24 多様性社会
「姉貴ー、腹減ったよー」
時計を見るともう夜だ。夕飯を用意しているとドアがノックされた。ゴブリンさんだ。
ゴブリンさんを加えて三人で夕食を食べる。
「いやあ熊っつうのは恐ろしい生き物でさあね」
ゴブリンさんは熊を見てきたらしい。あっちの世界にもあそこまで凶暴な魔族はいない、と言ってゴブリンさんは震えている。
「ゴブリンさん、」
と、結衣ちゃんのことを相談する。
「そういうのは断固断るべきですぜ。ずるずる利用されちまうと面白くない」
「それはそうだ……」
ずるずるとリクエストに答えるマンをやって、18禁イラストを描かされ晒し者にされる可能性もある。イラストを保存されて自作発言をされる可能性もある。
つまり結局結衣ちゃんの言いなりになってはいけないのである。
でもそれができるならゴブリンさんに相談しないわけで。
「姉貴、姉貴はあのギザッ歯のひとと、中学のとき仲良かったのか?」
「いや? ふつうに美術部の仲間って感じ」
「同じグループにいたとかじゃないのか?」
「うーむ。イラスト描いてよって言われて描いたりはしたけど、親しくはなかったな」
「だったら友達じゃないじゃん。なんで友達じゃない人の好きなキャラ描いてるんだよ」
弟の言うことは、この世の真理なのであった。
「友達かあ」
わたしは友達がいないので、友達であることを強要してくる結衣ちゃんを友達と認識してしまったのかもしれない。
友達であるならば、こっちの気持ちも尊重されるべきなのではないだろうか。
「あの人たち、なんつうか変わってましたねえ」
ゴブリンさんがしみじみ、腕を組んで頷いている。
「まあ好きなキャラクターと同じかっこうをしたいっていう変わった人たちですからね」
「この田舎にもコスプレイヤーっているんだな」
「そりゃいるよ。すごいよ、同人誌即売会のコスプレ勢」
「ああいうのがいっぱいいるのか?」
「うん。……うん」
漫画を描かねばならないことを思い出した。夕飯の肉野菜炒めをやっつけて、それからゴブリンさんが帰っていき、わたしはパソコンに向かってゴブリンさん漫画を描いた。
ゴブリンさんが同人誌即売会でモテモテになって困る話だ。異世界モノの作品のコスプレイヤーに見つけられて、一緒に写真に収まってほしい、とモテモテになっちゃうのだ。
できた。UPする。ものすごい勢いでバズっている。
「ゴブリンさんが社会科見学してるw」
「ゴブリンさん楽しそう」
などのリプライがどんどん来る。
とりあえず風呂に入った。あがってくるとなにやらメールが来ている。DMの通知だ。
「ごめんね」
どうした結衣ちゃん。なにがごめんなのか分からなくて混乱していると、
「DMに既読付かないからどうしたんだろうと思って、スクショをムーメンさんとふすまさんに見てもらったら、そんなわがまま言っちゃだめだよって言われた」
どうやら先輩たちにコッテリ絞られたようだ。
「作品交換してくれるなら構わないよ」
と、提案してみる。
「どういうこと?」
「DMで交換だからTLには流さないけど、こっちの好きなキャラを描いてくれるなら、イラストくらい描くけど」
しばらくの沈黙ののち、
「ごめん、あたし絵描けない」
とのDMが返ってきた。そりゃそうだ、最近面白かった漫画、と訊かれて「ゴルゴ13」と答えたわけだから、結衣ちゃんはデューク東郷をリクエストされると思ったのだろう。
「でもケモギム面白いからアプリで追ってみることにしたよ」
「まじ?!」
よほど嬉しかったらしい。
夜遅くまでDMするという不健康な遊びをしてから寝た。
翌朝起きてくると弟が先に朝ごはんを食べていた。きょうは月曜日だ。
弟が学校に行ってから、朝ドラを眺め、きのうの大河の録画も観て、さて始動しますか、とパソコンに向かう。
原稿を始める前にブラウザでXを開いてみる。すんげえバズっている。過去最大のバズりかただ。恐ろしや。
またフォロワーがブワワーと増えていた。編集者と名前についている人を中心に、ふだんのツイート塩梅を見つつフォローしていく。
リプ欄を解放したほうがいいのかもしれないなあ。でもそんなことしたらすごい勢いで通知が流れていくんだろうなあ。実に悩ましい。
通知が多すぎて追えないのは困る。しかしクオリティフィルタで大事な話が弾かれるのも困る。どちらを取るべきなのだろう。
タイムラインはもともとそんなにフォローしているわけでないので追えている。ただこれ以上増やすと厳しいかもしれないなあとも思う。
ゴブリンさん漫画がバズるのは嬉しいが、基本的にわたしは石の裏の虫なので注目されると恐ろしい、と思ってしまう。
しかし漫画家を目指すということは、注目されるところに出ていかなくてはならないのだ。その覚悟を自分に問う。
そうやっているうちにゴブリンさんがやってきて、小首をかしげて聞いてきた。
「きのうの、コスプレ? の人たちは、男になりたかった女なんですかい?」
「いえ? ただ単に男装するのが楽しいだけです」
「はぁ?」
ビックリされてしまった。コスプレというものの知識をありったけ説明する。聞かれたので、BLというものについても説明する。
「あっちの世界じゃ人間が男同士でいちゃつくと騎士団に捕まってましたぜ?」
「まあこっちの世界いまそういうのすごく大らかだから」
「大らかってそういう問題なんですかい?」
「わかんないですけど……個性というか、人と違うところがあることを認めよう、って動きがあるんです。多様性、というやつですね」
「よくわからん……」
ゴブリンさんはため息をついた。
「もちろん賛否両論ありますよ、多様性を否定する宗教もあるので。でも無理やり『ふつう』の型に全員押し込むよりはいいことなんじゃないですか?」
「確かに。ふつうって何を基準に、って話ですもんねえ」
ゴブリンさんにも多様性社会の話は通じたようだ。
ため息一発きょうの原稿を始める。たまに一ページ日記漫画も描きたい。ゴブリンさんも描かねばなるまい。やることがたくさんある。
筒井康隆は「乱調文学大辞典」のなかで「プロ」を「プロレタリアの略。『おれはプロだ』という作家がいたら貧乏しているということ」と書いていた。わたしは親に養われているわけだから筒井康隆的「プロ」と言っては親に失礼である。
しかし本来の意味のプロになれる気配はなく。
続けることは稀有な才能だというが、続ける才能自体を評価されることはない。不条理な気もするが、まあ仕方のないことなのだろう。
続けたところでいいものが描けなかったら無意味なのだ。
あーあ、なんかの弾みで「次にくる漫画大賞」とかもらえないかなあ。
やっぱり編集部に持ち込みするとかしかないのかなあ。東京は遠いなあ。
都会の同人誌即売会だと出張編集部なんてのがあるらしいが、そもそも都会が遠い。最寄りの都会である仙台までは高速バスで半日移動しなくてはならない。
まさか「仏滅日曜友の会」に出張編集部がきているわけもないしなあ。
それとも薄い本を作って頒布するのがきっかけで書籍化にこぎつけられたりするのかね。
ええい悩んでもどうしようもない。描くべし、描くべし、である。
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