25 おいしくなってリニューアル
ゴブリンさんは朝の情報番組をぼーっと観ている。外国で戦争が起きているニュースを報じているようだ。
外国の戦争というのは、わたしの暮らしにどういう影響を与えているのだろう。物価高みたいなものも外国の戦争きっかけだったりするのだろうか。
戦争をやっている国の首相が激おこで演説をしている。「バケモノはぶちのめす」みたいな、露骨に感情に訴える言い方をし、オーディエンスはおーっと沸いている。
それでいいのだろうか。
戦争は愚かである。水木しげる御大も「戦争は腹が減るだけです」と、映画「妖怪大戦争」のエンドロールで言っていた。水木しげる御大は戦争で片腕を物理的に失っている。だから「腹が減るだけです」は極力マイルドに言った言い方なのだろう。
そんなことを考えつつ日記漫画を描いた。XにUPする。わたしのすごいところはとりあえず完成にこぎつけるまでが早いことだ。
「ゴブリンさん、ゴブリンさんの元いた世界でも、戦争ってあったんですよね」
「そうですぜ。魔族と人間の長い戦争があって、魔族が勝利したんですがね、魔族の支配する国にドンドコドンドコ海の向こうの諸国が攻め込んできてるんでさ」
「どこの世界でも変わらないかあ」
「そうですぜ。しかしこっちの世界のチャリオットは爆弾を発射できるんでさぁね」
戦車のことらしい。
戦車の砲弾が爆発するかどうかは正直知らないのだが、とにかくゴブリンさんの目には戦車が恐ろしいものとうつったようだった。
もし外国の戦争に使われている戦車が鳥山明の描くかわいいやつだったら、ゴブリンさんは怖いと思わなかったかもしれない。
なんにせよ魔族が攻め入ってきたらこんなチンケな国一瞬で滅びる。ゴブリンさんには誤解してもらうのが一番いい。
だって戦車とドラゴンが真正面からぶつかったらドラゴンが勝つよね?
そこまで考えてふと「戦車VSドラゴン、面白いのでは……?」と思った。
目の前に、戦車とドラゴンが戦う世界が展開された。それはいわゆる世紀末的な世界で、ドラゴンは人間を食いちぎろうと暴れ、戦車はそんなドラゴンたちから人類を防衛する最終手段だ。
いいじゃんこれ。描いてみよう。まずはネームを切らねば。
ストーリーを考えるのはわりと得意だ、ここまで血肉としてきた映画や小説や漫画の量に裏打ちされている。絵コンテを描く漫画家もいるそうだが下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる式でやっているわたしにはそういうのは向いていない。
殴り書きのネームができた。確認して直しどころがないか探す。
うむ。描こう。パソコンに向かってコマ割りしていく。
とりあえず十四ページほどの掌編漫画になりそうだ。それで充分。ウケたら続きを考えよう。
とにかくひたすらパソコンに向かいカリカリカリカリ描き続けた。
「トーコさん、昼飯は食わなんでいいんですかい?」
「え? ……もうお昼か。食べたほうがいいのかな」
「人間は三食食わないと生きていけないんじゃないんですかい?」
「そんなことないですよ。食べても食べなくても生きていけます」
「そうですかい? 無理なさらんことでさぁね」
でもとりあえず休憩をとったほうがいいのは間違いない。いったん書きかけの漫画を保存し、なにか口にいれようと冷蔵庫を開けると、びっくりするほどモノが入っていない。冷凍庫もしかり、である。
「……しゃーない。買い物にいくか」
わたしは立ち上がった。ゴブリンさんにはいったん帰ってほしい、と提案した。いつ不意打ちで父さんや母さんが帰ってくるか分からないからだ。
ゴブリンさんは「協力者は多いほうがいい」とよく言うが、うちの両親がそういうのに協力者してくれるとはちょっと思えないし、ゴブリンさんも無用な人間との接触は避けたいはずだろうと思う。
買い物に行くことにした。
きょうもいつものスーパーに入る。きょうは結衣ちゃんがいない。ちょっと安心する。
冷食やお惣菜や、簡単に料理できる材料およびクックドゥ的なものを次々カゴに入れる。ついでにお菓子も買う。
お菓子の「おいしくなってリニューアル」はだいたい小さくなった、ということだ。故郷のおっかさんはこんなちっちゃいクッキー焼かないと思う。
なんでもモノがアホみたいに高くなってしまった。買い物を終えて自宅に帰ってくると、弟が何故かいた。
「あんたまた学校サボってきたの?」
弟は無言で膝を抱えている。
「ちょっと、返事くらいしなさいよ」
弟はひたすらに無言である。
「あんたねえ……お昼食べた?」
弟は首を横に振った。しょうがないので冷食のパスタをチンして食べさせる。
うまいともまずいとも言わずに、無言でパスタを食べている。
「どうしたの? なにかあったの?」
「なんもねえよ!!!!」
弟が突然キレた。どうしたんだ?
弟はキレたままパスタをずるずる食べた。わからない……なにがあったんだろう。弟は悲しい顔をしている。
弟にこんな悲しい顔をさせたやつは、我が家の敵ではないのか。
「なにがあったか順番に話してみなよ。黙っててもわかんないよ」
「……先生が、これからうちにくるから……」
「は?」
「先生がそう言ってたんだ。これからくるって。話があるって」
「なんの話?」
「あおぞらルームの話」
要領を得ない弟のボソボソしゃべりを聞いて、なにが起きたか想像する。
あおぞらルームっていうのはえねっちけーの名作ドラマ「ひきこもり先生」のステップルーム的な、不登校の児童生徒が通う教室のことだろうか。
しばらく無言の弟を眺めてから、部屋を軽く片付けておく。父さん母さんには連絡が行っているのだろうか。弟に尋ねると「しらね」と言われた。
なんでわたしが責任を負わねばならんのか、さっぱりわからないのだが、とにかくこれから先生がくる。恐らくテストでいい点数をとった順番に呼ぶのに弟をハブッていた先生が。
なにか恐ろしい気分になって、心臓がバクバクしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます