17 動物病院
「だって父さんほとんど家にいないじゃん。いない人のために気をつかう必要あるのか?」
「いつ仕事の都合で家にずっといることになるか分かんないんだよ?」
「……そうか。そうだな」
弟にしては物分かりがいい。シリアルをしゃくしゃく食べて、弟は着替えて顔を洗い、ランドセルを背負って学校に向かった。
弟なりに責任を全うしたい、ということだろうか。
わたしは漫画の作業を始めた。ゴブリンさんが捨て猫を発見する漫画だ。しばらく描いていると玄関がノックされた。玄関チャイムでないということはおそらくゴブリンさんだ。
「はーい」
ドアを開けるとやっぱりゴブリンさんだった。
「あの猫、どうなったんで?」
「しばらくうちで預かることになりました」
「へえ……あっしも、猫が怖いのを克服したいんで、見せてもらっていいですかい?」
「構いませんけど」
というわけでゴブリンさんを子猫たちの入った段ボールのところに連れていく。ゴブリンさんはしみじみと子猫を眺めて、
「人間はこれをかわいいって思うんですね」
と、深い深いため息をついた。
「ゴブリンさんはそう思わないんですか?」
「猫にせよ犬にせよ、人間が魔族を狩りたてるために飼ってるもんなので」
「いや猫は戦わないでしょ」
「そうでもありませんぜ? 王都ブリジデルの地下水路に入り込んで、ゴブリンの幼体を殺しまくる猫とかいたんでさ。人間はその猫を英雄として祭りあげてましたね」
そういうものなのか。納得する。
「まあこっちの世界では猫は愛玩動物なんで、もうネズミ退治に飼うひともいませんよ」
「可愛がるためだけに飼うんですかい」
「そうです。ほら、『カメラの田中』の竹林院も、別にネズミ退治目的じゃないですしね」
「へえ……この子猫たちはどうするんで?」
「なんとか飼ってくれる人を探さなきゃいけないんですけどねえ」
ため息をつく。
Xで新しい飼い主を探そうかと思ったがさすがにそれは無謀というものだ。猫を虐待する輩が善良なふりをして連れていくとも限らない。
どうしたものだろう。そう思いながらネームを切り終えた。
とりあえずいったんここまでにして、二代目に連絡しよう。スマホを取り出して、二代目にぽちぽち連絡した。猫の引き取り手はどうやって探せばいいのだろう、と。
「ちくわちゃんをよく連れてく動物病院に飼い主募集の貼り紙のコーナーあるぞ。それに子猫たちが健康かどうか診てもらわにゃならんだろ」
その通りだった。
でも動物病院と言われると「ヤバい額のお金をとられる」というイメージだ。財布の中身を確認する。この間同人誌のイラストを描いて得たお金でレンタル落ちのDVDをごそっと買ったので、あんまりお金は入っていない。
「お金があんまりないです」
「子供はお金のことなんか気にしなくていいんだ。動物病院は川向こうの街だから乗せていくし、代金も払うよ」
ありがたいことであった。
というわけで、子猫の入った段ボールを抱えて家を出る。ゴブリンさんは調査に向かうらしい。すぐ二代目がシンプルな軽自動車でぶぃーんとやってきた。
後部座席に乗り込み、子猫たちを座席に置く。
「おはようさん。朝早くにたたき起こされなかったか?」
「そりゃもう朝早くにお腹すいたの大合唱でしたよ」
「そうか。なにか仮名とかつけたのか?」
「マスタツとヤスハルとのぶ代と呼んでます」
「オーヤマブラザースということか」
「一発で伝わってうれしいです」
二代目は車を丁寧に運転する人だった。車の中もきれいにしていて、変なカーアクセサリーの類はつけていない。
見事なまでの安全運転で、川向こうの街に入った。
「ここの角にあるのがちくわちゃん御用達の動物病院だ」
「思っていたより小ぢんまりとした建物ですね」
動物病院には「愛野どうぶつ病院」という看板が出ていた。平日の午前中なのでわりかし空いているらしいが、それでも駐車場は車がびっしりだ。二代目はわたしに車で待つように言い、動物病院の建物に入っていった。
少しして二代目が戻ってきた。手には呼び出しベルが握られている。どうやら順番になるとベルで呼んでくれるらしい。
「二代目は猫がお好きなんですか?」
「おう、猫に限らず動物なら何でも好きだよ。昔は犬も飼ってたし、モルモットを飼ったこともある。でも結局猫がいちばん気楽でいいよ」
「そっかあ……」
「斗雨子ちゃんも独り立ちしたらなんか飼ってみればいいんじゃないか?」
「無理ですよ。高校すら行けてないんで一人暮らしなんて無理です」
「そこに関係はないんじゃないか? 中卒で都会に飛び出すやつなんていくらでもいるぞ」
「そうですか?」
そんな話をしているとベルが鳴った。段ボール箱を抱えて動物病院に入る。そのまま診察室に通された。
ドクターは結構な歳のおじいさんだった。白衣の襟に十字架のピンバッジをつけているところをみるとクリスチャンなのかもしれない。ドクターはにこっと微笑んで、子猫たちの診察を始めた。
「捨てられた猫を助けようっていう優しい気持ち、すばらしいよ」
ドクターに褒められた。なんだか嬉しくなる。
ドクターの見立てでもオーヤマブラザースは生後一か月程度で、特に病気はしておらず、健康そのものらしい。性別もわたしの想像通り、マスタツとヤスハルがオスでのぶ代がメスだった。
猫エイズや猫白血病の検査はするか、と訊ねられて、どうすればいいかわからないというか、お金を払うのは二代目なのでわたしには決められず困っていると、
「検査しましょう。よその人にもらってもらうんだから」
と、二代目は堂々と言った。さすが大人である。
検査の結果三匹とも病気はしていなかった。ほっとする。
「この子たちは飼い主募集の貼り紙を出すんですか、田中さん」
「そのつもりでいます。うちは竹林院がいるんで、婆さんに子猫と馴染めと言っても厳しいでしょう」
「それでいいのかな、お姉さん」
「はい。きっとうちの親、ああ仕事でめったに家には帰ってこないんですけど、うちの親は飼うお許しをくれないと思うので」
「そうなのかい? 残念なことだ」
ドクターはオーヤマブラザースを慈しみ深い目で眺めていた。
「とりあえずもう少し大きくなって、ひとりにしても大丈夫になったら貼り紙を作って持ってきてください。まだまだきょうだいとくっついていないといけないからね」
診察室を出る。確かに壁には大きな掲示板があって、子猫の飼い主募集の貼り紙がたくさん貼られていた。
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