ゴブリンさんオタクを知る

21 コスプレ

 そういうわけで、「カメラの田中」から帰ってきて、スマホを見る。メールが来ているところを見るとだれかがDMを送ってきたらしい。もしや編集者さんか。ワクワクとXを開くと、「ゆい@コス垢」からだった。


 拍子抜けというかガッカリというか、クソデカため息が一発出た。

「アメリちゃんはコスとかしないの?」

 しない。するわけがない。またしてもクソデカため息が出る。

「しないよ、こんなブサイクなのコスプレしちゃだめでしょ」

 と返信すると、秒で返事がきた。


「そうかな、太ってないから大丈夫だよ。たのしいよ!」

 あんたが楽しくてもわたしが楽しくないんである。


 どうやら完全に雑談のメッセージだったらしい。しばらくコスプレについての攻防戦を繰り広げた。

「そういえばこんどの日曜、自然公園でコスロケするんだけど、アメリちゃんの弟って写真が好きなんだよね?」

 文章ふたつにつながりがないメッセージが来た。少し考えて、コスロケをするからカメコしてほしいということか、と納得する。


「あんまり際どいのはやめてね、まだ小学生だから」


「オッケー。ちゃんと着る」

 いやふだんどれだけ激しいコスプレしてるの。

 またため息が出る。弟が、

「なにさっきからため息ついてんだ?」

 とわたしの顔を見ている。


「いやね、友達がコスプレするから晴人にカメラマンしてほしいって言ってて」


「姉貴、友達なんかいるのか?」


「失礼な。友達くらいいます」


「そうか。で、カメラマンってなんでおれなんだ?」


「写真が好きならやってくれるかなって思ったみたいよ」


「でもおれ、ショボいカメラしか持ってないぞ?」


 その旨を連絡すると、

「ムーメンさんっていう仲間がスゴいカメラ持ってくるよ」

 とのことだった。


 弟に人様の立派なカメラを持たして大丈夫だろうか。

「晴人、すごいカメラ触らせてもらえるみたいよ」


「まじ?! やった!」

 弟は素直に喜んでいた。まあすごいカメラに触ってうまく扱えないことがわかれば、スマホやカメラを持ちたがることもなくなるだろう。


 そんな姉の思惑はつゆ知らず、弟は「すっごいカメラ、すっごいカメラ」と浮かれている。


 そんな塩梅で日曜になった。集合場所は川向こうの街の自然公園である。熊が出たところだ。歩いていくにはちょっと遠いので、結衣ちゃんの知り合いの車に乗せてもらうことになった。


 大きめの車、ちょうど子供を部活に送迎するのに使うような車が、約束した場所に停まっていた。近寄ると窓をあけて、主婦、という感じの人に、

「アメリ先生? と、晴人くんだっけ」

 と声をかけられた。


「先生だなんて。えっと、ムーメンさん……ですか?」


「そうです。きょうはよろしくね」


 というわけで車に乗せてもらう。弟もちょっと緊張した顔だ。後ろのモノを載せるスペースには、長物や衣装なんかが置かれている。


 マジでコスプレの写真撮るのか。弟が。

「ゴブリンさんの漫画、すごく楽しく読んでます」


「え?! ほ、本当ですか?!」


「結衣ちゃんに面白いって、中学の友達が描いてるんだよーって言われて。本当だったんですね」


 どうやら結衣ちゃんは虚言癖を疑われているらしい。

 そんなこたぁどうだっていい。ムーメンさんは、

「きょうのコスのジャンル、履修されてますか?」

 と聞いてきた。「ケダモノギムナジウム」とかいう、コスプレイヤーにウケそうなジャンルであることは承知しているのだが、ちゃんと読んだわけではない。


 素直に現状を話す。ムーメンさんは頷いて、

「ケモギム、面白いですよ。貸しましょうか?」

 と、布教活動を始めた。


「い、いえ。とりあえずいいです……」


「ですよねえ……好みが分かれると思うので無理にとは言わないです」


「すみません、せっかく勧めていただいたのに」


「大丈夫ですよ。自分の面白いものが他人にも面白いか、と言われたらそんなことないんですから」


 さすが大人である。

 そんなことを話しているうちに自然公園に到着した。さすがに熊が出たばかりなので駐車場に車はない。少しして赤い軽自動車がぶろろーんと入ってきた。


「ムーメンさんおはようございます。斗雨子ちゃんもおはよう。その子が晴人くん?」


 結衣ちゃんははじけんばかりの笑顔だ。

「うん。すごいカメラに触らせてもらえるって聞いてずっと楽しみにしてた」


「おう。写真が好きだからな」

 赤い軽自動車の運転席から降りてきたのは、我々より世代が少し上の、独身貴族といった風情のお姉さんだった。


「このひとがふすまさん。ふすまさん、このひとが斗雨子ちゃんで、ゴブリンさん漫画の作者」


「よろしくお願いします。君は晴人くんだっけ」


「はい! よろしくお願いします!」

 そうやって挨拶をしていると茂みがガサゴソと動いた。すわ熊か。ぎょっとして茂みを見つめるも、生き物の気配はない。


「なにいまの。超常現象?」

 結衣ちゃんが身震いする。

「まあ気をつけながら……着替えて写真撮ろう」


 ムーメンさんの音頭で、みなてきぱきと車の中で着替え始めた。うん、これはコスプレイヤーの好きなやつだ。

 漫画のタッチはわりと少女漫画風というか、まあBL漫画なので少女漫画なのは間違いないのだが、キャラクターの服装は実際の人間が着てもあまり違和感のないデザインだ。それがコスプレイヤーさんたちにもウケているのだろう。


 コスプレイヤーさん三人は耽美なギムナジウムの制服を思わせる装束に着替えた。手早くカラコンを入れ手早くメイクし、ウイッグをかぶり、あっという間にキャラクターに変身した。


 思っていた数倍、漫画の絵に寄せている。

 いちおう調べてきたのだが、結衣ちゃんが総受け主人公のカイ、ムーメンさんが妖艶担当のジェイル、ふすまさんがスーパー攻め様のシメオンである。


 三人が支度している間、弟はムーメンさんから預かったカメラの設定を確認していた。また茂みがガサゴソするのでそっと近づいてみると、

「あっしがここにいるのは秘密ですぜ」

 と、ゴブリンさんの声がした。


「ご、ゴブリンさん? なんでここに。いやどこにいるんですか」


「隠れみのを使って姿を消してるんでさ。ちょっと探索範囲を広げてみようと思って、熊がどんなものか確認するためにこっちに来てたんでさ」

 はあ……。


「できたよー。早速写真撮ろうか」

 全員なかなかの完コスぶりである。なんと結衣ちゃんはギザギザの歯まで再現している。どうやったんだ。


 ギザッ歯も気になるがそんなことより写真である。弟はレンズを選び一眼レフを構えた。

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