35 ツナマヨおにぎり

 冷蔵庫に買ってきたものを詰める。きょうはバンバンジーだ。弟は子供だから肉が好きだ。魚料理は刺身以外がっかりした顔をする。

 弟、帰ってこないな。


 夕暮れを通り過ぎて陽が暮れても、弟は帰ってこない。



 すっかり夜になった。弟は帰ってこない。


 嫌な予感が加速していく。弟はどうしたんだろう。警察? でも小学生の家出ごときで警察が動いてくれるんだろうか。二代目はお葬式の手続き真っ只中で、力を借りることはできない。


 こんこんとドアがノックされた。開けるともちろんゴブリンさんだった。


「なんだか変な予感がしましてね。なにか困ってることはありますかい」


「弟が帰ってこないんです。河原で鳥の写真を撮る、って言ってたんですけど、ゴブリンさん見ませんでした?」


「午前中はあっしと水切りして遊んでたんですがねえ。ちいと昼寝してたら見当たらなくなりまして」

 ゴブリンさんが見失うのだから相当だ。


「探すの手伝ってもらえますか?」


「もちろんでさ」

 ほかに頼れるひとはいないか。


 そうだ、結衣ちゃん経由でムーメンさんやふすまさんに助けてもらおう。結衣ちゃんにDMを送ると、二つ返事で取り次いでくれて、ムーメンさんとふすまさんも探してくれることになった。結衣ちゃんはスーパーのアルバイトの時間が終わったら助けてくれるらしい。


 河原で、ムーメンさんと顔を合わせたとき、思わず「すみません」と頭を下げた。


「大丈夫ですよ。きっと無事です。いっしょに探しましょう。小学生の足ならそう遠くまで行っていないはず」


 ふすまさんはごついリュックサック(オタクの荷物が多いのは夢と希望が詰まっているからである)からコンビニのおにぎりを取り出して渡してきた。


「まず腹ごしらえしましょう」

 ありがたくいただく。ツナマヨおにぎりは大正解優勝の味がする。


 みんなで手分けして、河原を探すことにした。


「おーい。晴人ー。どこいったー」


「晴人くんー」


「晴人くん、どこだー」

 大人がこんなふうに助けてくれるということは、やはりわたしは子供なのだ。そう思っていたらバイト上がりの結衣ちゃんも駆けつけた。


「あのカメラめちゃうま少年が行方不明なんだって? 警察は?」


「いや、子供の家出だからそんなに遠くに行ってないと思うんだ、警察を呼んじゃうと大事になって近所の人びっくりしちゃうし、ニュースになったら大変だから」


「わかった。斗雨子ちゃんは目立ちたくない人だもんね」

 みんなで河原をウロウロする。ゴブリンさんが、

「なにか晴人さんの匂いのするもの、ありますかい?」と聞いてきた。


「ちょっといったん家に戻ってとってきましょうか」


「や。そこまでしなくて大丈夫でさ。ゴブリンは鼻が利くもんで、記憶してる匂いで探せないかと思って――あ」


 ぱつり。

 雨が降ってきた。なんて間の悪い雨だろう。


「雨ですかい……雨は匂いを消しちまうんでねえ」


「そうですか」


 いったんムーメンさんの車に戻ることになった。ゴブリンさんも連れてきて、一同に紹介した。三人とも、わりとすんなりとゴブリンさんの存在を受け入れてくれた。


 雨は次第に強くなる。コンビニで雨がっぱを買うことにした。


 コンビニの雨がっぱを着て、ゴブリンさんは子供用のやつをダボダボながら着ている。河原をうろうろと探し回るも、なんの手がかりもない。


 最悪の想像がよぎる。靴をどこかに揃えて置いていないか。それを振り払って、

「晴人ー」と声を張る。


「アメリちゃん!」

 ふすまさんに呼ばれた。子供の靴が落ちていたらしい。見せてもらうと、弟の靴にしては小さかった。弟はあれで足のサイズが27.5ある。


「そっか、違ってよかった」

 ため息をついた。


 雨は次第に強くなってくる。スマホの天気予報を見るとこの雨は未明には止むらしい。


 未明まで。途方もなく長い時間に思えた。


「やっぱり警察に頼ったほうがいいんじゃないかな……」


 ムーメンさんが呟いた。その通りだと思った。


 あきらめて警察に連絡すると、二つ返事で助けてくれることになったが、捜索は明日の朝からだと言われた。


 みんなでムーメンさんの車に戻り、簡単に菓子パンを食べて、しばらく仮眠を取る。


 起きたら雨は小ぶりになっていた。現在四時ちょうど。警察が動き始めるまでまだしばらくある。


 ゆっくりと太陽が上ってきていた。夏の河原を、薄くなった雨雲越しに、太陽が照らしていた。弟が早まっていないことを願いながら、河原をしばらく探した。


 六時くらいに警察の捜索隊が来た。河原は捜索隊に任せることにして、ほかに弟の行きそうなところはないか探してみよう、とムーメンさんに提案された。


「学校で破壊工作をしてるとかは?」


「どうでしょう……っていうかきょうって平日ですよね、無理なさらないでください」


「大丈夫。私は主婦だしふすまさんは美容師」


「美容院は火曜日がお休みなので、美容師は問答無用でお休みなんです」


「結衣ちゃん学校行かなくていいの?」


「うん、別に行く気はない。バイトもないし」

 心強い味方たちと、とりあえず学校に向かってみることにした。


 弟の行動範囲なんてたかが知れている。学校に行っているかもしれない。ガラスに石を投げてスカッとしているかもしれない。


 ムーメンさんの車で、小学校に向かった。小学校はまだ始まる前だ。事務員さんに事情を説明するも、きのうは夕方六時に施錠していまさっき開けたところだという。

 手詰まりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る