23 大好きなやつだ
そもそも読む量が違うのだと思う。漫画雑誌は最初から最後までぜんぶ、ストーリーが頭から飛んでいても片っ端から読むし、それは全て己の血肉とするためのものだ。
もう夢中で一つのジャンルにしがみついていられる段階でないのだ。世の漫画はすべてライバルである。だから漫画を読むのは敵情視察だ。
「そ、そんなつらそうな漫画の読み方してるんだ……ケモギム読みなよ、布教用に単行本ぜんぶ持ってきてるよ」
結衣ちゃんはコスプレ衣装の入っていたバッグの底から漫画を数冊取り出した。これが問題のケモギムこと「ケダモノギムナジウム」らしい。
強引に貸し出されてしまった。ムーメンさんの好意を断った後なのでなんだか申し訳ないが結衣ちゃんは絶対読ませる、という顔。まあムーメンさんは完全なる他人である、同じ部活だった結衣ちゃんから借りたほうが自然だ。
パッと見では絵のうまい漫画だ。これも血肉としよう。
「これ、『コミックディファレントワールド』っていうタダ読みアプリで読めるよ」
「あー、漫画アプリね……いちおういくつか入れてはいるけど結局映画観てる時間のほうが長いなあ……」
「……なら映画つくればいいじゃん」
結衣ちゃんは少し怒っているように感じた。でも冷静に現実を述べる。
「映画は一人じゃ作れないから漫画描いてるんだよ」
「なあ姉貴、トイレいきたい」
「あっちの小屋がトイレなんじゃない? ああ、熊が出たっていうからついて行ったほうがいいか」
というわけで自然公園の貧相なトイレまで弟と一緒に向かった。弟は中に入って、
「きったね!」
と声を上げた。そりゃそうだろうよと思う。
ゴブリンさんが近づいてきた。いまは姿を視認できる。
「あの人たちはなんなんですかい?」
「コスプレイヤーですって言ったじゃないですか」
「いや。いまさっき、トーコさんを悪し様に言ってたんで」
「あのひとたちが?」
「いえ、いちばん若いのだけです。ほかの二人はまあまあってなだめてました」
「あー、自分と価値観が違いすぎて受け入れがたいとかそういうことなんだと思いますよ。なにか一つの特定の作品を中心に読んで二次創作したりコスプレしたりするのが、あのひとたちの漫画とのつきあい方なので」
「そういうもんなんですかい? 難しいもんですね」
弟が用を足し終えたので、とりあえず手を洗わせてみんなのいるところに戻る。
「そうだ」
「なに?」
「忘れてたけど朝ドラは最近すごい好きなジャンルですね。特に今期のやつすごく面白いですね」
そういってイメージの悪化を防いでみる。ムーメンさんが、
「え、いまやってるのってAKのやつじゃないですか。観ちゃだめですよ」
と言ってきた。ムーメンさんはAKアンチだったらしい。
「朝ドラっておばあちゃんが観るもんなんじゃないの?」
結衣ちゃんの偏見。
「それが結構、若いアイドル俳優とか使ってて、若い人でも面白く観られるようにできてるよ」
「そーなの? ふーん……」
「朝ドラ、X見てるとけっこう盛り上がってて面白そうだなって思うけど、ちょっと観る時間ないんですよねえ」
ふすまさんが肩をすくめる。
「あと大河も観ますね。今年の大河は娯楽に振り切ってて好きです」
「今年の大河ちょっと軽薄すぎません?」
どうにもわたしの好きなジャンルがディスられているぞ。
なんだかイライラしてきたぞ。
他人の好きなジャンルをディスるのはよくないことではないのか。
とにかくわたしは相手の好きなジャンルを読みもしないでけなすのはよくないと思っているので、結衣ちゃんから漫画を借りようと改めて決意した。商業作品として売られているということは、編集者が面白いと価値を認めた、ということだからだ。
コスプレの後半戦が始まった。メイクを直し、長物を構えてポーズを撮る。弟がカシャカシャ写真を撮る。
やっぱり写真を撮っている弟はイキイキして見える。本当に、写真を撮るということが好きで好きで仕方がないのだ。
でも弟が撮りたいのはコスプレじゃなく鳥なんだよなー!!!!
そう思っているうちに、解散の時間になった。ムーメンさんに送ってもらい、家に帰ってきた。
家に帰ってきて、さっそく「ケダモノギムナジウム」を開いてみる。
ああ、これは腐女子の大好きなやつだ。納得しながら読む。主人公は「学園」に転入してきた狼族の少年カイである。そのカイが、戦い方を学びながら、先輩たちとイチャコラする、という内容である。
ああ、これは腐女子の大好きなやつだ(二回目)。
ジェイルの妖艶なキャラクターも腐女子が大好きなやつだし、シメオンのスーパー攻め様ぶりも腐女子が大好きなやつだ。主要キャラはもう一人いて、エリアスというツノにメガネのキャラクターがいる。少々地味だがこれも腐女子が大好きな鬼畜眼鏡だ。
おそらく結衣ちゃんはわたしにこのキャラクターのコスプレをさせたかったのだろう。メガネのデザインがわたしのかけているメガネによく似ている。
コスプレはノーサンキューなんだよなあー!!!!
漫画自体は内容が薄めなのでサクサクと読み終わってしまった。続きが気になるわけではないが、人づきあいということを学ぶためにも追いかけてみるか……と、インストールしたまま放置していた「コミックディファレントワールド」とかいうアプリを開いてみる。
まさに上部のカルーセル広告に、「ケダモノギムナジウム」がでかでかと載っていた。タップしてみるとどうやらお話は佳境に入っているらしい。
一日に4話までタダで読めるようなので、恐る恐る「コミックス未収録」から読んでみる。ああ、これは腐女子の(略)。
そう思うのはともかく、単純に娯楽として漫画を楽しめないのは明らかな不調だよなあ……と思う。朝ドラや大河や映画も、血肉とするだけでなく二次創作をするくらい楽しみたい。
朝ドライラスト、描いてみるか。
ヒロインを描いてみる。日本髪の構造がよく分からないのでググってみる。なるほどこういうふうになってるのか。よしできた。Xにポストする。
これもブワワワとバズっていく。そこまで面白いイラストではないのだが。
少ししてメール通知が来た。DMが来ているらしい。
「カイ君描いてよ」
結衣ちゃんからの悪気のないDMであった。うぬぬとなる。
自分で描きたいキャラクター以外は、報酬を頂かない限り描かないことにしているからだ。
でも描いてみるのも勉強かもしれないな。というわけでカイを描く。ギザッ歯がかわいいキャラクターなのでニッと笑った顔で。
できた。DMに投下する。
「ふつーにポストすればいーじゃん。ぜったいバズるから」
そう言われても弊アカウントのイメージというものがあるのだ。創作漫画をUPしているアカウントで、よそさまのキャラクターを描くのは筋違いだ。
しかし二次創作垢を作る気はない。二次創作は基本的にあまりやらないからだ。
それともイタコ漫画でケモギムの名シーンを再現したら面白がってもらえるだろうか。しかし水木しげるタッチのBL漫画というのはどうかと思うぞ。
しょうがないので、
「下手くそでちょっと恥ずかしいから無理だよー」
と返信する。
「そんなことないって! ピクシブとかでもここまでのクオリティの絵なかなか見ないよ!」
どうやって断ればいいのだろう。
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