽が世界を照らした。
河原に生えている草花が、雨に濡れた花や葉を太陽にきらめかせるのはとてもきれいだったが、それどころではないのだ。
ゴブリンさんが鼻をひくひくさせた。
「うっすら匂いがしますぜ。こっちでさぁね」
ついていく。ゴブリンさんはまっすぐ、「カメラの田中」に向かっていった。
その「カメラの田中」の店先には、忌中の札が立っていた。
「え、でも親父殿亡くなってるのに弟行きますかね?」
「子供にそういう大人の理屈が分かりますかい?」
そうだ、わたしも弟も、子供なのだ。
こんこんとガラスのドアをノックすると、奥から二代目が竹林院を抱えたまま出てきた。
「斗雨子ちゃんか……すまない、晴人くんに『断固姉貴に連絡するな』って言われて。大人は子供の約束を守らなきゃいけないだろ?」
「いえ。大丈夫です。弟がいるんですね?」
「いる。疲れたらしく寝てしまってる」
中に通してもらう。親父殿がドライアイスで冷やされて安置されているすぐ横で、弟はぐったりと眠り込んでいた。
「なにかあったのか?」
「いえ。弟なりに、わたしの対応の不自然さに気付いたのだと思います」
「そうか……まあ、親父殿、拝んでやってくれよ」
親父殿の顔にかけられた白い布をそっととる。
たいへん穏やかな死に顔だった。夏なので少し肉が下がってしまっているが、生前の親父殿を想起するには十分だった。
「ちくわちゃんが悲しい声出しながらずっと親父殿にひっついてるもんでな、なにか元気にする方法はないかと思ってマタタビとかちゅーるとか試してみたけどさっぱり機嫌が直らん。でもオーヤマブラザースはまだそこまで知恵がついてないんだろうな」
それで竹林院をずっと抱っこしているのだ。
「これから火葬だから、ちょっとオーヤマブラザース見ててくれるか? あいつらすぐ腹が減るからな」
「親戚の方とかは来ないんですか?」
「親父殿は父親に勘当されてるから、兄弟とも縁が切れてる。俺の母親の親戚はみんな親父殿が嫌いだ。俺も子供はいないし、そういうわけで来る親戚がそもそもいないんだ。親父殿は生前から戒名なんかいらないし葬式もいらないって言ってたしな」
親父殿も、なかなか孤独な人だったらしい。
「友達とかは」
「いないよそんなの。親父殿の友達はみーんな親父殿より早死にしてる。いちおうハマちゃんが拝みに来てくれたが、友達の父親なんてほぼほぼ他人だろ」
二代目は明るく笑った。
「だから大丈夫だ。まもなく納棺して霊柩車に乗っけて火葬場だ。夏だから腐っちまう」
二代目の悲しみを想像するが、わたしには想像できないことだった。
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