33 マクドナルド
オーヤマブラザースはもうけっこう大きくなった。でもまだ子猫である。二代目がせっせと世話をしていたらしく健康そうだ。
竹林院は相変わらずのんびりと日常を過ごしている。でっかいあくびをして、ドスンッとソファに寝転がった。眠いらしい。
弟は完全にしょげていて、なにか力をつけることを言ってやりたかったが、なにもいい台詞が思い浮かばない。
わたしはなんのために映画や漫画や小説やアニメを摂取していたのか。
弟ひとり励ませないようで、どうやっていいセリフを考えるのか。
自分がたいそう下らない人間に見えた。
こんなんだから世の中のひとに「漫画家は楽しい、楽な、遊んでいるだけの仕事」だと思われるのだ。
悔しさがメラメラポッポしていた。
弟はおそらく親父殿を人生の師と仰いでいる。会いたかったに違いない。
一歳くらいプラスの方向にサバを読めば通してもらえたかな。
っていうかもうすぐ誕生日だな。
「……姉貴、腹が減ったよ」
「あ。お昼……しまった、お弁当とか用意しときゃよかった。よその家の冷蔵庫開けるわけにもいかないし」
「じゃあバナナ食おうぜ」
「いいよ。でも凍らせなくていいの?」
「一人一本食べても二本くらいは冷凍できるだろ」
そういうわけで、二人してバナナを食べた。ちょうど四本あった。残りは家の冷凍庫に入れて、これから襲い来るであろう暑い日にがりがり食べることにした。
「バナナってうまいな。ショーワのひとが果物の王様だと思ってたのもわかる」
「うん……ほどよく熟れてる。おいしい」
「姉貴はショーワってわかるか?」
「わかんないよ平成生まれなんだから」
「そうなのか」
そんな話をしていると竹林院がバナナを見にきた。とりあえず自分が食べてもおいしくないことは分かるようだ。
「マリオカートやりたいね」
「どうした姉貴」
「バナナの皮といえばマリオカートじゃないの?」
「ああ……でもあれ何人かでやらないとつまんないからな。おれには関係ないゲームだ」
「そんなこと言いなさんな。あんたには未来がある。友達だってできるかもしれない」
「無理だよ。おれはみんなに嫌われて生きてくんだ」
弟の言葉は悲痛だった。
学校でどんな立場にいるか、それがどれくらいの激痛なのか。
弟は傷つきボロボロになった子供だ。だれかに愛される必要がある。おそらくわたしでないだれかに。
弟の孤独を分かってやることは根本的にはできないのだと思う。わたしと弟は別個体だからだ。弟がどれだけつらいか、わたしは体験することができない。
わたしだっていじめに遭った人間である。悪口を言われるとかじゃなくて、真冬にバケツの水を浴びせられるとか、そういうたちの悪いいじめに遭った。
でも、弟とわたしでは感受性やなにをつらく思うかが違う。
だからどれだけひどい目に遭ったかで優劣をつけることはできない。
弟はひとつため息をついた。
わたしは竹林院をよしよししながら天井を見上げた。古い木造家屋なので、きれいな木目の板の貼られた天井である。
「うにゃー」
竹林院が頭をスリスリしてくる。懐かれたらしい。
「なあ姉貴、オーヤマブラザースって家じゃ飼えないのか? 父さんなんてめったに帰ってこないんだしさあ」
「だめって言われると思うよ。いなくても家長だもん」
「そっかあ……」
オーヤマブラザースが騒ぎだした。ご飯の時間らしい。竹林院には待っていてもらって、キャットフードを用意する。子猫用のパウチのキャットフードは、パッケージの写真が可愛い。
オーヤマブラザースに与えると、夢中でモグモグモグモグと食べ始めた。顔の周りがキャットフードでベチョベチョだ。食べ終えたオーヤマブラザースの顔を、置いてあったペット用ウェットティッシュで拭いてやる。
「おいしかったねえ」
「みゃー!」
のぶ代が元気いっぱい鳴いた。ヤスハルとマスタツはわりとシャイらしい。
そのままオーヤマブラザースはお昼寝の体勢に入った。じつにのどかである。
しばらく待っていると二代目が帰ってきた。
「お前ら昼に何食べた?」
「バナナ!」
「それだけじゃ足りないだろ。マクドナルドの新メニュー買ってきたぞ」
というわけでハンバーガーが手渡された。久しぶりのジャンクフードである。
「おお……マクドナルドだ。この紙で包んであるの、マクドナルドだ」
弟はハンバーガーのパッケージをしみじみと見ている。
「なんだっけな、なんかよく分からんがうまそうだったから買ってきたんだが」
弟と二代目とわたしはのどかにハンバーガーを食べた。チーズたっぷりでおいしかった。
「オーヤマブラザース、貰い手見つかりますかね?」
「そうだなあ……ポスター貼らせてもらったときに、スタッフのひとに『三毛猫、最近あんまり見なくて珍しいですよね』って言われたから、のぶ代はすぐ見つかるんじゃないか? 三毛猫は長生きするらしいしな」
みんなでハンバーガーを食べて、弟は少し機嫌を直したように見えた。
「親父殿はどうしてるんだ?」
「連絡がこないってことは比較的元気なんじゃないか? まあベッドからは動けないんだろうが」
「そんなに悪いのか?」
「そうだなあ……余命宣告受けてたって話はしたっけか」
「聞いた。でもまだ少しあるんだろ?」
「そうだな。あんまり心配しなくていいぞ」
「おう」
そんな話をしていると、「カメラの田中」のドアが開く音がした。二代目がはいはーいと出ていくと、ゴブリンさんだったようだ。
「なんかうまそうな匂いがしやすね」
「ああ、ハンバーガー食べてたから……サイドメニューで食べるかと思ってポテトとナゲット買ってきてるんだけど、ゴブリンさん食べるか?」
「いいんですかい?!」
ゴブリンさんはフライドポテトとナゲットを、興味深そうに観察してから口に入れた。
「こいつぁうめぇや」
「ケチャ・バーベ・田所マス夫」
弟が0655の「ナゲッツ」の名前を言う。
「なんだそれ」
「二代目は0655見ないのか?」
「平日の朝こっぱやくにやってるあれか。たまあに見てたな。最近はそんなのが出てくるのか」
弟が機嫌を直して大変安堵した。
「さて、夕飯の買い出しにいかないとな……腹いっぱいのひとに聞くことじゃないが、なにか食いたいものあるか?」
「あの」
思わず率直な疑問が出た。
「どうしてわたしたちにこんなに優しくしてくれるんですか? 二代目には二代目の仕事があって、わたしたちは近所に住んでる子供で、基本的になんの関係もないじゃないですか」
二代目は少し悩んでいるようだった。しかし明瞭に答えた。
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