22 漫画のアイディア

 三人はカッコいいポーズを取る。本当はもっとこう、ボーイズがラブな感じのポーズで写真を撮りたかったのかもしれないが、カメラマンが小学生なので遠慮したのだろう。


 自然公園のなかをウロウロしながら、いろんなポーズでカシャカシャする。楽しそうだ。弟も性能のいいカメラに触れて嬉しいらしい。


 ゴブリンさんの気配がすぐ横にある。どうやらコスロケを観察しているらしい。


「あれはなにをやってるんですかい?」


「コスプレっていって、漫画……絵物語のキャラクターに扮して写真を撮る遊びです」


「へえ……あの服、王都ブリジデルの貴族子弟学園の制服にそっくりでさぁね」

 そうなのか。著者はもしや逆異世界転生してきた人なのかもしれない。


 そんなことはともかくコスプレはとても楽しそうだが、ジャンルを知らない傍観者にはひたすら退屈だ。

 この時間で漫画を描きたい。とりあえずアイディア出しだけでもするか。そうだ、ゴブリンさんがオタク文化に触れる回なんてどうだろう。


 ニコニコしながらオタク文化体験回の内容を煮詰めていく。やっぱり同人誌即売会とかに来てしまった、という設定がいいだろうか。

 川向こうの街ではけっこうな頻度で同人誌即売会をやっている。それはわたしが中学のころからずっとだ。「仏滅日曜友の会」という名前のイベントで、名前の通り仏滅の日曜に結婚式場を借りて開催されている。


 この「仏滅日曜友の会」であるが、中学のころいっぺん一般参加したことがある。あまりの人混みで具合を悪くして、なにもしないで帰った。ああ、ドールさんの撮影スペースをきれいだなーって見たのは覚えている。


 もう行きたいとも思わない。二次創作にはあんまり興味がないからだ。こういう田舎の同人誌即売会は、どうしても少年誌作品のやおい本とか、人気アニメのやおい本とか、そういうのばかりだ。コスプレもイケメンか美少女ばかりである。


 それともいまは違うのだろうか。

 とにかく人混みはしんどいので行かなくていい。それが結論である。


 あるいはオリジナル漫画だけのイベントなら行くかもしれないが、それでも人混みは嫌なので行かない可能性が大きいと思う。


 同人誌即売会に一度行ったことがあるので、それでオタク文化体験回のイメージを練る。


 もとより漫画のゴブリンさんが現れたのも、川っぺりの街みたいなところを想定している。だから設定としては問題ない。


 そんなことをベンチに腰かけてぼーっと考える。

 弟はとても楽しそうに写真を撮っている。楽しいのだと思う。でも弟が本当に撮りたい被写体は、人間でなく鳥なのだよなあ、と思う。


「じゃあこのへんでちょっと一休みしよっか」

 ムーメンさんがそう提案して、衣装のコートを脱いでみんなでお茶することにした。ふすまさんがボトルに水出しルイボスティーを作って持ってきていた。


 うん、おいしい。茶葉は川向こうの街の無印良品で買ったらしい。川向こうの街は便利そうである。


 おやつにムーメンさん手製のクッキーも出てきた。

「すげー! クッキーって自作できるんだ!」

 弟が子供らしくはしゃいでいる。そんなに喜ぶな、恥ずかしいから。


 ムーメンさんはクッキーをみんなに勧めながら、

「アメリちゃん、もしかして退屈?」

 と、図星としか言えない質問をしてきた。


「いえ……最近のコスプレってすごいんだなって……結衣ちゃんそのギザッ歯どうなってるの?」


「これはねーお湯で形を変えられる樹脂こねて作ったの。コスプレの専門通販のお店で売ってるよ」


「へえ……すごいんだね」


「そんなすごくないよ。わりとふつう。クオリティ上げるならこういう細かいところからだよね」

 そういうものなのだろうか。しかし漫画も絵のキレイさや読みやすいコマ割りなど、いわゆる「防御力」を上げるのが大事なので、そういう点では近いかもしれない。


「今度の『仏滅日曜友の会』でコスROMを頒布しようと思ってるんだ」


「……すごいね。サークル参加だ」


「アメリさっきから『すごい』しか言ってなくない?」


「うん、確かに」


「ゴブリンさんも本にしてサークル参加して売ればいいじゃん」


「いや……イベントって人多そうで……」


「まあ無理に勧めないであげなよ。人には体質があるんだから」


 ムーメンさんがすかさず助け舟を出してくれた。

「そっかあ。晴人くんは楽しい?」


「おう! いまデータチェックしてたけどやっぱスゴいカメラは違うな。コンデジとは全然違う」

 そりゃそうだ沙羅双樹。カメラを貸してくれたムーメンさんは笑顔だ。


「我々とは別に撮ってくれるひとがいるとポーズに集中しやすくていいね」

 ふすまさんもクッキーをぽりぽりしながら笑っている。


 端的に言ってとても楽しそうであった。

 弟が楽しいならわたしはそれで構わない。そのうえおかげさまでゴブリンさん漫画の新しいアイディアを得たわけだし。


「アメリさあ、次の『仏滅日曜友の会』おいでよ。楽しいよ」


「い、いや、人混みがちょっとアウトで……」


「だーいじょぶだって。コミケみたいに混雑するわけじゃないし」

 比較の対象を間違えてはいないだろうか。

 東京ででかでかと開催されるコミケとこの片田舎の小規模な同人誌即売会を比較されては困る。


「アメリちゃんは同人誌即売会ってあんまり行かないタイプ?」


 ふすまさんがクッキーをぽりぽりする。

「そうですね……コツコツ漫画描くのが楽しいので……無理に人前に出ていくのは怖いんですよね」


「そういえばアメリちゃんってイタコ漫画描けるって本当? 水木しげるの」

 ムーメンさんもお茶を飲む。


「いちおう。でもイタコ漫画描けても特に得することないですけどね」


「スゴい特技だよ、それ。田舎の同人誌即売会でそういうことできる人あんまり見ないよ」


「そうなんですか?」


「顔ばっかりキレイな絵描けるってレベルが大半かな」


「へえ……」


「いまハマってるジャンルってなにかある?」


「今ですか? うーん、ミニシアター系の映画ですかね……」


「?」

「?」

「?」

 三人ともポカンの顔になってしまった。


 川向こうの街には「スタア劇場」という小さな映画館がある。車で片道30分かかる上に、流行りの映画はかからない、いわゆる名画座であるが、コアで面白い映画をコツコツと上映している。


 以前から、たまにバスでそこに映画を観に行くのが自分へのご褒美である。普段はDVDを家で観ているが、大スクリーンはわけが違う。


 スタア劇場はシネコンでなく単館の映画館なのでとにかくスクリーンが大きいのだ。最近はインド映画をよくやっている。


 そこまで説明すると、

「え、じゃあ固定の作品で好きなカップリングがあるとかじゃないの?」

 と、結衣ちゃんに訊かれた。


「うん。漫画は広くまんべんなく読んでる感じ。最近面白かったのは廉価版コンビニコミックのゴルゴ13」


「ゴルゴ13」

 結衣ちゃんは絶句した。もっと可愛らしい漫画が出てくると思ったらしい。

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