20 ヘイデイのベーコン
「田舎に生まれただけで東京の子供より損してるわけだろ。それっておかしいよな」
「……でもわたしはこの川っぺりの街、好きですよ」
「地元愛だな。よし! 炒め物できた!」
二代目は手早く食器にレタス炒めを盛りつけた。ついでに冷蔵庫から豆腐を取り出して、冷奴にした。常備菜のきんぴらゴボウも取り出して、あとはご飯にごま塩をパラパラして完成である。
食卓にそれらをずらりと並べる。
「おお、うまそうじゃないか」
寝かされていた親父殿が体を起こした。弟が竹林院を抱えて入ってくる。ゴブリンさんもおずおずと、人間の食卓に近寄ってくる。
「じゃあ食おう。いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「い、いただきます?」
ゴブリンさんはよく分からない顔をしている。
「食べ物って命じゃないですか」
「……そうなんですかい?」
「そうです。肉は家畜だし、野菜は植物なので」
「ふむ。たしかに生き物でさぁね」
「だから、『いただきます』というのは、それに感謝しておいしく食べる、って意味です」
「ほー……こんなに進んだ文明があっても、殺さなきゃ食えないんですねえ」
「ヘイデイのベーコンじゃないんだから」
二代目が苦笑する。
「へいでいのべーこん?」
弟が目をぱちぱちとする。
「ああ、スマホが普及しだしたころに、なんとなく遊んでた農場ゲームなんだが……豚からベーコンを採るときに、謎の機械をはめて豚が死なないでベーコンが採れるんだよ」
「それが現実になったら素敵ですね」
わたしがそう言うと親父殿が笑った。
「命に感謝するからうまいんじゃないか? だいいち豚を生かしておいて、じわじわ肉を削るなんて屠殺するより可哀想じゃないか」
それもその通りである。
ゴブリンさんは興味深げにきんぴらごぼうを眺めている。
「どうしたんだー?」
「いや、これ木の根っこなんじゃないですかい? こんなに豊かな国で、なんで木の根っこなんて飢饉のときに食べるようなものを食べているんですかい?」
「これは木の根っこでなく、ごぼうっていう野菜だ。うまいぞ、食ってみろ」
「では」
親父殿に促され、ゴブリンさんは箸をつかんでごぼうを口に入れた。
しばらくゴリゴリと噛んでから、ゴブリンさんは笑顔になった。
「こいつぁうまいですね。地面の栄養を食べている感じがしまさぁ」
「それはよかった。ていうかゴブリンさん、お箸使えるんですね」
「ゴブリンは形態模写が得意ですからね。見てるうちにマネできるようになったんでさ」
ゴブリンさんは照れくさい顔をしていた。
ふと親父殿の皿を見る。あまり中身は減っていない。
もしかしたら病気がつらくて食べられないのかもしれない。ただ風邪をひいたって、食べ物をおいしく感じられなくなってしまうのだから、余命宣告を受けるような病気ならもっとおいしくないだろう。
二代目は親父殿が少しでもおいしく感じられるように頑張っているのだなあ。
「そうだ、ニュースニュース」
二代目がリモコンをとってテレビをつけた。ローカルニュースの時間だ。川向こうの街にある自然公園に熊が出たというニュースをやっている。
「熊はやばいな」
「くま?」
ゴブリンさんはテレビを観る。ちょうど檻に入れられた熊が運ばれていく映像が流れていた。
「この毛むくじゃらのが熊ですかい?」
「そうですね、この国の生態系のてっぺんにいる生き物です」
「北海道にいけばヒグマっていうもっとヤベエ熊がいるぞ!」
「ホッカイドー」
「でっかいどー!」
「晴人、なんの返事にもなってないよ」
「まあその辺はほかの場所に送り込まれた仲間たちが調査してるんで、気にしないことにしまさあ」
「それがいいと思います」
そんなわけで、田中家で夕飯をご馳走になった。おいしかったとお礼を言って、帰ることにした。
建物を出る。まだまだ明るい。
「ありがとうな。二人のおかげで親父殿はまだまだ頑張ろうって思ってるみたいだから」
「それは嬉しいです」
「正直、医者には三か月持てばいいほうだ、ってこないだ言われてな。二人が来てくれるから、親父殿は元気でいようと頑張ってる」
「え、お、親父殿、三か月したら死んじゃうのか?!」
「ちょ、晴人!」
「いいんだいいんだ。だれだってそう思う。でも二人のおかげで頑張って生きてるからな、もうちょっと生きるんじゃないか?」
「そう……ですね」
「じゃあな、気を付けて帰れよ」
「はい!」
「ありがとー二代目! オーヤマブラザースと竹林院によろしくー」
「おう。じゃあまたな」
家にてくてくと歩いて帰る。
オーヤマブラザースに朝早く起こされることがないと思うと大変気楽だったが、親父殿の短い未来を思うと、あまり幸せな気分にはなれないのだった。
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